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第一話   物件探し   渡波side

 ――例えば、より良き一人暮らしを目指すなら、どちらを選ぶと良いだろう?


 A. 前の住人が、カーテンレールで首吊りをしたという部屋。


 B. 前の住人が、バスタブで中毒死をしたという部屋。


 狭いワンルームでも、窓から差し込む明け方の光のみではかなり薄暗い。それでも節約のためには仕方がないと割り切りながら、渡波わたなみはデスクの上のノートパソコンに向かい合い、そこに映し出された二つの物件情報を見比べる。


 どちらも今住んでいる学生マンションよりは、快適に過ごせそうだ。あくまで前の住人うんたらさえ、気にしなければの話だが。それ故に家賃も安いので、渡波のような貧乏学生には持ってこいである。


 そう、気にしなければいい。考えなければいい。何度もそう言い聞かせながら、渡波の頭をめぐるのは悪い想像ばかりだ。


 ベッドで目を閉じ、一日の疲れを癒すとき。窓の方からガタガタ、ギシギシと音がする。何の音だろうと目を開ければ、そこには暗闇の中、カーテンの前でぶらさがる人の姿。白目を剥き、苦しみもがく表情でこちらを凝視している。その体が揺れるたび、カーテンレールがガタガタ、ギシギシと音を立てるのだ。


 あるいは浴室にて、一日の汗を流すとき。ジャージャーと響かせるシャワーの音にまじり、バスタブの方から「うー、うー」と音がする。シャワーを止め、バスタブを覗きこめば、膨れ上がった人の顔がうっすらとお湯から浮かび上がる。その口が何かを訴えるように「うー、うー」と唸るのだ。


 ――熟考の末、渡波は、開いたブラウザを両方とも閉じた。


 リラックス出来る環境は、健康的な生活を送る上で欠かせない。それが就寝時や入浴時なら、なおさらである。


「やっぱこの物件探し、一筋縄ではいかねーわ……」


 溜め息をつきながら、渡波は椅子から立ち上がり、すぐ脇のベッドに倒れこむ。そのまま枕元に置きっぱなしのスマートフォンに手を伸ばした。そこに表示される日付は三月十二日。


 少し前まで粉雪を散らしていたデスクトップが、いつのまにか桜の花びらを散らしている。


 ショートメールが一件届いていた。渡波は寝そべった体勢のまま、それを開く。差出人は友人だった。


『住むところは見つかりそうか?』というメッセージに、『微妙だな』と返すと、すぐにまた返事が来る。


『俺に何か出来ることはあるか?』


『泊めてくれ。いや、いっそ養ってくれ』


『それは難しい』


『ケチ。何で?』


『ツレがいるから』


 ツレ=彼女、その単純な数式を理解するのに、渡波は少しばかり、時間を要した。勢いよく飛び起きた渡波の手からスマートフォンが離れ、そのまま床に転がり落ちていく。


「……裏切り者がっ!」


 恐るべき日がとうとう訪れた。しかもよりによってこのタイミングとは、まさに泣きっ面に蜂だ。


 友人とは大学に入学してから四年間、うっとおしくなるほどに、べったりと時間を共にしてきた。


 その気になれば、彼女の一人や二人出来そうなのに、それらしい女性の影を見せなかった友人。その存在は、彼女がなかなか出来ない渡波にとって、心の安定剤といっても過言では無かった。


 そんな友人も晴れてリア充入りし、春から念願の教師になる。今頃、大学生活最後の春休みを満喫しているに違いない。


 比べて渡波はといえば……朝から明かりの無い室内に閉じこもり、パソコンの前でオカルト妄想。


 どうしてこんなにも差がついてしまったのか。


 渡波はこれまで、挫折というものを味わってこなかった。唯一モテないことが悩みで、背は高くもないが低くもない。容姿はやや猫目で童顔だが、決して悪いということはない。勉学は優秀とはいえないが、就職活動はそれなりに順調で、大学卒業後は地元の商社に就職する――はずだったのに。


