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第三話   血だまり公園   渡波side

 紙折駅を出た渡波は、百貨店やアーケード街、出店の前を通りすぎ、通行人の密集する交差点に差し掛かる。


 ホワイトデーはもう明日かと、またそんな余計なことを思いを馳せながら。


 そこで、渡波はよく知る人物を見つけた。


 ――あれ? 風名?


 あの長身は、遠目でもすぐ見つかる。意外な場所での遭遇に驚き、声をかけようと追いかけようとしたが、そこで交差点の信号が赤に変わる。


 人混みにすぐ流される渡波と違って、彼の足取りは速く、混雑を物ともしない。みるみる遠ざかっていき、たちまち姿を見失った。


 なんの用で来ているのだろうと思ったが、そういえば四月から通うと言っていた高校がこの近くだ。


 ――そうか、学校!


 そこで渡波は思い付いた。「日だまり市民公園」にたどりつくと、「旧児童図書館」への標識を頼りに、昨日担当者が言っていた時計台を目指す。


 子供達がダッシュで逃げ出す鐘の音の持ち主は、チョコレート色のレトロなデザインで、こじんまりとミニバラの庭園に囲まれてた。


 説明書きに目を通す。この時計台は戦後に旧華族から図書と共に寄贈されたもので、元は児童図書館だったが十年前に閉館。今は「市町村指定有形文化財」として、建物だけ保存された状態らしい。


 渡波はスマートフォンのカメラで時計台を撮影し、近くのベンチに腰かけると、無料通信アプリを開く。グループは「丸眼鏡ゼミ」


 大学のゼミ仲間による、総勢二十名のグループで、普段はぐだぐたのやりとりばかりしているが、ここでの情報交換や意見交換が意外に役立つ。


 ここから渡波の大学は遠くないし、周辺には小中高と学園が密集している。大学には渡波のような下宿生だけでなく、実家から通う学生も大勢いるのだ。この地域のゴシップに詳しい若者は必ず身近にいる。


 わたみ :ゼミのレポート手伝って 今紙折市を調べてるんだけど、その地域に詳しい奴いる?



 もちろんゼミのレポートなんて真っ赤な嘘だ。正直に物件を探していると書いた方が良さそうだが、留年しただけでなく、住むところまで追い出されると知られれば、たちまちこの場が渡波への嘲笑と慰めで埋めつくされるのは目に見えている。



 H∧L :わたみー お久ー\(^o^)/


 カクマ :わたみー ダブリざまあwww


 木下香代 :わたみ そんなことより卒パの参確はよ


 s@s@ :わたみん 春アニメ何みる~?


 愛結:んでんで、何を知りたいん?



 とりあえず関係のない話題をスルーした渡波は、先ほど撮った時計台の写真を貼り付ける。


 わたみ :紙折市の歴史ある由緒正しき時計台

(日だまり市民公園内にあり) 公園で遊ぶ子供たちのリアクションがちょい不自然 なんか鐘の音にびびってた 理由を調査中



 詠子 :冷泉のあるとこか


 海原 :うちにもそこ出身何人かいたな


 H∧L : まじで? あそこセレブ校じゃん( ; ゜Д゜)


 ナオ:外部含めれば結構いるよ りぃとめぐぅがそうだし


 カクマ :めぐぅガラケで残念www


 木下香代 :りぃ様は現在トルコに御旅行中だ

 よってめぐぅに聞け


 つっきー :生粋の冷泉育ちのオレを呼んだか! 任せろ! あの公園はオレにとって庭のようなもんだ!


 H∧L :つっきー冷泉まじか


 愛結:しらんかったああああああ



「あちゃー。そういや堀井は卒業旅行か」


 一番あてにしていたゼミ仲間の不在に、渡波はうなだれる。大学屈指のオカルトマニアで、この地域にも詳しいとなると、情報源は彼女一人で事足りそうだ。あいにく苦手なタイプなため、個人的に連絡をとる勇気は渡波にはない。



 わたみ :つっきー頼む! お前が頼りだ!



 文字を打ち込みながら、渡波はここから先の取材内容に頭をめぐらす。とりあえず月島から色々と引き出そう。もう一人の候補は……ひとまず保留だ。正直、公園の子供達の様子は気になったが、そんなに深い理由があるとは思っていない。あくまで取材対象を絞るためのきっかけだ。



 つっきー :てか、ガチでみんな知らねーの? オレ中学のときに結構有名だったぜ


 海原 :うるせえ 金持ち引っ込んでろ


 ナオ :つっきーって実はエリートやったん?! ( ; ゜Д゜) 


 H∧L :みんなー わたみーのレポートのこと忘れないだげてー



 つっきー :だからさあ わたみが知りたいのってアレだろ? 「血だまり公園」だろ?



 次から次へと飛び出してくる文字たちが、画面の中で一瞬、静まりかえったような気がした。


『血だまり公園』


 渡波は聞いたことがない。だが一部のゼミ仲間の反応は違った。



 詠子 :聞いたことあるわ


 ナオ :いや知らんし


 s@s@ :何それこわ~


 木下香代:まじでやめてくれ


 H∧L :血だまり公園ってなにー?


