第2話:Her Dream
それでも僕は引っ越した。
だって君はあまりにも魔女らしくなかったから。
2.Her Dream ―不可思議な日常―
「アシュリー・ベル・・・・・・、よ。ラストネームは秘密。魔女は簡単に人間にフルネームを教えちゃいけないの。アシュリーって呼んで」
「よろしく。アシュリー、僕のラストネームを君が知ってる事に問題はないの?」
「問題ないわ。別に、名前を知ってても知らなくても服従させることはできるんだから」
アシュリーはちょっと低めの声でそう言ってから、
「でもあたしはそんなことしないから安心して・・・・・・あ、今の魔女っぽかったでしょ」
と明るく言って、うふふっと笑った。
アシュリーは全然普通の人間と変わらなかった。
僕も彼女が魔女だって分かって、わざわざここに住む理由もなかったんだけど彼女はどう見ても僕に危害を加えそうには見えなかった。
まあ、さすがに「ペットのチャーリーよ」と真っ白なハツカネズミを紹介された時にはちょっと考えたけど。チャーリーが前は人間だったなんてことだけは勘弁して欲しい。
あと、彼女は結構おしゃべりだった。
僕が荷物の片付けに手を動かしている間、彼女の口はずっと動いていて
今まで人間世界で見たものがどんなにすばらしいかを延々と語って聞かせてくれた。
それによるとアシュリーはカラフルな色のもの、キラキラしてるもの、いい匂いのお花、可愛いものと甘いお菓子が大好きらしかった。
魔女の国は基本的に暗い色のものしかなくて、甘いお菓子もあんまりない。魔女の世界でアシュリーの趣味を満たしてくれるものはなかなか見つからなかったそうだ。
魔女は普通、気持ち悪いものや醜いもの、グロテスクなものを愛するんだって。
でも、アシュリーは違う。
お菓子は黒っぽいチョコレートより可愛いキャンディー、飲み物はキラキラ光るスプライトがお気に入りだと教えてくれた。
「あたしの夢は偉大な魔女になって、ニューヨークの夏の晴れた日にカラフルなキャンディーを降らすことなの」
アシュリーは胸を張ってそう言った。
まるで子供の夢じゃないか。僕は笑いながら聞いた。
「どうして?」
「人間て甘いものが好きでしょ!?みんな喜ぶわ。それにキャンディーが太陽に当たってキラキラして・・・・・・絶対に綺麗に違いないもん」
最後のほうはうっとりだ。
「期待してるよ、頑張って」
ほらね。思った通り、ちょっと変わった普通の女の子だ。
次の日の朝食は、アシュリーが作ってくれた。
それはもう、芸術的な色彩だった。
彼女の愛するカラフルな野菜の代表格、ピーマン、パプリカとトマトがふんだんに使われたサラダの美しさといったら・・・・・・高級レストランの一流シェフもびっくりに違いない。
そしてアシュリーは一日に一度、必ず思い出したように外出する。
帰ってくるときは必ず何かを両腕に抱えていた。
人間の世界に不慣れなんじゃなかったのか?
ちゃんと買い物できてるじゃないか。
でも、その買い物は全然普通じゃなかったんだ。
まあ、後に僕はその驚きの外出の正体を知ることになったんだけど。
その日は大学の図書館で勉強した帰りだった。
通りに面した靴屋から銀色の靴を抱えたまま、ふらりと店を出るアシュリーの姿を発見したのだ。
僕は慌てて、思わず反対側のストリートから声をかけた。
「アシュリー!!」
僕も驚いたけど、アシュリーはもっと驚いたらしかった。
「わ、わ、わ、ジェフリー、しー。気づかれちゃうよ!」
「気づかれちゃうよ、じゃないだろう!お金払ってないだろう」
「お店の中にいる人には、魔法をかけたんだよ。だから大丈夫なの。今大声上げたら魔法がとけちゃうよ」
店の中にいる人には魔法が利くそうだ。
だから物を持ち去ってもばれないし、捕まらない。
魔法ってなんて便利なんだろう。
でも、アシュリーは、「きっとママならニューヨーク中の人間にだって魔法がかけられるんだ。でもあたしの力は弱いから、お店の中だけで精一杯なの」と残念そうに言った。
初めての一週間。
その気まぐれな外出の他にアシュリーが毎日したことといえば、ハツカネズミのチャーリーと遊んで、相変わらずカラフルな食事を作ることだけだった。夜には僕と二人でキャンディーをなめながらおしゃべりをするのが恒例になった。
アシュリーは人間の世界で気になっていた、いろんな事を僕に質問した。
例えば「夜、光っている看板は何で出来ているの?」とか、「あの光を家に持って来られない?」とか。
僕は看板を家に運ぶのは無理だと思うけど、クリスマスの時期になると出回る豆電球なら看板に負けないくらいカラフルだよ、と教えてあげた。
彼女の生活に変化が起きたのは引越し後、初めてのウィークエンドだった。