第1話:She's a Witch
暑いニューヨーク、二年目の夏休み。
僕はまだ19歳の大学生だった。
大学の寮を出て暮らしたいと考えていた僕。
目に飛び込んできたのは、一枚の広告。
1.She’s a Witch ―彼女は魔女だった―
『ルームメイトを募集中:男性限定
人間の世界について色々教えてくれる人希望
家賃は月6ドル
連絡は魔女のアシュリー・ベルまでお気軽にどうぞ』
「6ドルだって!?」
大学の掲示板の前で僕は思わず声を上げていた。
破格の値段だ―――いや、むしろ冗談か、印刷のミスか。
僕はその他も色々おかしい内容は一先ず無視して、家賃を確認するために広告をひっぱがして公衆電話に走り出していた。
まあ、つまり貧乏学生だったんだ。
そこは大学から徒歩15分ほどの小さなアパートメント。
彼女の部屋は最上階の306号室。
「こんにちは!さっき電話をしたジェフリー・オブライエンですけど」
ドアベルを鳴らしながら声をかける。しばらくするとドアが開いた。
「ようこそ、はじめまして。こんにちは」
高めの声と共に出てきたのは、緑のくりっとした目が印象的などう見ても15・6歳の女の子。
あれ?電話に出たのはもっと落ち着いた声の女の人だったぞ。
「どうぞどうぞ。待ってたのよ、遠慮せずに入って」
女の子は僕をちらっと見てそう言うとさっさと中に戻って行った。
僕は慌てて後を追いかけながら女の子を観察する。黒い髪は肩より下くらいの内巻きカール。長袖にひざ下までの黒いワンピースを着ていた。
この季節に真っ黒って暑くないのかな。
案内されたリビングは僕が今まで見たことのあるどんなリビングよりもカラフルだった。
赤とオレンジのソファーに黄色いローテーブル。
壁際には鮮やかな黄緑色のブックシェルフ。
キッチンはピンクでカウンターにはこれまた赤やオレンジの椅子が並べられていた。
天井からは明るいライトと共にフェルトで作ったらしい色とりどりの花の飾りときらきら光るビーズがぶら下がり、唯一まともな淡いクリーム色のカーテンにも花の飾り。
「これは・・・・・・すごいね」
いろんな意味を込めて言うと、女の子はにっこりした。
「ありがとう。そうでしょう?ママからは魔女らしくないからやめなさいって怒られるんだけど、あたしはカラフルなのが好きなの」
目がちかちかしてきた。
「えっと、家賃の話なんだけど・・・・・・」
僕は大事な話題に切り替えた。
さっき電話をしたら、大事なことなので直接話したいと言われたのだ。
「あ、そうそう」
女の子は思い出したように言う。
「適当に座ってくださいな」
僕は彼女の反対側のオレンジのソファーに腰掛けて聞いた。
「あの、さっき電話で話をした女の人は?君のママだと思うんだけど、今どこにいるの?」
「電話の話?あれ、あたしよ」
でも声が違う。僕が怪訝そうな表情をすると女の子は続けて言った。
「だって、あたし魔女だもの。声を変えるくらいなんともないわ」
ああ、広告を見たときから無視し続けていた点とついに向き合うべき時が来た。
「魔女?君、広告にも魔女って書いてたけど、魔女なんているわけないだろう。ここには君が一人で住んでるの?お母さんは?」
すると、女の子はムッとした様に言った。
「子ども扱いしないでよね。あたし、こう見えても今年で100歳になるんだから。あなたよりもずっと年上よ」
「100歳だって!?どうみたって15,6歳の女の子にしか見えないじゃないか。あんまり冗談を言うのは良くないよ」
「あっ!あたしの気にしてること言ったわね!それ、今度言ったらあなたのことねずみに変えてやるんだから!!」
彼女は怒り出した。
―――気にしてたのか・・・・・・。じゃない、話にならない。
「今日は家賃の話をしに来たんだ。話が出来ない人がいないんじゃ帰るよ。」
僕は立ち上がろうとした。
「広告に書いてあったでしょう!家賃は6ドルよ。それに、ここに住んでるのはあたし。
あ、た、し、がルームメイトの募集をしたの。人間の男に慣れるために。」
最後のところは聞き流すことにした。
「本当に6ドル?たった6ドルでいいの?」
「そうよ。え、・・・・・・なにかまずかった?」
女の子は急に心配そうになった。
「あたし、人間の世界のこと、いまいち良く分からなくて。別にお金が必要なんじゃないの。早く人間の男に慣れて、1ヶ月以内に儀式を終わらせなくちゃいけないから・・・・・・」
彼女はまたよく分からないことを言った。
でも、6ドルっていうのは本当らしい。ちょっと変な子だけど―――害はなさそうだ。
ここなら大学も近いし、何よりこの辺りに6ドルで住めるなんてこれ以上のラッキーはない。
「いいや、何も問題ないよ。じゃあ、えっと・・・・・・僕は人間の男だから、6ドルでここに住めるんだよね?」
「そうよ、じゃ、契約成立ね」
女の子はうなずいて指を鳴らした。
すると、壁際の青いシェルフの一番上の引き出しが勝手に開き、紙が一枚飛び出して僕の目の前の黄色いローテーブルの上にすべりこんできた。
目を丸くする僕の前で、彼女はもう一度指を鳴らす。
すると今度はシェルフの上のペン立てから、ピンクのふわふわの飾りの付いたペンが飛んできて僕と彼女の間に浮かんで止まった。
僕は思わず、手を伸ばしてペンを受け取る。
「それ、契約書。サインしてね」
女の子はにっこり笑ってそう言った。
―――彼女は、本当に魔女だった。