「留年決定」


 全ては、それがいけなかった。  






 寄せては返す世間の荒波。人生の隠れ岩はどこに潜んでいるか分からない。


「キミのような優秀な学生を、あと一年も手離さずにすむとは……いやはや僥倖ぎょうこう


 と、ゼミの教授から皮肉を言われ、


「うちも家計が厳しくてね。これ以上、仕送りはきびしいのよ。野菜とお米は送るから、それで……まあ、死なない程度にやりくりしてね」


 と、実家からは見捨てられ、


「悪いんだけどさー。渡波君の部屋、もう次の入居者決まっちゃっててさー。三月中に出払って欲しいんだよー。他の部屋も全部埋まっちゃってるし。新しいとこ探すといいよー」


 と、大家からは冷ややかな態度をとられた。


 そういうわけで、渡波は大至急、引っ越せる場所を探している。


 とはいえ、三月の中旬は引っ越しのピーク。当然めぼしい物件が残っているはずもなく、渡波の船出は座礁するばかりだ。


 そんな渡波がたどり着き、現在閲覧中なのが、いわゆる「事故物件専用サイト」である。


 事故物件とは、夜逃げ、火災、殺人、自殺、孤独死など前の住人が不幸な去り方をした物件のことをいい、そのサイトで紹介される物件は、その内容に比例して、相場より安く住むことが出来る。


 要するに、条件が良ければ良いほど、その物件は危険といっていいのだ。


 転がり落ちたスマートフォンを拾い上げた渡波は、暗い室内を照らす、ノートパソコンの青ざめた光に、誘い込まれるようにその画面を覗きこむ。


 新しい物件情報が更新されていた。クリックすれば、これまた目に眩しいほどの好条件である。


「明日もバイトだし……今日中に下見に行くかな」 


 前向きに検討することにした。もうこれ以上、落ち込むことはないだろう。そう思えば、今の渡波は怖いものなしだ。


 妄想の力により、渡波の中ではすっかり事故物件=幽霊の出る物件になっているが、何事も捉えようによる。幽霊との同棲生活、案外いいかもしれない。


 例その一。


 深夜にテレビが勝手についたとする。そのときは彼女にこう囁くのだ。


「なんだ? こんな時間にまだ眠れないのか? しょうがねーなぁ。俺が朝まで羊を数えてやるよ」


 例その二。


 風呂場で頭を洗っているときに、背後から視線を感じたとする。そのときは振り返って、彼女に微笑むのだ。


「なんだ? さみしいのか? 可愛いやつ。それなら一緒に入ろうぜ」


 むしろ幸せ? 事故物件万歳!






 その日の午後。


 折よく内見の予約に成功した渡波は、物件を見せてもらうため、不動産管理会車の社用車に揺られていた。


 途中で通り抜ける駅前の繁華街は、華やかに活気があった。幸せそうなカップルの姿が次々と目に飛び込んでくる。


 独り身の渡波には目に毒だと高層ビルの方に目線を移せば、今度は大型百貨店の「ホワイトデーフェア」の垂れ幕が目に入る。おかげで明後日はホワイトデーなのだと、余計なことを知ってしまった。


 もし、本命チョコをくれるような可愛い彼女でもいれば、こんな場所で一緒に映画を見たり、ショッピングをしたり、店から店へと街を練り歩いたりするのだろうか。


 まあ――いないけど。


 社用車は公園の横道に入っていった。目当ての物件は公園に隣接している。駅近なので騒々しい立地なのかと思っていたが、公園の敷地が広大なため、寺社のような落ち着きがあった。


 田舎育ちの渡波は人混みをかき分けて歩くのが苦手だ。やはり住むにしろデートをするにしろ、賑やかな場所より静かな場所の方がいい。


 道路沿いに植えられた桜並木はまだつぼみだが、満開になればさぞかし綺麗だろう。可愛い彼女とお花見デートをしたら楽しそうだ。お弁当とか作ってもらったりして。


 まあ――いないけど。


「2DKですから、カップルでお住まいになるのもお薦めですよ」


 運転中の担当者が、余計な口出しをしてきた。


「……名案ですね」


 同棲はまだ早い。まずは家デートからだ。まったりとした時間を過ごすのもいい。


 まあ――いないけど。






 実際に見てみれば、その物件は公園に隣接している、というより囲まれていた。


 樹木が生け垣のように生い茂り、通りに面した北側の玄関は、ガラスの部分をステンドグラスに似せていた。ライトグリーンの外壁のアンティークな佇まいは、まるで玩具屋で見かける人形の家だ。


