第八話
「さっき見てたかも知らないけど、あの二人の内の一人。あれワシの孫なんだよ」
淡々と語る白岡の言葉に吉江は興味のないふりをしながらも内心ではかなり驚いた。確かに吉江は白岡が置き引きされそうになっている瞬間を遠くから見ていた。白岡の隣に座っていた不良も、鞄を盗ろうとしていた不良も背が大きかったのと金髪、茶髪に加えてブレスレットやピアスが当たって音をたてていたので、ゲーセンでかなり浮いていたので自然と目がいった。
「ワシとゲームしてた方は全くの赤の他人。鞄を盗ろうとしていたのがワシの孫。ガラスに映ったとき、顔にピアスもしていて金髪で頭もツンツンだったけど、自分の孫、見間違えないだろ?」
白岡が自分が見たことを確認するかの様に吉江に一方的に話している。もちろん、吉江は興味のないふりをしているが、コインを筐体に投入するペースは明らかに落ちている。
「一人がワシに声をかけて来たとき、すぐに噂に聞く置き引きだと気がついた。鞄に手をかけたところで大声を出して捕まえてやろうと思った。でも、ゲーム機に映る鞄を盗ろうとする若者が自分の孫と知ったとき、ワシは声が出なかった。幸い、見知らぬ孫と知り合いの若者が孫に声をかけてくれたからワシの鞄は無事だったけれども、実際に鞄に手をかけられていたらワシは声は出せなかった。手首を掴んで殴ってやることは出来なかった」
白岡の言葉が自然と早口になるのが分かる。白岡が興奮するのと反比例して吉江の気持ちが急激に冷めていく。嫌な予感がするからだ。
「でもな、実の孫の非行は止めることは出来なかったけど、実の孫には更正してほしい。空手で全国二位にまでなった男だ。こっちが説得すればなんとかなるさ。だから兄ちゃん。一緒にワシの孫を説得してくれないか?」
吉江は無言で席を立った。最近、白岡が挨拶をしてくると返すようにはなったが、まだ孫の更正に協力するまでの仲ではないし、そこまでの仲になるつもりもない。もしも仲良くなっていたとしても吉江にはそこまで協力してやる意味が分からなかった。例え無償で協力しても自分に帰ってくることなどない。むしろ仇で返されることの方が多く、人一倍協力的だった訳でもないがそういった経験は今まで何度も吉江はしてきた。何にも期待しない。親にも、友達にも人生にも。30年近く生きてきて吉江が得た教訓だった。なので無償で白岡に協力することなど吉江にとってただの時間の無駄でしかないのだ。
背中に刺さる白岡の視線を受けながら吉江はゲーセンを出た。外に出ると誰かが声をかけて来た。白岡がしつこく話しかけて来たと思い、振り返ると吉江は震えが止まらなかった。