 海原 :アレだよ…… かくれんぼしてた子供が……(._.)


 カクマ :見つけたwww これかよwww



 仕事の早いゼミ仲間一人が、さっそくどこかのサイトのURLを貼り付けてくる。


 ありがたくクリックさせてもらえば、某匿名掲示板での書き込みをまとめたサイトである。そこに「血だまり公園」のページがあった。



 A君は仲良しの友達と集まり、公園で遊んでいました。


「次はかくれんぼしよう」


 そう決めたとき、五時の鐘が鳴りました。


 みんな五時になったら遊ぶのをやめて、おうちに帰らなければいけません。


 だけどA君もみんなも、まだまだ遊び足りなくて、おうちに帰りたくありませんでした。


「空がまだ赤く染まってないから大丈夫だよ」


 誰かがそう言いだしました。


「そうだね。赤くなるまで遊ぼう」


 みんなその言葉に賛成し、結局かくれんぼをすることになりました。


 じゃんけんをしたら最初にA君が鬼になりました。


 A君は目を閉じ、数を数えます。


「もういいかい?」


 A君はたずねましたが、みんなの返事がありません。公園はしんと静まりかえっていました。


 A君は不思議に思い、目を開けました。


 すると、そこには信じられない光景がありました。


 公園がまるで、夕焼けの空のように一面、真っ赤に染まっていたのです。


 それはみんなの血の色でした。


「今度は君がかくれる番?」


 A君がふりかえると、そこには知らない男の人がいました。


 男の人の手には、真っ赤に濡れた鎌があります。


 A君は走って逃げて、なんとかおうちへ帰れましたが、他の友達はみんな、帰ることはできませんでした。


 おうちの人との約束をやぶって、おそくまで遊んじゃいけません。



 つっきー :なっつかしいなあ! あの公園での肝試しがアツくて近所から苦情来て先生が遅くまで見回りしてたのよく覚えてるわ!


 ナオ :冷泉意外にバカ? (゜ロ゜;)


 カクマ :あそこは所詮親の金だからwww 基本馬鹿だからwww


 木下香代 :アカン これアカンやつや


 わたみ :なんか似たような話をばーちゃんから聞いたことあるな


 H∧L :わたみー どんなん?


 わたみ : 黄昏時にかくれんぼしたら神隠しにあうってやつ


 つっきー :何が怖いって 実際にあった殺人事件が元ネタになってんだよこれ!


 海原 :こマ?


 ナオ :え? え? 事件とかなんなん?! (*_*)


 s@s@ :こないだそこでアニフェスあったよ~


 つっきー:あの辺りで子供が殺された事件 お前ら本当に知らねえか?


 殺人事件。まさかそれに繋がるとは……。


 スマートフォンをスライドさせる渡波の指が震える。


 昨日担当者が話していた、三○三号室での“殺人疑惑”が頭をよぎった。その事件を書いたという週刊誌の記事はまだ押さえてないが、月島の言う「血だまり公園」の元ネタらしい殺人事件と関係はあるのだろうか。



 つっきー:結構昔だけどさ あの地域じゃ大騒ぎだったらしいぜ? 木漏れ日荘事件ってやつ!



「木漏れ日荘事件」 


 聞いたことがある……ような気がする。少なくとも最近のニュースではない。



 カクマ :情弱共www 社会学部ウケるwww



 またしても仕事の早い鹿熊が、詳しい事件概要の乗ったサイトのURLを張り付けてくれた。まさにいたれりつくせりだ。この付近にそんなにいくつもの殺人事件は無いだろうから、検索は一発だっただろう。


 事件現場は……。


 渡波は事件概要を見るより先に「木漏れ日荘」の住所を割り出し、マップでその位置を探る。


 現場と現在地の針が、マップの上でピタリと重なる。


「……えっ」


 渡波は思わずベンチから立ち上がった。


「ここかよ……」


 当時「木漏れ日荘」が建てられていた敷地、それは今渡波のいる「日だまり市民公園」全域だった。


 渡波は改めて事件概要を読んでみる。嫌な予感がした。「木漏れ日荘事件」は、犠牲者が全員そこの住人だったことから付けられた名前で、現場は隣り合うようにあった小さな公園だ。


 その敷地に建てられているのが……今の「サンシャワーメゾン」である。







 渡波は一旦アプリを切り上げて立ち上がると、そこから「サンシャワーメゾン」の建物を目指す。


 途中、軍手をはめて、トングとゴミ袋を持った女性数人とすれ違う。女性達は全員腕に「公園清掃ボランティア」の腕章をしている。地元の主婦達だろうか。


「……さんが亡くなったのってやっぱり、()()()に住んでいたからじゃない?」


 すれ違う女性の声に、渡波の足が地面に縫い付けられる。


「“あの子たち”がさみしがって……」


「……がなくなったから」


 渡波は耳に全神経を集中させる。


「昨日、久し振りに不動産屋の車が駐まっているのを見たの」


「やだぁ。また募集しているの?」


「次はどんな人が引っ越してくるんだか」


()()()に住んだら、連れて行かれちゃうのにね」


 ()()()とは「サンシャワーメゾン」のことだろうか? おそらくそうなのだろうと、渡波は直感する。


 どちらにせよ、迷信だ。どうかしている。神隠しを恐れていた昔の日本人ではあるまいし。


 渡波は幼い頃にした祖母とのやりとりを思い出す。


「黄昏時はね、この世とあの世の境目なの。だから、小さい子供は暗くなるまで遊んじゃいけないよ。特にかくれんぼはね、神隠しにあってしまうから」

 