 三階建て九戸。一階は庭付きで、二階以上はバルコニー付き。東側に駐車場、西側に駐輪場。エントランスは二重扉。オートロックになっていない最初の扉を開けると、各部屋の郵便受けとインターフォンがある。


 渡波は郵便受けのプレートをちらりと見た。これから下見する二○一号室だけ、テープで目貼りしてある。どうしても入居者が来ないため、安くしているというわけではなさそうだ。


「ここに住む人って、どんな人が多いんです?」


「そうですね。いろんな方がいらっしゃいますが、特に遠方からの転勤、出張、研修に来られる方々に人気です。今流行りのマンスリー、ウィークリーでのご利用がほとんどですね」


 担当者の説明に、渡波は引っかかる。


「それってつまり、住人の入れ替わりが激しいってことですよね?」


「そうとも言えます。もちろん、長年お住まいの方も、ファミリーの方もいらっしゃいますが、数年暮らせばマイホームを建てたりで、引っ越しをされる方が多いようです」


 元より短期入居者向けの物件なのだろう。だが、入居者がすぐに去る理由は本当にそれだけだろうか。そこが怪しいところである。


「サンシャワーメゾン」二○一号室。


 紙折かみおり駅まで徒歩五分、2DK、鉄筋コンクリート、南向きバルコニー、オートロック。敷金礼金いらずで家賃もワンルーム並み。この物件に非の打ち所があるというなら、過去に飛び下り自殺のあった事故物件ということぐらいだ。


 事前に調べたところ、地方紙のデータベースにて関連記事はすぐに見つかった。


『紙折市在住の会社員、駒木梓こまきあずささん(二十六)。三階にある自宅マンション、三号室のバルコニーにて転落死。警察は自殺とみて捜査している』


 自殺現場は三○三号室、入居募集は二○一号室。現場からやや離れ、隣でも無く、真上でも無く、真下でも無い。願ってもないことだが、だからこそ、この物件は油断できない。


 二○一号室の扉が開かれる。


 壁紙もフローリングも新築のような清潔感。何も置かれていない床には艶があり、部屋は広々として見えた。日当たりが良く、自然に囲まれているせいか、陰気な雰囲気が全くない。むしろ今まで見たどの物件よりも、陽の気であふれていた。


 キッチンは都市ガスで二口コンロ。渡波は自炊をしないのでここはどうでもいい。しかし、風呂場を見たときは心が踊った。足が伸ばせそうなほど広い。今の学生マンションは狭いユニットバスなので、広いセパレートタイプに憧れるのだ。


 バルコニーも広い。八畳のダイニングと六畳の洋室から外のバルコニーがつながっていて、バーベキューとまではいかないが、洗濯物が沢山干せそうだ。


 バルコニーの外は、間近にある公園の景色が広がっていた。深い草木の香りが、渡波の心を落ちつかせる。


 ――ここに決めよう。


 渡波はそう思った。訝しむ気持ちは消えないが、それを差し引いてもこの物件にはどこか惹かれるものがある。まるで運命の相手に出会えたような、そんな感覚だ。


 だが契約を告げようとした瞬間、突風と共に、生物が腐ったような異臭が、渡波の鼻に飛び込んできた。


 ――なんだこれ? ……どこから?


