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第三章 懐中時計と伯爵と操り人形 その一




「むー……」


 最上級の布団の中で、ハーシェリクはくぐもった声を出し寝返りをうつ。

 散々な宴を終えたハーシェリクは、その後父に連れられ部屋に戻り、本人以上に残念がっているメリアに慰められながら入浴し、寝間着に着替えてベッドへと潜りこんだ。

 いつもなら三分と待たず夢の世界に旅立つ彼だが、今日は目が冴えてしまって夢への旅路は遠く感じられた。


 ハーシェリクが逆方向へもう一度寝返りをうつと、サイドテーブルに置いた銀古美の懐中時計が目に入る。

 売国奴と罵られたルゼリア伯爵が捕らえられた時に、偶然自分の足元に転がってきた代物だ。まるで磁石のように視線が引き付けられ、気がつくと自分の手の中にあった懐中時計は、今はカーテンの隙間から入り込んだ月光に照らされ銀古美が鈍く光っている。

 誰にも咎められなかった、というよりは周りはそれどころではなく慌ただしかったため、誰にも気が付かれることなく、そのまま自室まで持ってきてしまったのだ。


 ハーシェリクは布団から抜け出し、懐中時計と手に取る。

 開閉はボタン式になっていて、押すと蓋が開き時計が現れた。体感でなんとなく予想はしていたが、どうやらこちらの世界も一日が二十四時間のようで、転生前の世界と違うが数字が十二個同じように並んでいる。

針の位置で、今が夜の十時をすぎたところだとわかった。


(……どうして、父様はルゼリア伯爵が売国奴だと言われた時、悲しそうな顔をしたのだろう。)


 ハーシェリクの記憶の脳裏には、父の悲しげな表情が焼き付いていた。王なら臣下に裏切られたと怒りを露わにするべき場面だろう。優しい父なら悲しむかもしれないが、あの表情はどちらかというと落胆していると言ったほうがしっくりくる。


(それに、伯爵は悪い人に見えなかったし……)


 ルゼリア伯爵は、真摯に国を憂いているようにハーシェリクには見えた。同時に追い詰められているようにも感じた。


(……なにかが、おかしい。)


 あの場で感じた違和感が、ハーシェリクの睡眠を妨げていた。

 それがハーシェリクの中で不安を呼び、焦りを掻き立てる。必死に違和感の正体を暴こうと、ハーシェリクは記憶を辿りあの場であった出来事を思い出す。


 ルゼリア伯爵が取り出した書類

 父の驚きの表情

 バルバッセ大臣が取り出した密書

 自信に満ちたバルバッセ大臣とは対照的に、絶望的な表情をするルゼリア伯爵


 あの時には気がつくことができなかった細部まで思い出そうと、何度も頭の中で再現する。


(……あ)


 何度目かの再現でそれに気が付いた瞬間、ハーシェリクの中で焦りが霧散した。無意識に緩んだ手から懐中時計が落ちたが、気にしてはいられなかった。


(大臣の証拠と、伯爵の行動の辻褄が合わない!)


 大臣の持っていた証拠は、確かに決定的な証拠だったかもしれない。だが亡命する為に他国へ密書を送るような人間が、危険を冒してまで罪をなすりつけようと、王に奏上しにくるだろうか。


 もし自分が彼だったら、すぐにでも逃亡をはかるだろう。罪を擦り付けるより、簡単で高い確率で成功する。警察署にわざわざ証拠を持って出頭する泥棒などいないのだ。


 それに、大臣の行動も思い返せばおかしかった。なぜ伯爵が渡した書類を確認もせずに、内容も知らないはずなのに、偽物と断ずることができたのか。


(……もしかして、予め渡される書類が何か知っていた?)


 ひとつの矛盾に気が付くと、あれもこれもと不審な部分が目に付いた。

 それにバルバッセ大臣の最後の表情が、ハーシェリクは忘れられなかった。まるで時代劇の悪代官のような人を馬鹿にしたあの表情は、ハーシェリクの不愉快度を跳ね上げる。


『……先手を、とられていたのか。』


 最後に呟いたルゼリア伯爵の声が、頭から離れなかった。


 ハーシェリクはベッドから降り、落ちた懐中時計を拾い上げる。落とした時の反動か蓋が開いていて、それを見たハーシェリクは目を見開く。


 そこにあったのは先ほど見た時計ではなく、小さいが肖像画がはまっていたからだ。

 どうやらこの懐中時計は、二重構造になっていたらしい。開閉ボタンを軽く押し開けると時計が、再度閉めボタンを押したまま開けると肖像画が現れる仕組みだった。


 肖像画はやつれていない若々しいルゼリア伯爵、伯爵の奥方だろう女性、その女性の手には赤子が抱かれ三人家族は幸せそうに微笑んでいた。


『伯爵は死刑だろうな……』


 自室に戻る途中での、貴族たちの会話を思い出す。


『今頃は牢屋か? 大人しくしてればよかったのに。』


 懐中時計を閉じサイドテーブルに戻すと、ハーシェリクはベッドに入り布団を被る。


(今は、伯爵には会えないだろうな。)