「小さい子供だけだめなの?」


「そうじゃないけど、子供は七歳まで神様の子だからね。七歳になるまで、いつ神様が自分の子を迎えにくるのか、お母さんたちは気が気じゃないのさ」







 さらに近づくにつれ、鬱蒼うっそうとした草木が目立つようになり、周辺から音も無くなっていく。


 ライトグリーンの外壁と、クリーム色の屋根が見えるあたりになると、季節の花がそれぞれに植えられた花壇が広がっていた。


「サンシャワーメンバー」の駐車場が見えてくる。境目には生け垣があり、さらに金網によって仕切られている。


 昨日した異臭も、おそらくこの辺りからだと思うのだが、今は花の香りがするのみだ。花壇には、小振りの白い花が咲いていて、プレートには「スズランズイセン」と書かれている。


 その花壇の手前に、小さなお地蔵さんが横並びに置かれていた。最初は六地蔵だと思った。


 だが、数は四体。二体足りない。


 お地蔵さんは、渡波にとって馴染み深いものである。その正体は地蔵菩薩といって、子供の守り神なのだと、祖母に教えられてきたからだ。


 だが、進学のため地元を離れてから、そんなお地蔵さんを道端や民家の前で見かけなくなり、代わりに人が亡くなった道路や河原など、事故現場に置かれるのを見るようになってから、思うところが変わった。


 これまで住んでいた田舎のように、お地蔵さんを見かけても、安心してはいけない。供養のために置かれたお地蔵さんがあるならば、そこは誰かが亡くなった、危険な場所なのだ。


 そこで渡波はぞっとした。そういえば、「木漏れ日荘事件」の被害者は、何人だっただろうか?


 先ほどの女性達が言っていた“あの子たち”


 それはきっと……。


 渡波の頭の中で、それぞれのピースがはまりかけていた、そのとき――


 リン……


 背後から鈴の音がした。この音に聞き覚えがある。


 何かが迫ってくる。


 背筋が凍りつく。鳥肌が立ち、両脚が震える。


 間違いなく、そこにいる。昨日と同じ“誰か”が。


 耳元に息がかかる。どこか懐かしい匂いと共に、ささめく声。



「ど う し て」






 気がつけば、渡波は公園を飛び出していた。その姿はおそらく、昨日の子供達と変わらない。


 だが、公園から歩道に出たとき、横から歩いてきた人と鉢合わせになってしまった。避けきれずぶつかってしまう。


 ぶつかった女性はよろめき、手に持った袋の中のオレンジ色の果物が一つ、転がり落ちていく。


「す、すいません!」


 渡波は大きな声で謝った。


「いいのよ。私もぼーっとしてたから」


 女性はそう言って、渡波に笑いかけた。ふっくらとした優しそうな女性だ。四十歳くらいだろうか。


 渡波は急いで転がり落ちた果物を拾い、女性に差し出す。


「あら、ありがとう。それ伊予柑なんだけど。いっぱい持ってきたから、ボランティアの方々に差し入れようと思ってたのに、入れ違いになっちゃったみたい。ご迷惑じゃなかったら、一つ受け取ってくれないかしら?」


「え? それじゃあ……いただきます」


 断る理由もない渡波は、ポカンとしながらもその伊予柑を受けとった。


「ありがとう。それじゃあね」


 女性は笑顔で礼を言い、隣の「サンシャワーメゾン」の入り口に入っていった。






 そのあと、どうやって自宅のマンションに戻ったか、渡波はよく覚えていない。


 門の前で箒を掃いていた大家のオヤジが、うろんな目を向けていたが、どうでも良かった。


 渡波はしばらく寝転がり、呆然と天井ばかり見つめていたが、スマートフォンの点滅に気がつくと、無意識にそれに触れていた。


 友人からまたメールが来ている。


『何かあったら相談しろよ』


 相変わらずだ。思い返せばこの四年間、だらしのない生活を送ってきた渡波は、この友人に頼りっぱなしだった。講義の代返やらノートコピーやら目覚ましコールやら学食の場所取りやら食事の栄養管理から。


 だが、それも今日までだ。これからはその面倒見の良さを渡波より大切な誰か、彼女や自分の生徒に向けるのだろう。


 渡波は起き上がり、ノートパソコンの電源を入れると、事件概要をクリックする。開けてはいけない蓋を抉じ開けるような――そんな音がした。


 好奇心は猫を殺す。そんな格言がどこかの国にあったことを、渡波はのちに思い出すのだ。

 

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