表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

第二話

「にいちゃん、今日も豪快に入れてるな」

 歯の無いじいさん白岡 茂は毎朝一番、吉江 雄太に必ず話しかける。

「まあな」

 吉江はいつも顔を白岡の方に向けてそう返すだけ。それだけだが白岡にとっては満足感で一杯になる。このゲームセンターに通い始めた当所は口すらも聞いてもらえなかったのだから。


 白岡 茂は戦争が終わる二年前に生まれた。記憶に無いと言う意味も含むのなら白岡も戦争を知らない子供なのだ。たまに地域の小学生が夏休みの課題で戦争体験を聞きに白岡を訪ねてやって来るが、白岡は戦後のことは自分の体験談として堂々と話せるが、戦時中のことは人から聞いた話しか出来なくて申し訳ない気分になる。

 それでも白岡を訪ねてやって来る小学生達は丁寧に答えてくれた白岡にお礼を言って帰っていく。ゲームセンターで会ったら挨拶をしてくる子もいるぐらいだ。なので吉江を見ると今の子の方がしっかりしているなと思う。

 白岡には24歳になる孫がいる。中学校を卒業してすぐに板金職人の道を選んだ自分と違い、大学まで出た自慢の孫だ。嫁に出した娘夫婦の家も近かったので小さい頃からよく一緒に遊んでいたのが良い思い出だ。自慢の孫だが大学を卒業して一年も経たない内にせっかく決まった就職先を退社してしまった。俗に言うブラック企業だったのだ。大手企業と聞いていたので、安心しきっていた白岡にとってその驚きは計り知れなかった。娘に孫の様子を聞いてみると就職先でよほど辛い目にあったのか、しばらく働きたくないらしい。毎日ゲームセンターに通って遊んでいると聞いた白岡は孫の気持ちを理解するために初めてゲームセンターに行ってみた。家のすぐ近くだと孫と鉢合わせをしてしまい、孫がよけいに心を閉ざしてしまう可能性があったので、電車に乗り、二駅先のゲームセンターに行ってみた。二階建ての大きなゲームセンターに入ると、せいぜいインベーダーゲームぐらいの大きさだと想像していた白岡はメダルゲームのかなり大きな筐体を見て驚いた。音は遠くなってきた自分の耳でも聴こえるぐらい大きく、光で目もチカチカする。すぐに出ていきたいとも思ったが、孫の気持ちを理解するためと思い、店内を回ってみると、まさに孫と同年代ぐらいの若者がいるではないか。見た目は脂肪が人よりも多くついていて、汗で首にかけているタオルが黄色くなっていて、出来れば近づきたくないが、そんなことはこの際、関係ない。孫の気持ちを理解する為には同年代の話を聞いてみることだ。そう思った白岡はその若者のやっているメダルゲームの隣に座った。しかし明らかに若者が嫌そうな顔を向けて来たので、しばらく様子を見てみることにした。ここでゲームをやらないと不自然に思われるので、メダルを投入してみる。さっきまで静かになっていた筐体が大きな音と光を発して動き出して白岡は驚いた。何も分からないまま白岡はメダルを一枚、一枚投入する。二枚の鉄板がずれて重なっている場にメダルが敷き詰められているが、メダルは一枚、一枚入れているので少しずつしか動かない。チラッと若者の方をみるとジャラジャラ音をたてながらメダルが払い戻されているのを仏頂面で眺めている。一体、自分とこの若者のやり方はどこが違うのか? 同じゲームをやっているにも関わらずどこで差が出ているのか? 職人だった頃からの負けず嫌いが白岡の心に火をつけた。それから白岡は何が悪いのか考えながら一枚、一枚メダルを丁寧に入れ続ける。メダルの減りは少ないがメダルの動きも少ない。返ってくるメダルも少ないので自分の手持ちのメダルが減っていくばかりになっていることに白岡は不安を覚えた。もう、孫の気持ちを理解する為にゲームをやっていることなどすっかり忘れていた。そして隣の若者は席を立つそぶりも見せない。それよりも驚いたのは白岡のメダルはゆっくり減っていっているにも関わらず、隣の孫と同年代ぐらいの若者のメダルはさっき見たときよりも増えているのだ。確かに増えている量としては微少ではあるが、少なくとも自分の様に減ってはいない。自分のプレイとはどう違うのか? 白岡はプライドをかなぐり捨てて若者のプレイをじっと見た。見られていることに気がついた若者は嫌そうな顔をするが、構わずプレイを続けている。そして白岡は気がついた。自分はメダルを一枚、一枚ゆっくり入れるのに対して隣の若者はメダルを一度になるべく多く入れている。そうすることで場に多くのメダルが溜まり、押し出されるメダルも多くなり動きも大きくなってメダルの返りも多くなる。一見、リスクが高いように見えるが、リターンの多い一度にメダルを多く入れることこそが一番リスクを背負わないやり方なのだ。それに気がついた白岡は一度になるべく多くのメダルを入れ続けた。そしてすぐにメダルは無くなった。それもそうである。メダルをたくさん入れただけで簡単に増えるのなら、みんながみんなそうするし、店側の損失がえげつない。しっかり考えられてメダルゲームは作られているのだ。そんなメダルゲームでメダルを着実に増やしている隣の若者に対して白岡は尊敬の念を抱いた。この若者と仲良くなってみたい。見た目はあれなので、誰も話しかけようともしないが、この人についていけば、メダルゲームもドンドン上手くなるだろう。白岡はゲームバランスがシビアなメダルゲームの虜になっていた。もちろん、翌日も通うつもりだ。

「にいちゃん、豪快にメダル入れるな~」

 白岡は意を決して隣の若者に話しかけてみた。本当は師匠と呼んでみたかったが、初対面でいきなり師匠だと困惑するだろうからにいちゃん。話しかける方、話しかけられる方が共通で認識していることを会話のきっかけにしたのは白岡の職人だった頃からの常套手段だ。

 どうだ? 会話を続けるだろ?

 白岡は心の中でそう思って若者の返事を待った。若者は首を一瞬白岡の方に向けて、嫌そうな顔をするとすぐにゲームの方に顔を向けて、白岡が何を話しても無視をするばかりで白岡は面を食らった。


 あれから三年。白岡は毎日の様にゲームセンターに通ってあの若者と会う度に「にいちゃん、豪快に入れるな~」と話しかけている。最初は無視されていたが、「まあな」と返事を返してくれるようになった頃には白岡も他の人から教えてもらったりしてある程度上手くなっていた。そして仲間も出来ていた。それでも師匠はあの若者の他にいない。早くあの若者に追い付きたくて毎日の様にゲームセンターに通っているが、あの若者を見かけない日はない。他の人に聞いてもいつもいると言う答えが返ってくる。もっと仲良くなって、直接、教えて貰うために白岡は声をかけ続ける。

「にいちゃん、今日も豪快に入れてるな」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