 公園を見渡せば、森のような並木道をジョギングしている人や、犬の散歩をしている人、奥の広場では、小学生くらいの子供達が走りまわっている。


 何故だか気になった渡波は、犬のように鼻をひくつかせ、臭いの位置を探ろうとする。


 そのときだった。


 ゴーーーーン………… ゴーーーーン…………

 ゴゴーーーーン………… ゴーーーーン…………

 ゴーーーーン………… ゴゴーーーーン…………

 ゴーーーーン………… ゴゴーーーーン…………


「な、なんすか? この音?」


 完全に意識を鼻に向けていた渡波から、まぬけな声が上がる。


 鐘の音だ。公園から聞こえてくる。厳かというか、物々しいというか、とにかく威圧的だ。


 公園の様子はというと、ジョギングや犬の散歩の人に変化はない。――しかし、広場の子供達は違った。


 さっきまで仲良く遊んでいた子供達が、鐘の鳴った途端、一斉に駆け出し、さよならも言い合わずに解散したのだ。


 子供達は全力疾走に見えた。まるで何か、恐ろしいものから逃げるように。


「夕方、五時の鐘ですよ」


 担当者は当たり前のように答えた。これじゃ、ビビっている渡波がアホみたいだ。


「公園内に旧児童図書館があるのですが、建物が古い時計台になっていまして、昔の閉館時間に鐘を鳴らすんです。大きな音ですからね。駅まで響きます。この地域の時報のようなものです」


「……チビッ子達が、血相変えて帰っていきましたけど?」


「冷泉小学校の児童達ですね」


 その学校なら渡波も知っている。駅前の私立校だ。


「この周辺は高級住宅地が続いておりまして、公園で遊ぶお子さんのほとんどが、そこのご子息ご息女です。五時の鐘が鳴ったらすぐに家に帰るよう、学校やご家庭で厳しくしつけられているのですよ」


 ――五時のチャイムが鳴ったら帰れってやつか。


 それはどこの地域でもあるような、ごく一般的な家庭のルールだ。


 ふに落ちない点もあるが、とりあえずこの件は置いておく。この際だから、もう単刀直入に聞いてしまおう。


「やっぱり、ここって……“出る”んですか?」


「“出る”とおっしゃられますと?」


 担当者はすっとぼけたようだ。言うまでもない。こんな都会まちの真ん中で、まさか熊の出没を心配するわけがない。


「幽霊ですよっ!」


「いえいえ、当然のことではありますが、そのようなご報告をこれまで受けたことはありません」


 担当者はにこやかに否定した。とりあえず安心……したいところだが、油断するのはまだ早い。ここからが本領発揮だ。


 不動産管理会社に告知義務はあるとはいえ、相手も商売だ。契約に不利な情報はなるべく隠したいはずだ。


 ――いっちょ、やってみるか。


 渡波は少し仕掛けてみることにした。


 渡波の専攻する社会学部に、市場調査は欠かせない。市場調査はアンケートなど数を重要視した情報収集が基本だが、渡波は量より質、個人からより深い情報を引き出す深層面接デプスインタビューを得意としていた。


 その手法は渡波の自己流で、取材というより世間話に近い。相手をリラックスさせ、その懐に入り込み、より自然な会話から無意識に本音を引き出すのだ。


「なんだ……ははっ。ここがヤバイって話小耳に挟んで、面白半分で来ちゃったとこあるんですけど、やっぱデマですか!」


 緊張が抜けたとばかりに笑い出す渡波に、担当者はわずかに困惑を見せた。だが、すぐに営業的な笑顔を張り付ける。


「そういう方もよくいらっしゃいますね。こちらとしてはご期待に添えず、申し訳ないことです」


「いえ、怖いの苦手で内心ガクブルだったんですが、いいとこ見つけてラッキーですよ! でも……本当のところ、住んでみないと分からないんじゃないです?」


 茶化す口調の渡波に、担当者は苦笑する。


「まさしくそうですが、この辺りに住む方々は特に噂好きなようで、それに惑わされるのも考えものです」


 契約をほのめかしたのが効いたのだろう。担当者はすぐにボロを出した。実際の入居者の心境は定かではないが、少なくとも近隣住民からの印象は良くないらしい。


「不動産屋さんとしては、商売あがったりじゃないですかー! そんな迷惑な噂、どうして流されたりするんでしょうね?」


「おそらくですが……古くからの住人と、新しい住人との兼ね合いが上手くいってないのでしょう。ご存知かと思いますが、ここ紙折市は近年の都市開発による人口増加のめざましい町ですから」


 そういえば、そんな話をどこかで聞いたような気がする。確か大学の講義でだ。


「事件のあと引っ越したいって言ってくる人、結構いたんじゃないですか?」


「そこまでのことはありませんでしたが……。あの事件は週刊誌にも取り上げられましたからね。お住まいの方が不安に思われるのも、無理からぬことです」


 週刊誌。それは有力な情報である。


「その上近所の人に、面白おかしくデタラメ流されちゃ、たまりませんよね。実際はこんなに良いところなのに……」


「いやはや、恐れ入ります。ただの自殺ならまだしも、実は殺人事件で犯人は同じマンションにいるとか広められたときは、こちらも困りものでしたよ」


 渡波の思考が、そこで凍りつく。


 地雷源を探っていたところで、思わぬ手榴弾が投げ込まれた。


 あの事件が本当に自殺じゃなくて、他殺だとしたら……?


