epilogue 孤独な悪魔
epilogue
寺院の巨大な扉が重く閉まり、月が早々に隠れようとしていた。儀式の終わった平原では、白い花が揺れる。その中でファジルは、一人佇んでいた。平原を賑わした光は失われ、今は空に本物の星々が煌めくのみだ。フィルルセナとスニルの二人も異界へ続く扉に呑まれ、今はない。
「月が沈んだよ、ファジル」
ファジルは杖を握りしめた。指が白くなるほど、固く。
「いつまでそうしてるつもり? 休まないの?」
「エコーは、この結末がわかっていたのか?」
低い問いかけに金色の妖精はきょとんとし、つんと顎をそらした。気色ばんだ少年の手が、妖精をつかもうとする。それをエコーは難なく突破し、
「八つ当たりはやめてちょうだいな。最初に言ったはずよ」
「何を!」
「あの子も、いつもの自殺志願者たちと変わらないってね。森の人じゃなければ、ここへ来るのは死に魅せられた者たちなの。死は、抗いがたい魅力なのよ。いい加減学習なさい」
小さな指で、エコーがファジルの額を弾いた。
放っておきなさい、深入りは止しなさい、と制止した彼女を振り切って助けたが、こんな終わりは望んでいなかった。二人の望みを叶え、幸せにしてやりたかったのだ。
額を押さえ、少年は拗ねたように膝を抱え込んだ。額が痛いから、涙が出てきた。
「死の魅力など知らない! なぜそんなものに惹かれる? なぜ自ら死を選ぶ? 残酷だと言ったな。私は残酷なのか。どうすればよかったのだ。私は、二人の望みを叶えたかっただけなのだぞ。私は!」
私は、と呟いた声が、震える。
ごめんね、と抱きしめられた感触がまだ残っている。
「……祝福を授けると約束、したのに。なぜ?」
まだ森の精ほど達観できないファジルは、顔を歪める。
「彼女にとってセナは、命をなげうつ価値のある存在だったのよ。ファジルは幼いからわからないかもしれないけど」
宥めるように、エコーは柔らかく話しかけた。
「選ぶのは彼らよ。道を示すのがあなたの役目だけど、与えられた選択肢を決めることも、そこへ進むことも彼らの意志だわ。真暗たちもそうでしょう?」
スニルを無理に留めたってそう遠からず還っていたはず、と森の精は淡々と口にする。彼女は死に囚われていた。今回は人として旅立てたが、無理強いして止めた場合、もっと悲惨な末路を辿ったかもしれないのだ。
「あの二人はあれで……よかったのか」
しゃくり上げる少年の頭を、妖精は撫でてやる。
「そうね。幸せとは言えなかったかもしれないけど、あの子たちは人として逝けたわ。正体をなくした化け物としてではなくね。それはあなたが力を貸したからだわ、ファジル。あなたが道を示したのよ」
悲しんでくれるだれかがいるなら救われたはずだと、エコーが言う。二人は遺恨なく次の生へも旅立てた。その幸福を受け止めてやるべきだと。
「これからも思う通りにすればいいの。正しいと思うことをね。たくさん間違って、たくさん傷つきなさい」
その傷があなたを強くしてくれるわ、と妖精は囁く。導き手を持たない故に、未熟なファジルは経験を重ね学ぶしかないのだ。
「私がいるわ、ファジル。あなたは一人じゃない」
甘い言葉は呪いのように少年へ注がれる。
ファジルの頬に流れた涙を妖精はすくい取って、そこへキスをした。
「大好きよ。やさしいやさしい、私の悪魔」
膝を抱えたファジルは、やがて杖を鳴らして立ち上がる。いつまでも泣いてはいられない。悲しみに暮れてもこの夜は明ける。しゃくり上げながら手渡された髪飾りを空に掲げた。持ち主の無事を祈るお守りは、白み始めた世界で鈍く輝きを放った。
願わくば、二人の来世が幸せでありますよう。
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