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孤独な悪魔の葬歌  作者: なつき
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episode 03 森の出会い


 甘い香りを辿って、エルドの木を探して歩く。一つが見つかると不思議なことに、一つまた一つとエルドはあった。奥へ奥へと誘うそれは、ほの暗い森の中で白い花をつけ、彼女を導く。

(どうしてだろう。ここを進めば進むほど、昔のことばかり思い出す)

 フィルルセナが木草について嬉しそうに話すから、スニルも覚えていた。食べられるもの、食べられないものだけではなく、怪我に使うもの、下痢や発熱に効くもの、咳止めや痛みの緩和に良いもの……。いくつかは祖母から教わったが、ニヴルガルの知識はさらに広く深い。

(おばあちゃんのは生活の知恵って感じだよね。でも彼らのは、学問といった風がしっくりくる)

 時々、彼らのほうが文化水準は高いのではと疑問を抱いた。彼らの持ちこむ細工物や織物は、見事な代物ばかりだ。街で見たどの細工物より精緻で美しい。彼らが何気なく持ち歩くかご一つとっても、出来がまったく違う。色鮮やかに染められた布地も美しい。普段彼らがまとうのは黒一色なのに。

 スニルが何より気になるのは、透明なガラス細工である。街で見かける見事なガラスはニヴルガルが生み出したものだ。滑らかな表面の透明で薄いそれは、市場でも滅多に出回らない。とてつもなく高値が付く一品になる。宝石以上に高価な代物だ。

 そんなことを口にした時だ。専門の職人が喜ぶな、とフィルルセナがはにかんだ。

「フィーを褒めたんじゃないけど?」

「その賞賛は、いずれ俺のものにだって注がれる」

 誇らしげなフィルルセナが珍しかった。これらの細工物をどうやって作るのか教えてと迫っても、彼は笑って誤魔化すばかりだ。

 部外者のスニルでは、彼ら独自の繋がりまで踏みこませてもらえない。そもそもフィルルセナの暮らす集落以外、森のことも、他の部族のことも、文化も、その殆どを彼らは教えてくれないのだ。スニルは、自分から理解しようとあれこれ尋ねたり、研究するしかない。

(何やってるんだって、よく聞かれたなぁ)

『あんまりフィーたちが森を大切そうに崇めるから、何か木々に秘密が隠されてるんじゃないかと』

 真剣になってスニルが森の木々を調べていると、フィルルセナは笑った。

『スニルは時々突拍子もないな。俺たちは森から生まれて、森へ還るものだ。だから森を守る必要があるだけだ』

『どういう意味? フィーだって、生まれたのはお母さんのお腹からでしょ? 森へ還るってどういうこと?』

 言いながら、スニルは自分たちのタブーを思い出していた。森へ入ってはならない。近づいてはならない。それは幼い頃から耳にタコができるほど言い聞かされていることだ。

 森はニヴルガルたちの領分だから立ち入るな、という意味なのか。

『人は、森へ還るものだ。魂は廻るものだろう』

『もう少しわかりやすく、具体的に』

 すると友人は、なぜスニルが理解できないのか悩むのだ。しばし黙考していたが、うまく説明できない、と肩を落とした。

『そういうものだと当たり前のようにあるものを、改めて説明することは難しい。そもそもどうして知りたがるんだよ、俺たちのこと』

『知りたいよ。知らないからみんな、フィーたちを怖がるんでしょう? あえてそうしているのかもしれないけど、みんな同じだってわかったら隠れて会う必要もなくなる。理解し合うことって大切だよ』

『へぇ。俺たちのこと、スニルが伝えてくれるのか』

 声に皮肉が混じる。彼らは身を守るために黒い布で全てを隠し、異文化を拒絶してきた。それをはぎ取れとスニルは言っているのだから。

 すっとフィルルセナは手を差し出してきた。スニルがまじまじとその手を見つめる。

『どうしても知りたいなら、一族へ加わるか?』

 それなら全部俺が教えてやる、と冗談交じりに彼は言った――

 あんな風に過ごせた時間はどれだけ希少だったのか。暗澹とした思いをスニルは抱いた。

 今は、異教徒狩りと呼ばれる者たちが多くいる。フィルルセナたちも他人事ではなく、住処も変え、その姿を容易に見せなくなった。言葉を交わし、会うための合図を持っているスニルだけ特別だったのだ。

