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サカナとノノとそしてぼく

 あくる日、気まずい気分で登校した。

 みんなに謝ってまわりたかった。いっとう最初にごめんね、をいいたいのはもちろんサカナなんだけど。

 サカナは曇りのない笑顔で登校してきた。ごめん、とぼくがいいかけるのをさえぎって彼女はいう。


「ねぇね、そんなことより、わたしの話を聴いてくれる」


 多少、気圧されながらも、ぼくはうなずいた。


「わたし、よねくんちの犬の夢をみたんだよ。よねくんちの犬、空を飛びながら笑っていたんだよ」


 犬? 笑っていた? 空を飛ぶってどういう?


 サカナが何をいっているのか理解できなかった。


「ほら」


 サカナが差しだしてきたのは、いつぞやの文庫本だった。布製のブックカバーがかけられた、あの本だ。ページをひらくと、それは文庫本ではなかった。文庫サイズの白い無地のノートだった。

 ひろげられたページには、ぼくが鉛筆でスケッチされていた。とてもじょうずな絵だった。隣には黒い犬がいた。タヌキみたいな丸顔をして足はソックスでもはいているみたいに白い。しゃがみこんだぼくは、おすわりの姿勢のノノの背中に手をまわし、楽しそうに一緒に笑っている。絵のノノから風が吹いてきた。風はたしかなノノの手ざわり、熱い息づかいとなり、ぼくのそばまでやってきた。そしてノノったら、いきなり跳びついてきて、ぺろぺろとぼくの顔をなめはじめたんだ!


 ああ、ノノだ。ここにノノがいる。


 ぼくはあったかなノノを、ぎゅっ、と抱きしめた。

 ふいに声がした。


「これ、きょう早起きして描いたの。ねぇ、話、聴いてる? わたしね、きのう夢をみたんだよ。よねくんちの犬が空を飛びながら、わたしのこと描いて、描いて、っていうんだよ。よねくんちで暮らしてるから、よねくんも一緒に描いてっていったんだ。すっごく可愛いの。わたしたち、お友だちになったんだよ」


 え? サカナはノノと会ったことないはずだ。


 ぼくは他のページをみた。クラスメイトの似顔絵があり、それに一人ひとりの名前が添えられている。絵はとてもじょうずだったし、あたたかみがった。サカナは本を読んでいたのではなく、みんなの似顔絵を描いていたのだ。

 ぱらぱらとめくった一番最初のページにぼくの顔があった。米田浩介くんと書いてあった。


「ノノは天国にいるの?」


 それが一番、知りたかったこと。


「ノノって名前なんだね。よねくんちの可愛い子。天国って、どういう?」


 と、突然、サカナは口に両手をあてた。


「あ、あの、もしかしてあの輝く翼の女の人たちって……」


 サカナのミドリに瞳から涙が丸みをおびてふくらみ、ぽたぽたとこぼれ落ちた。


「わたし、知らなかったよ。あの可愛い子、死んじゃったんだ。よねくんちのノノ、死んじゃってたんだね。ご、ごめんね」


「いや、あ、あの」


 ことばのかわりにすぐに涙がやってきた。もう限界だった。あれほど我慢していた涙だった。涙は雨となってそこいらじゅうを濡らした。ぼくとサカナは、くちびると体をふるわせ、わんわん泣いた。はらはら、ぽろぽろ、涙がとめどなく落ちる。ふたりとも泣いても泣いても涙は涸れることがなかった。

  中学生の女の子みたいな先生は途方にくれながらも、泣きじゃくるぼくらを校庭につれだしてくれた。

 彼女、ほほえみながら見守ってくれてたっけ。

 からりと晴れた空には、ぽかり、羊雲。


 それにしても。


 ぼくはつくづく思ったよ。

 サカナってば、ほんとうにお節介な女の子だなぁ。


  ※


 あれから席替えがあって、ぼくとサカナは離ればなれの席になった。

 けど、今では学校から一緒に帰ったりする間柄だ。ぼくたちはお友だちになった。そうすることが、とても自然に思えたから。


 ノノはいまもいる。ぼくらのそばに。


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