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彼とシリーズ

彼と出会う前の(星を落とすもの)

 バサバサとはためく服の裾。埃っぽい風になぶられて久しいそれは、色あせているしほつれている。けれど少年はその馴染んだ感が気に入っていた。

 同じようになぶられた埃っぽい髪が、粗雑さをもって横になびく。

「星がキラキラ光ってる、」

 唐突に始まった声は、歌っているのか喋っているのか判別がつかない曖昧さだ。

「ぼくのベッドにおやすみなさいと

 話しかけては光ってる

 星がキラキラ光ってる、」

 途中、強く風が吹き土煙が少年にぶつかったが、彼はその少し乾いた口を閉じることなく続けた。

 ガラ、と積み上がった瓦礫のどこかが崩れる音がした。乾いた地面に当たる音も。

 少年は手に持っている鈍く光を反射する、それをゆっくり上げ始めた。唐突に口を開く。

「星がキラキラ落っこちていく」

 パンッ。何だかまぬけな乾いた音だ。しかし確実に、それは、何かの動きを止める物。

 “何か”が崩れて乾いた地面に転がる音がした。

「ぼくのベッドにおはようと

 呟きつつも落っこちていく」

 彼の体はもはや砂まみれの土まみれで、しかし少年はそんなザラザラの乾いた感じが気に入っていた。何だかとても、身軽だからだ。

「星がキラキラ落っこちていく」

 だから、「キラキラ」も「落っこちていく」のも好きじゃない。キラキラは不自然で、落っこちるのは重たいからだ。

 少年は手に持った鉄を上げたまま、持っていない方の腕も上げる。

 役者や詩人が言葉を発する時のように。そう、彼はきっと、その真似をする子供だ。

 バサバサと鳴る風の中、すうっと息を集める音。

「ぼくの朝は星を落として

 そうしてぼくは目が覚める

 星をキラキラ落としては

 ぼくは目覚めを待ちわびる」



 いつの間にか閉じていた目を開ける。山場を終えた役者のように、何だかすっきりした少年はでもやっぱりちょっと恥ずかしくなった。誰もいないのに。誰もいないけど。

『パチパチパチパチ』

 なのに拍手の音が聞こえて素直に驚く。人がいた。急に恥ずかしくなる。驚いたせいではねた肩も、ちょっと恥ずかしい。

 子供らしい素直なまんまるな目には、多分人影。逆光で黒くなって、しかも建物とくっついてるから見にくくなって。

 逆光。太陽なんて、砂埃で汚れてるのに。

 不思議だ。

「いいね」

 多分人影が声を出したから、多分人影は人影になった。

 手の中の物は、まだ向けていない。

「いい?」

 どういう事だろう。手には力が入ってない。

 人影はこくんと頷いたみたいだった。

「うん、いいよ。何だか素直で率直で、そしてちょっとヒンヤリしてる。マザーグースみたいだ」

 人影が色んなことを言ってるけど、よく分からないことばかり言ってる。

 まだ彼を止められない。

「何?『ガチョウ母さん』って」

 そいつはちょっと黙って、そして頭を傾けた。

「んん、そうだね……子供に教える歌とか、お話とか。すっきりしているんだけど何だか怖かったりするやつだよ」

 すごくぼんやりとした話をされて、でも不思議に思う。

「それっていいの?」

 子供用のなんて、馬鹿っぽい。怖かったりするのは、嫌われそう。

 手はだらんと体の横だ。風が吹いたらぶらぶら揺れそう。

「私は結構好きだよ。好きな人は結構いるんじゃないかな」

 いい、じゃなくて好き、で返された。何だ、何、急に体が暑くなってきた。胸もどくどくしてる。

 彼の形がよく見えないか、よくよく目を集中させた。

「……す、き?」

「うん、好き。――君もきっと、好きなんじゃないかな。好きになるんじゃないかな」


 そう言ってふいに動き出したから、ちょっと焦る。動くとは思ってなかったから。

 今まで何かに腰掛けていたらしいその人は立ち上がったみたいで、瓦礫をガラガラ踏んづけながらも足をしっかり地面につけた。そうしてふいっと横を向く。

「あっちの方のでっかい建物、あそこら辺でさ、何かガヤガヤやってるだろう?」

 そっちを向いたまま喋るから、つられてボクもそっちを向いた。

「あの辺りでね、君みたいな子を集めてる。銃を打てる子、早く動ける子、戦える人達を。行ってみるといいよ。ご飯があるし休めるから」

 どういうことだろう。言ってることは分かるけど、何でなのかは分からない。

「何で? ……何があるの? 何されるの?」

 手に少しだけ力が入る。横を向いてた顔がこっちを向いたみたい。

「大きな戦いがあるんだ。いや、今もしてるって言うのかな。あそこはその戦いの準備をしてる場所。君が行ったら戦い方や勉強を教えられることになるだろう。でも君が本当に戦う事はしばらく無いよ、大丈夫」

「どうして?」

 彼は笑ったみたいだった。

「君は若いから」



 彼の言ってることはやっぱり何だかよく分からなくって、でも彼は後ろを向いてどこかに行こうとしてた。

 だけど手は動かせなかった。彼を動かせなくできなかった。

 埃っぽく吹いてた風は弱まって、瓦礫は何かの置物みたいで。

 少年さえもその場でとどまり、人影の人は手を上げ振った。

「マザーグースを知れますように」

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