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孤独な悪魔の葬歌  作者: なつき
12/13

episode 07 約束


 暗転した。

 フィルルセナの意識が失われたのだ。真暗の手を両手で握りしめるスニルは、呆然とした。止めどなく涙が溢れては落ちた。最期まで彼はスニルのことばかり考えていた。約束を守れない後悔と、スニルへの想いが彼を縛りつけ、真暗にした――

「……終わったのか」

 覗きこむファジルへ、スニルが力なく頷く。少年は安堵したように息をつき、額に浮かんだ汗を拭う。その唇が、何かを言おうとした時だ。

 不意に真暗が身を捩った。赤い月のほう――寺院を見ている。巨大な扉が半分ほど開いていた。その真っ黒な空間へ、真暗や精霊たちが吸い込まれていく。ずっと続いた行列は、残り僅かしかない。

 ふらりと、フィルルセナだったものがそちらへ足を向けた。

「……え? 待って。待ってよ、ねぇ、どこへ行くの、フィー。ねぇ待ってってば! 迎えに来てくれたんじゃなかったの。約束守ってくれたんじゃ」

 涙を拭いて立ち上がったスニルを、小さな手が引き留めた。冷たいけども真暗とは違う、確かにそこに存在する手だ。

「あれと直に接触したらどうなるか言ったはずだ。あの扉はじきに閉じる。そうすれば私が、森の外まで送ってやる。陣から出るな!」

 だが子どもの身体は小さく、スニルは容易く一歩踏み出した。生温かな風が二人の間を通りすぎていく。一瞬だけ見つめ合うと、風に流れる髪を押さえ、スニルは扉のほうへ目を向ける。

「行かなきゃ。フィーが呼んでる。私を待ってる」

 くしゃりとファジルが顔を歪ませた。年相応の子どもの顔だった。

「なぜだ。どうしてだ? お前は私たちの一族に加わるんじゃなかったのか。私が祝福すると、セナと約束したのだぞ! 行ってはならない。ここにいて私と――」

 スニルは赤くなった目元で柔らかく微笑むと、不意に小さな身体を抱きしめた。黒い布(サグム)でわからなかったが、痩せた身体だった。やわらかな髪を撫で、頬を寄せて「ごめんね」とささやく。精一杯、やさしく伝わるように。

「ここまで案内してくれて、ありがとう。本当に感謝してるよ、ファジル。仲間になって、あなたたちのこともっと色々知りたかった。あなたのことだって大好きになれると思った」

「それなら」

 なおも引きとめようとするファジルの手を両手でスニルは包む。宝物だと言った銀の髪飾りを握らせ、

「フィーと約束したの。迎えに来てくれたら一緒に行くって約束を……。ごめんね。私行かなきゃ。フィーが、待ってるから」

 顔を歪めて硬直するファジルの手をそっと放し、彼女は駆けだした。振り返ることなく、閉じかけた扉の前で待つフィルルセナの元へ。

 真暗は相手の目を奪い、記憶を喰らう。

 巨大な赤い月を背景に、人の形をしていたものが波打ち、形を変えた。真っ暗な布がスニルへ覆い被さるように、ゆっくりと広がっていく。風が白い花びらを舞い上がらせ、スニルの長い髪をなびかせる。

 この理不尽な世界に未練はなかった。誰だって生きたいだけだった。

 何が正しかったのか、何を間違ってしまったのか。もうわからない。

 一番大切なものはここにしかない。

「フィー」

 温もりのないものに彼女は笑いかけ、両手を広げる。

 恐怖はなかった。心は不思議と温かなもので満たされている。

「私も、フィーが大好きだったよ。最初に出会ったときから、ずっと」

 森と平原の境目で、怪我をしたスニルは真っ黒な布をかぶった少年に出会った。逃げる少女を叱りつけ、しっかり手当をしてくれたぶっきらぼうな少年に。その時から、少女は少年に惹かれていたのだ。

「フィー。私を、好きになってくれて……ありがとう」

 黒いものに全身を包まれていく姿は、まるで恋人たちの抱擁のよう。

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