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孤独な悪魔の葬歌  作者: なつき
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episode 01 禁猟区の森へ

 それで、お前の望みは何なんだ?




「だれか、いませんか。だれか……だれかいたら返事してください、だれか」

 だれか、だれか、だれか。

 少女の高い声が、空しさを帯びて木霊した。

「だれか、私の声が聞こえるなら返事をしてください。お願いです。私は、ディアン・オンの娘、スニルです」

 耳を澄ませても、聞こえてくるのは木々のざわめきだけだった。

「禁を破ったことは重々承知しています。だけど、会いたい人がいるんです。お願いです返事を……返事をしてください」

 遠くまで聞こえるよう喉の限りに出した大声は、沈黙を裂くばかりだ。風が笑うように木の葉を散らし、スニルの長い薄茶の髪をなびかせた。

 スニルは来月十八になる少女だ。襟を右胸のところで合わせた上衣に、膝丈の下衣、足はやわらかな革の靴を履いている。年ごろだが耳飾り以外に洒落っ気はない、活動的でさっぱりした身なりだ。

 彼女の目の前には、うっすらと踏み固められた道があった。獣道のような細い道が、森の奥深くへと続いている。進むべきか、戻るべきか、わずかな迷いが芽生え、周囲へ目を飛ばしたときだ。

「わっ」とスニルは悲鳴をあげた。地面に露出した根が足をすくったのだ。ブナは浅く根を張るため、ぼこぼこと地面に凹凸を作る。むっと木に八つ当たりしかけ、いやいや落ち着け、とスニルは深く呼吸した。

(木は、時を超えて私たちを見守ってくれるものだわ。フィーが言っていたじゃない。木を傷つけてはならないって)

 姿を消したフィルルセナのことを思い出し、スニルは項垂れる。親しかったニヴルガルの集落がなくなったのだ。破壊された跡を思い出し、彼女は自身の二の腕をさする。汗ばむほどの熱気に取り囲まれているはずが、鳥肌が立っていた。

(元気かなとか。どうしてるかなとか。無事なのかな……とか。怪我してない、かな、とか……)

 暗い想像が脳裏を過ぎり、我知らず「フィー」という気弱な言葉が漏れた。

「ああ、駄目ダメ! 滅入ったってフィーはいない。いないんだ。だから足を止めるなったら!」

 ぱぁんと両手で頬を叩いたスニルは、改めて木々を仰いでたじろいだ。目の錯覚か、厳粛な寺院に足を踏み入れた気がした。すっと伸びたブナが、高い位置に枝葉を伸ばしているせいだ。アーチを描く天井に圧倒される。透き通る丸い葉の合間を、晩夏の日差しがぽつぽつと落ちた。

 自分が罰当たりなことをしている気がして、スニルの喉がごくんと鳴る。

(怖じ気づくな)

 己を鼓舞して、一歩踏み出す。ここから先は、立ち入りを禁じられた禁猟区の森だ。人の手を拒むただただ深い森が支配する領域である。

「……何も起こらない、よね……?」

 ほっと息をついて、スニルは服の合わせから髪留めを取り出した。銀細工の意匠にはたどたどしく花が刻まれてある。お守りだ、といつか渡されたものだった。

(お願い。ここへ入ることを許して。罰があるなら受けるから!)

 手櫛で髪をまとめたスニルは、髪留めを通した。これをくれた人物の残像が、眼裏を過ぎって消えた。

(お兄ちゃんには悪いけど、私の幸せは自分で決める。どうしてもフィーに会いたいの)

 決意を秘めて森へ突入したスニルの背後で、時期でもないのに赤い実をつけたナナカマドがぞろりと揺れた。まるでどこかへ合図するかのように。



 †


 騒々しいのが入ってきたな。騒々しいのが……。いつもと様子が違う。だれかを捜しているのか。

 ああ、目が覚めちゃったの、ファジル。いつもならまだお休みの時間なのに。

 うるさくてな。お前は気にならないのか。

 ここへ来る人間なんてどれも同じだもの。思い詰めながら何かを探してる。あの子は多少元気があるようだけど。――放っておけばいいのよ、森へ惹かれる人間なんて。ろくな者じゃないわ。

 しかし、フィーとはもしかしてあの者のことでは……

 だーめ! 駄目ダメ! 休みなさい。ほら目をつむるの。今夜は儀式があるのを忘れたの? そちらに集中しなさい。

 だったら、尚更気になることを片付けた方がいいだろう。休むに休めない。

 ダメよ、休みなさい。あなたがしくじったら、行き場を失う魂が大勢出るんだってことを忘れてはダメ。あんな小娘、気にしないの。大切な役目を、決してないがしろにはしないで。ファジルじゃないとできないことなんだから。

 ……わかったよ。

 そうよ。いい子ね、ファジル。さあ、横になって、瞼を閉じて。


 †



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