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宇宙が打ち寄せるミドリの不思議な瞳

 彼女はといえば、ぼくが生返事しかいないっていうのに、実にいろんな話題をこしらえては話しかけてくる。消しゴムだっていつもとおんなじ、必要な時にはぼくの手のそばに置いてくれるし、教科書だって机を寄せてみせてくれる。ぼんやりしていて先生に名前を呼ばれていることに気づかない時も、かわりに返事をしてくれ、クラスの爆笑をかうほどだ。

 サカナの甲斐がいしいお節介ぶりだったけど、なかなかサカナの心はぼくには届かなかった。


 ぼくはこたえを知りたかっただけなんだ。


 いや、こたえなんて誰も知りはしない。神さまだってそんなこと、知らないだろう。こたえのないこたえを求めて、ぼくは苦しむ。せめて死んだノノがいま、どんな気持ちでいるのか知りたかった。こんなふうに苦しんでいるとき、きまってノノはくうんくうん、という声でやさしくぼくをくるみ、慰めてくれた。


 ――ノノ。火葬場の火、痛くなかった? お腹すいてない? いま、どこにいるの? さみしくない? 天国いるのかな?


 夜、窓をあけはなち、すっかり暗がりに沈んだ犬小屋のほうに声をだして、つぶやく。何度も何度もぼくはつぶやいた。こたえはなかった。

 教室にいても相変わらず、うわの空の生活がつづいていた。

 なかなかセカイに焦点をあわせるのがむずかしかった。膜を一枚へだててサカナが何かをいっている、ぼくにむかって叫んでいるようだった。でも、サカナはまるで水のなかにでもいるみたいで、はっきり聴こえないのだ。


「ねぇ、わたしの眼をみて!」


 え?


 突然、声が聴こえた。


 どうして?


 サカナのミドリの瞳に焦点が合った。ぼやけたセカイが鮮明に焦点を結んだ感じがし、ボリュームが大きくなった光景に驚いた。

 理由はすぐにわかった。サカナがぼくの左腕をきつくつかんでいるのだ。

 ぼくはサカナをみた。


「わたしの眼をみて」


 サカナは命じるかのように、もう一度つぶやいた。


 これまでみたことがないようなサカナのミドリの瞳だった。緑の色が青みがかった宇宙をかたどり、ふかぶかとうるんで濡れていた。宇宙のふかいところから嵐がやってくる。風がごうごうと音をたて激しい渦流となっていた。ミドリとブルーが入り混じったサカナの虹彩にいくつもの銀河がキラキラ光の渦を巻いて生まれ、プランクトンみたいに浮いたり沈んだりをくりかえしていた。


 サカナは、この眼で何をみているんだろう。


 宇宙の森、と呼ぶしかない何か素晴らしいものがあった。

 もはや冷たい宇宙ではなかった。葉っぱは雨に濡れ、爽やかな風が吹いている。


 なんでも、おみとおしの瞳。


 彼女はみているはずだ。

 でも、ぼくの腕から手をはなすと立ち上がった。そのままぼくの方をみることなく教室から出ていった。カバンを持たずに彼女はいなくなった。放課後になっても戻ってこなかった。

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