子葉
作者:狂風師
ここは誰も足を踏み入れていない、緑でいっぱいの河原。
細く静かな清流があなたのすぐ真横を流れています。
空気はとても澄んでおり、都会の穢れを全く知りません。
あなたはそんな河原に芽吹いた、2枚の子葉を持つ植物です。
あなたが周囲を見渡すと、すでにそこにはいくつもの立派な花が咲いています。
赤色のもの、黄色のもの、ちょっと珍しい青色の花も咲いています。
しかし、やっと芽を出したあなたには、どの花も視線を合わせてはくれません。
あなたは早く成長して他の花と同じ立場になろうとしますが、栄養が足りていないのか、なかなか大きくなることができません。
あなたにはまだ、青々とした2枚の子葉しかありません。
これでは花に見えず、辺りに生えた雑草と間違われてしまいます。
雑草と間違えられたまま見向きもされず、そうして枯れていくかもしれません。
あなたが半ば諦めかけていた時、どこからか1匹の煌びやかな蝶がひらひらと舞ってきました。
木洩れ日の中を妖しく踊るそれを見ても、あなたの心は躍りません。
蝶は色鮮やかな花に惹かれるものであって、生い茂る草には関係のないものだからです。
あなたはそんな蝶の行方を、ほのかな期待を持ちながら見つめています。
するとどうでしょう。
ゆっくりとこちらに近付いてきて、あなたの小さな子葉の上で羽を休め始めました。
あなたの子葉や茎は、その蝶の撒き落とした金色の鱗粉で包まれていきます。
鱗粉は日の光を浴び、淡く輝きを放っています。
元気を失っていたあなたは、奥底から生命力が湧き上がってくるのを感じます。
どことなく懐かしいようで暖かい、忘れかけていた、もしかしたら忘れていたかもしれない感覚。
初めは手を出すのが恐ろしいと躊躇していたものの、一度受け取ってしまうと、むしろ気持ちの良い感覚にすらなります。
途端にあなたの子葉はすくすくと成長していき、やがて米粒ほどの白い蕾を身に付けました。
これで誰からも雑草と思われるようなことはありません。
しかしまだ花が咲いたわけでもありません。
依然として周囲の立派な花はあなたを見てはくれません。
それでもあなたは満足しています。
雑草から成長した喜びと、緑だけじゃない、白い色を手に入れたからです。
あなたの心の外側では喜びが爆発して、快感へと変わる。
まるで全身を柔らかい筆でなぞられているような、くすぐったい快感。
でも内側では、蕾で終わってしまう事に対しての不満がありました。
あなたはそれを隠し、くすぐったい快感に身を任せたまま空を見上げました。
そこにはあなたとは比較にならない、天にまで届いていると思えるほどの大木が何本も生えていました。
1つの影が現れました。
それはあなたに向かい、旋回しながらゆっくりと降りてきます。
羽の生えた光の玉のようなそれは、空の青さを切り取ったかのような色をしています。
興味にも似た不思議な感覚でそれを見ていると、段々と光度を増しつつあなたに近付いてきます。
やがて蕾に光が触れると、あなたの全体が弱い光を放ち始めます。
羽を休めていた蝶も、降りてきた光の玉も消え、あなたの蕾は4枚の花を咲かせました。
あなたは2枚の子葉から花弁へとなりました。
咲き誇った白い花弁は、すごく綺麗とは言えないものです。
周りの花と比べてしまえば、あなたの花は小さく、形も不揃いです。
それでもあなたは、前よりもさらに強い快感が頭の中を駆け抜けます。
気分が高揚してきて何でも出来そうな感覚に陥ります。
あなたはじっとしていられません。
いろいろな事を試したくなります。
急成長したあなたを、周りのまだ開花していない植物が見つめています。
注目されている、期待されている。
それは今までに感じたことのない、今まで感じていた感覚とは別の気持ち良さです。
あなたは蝶や光の玉を取り込んだことにより、新たな知識がどんどんを膨らんでいます。
やらずにはいられません。
それから、周りから見れば短い期間かもしれませんが、あなたは次々と行動を起こしました。
不意に強い風が吹きました。
葉や花弁だけでなく、根全体も揺るがすほどの強い風です。
あなたはそっと自分から手を離し、舞っていきます。
強い風の正体は自立の時を促す合図だったのかもしれません。
ふわりと舞ったあなたですが、すぐに近くを流れていた清流へと乗っかります。
抗う事もせず、ただ流れに乗っていくことしかできません。
あなたに出来ることはただ一つ。
流れ着いた先で、また新たな自分を作っていくことだけなのです。
書いているうちに長くなってしまいました。
いろいろ解釈の仕方があるかもしれませんが、正解なんてありません。
その人が正しいと思ったものこそが正解です。
区切りということで、一旦お別れになります。
ありがとうございました。
お次は尖角の作品をお楽しみください。