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孤独な悪魔の葬歌  作者: なつき
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episode 06 誘われるモノたち

 これから儀式を行う。陣から出ずにじっとしていろよ。

 森の入口まで戻ったファジルの宣言後、ぼうっと白い明かりが灯った。あの石像は灯籠だったのだ。少年がゆっくりと歩き、しゃん、と杖を振るたび両脇に光が宿った。二つで対になった灯籠は、少しずつ光の道を延ばして近づいてくる。

(どういう仕組みなんだろう、あの灯り。やっぱり魔法なのかな)

 松明とは違う不思議な灯りだった。まったく揺るがない。

 しゃがんだまま、スニルはそれとなく辺りに視線を這わせた。儀式と呼ぶからには、他の面子が見えて良いはずだ。しかし人の気配はない。広々とした平原を見渡したが、悪魔の少年以外わからない。

(フィーが来るって言っていたけど)

 ふと、強風に木々が揺れる。その音が人のうめき声のようで、スニルへ緊張を促した。考えてみれば、こんな夜中に『儀式』とは不気味な話だ。全貌が見えないものへ参加している自覚が、今更スニルを落ち着かなくさせる。

(怖くなんかない。あの子が平然としているのだから――)

 あ、と息を呑んだ。ファジルの背後で、森の影がぼこぼこと膨張している。淡い光を発し雲のように膨らみ――突如少年の頭上で弾けた。「危ない!」声を出す間もなかった。いくら悪魔といえど呑まれてしまう。

 しゃん、と澄んだ音がした。いびつな杖の一振りが、ぴたりとそれを縫い止める。さらに石突きで石畳を打つと、突進したものが宙に散った。勢いを殺され、ふわふわと投げ出されたそれは『精霊』たちだ。あぶくのような『精霊』は、空中を漂いながら小さな背中を追いかける。そのさらに後ろを、体を揺らす真暗が続いた。

(この世ならざるものを先導しているみたい)

 ファジルの掲げる光を頼りに『精霊』たちが集まると、あの子の周りだけ、平原が星の海のようだ。

「きれい……。光と戯れてる」

 だけど、なんて寂しい光景なのだろう。

「お気楽なこと言わないでちょうだい」

 耳元で声が響き、うわあっとスニルは飛び上がる。『森の精』が舌打ちした。ファジルにくっついていた彼女が、いつの間にか傍らにいたのだ。

「静かにして。いい? これはあなたみたいな能天気な人間が、のほほんと見物していいものじゃないの。神聖なものよ」

 腰に手をあて、『森の精』が人差し指でスニルの鼻を押し上げてきた。それを追い払い、改めてファジルへ目を向ける。

「……あの子、何をしているの?」

「ファジルは世界の歪みを正すべく、森に集まる善くないものを鎮め、送ろうとしている。あんたが綺麗と言ったあれは、澱。ちっとも綺麗なんかじゃないわ。……危険なものよ」

「あの子は……魂だって言ってた。あの道を通るものは」

「全部が全部じゃないわ、この森は特異だから。魂なんて、あの輝きのごく一部に過ぎないの」

 俺たちは森に生まれ、森に還る。

 フィルルセナの言葉が蘇る。もしファジルの後を追う真暗や『精霊』が何かの魂であるなら、それは還るべき場所を見失ったものたちなのだろうか。あの世へ逝けず、森に澱み、辿るべき導を探して彷徨っているのか。

「どうして真暗なんかがあるの。あれが魂の形だと言うなら、どうしてあんなものに」

 人を襲う化け物なんかになってしまうのか。

「この世に多くの未練を抱えているからよ。何かが楔となって彼らを縫い止めているの。特に人間は罪深いものだから、その形すら捨てられないのよ。……憐れなものだわ」

 あれだけ数があっても、森に潜んだ真暗の比ではないと『森の精』は言った。ファジルの導きに誘われたものは、ほんの僅かだ。生を全うし、未練なく旅立つ魂はほとんどいない。この森で、傷を癒しながら旅立ちを待っている。

 ゆえに真暗は人の記憶を欲するのだ。未練を埋めるために。

(……ああ。これは)

 霊送(たまおく)りの儀式なのか。

 だとすれば、やってくる者とは。

「あの子はね、何一つうそを言ってないわ。あなたに手を貸したいって気持ちも本物よ。……薄々勘づいてはいたんでしょ」

 来たわよ。そう言い残して、再び彼女は悪魔の元へ行ってしまう。待って、と引き留めようとしたとき、草を踏む音がした。どくん、と心臓が跳ねる。一体の真暗が、長い列から離れてスニルのところへ向かってくる。真暗は、悪魔の描いた陣を越えられない。ぼんやりとその縁で立っている。

「……フィー、なの?」

 フィルルセナだと断言する確信などなかった。彼だとわかる特徴もない。真暗の透き通る真っ黒な体は、時折青い細かな光を帯びた。顔のある位置には、陶器の器のようなつるりとしたものしかない。あの鮮やかな青い瞳も、憎まれ口を叩いた口も、刺青を入れた真っ白な肌もない。

 だが、この一体がずっとスニルを追っていた。スニルを呼び続けていた。ここにいる、と声にならない声で。

「……フィーなんでしょう?」

 物言わない真暗は、真っ黒な手をすっと差し出した。

 陣から出てはならない。引きずられるな。

 そう警告されたのに、手を伸ばさずにいられなかった。しゃがんだ姿勢のまま、這うように近づき、スニルは真暗の指先に触れる。その途端、何かが弾けた。凄まじい情報が伝わってくる。

(ああ、これは)

(フィーの、記憶なの?)

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