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ノノもいつかは

 突然だった。飼い犬のノノが食べたものを戻したのは。それから急に容態が悪くなったものだから彼女を家の居間にはこび、横たえた。舌をだらり、と垂らし、激しく息をしながら足をびくん、びくん、とふるわせるている。痙攣しているのだ。


「ノノ、どうしちゃったんだろうね。変なもの、食べたんじゃないよね。それとも病気かな?」


 妹が涙声でうったえる。ぼくだって泣きたい。


 背中をさすってあげると少し楽になるのか、息がしずかになる。妹で交替しながら付き添った。

 真夜中だったが、お母さんはタウンページを引っ張りだすと、片っぱしから獣医さんに電話していった。けど、つながらない。入院できる病院にも電話をしたけど、結果はおんなじだった。

 妹は泣き疲れ、眼を赤く腫らしながら眠った。ぼくは一晩中、ノノの看病をするといい張ったけれど、お母さんはゆるしてくれなかった。いい争いをしたが、けっきょく眠気には勝てなかった。なさけない。ぼくはやっぱり、子どもなんだ。ソファで横になると、お母さんが毛布をかけてくれた。

  そして。


  ノノは死んだ。


 家にやってきたときは妹で、そのうちお姉さんとなり、さいごはお母さんよりも優しくぼくを見守ってくれた大切な家族の一人だった。不安でいびつになったぼくの心を、くうんくんという鳴き声で、いつだって甘く包んで慰めてくれたんだ、ノノは。


 でも、死んじゃった。死んじゃったんだ。


 ノノは夜明け前、まだ暗い朝のうちに死んだ。

 居間からキッチンまでゆき、ひとりで勝手口のドアをあけようとした。ガリガリ、爪で引っ掻く音で眼をさましたお母さんはドアを開けてやった。ノノはどうやら住みなれた小屋で最後の時をむかえたかったらしい。

 でも、行きかけて途中でばったり倒れた。お母さんが駈けよったときには、もう息はなかった。

 そのあと、お母さんは衣服の入ったダンボール箱をいくつかあけ、棺そっくりに作りなおすと、お父さんといっしょにノノをはこんだ。そして庭に咲くコスモスと菊を摘み、箱のなか一杯に満たしたのだ。

 妹の雄叫びとなった泣き声で眼をさました。

 ぼくもダンボールの棺に駆けつけていた。ノノが花に埋もれ、きつく眼を閉じていた。おそるおそる指でふれた。冷たかったし、硬かった。死ぬということが、むきだしのままそこにあった。


 ばくは泣かなかった。


 お母さんは動物霊園に電話したらしい。ノノを弔ってもらうのだ。あまりに展開がはやすぎて、ついてゆけない。だってノノはきのうまで生きていたもの。


 ぼくは子ども部屋に閉じこもった。学校は休んだ。泣かなかった。ただベッドの上で膝をかかえ、すわりつづけた。世界がたった一日で変わってしまった。夕方に動物霊園のトラックがやってきてダンボールの棺をもっていった。ノノはもう家にはいない。


 そのまたあくる日も、ぼくは学校を休んだ。

 そのつぎの日も、そのまたつぎの日も。

 お母さんは何もいわなかった。

 学校にいかなくなって三日目のことだけど、放課後、心配した友だちが大挙して家までやってきた。


 ぼくは友だちと会わなかった。


 みんな、お見舞いにきたのに会えなくてがっかりしていたし、泣きだしそうな顔をして帰っていったよ、とお母さんはあとでいった。

 それから男の子のなかに女の子が一人、混じったいたとも。

 サカナといえばわかります、と女の子はいっていたそうだ。

 はやく風邪をなおしてくださいね、とも。

 このとき、知った。ぼくは風邪をひいて休んでいることになっていたんだ。

 それからあと四日してから学校にいった。だけど、すぐにもとの日常に戻ることなんてできそうになかった。米田コースケはしゃべらない男子になった。暗くよどんだ雰囲気にそのうち誰も話しかけなくなった。


 でも、サカナだけはべつだ。

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