 想像すれば、それは幽霊よりも怖い。渡波はかつての住人が落下して、死亡した現場と同じ造りのバルコニーにいる。手すりは高く、頑丈そうだ。簡単には壊れそうにないし、大人の男でも乗り越えるのは困難だろう。


 下を覗き込めば、二階のはずなのに、地面がやけに遠く感じられた。


 ゴクリと唾を飲み込んだ、そのとき――


 リン……


 鈴の音が聞こえた。


 同時に首筋から背中にかけて、何かが触れる。


 生温かい感触。


 それがべったりと、背後から張り付いてきた。


「ひっ!」


 渡波の体が跳ね上がり、振り払う勢いで見返る。


 そこには……誰もいなかった。窓越しにいる、担当者の様子にも変わりはない。


「あの、さっき後ろに……っ!」


「はい?」


 担当者は突然騒ぎ出した渡波に、困惑の表情を見せる。


 そこで気がついた。


 姿は見えない……。だが、気配はある……。


 その気配が渡波のかたわらをよぎり、遠ざかっていく。


 ――見えない誰かが、この空間にいる。


 リン……


 また音が鳴る。


 直後にガタガタと、床を踏み鳴らす音がした。バスルームからだ。


「あっちに……!」


 誰かいる!


 恐怖で言葉が出なかった。それでも引き寄せられるように、渡波はそこへ駆け込み、開放されたドアから中を覗きこむ。


 ――誰もいない。


 しかし、ふーっと息を吹き掛けたように、鏡が白く曇っている。


 その鏡に文字が並んで書かれていた。全てひらがなだ。


 近づこうとしたが、足がすくんで、これ以上動かない。


 遠目で読むしかなかった。



『かかわるな さもないと』



 そこで途切れたメッセージ。


 渡波が担当者を呼ぶ。だが、その前に文字は手でなぞられるように、すーっと跡形もなく、全て消えてしまった。






 翌日。早朝からのバイトが終わり、渡波はいつもの電車に乗った。


 だが、自宅の最寄り駅の手前で、渡波は電車を下りる。駅構内を歩く途中、震動するスマートフォンを取り出してみれば、そこに表示される友人の名前。一瞬迷ったが、渡波は電話に出た。


「……何だよ?」


 とげとげしい声が、自分の喉から発せられていることに渡波は驚く。友人は何も悪くなく、何もかも渡波の自業自得で、あんなに肩を並べて過ごしてきたのに、もう彼とは別の世界の住人の気がしてしまう。


「……渡波? やけに外が騒がしいな」


「駅にいるんだ。で、何の用だよ?」


「その……大丈夫……なのか?」


 心配そうに問う友人に、渡波は自分の状況が見透かされた気がして、ドキリとする。


「……何が?」


「何がって……昨日から、連絡を寄越さないから……」


「ああ……。今バイトしながら不動産屋まわったりで忙しいんだ」


 嘘ではない。今日も移動中や休憩中、暇さえあれば情報誌をめくったり、スマートフォンで空き部屋を探していた。だが、まるで進展していない。昨日の出来事から頭の中をめぐるのは、「サンシャワーメゾン」のことばかりだ。


「また今度ゆっくり話そう。あっ、あと彼女さんによろしく」


「は? 待て、わたな……」


 渡波は通話を切った。友人の切羽詰まった声が、通話口から途切れる。嫉妬による八つ当たり。我ながら情けない。だが、この件が終われば、少しは心の余裕が出来るはずだ。そのときまた二人で飲みに行って、彼女のことを祝福してやろう。


 渡波は紙折駅の改札を出ると、目的の場所、「サンシャワーメゾン」に向かっていく。


「ちゃんと……確かめないとな」


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