 きっと今頃は取り調べが行われているだろうと、簡単に予想ができた。


(明日、早起きをして会いに行こう。)


 なぜか、彼に会わないといけないような気がした。

 ハーシェリクは眠れそうにもないが、それでも瞳を閉じる。


 この世界に転生し、前世の記憶を思い出して早二年。ハーシェリクは前世とは比較できないほど贅沢な王族の暮らしをしてきた。

 動かずとも食事は用意され、服は全てオーダーメイドの最上級、母は死別していても乳母のメリアが優しくしてくれ、父は王様で優しく美青年。


 前世では考えられないような不自由のない夢のような世界で、これが転生した先の自分の立場だと思っていた。まるで宝くじでもあたったかのようだ。


 だが自分を取り巻く世界は、そんな甘い夢のような世界ではなかったかもしれない。思い返せば不自然なことはたくさんあったのだ。でも自分はそれを見て見ぬふりをした。それを直視してしまったら、前世の事を全て諦め忘れるような気がしたからだ。


 自分の死んだことやもう会えない家族の事、その現実を認めたくなくてこの世界の上辺だけの甘さに溺れていただけかもしれない。


 知らなければといけないと思う義侠心と、現実から目を逸らしたい恐怖心がハーシェリクの中でせめぎ合っていた。






 朝の四時前、まだ薄暗い部屋の中でハーシェリクはベッドから起き上がり、できる限り素早く着替えを終える。まだ春の初めで肌寒く感じたためさらにコートを着た。

音をたてぬよう扉を開け、廊下に頭だけ出して誰もいないことを確認し廊下を走り出す。


(メリアに、城の見取り図をみせてもらっといてよかった。)


 普段出歩く時はいつもメリアと一緒だったし、決して後宮や庭園から出ることはなかったが、メリアはどの道を通ればどこに行けるかを丁寧に教えてくれた。


 城は大まかにいえば、後宮など王の住居が北、政の主要施設である王城が南、研究施設が東、そして兵士や騎士がいる軍の施設が西にある。正確にいえば細部は違うだろうが、出歩いたことがないハーシェリクにとって目的の場所、牢屋がある西の城に行く道順さえわかっていれば十分だった。


 誰もいない廊下を抜け、中庭に出る。この中庭は後宮に住まう者たちのみが踏み入れることができる場所だ。昼間は妃達が庭の草花を眺めながらおしゃべりに花を咲かすが、まだ日も昇らない時間帯だと人一人いない。


 そんな庭園の横にある渡り廊下を抜け、王城へと向かう門を潜り途中西へ曲がる。そのまま西に向かえば目的地が見えてきた。

 途中夜勤で見回りをする兵士達の目を回避しながら、ハーシェリクはなんとか目的地に辿りつく。


 王城から軍施設へ向かう渡り廊下を抜けるとまずは訓練場があり、昼間なら兵士や騎士達で賑わうだろう。だが今は無人で、訓練場を囲むように軍の施設がそびえたっていた。


 初めて出た後宮の外。普段のハーシェリクならはしゃいただろうが、今はそんな余裕はなかった。


(牢屋は西のさらに西の……)


 記憶の中の見取り図を思い出し、ハーシェリクは歩き出す。途中見回りの兵士を何度かやり過ごし、辿りついたのは軍の施設の裏側だった。


 城壁と施設の間。手入れが行き届いていないのだろう植木の周りには雑草が生い茂り、背の高い草は伸び放題だった。子供の体だったら、伏せるだけですぐに身を隠せそうなので好都合だった。


 建物の壁には、地面すれすれで格子のついた窓がある。窓とはいっても硝子ははめられておらず、ただ格子がついているだけ。それも逃走防止の為だろう小さな窓が、半地下の牢屋の明かり代わりになっている。


(この中に、伯爵がいればいいのだけど……)


 手に握った銀古美の懐中時計をお守り代わりに、ハーシェリクは格子に近づいた。


「ルゼリア伯爵、いませんか?」


 誰にも見つからぬよう小さな声で話しかけたが返事はない。それを窓ごとに繰り返したがやはり返事はなかった。


(次が最後……)


「伯爵、いたら返事をしてください。」


 ここにいなかったら会える可能性はなくなる。ハーシェリクは懐中時計を握る手に力がはいり、祈るように言葉を紡ぐ。


「誰だ?」


 その声は、広間で聞いた浅黄色の髪を持った男性の声と相違なかった。





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