 思い出に浸っていたスニルは、ふと足を止めた。息を切らしながら、滝のように流れ落ちる汗を拭う。

(だんだん森が暗くなってきてる。それに日暮れも近い)

 広葉樹の多かった森が、徐々に針葉樹混じりになっている。針葉樹だけの森は『黒の森』と呼ばれるほど一気に光を遮ってしまうのだ。葉の色も濃く、同じような木ばかりで区別がつきにくい。

(『三本王の木』が子どもみたいな、でっかいのばかりだし)

 いよいよ異界じみてきた。花の白さが目立つためエルドは判別できるが、これほど巨木に囲まれ、よくあんな低い木が生存できるものだ。

 寒気を感じる季節ではないのに悪寒がし、スニルは二の腕をさすった。ここまでは遭遇しなかったが、日没に目を覚ます獣は多い。

(いつまで進めばいいんだろう。どこまで……)

 そろそろ足も限界に近かった。冷たい汗を拭い、ふらふらと踏み出したときだ。つんのめった。腰の辺りが何かに引っかかっている。

 身を捩ったスニルはぎょっとした。黒いフード付きマント(サグム)をまとった小柄な人物が、真後ろにいたのだ。

「ニ、ニヴ……うわっ!」

 驚きに苔で足を滑らせた。いたたた、と腰をさするスニルへ、その人物は手を差し出す。小さな手に、刺青が刻まれてあった。ハッとなって仰ぐと、フードの下にある顔が垣間見えた。頬の辺りにも黒い文様がある。幼い顔立ちに、それはひどく禍々しい。

「……どうした、そのまま尻餅をついている気か」

 話す声も子どものものだ。知らず、スニルは口元を手のひらで覆う。

(幼子になんてことを)

 憤りにも似た感情が全身を駆け抜けた。背丈からの推測だが、まだ十にも届かないはずだ。記憶の中のフィルルセナだって、幼い時分に刺青はなかった。これは成人の証なのだ。なぜそんなものが刻まれている。

「やはり外界の民(ダウェド)だな。なぜこのような場所にいる。どうやって入ってきた?」

 スニルを冷めた様子で見下ろす瞳は、青い。身の丈より大きなねじくれた杖を突きつけられ、ごくりとスニルの喉が鳴った。

「ふ、普通に、歩いて。私の足でここまで。……あなた、ニヴルガルなの? ニヴルの子ども? でも、どうしてこんなところに一人でいるの」

 四方を確認しても仲間はいない。幼い子どもの単独行動を彼らは許さない。すると子どもは眉間にしわを寄せた。

「ここは私の庭だ。一人でいて何が悪い。それと、私は森の民(オラティア)使徒(ウァテス)が一人、ファジルだ。煤の化け物(ニヴルガル)など知らない」

「オラティア? ウァテス?」

「つまり、お前たちで言うところの……神に使える者だ」

 きょとんとしたスニルの眼前で、杖先が上下する。次はそちらが答える番だ、と促されたのだ。

「私はスニル。あなたのような黒い布(サグム)をまとう人たちを探しているの。どうしても会いたい人がいて」

 がばりとスニルは身を乗り出し、杖をつかんだ。

「ねぇ、フィルルセナって名前に覚えはない? 知ってそうな人に心当たりは? ううん、大人たちのところへ連れてってもらえるだけも――」

「あなたではない。ファジルと名乗った」

「あ、……ファジルは知らないかな」

 ファジルはしばし黙りこんだ。サグムの内側から探るような視線を送り、

「会ってどうする。なぜ会いたいのだ」

「会えるならそれでいいの。遠目に見るだけでも構わない」

 不意に突きつけられた杖が外された。緊張が緩和され、息を吐きながらゆっくりとスニルは身を起こす。

「……その髪飾り、どこで手に入れた?」

「これはフィーが作ったお守りだよ。習作だけど上手くできたからって、何年か前にくれたんだ」

「見せてくれないか」

「いいけど……大切なものだから落としたりしないでね?」

 筒状の髪飾りを手渡すと、しげしげとファジルは眺めた。刻まれた模様や文字を指でなぞり、木々の隙間から差す赤い夕日へ透かす。

「なるほど、部族の守りか。ふふ、道理で森がざわめく。半端に資格をもっているから……」

 見渡した木々が応じるようにさざめいた。



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