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第九話

 吉江の袖を引っ張ったのは、三星だった。三星の隣には吉井がいてもちろん止めようとはしない。なんとなく彼らのやろうとすることが分かった吉江は必死で三星の掴む袖を振りほどこうとしたが、ただただ袖が伸びていくだけだった。袖が伸びながらも吉江はあれよあれよとゲーセンの裏に連れて行かれて無言で殴られた。ここで声を出してしまうとさらに攻撃が増すことを学生時代に学習している吉江は無言で殴られた。人からされる嫌なことは反応しないのが一番だと吉江は学生時代に受けたいじめから学んだ。相手はいじめられる自分の反応を見て楽しんでいる。痛がる顔や拒否するリアクションを見て時に心の中で時に声に出して笑って喜ぶ。それに対して嫌な顔のひとつでもすれば相手の優越感を刺激していじめがより過激になる。だから反応しないことによっていじめがなくなることはないが、ある程度以上は行かないことを吉江は知ったのだ。だから吉江は感情をあまり表に出さないし、出したくない。ただ、無反応だからと言って、もちろん殴られたら痛い。ましてやさっき白岡から空手で全国大会まで行った男だと聞かされたばかりだ。殴られた脇腹が折れたと思うぐらい痛い。正直、泣きそうだ。でも、無反応でいなければもっとやられる。でもしかし、三星も峰岡に殴られた腹いせに吉江を殴っているものだから、無反応な吉江に腹を立ててさらに殴りつける。吉江もおかしいと思いながら無反応を続ける。この場合、やり返した場合でも反応をしたことになり、相手に対してやり返された屈辱が力に変換されて返ってくることを吉江は重々承知している。だから無言で殴られる。無抵抗で殴られる。それが最善の防御なのだから。


「あーくっそっ!!!」

 先に根をあげたのは三星の方だった。何もしてこない。声もあげない。殴られ人形の吉江を殴るのに疲れたのだ。吉江は地面に寝転がってもうすぐで終わると内心ほくそ笑んだ。自分の考えが相手よりも勝ったからだ。だがここで安堵の表情を浮かべると近くで見て声を出して笑っている不良に気付かれてせっかく耐えていたのがぱあになる。吉江の耐える能力は心身ともに軍人の境地に達していた。

「おい、三星。知ってるか?」

 無反応の吉江に対して苛立ちを見せる三星に向かって、吉江を見て笑い声をあげていた吉井が声をかけた。

「なんだよ」

 三星が苛立ちながら吉井の方を振り向く。

「こいつさ。このゲーセンじゃあけっこう有名らしいぜ。噂では10万枚以上メダルを持っているらしい。だからさ、こいつのメダル全部奪って俺達が全て使ってやろうぜ」

 吉井が笑いながら話すのを見て、三星も良い提案だと笑った。そして、吉江もまた心の中で笑っていた。こいつらはそもそもメダルゲームのシステムを理解していない。10万枚のメダルを常に持ち歩いていると思っているからだ。それにもしも持ち歩いていないことに気がついたとしてもメダルはゲーセンから出る度にゲーセンから借りている形になるので毎回返却しなければならず、パスワードと本人の登録した指の静脈がなければ借りることも出来ない。そのことを知らずにメダルをかつあげしようと思っているこいつらの頭の悪さに吉江は笑いを噛み殺した。

「いや、でもな。俺、ゲームとかやってる奴見ると吐き気すんだわ。あんなのやってる時間あったら、他のことしていた方がなんぼか有意義だろ? だからさ、俺から有意義な時間をプレゼントしてやるよ」

 その言葉を聞いて吉江は青ざめた。地面に寝転がる吉江に向かって三星は足を振り上げた。

「やめローーーわ~ー!!!!!」

 ほとんど声になっていない吉江の懇願むなしく、三星の足は吉江の右手を踏み潰した。学生時代からいままで、ここまでやって来ないだろうと思って黙って無抵抗でやられてきた吉江のここまでを超えた瞬間だった。右手から火が出たように右手が熱い。吉江の断末魔の叫びがゲーセンの裏に響く。それを見た三星と吉井の笑い声が加わって胸糞悪い交響曲が響いていた。

「よーし、俺からもプレゼントだ」

 そう言った吉井が吉江の左手を踏み潰そうとするが、さすがの吉江も同じては食らわない。左手を引っ込めてすぐに立ち上がって逃げ出した。だが、普段、仕事でしか運動をしない吉江。太っているので、走る三星にすぐに追い付かれ背中にドロップキックを喰らって地面に転がる。

「それそれそれ~ー!!!!! そのリアクションを待ってたんだよーーーーーわーわー!!」

 今度は三星が興奮のあまり言葉に叫び声が混じっていた。そして吉江に馬乗りになり、左手を押さえた。

「ほら、こい、吉井! ここを狙うんだ!!」

 この時、初めて吉江は三星ともう一人の不良の名前を知った。こんな状況だが、自分の名前と少し似てるなと思った。だが吉井の顔は吉江から見て悪魔の様な顔をしており、自分とは似ても似つかないとも思った。そして、左手からも火が出た。すぐに病院へ行って両手に包帯を巻かれた。全治6ヶ月と診断された。メダルの預かり期間は3ヶ月なのを吉江は病院で思い出していた。


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