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第一章 転生と小さい紅葉とぷにぷにほっぺ その二




 交通事故で死んだ事実を、涼子は納得した……納得せざるを得なかった。


 涼子は自分が好んで読んでいた漫画や小説、そしてゲームによくあった設定だったと思い出す。

 現代日本から、高校生や大学生が交通事故なり病気なりで死んだ後、異世界へ前世の記憶を持ったまま転生し世界を救ったり、征服したり、モテモテになったりする王道ファンタジー。


(まさか三十代で、そんなライノベ設定じみたことになるなんて……)


 涼子は脱力して、ふかふかの絨毯の上に再度寝ころぶ。思った通りに動かないこの赤ん坊の身体では、座っているだけでも重労働だった。


(……とりあえず、マンションのローンは、私が死亡したからチャラになった。)


 ぼんやりと天井を見ながら、涼子は前世の事を思い出す。人生何が起こるかわからないというが、まさか死んだ後にやり残したことがないか考えることになるとは思わなかった。


(ゲームの予約は、その日取りに行かなかったらキャンセル扱いになったはずだから大丈夫……否、馴染みの店員さんは以前、残業で取りに行けなかった翌日に「とっといてありますからね!」って爽やかに電話してきてくれたっけ。もしかしたら心配して取っといてくれているかもしれない。申し訳ないな……。)


 高校時代から付き合いのある店員のお姉さんは、家族以外でオタクな自分を出せ唯一の人だ。店に行くといつも笑顔で迎えてくれるから、つい笑顔で応じてしまっていた。


(そういえば、締め切りが近い仕事があったっけ。急な案件を頼まれたから、明日やろうと思ってデータ打ち込みさえやってない……入ったばっかりの新人のあの子にできるかな。部長もフォローしてくれるだろうし、マニュアルあるから大丈夫だと思いたいけど……あー念のためマニュアル作っといてよかった。)


 後輩には「いつ私が死んだり失踪したりしてもいいように、虎の巻作っといたからね!」と言っていたが、本当にそうなるとは当時の自分は思わなかっただろう、と涼子は感慨にふける。


(あとは妹たちが親に発見される前に、パソコンデータを消しといてくれますように……)


 涼子にとって本当にこれだけが心残りだった。

自宅にあるパソコンには、ちょっと他人には見せられないようなデータが保存されている。それはもうR指定やら創作物やら、大昔に書いたポエムやらと、黒歴史が詰まっているパンドラの箱。正直生き返ることができるなら、すべてを全消去してしまいたいが涼子の本音だ。


(これも妹たちに「私が死んだらパソコンは水ぶっかけて電源をいれて起動不可能にしてね。中見たら枕元に立つから。」と脅しといたから大丈夫……大丈夫ダヨネ? マジデ。)


 もし見られたら死ぬ! いやもう死んでいるんだけど。転生してしまったから枕元立てない、と明後日な方向で悔しがる涼子。


(撮り溜めた月九のドラマもみられないや。)


 仕事が忙しくて、どうしてもドラマやアニメを見られず撮り溜めてしまい、ハードディスクドライブの容量はいつもギリギリだった。いつも週末に見ようと思い忘れてしまい、初回から最終回まで全て録画してあるのに結局見ずに削除、なんていう無駄なこともざらだった。


(あー……今週末は、実家帰るんだったっけ。いつもケーキ用意してくれてたし、食べたかったなぁ。)


 独り身の涼子を心配してか、彼女は両親に誕生日やクリスマス、イベントがなくても月に一度はなにかと理由をつけて実家に呼びつられていた。


 筆不精ならぬメール無精な妹たちから、珍しくメールが送られてきたことを思い出す。


 妹たちが結婚してから滅多に全員が集まることはなかったが、皆が集まるというならちょっとお高いアイスでも買っていこうかと思っていたのに……


 そこまで考えてふと気が付いた。否、できるだけ別の事を考え、気が付きたくないから考えないようにしていたが、やはりそこに行きついてしまった。


(もう家族にも、同僚にも友達にも知り合いにも、誰にも会えないんだ……)


 鼻の奥がツーンと痛くなり、目頭が熱くなる。喉の奥からこみあげてくるものが嗚咽となり、胸がいっぱいになった。


 家族と最後に会ったのは、一か月前。

 買い置きの米がなくなったので、実家に夕飯を食べに行ったのだ。母に来るなら連絡しろと怒られつつ、父とビールで晩酌。


 父の仕事の愚痴を聞き相槌を打ちながら、母が用意してくれた刺身や煮物をつまみにし、母特製の炊き込みご飯を食べる。

 母も晩酌に加わり「もうすぐ三十五だけど、結婚とかどうするの?」と聞かれ、「旦那ってどこにも落ちてないんだよね。」と冗談を言うと母は呆れ、父はお酒が入っていてかなぜか上機嫌に笑っていた。


 そして誕生日のある週の週末はケーキくらい出すから来なさいね、と言う母に見送られ実家を出た。

 その翌日の夜には妹たちから誕生日会行くからね! プレゼント楽しみにしとけよ! とメールが入り、この年齢になって祝われてもねぇと思ったが嬉しかった。


(プレゼント、結構楽しみにしてたんだけどなぁ……)


 多少の変化はあるものの、平凡な毎日が続くと思っていた。

 将来もしかしたら結婚したかもしれないし、しないならしないで両親の老後の面倒をみながら仕事を続ける。

 妹たちの子どもを可愛がって、仕事が定年になったら老後は貯蓄で食い繋ぎつつ、ボケる前に老人ホームに入って、最期は妹に葬式をあげてもらえばいいと思っていた。

親より先に死ぬ気など全くなかったのにとんだ親不孝者だ。


(ごめん、ごめんなさい……親不孝で、ダメな姉ちゃんでごめん……)


 部屋に赤ん坊の泣き声が響き渡った。






 突然響き渡った泣き声に、乳母のメリアは慌てて部屋に戻った。


 いつもだったら、彼は食後すこぶる機嫌がいい。泣くのは夜泣きぐらいで、昼間はお気に入りの犬のぬいぐるみさえ傍にあれば、終始ご機嫌な男の子。

泣くことが仕事な赤子なのに、あまり仕事のしないハーシェリクは本当に手のかからない赤子で、手のかから無すぎで心配したくらいだった。

 よく食べ、よく眠り、よく笑う赤子の鏡のような赤子。


 メリアが部屋に駆けつけると、ハーシェリクは絨毯の上で仰向けになり、顔を真っ赤にして泣いていた。


「ハーシェリク様、もしかしてお怪我を!?」


 メリアが慌てて抱き上げ、可能性のありそうな後頭部を擦ってみる。だが瘤はなく、むしろ形のいい後頭部だった。

 赤子が楽なように自分に寄り掛かるように抱き上げ背中を擦ると、それに反応してか声が小さくなっていった。メリアは落ち着き始めたハーシェリクに安堵の吐息を漏らす。


「倒れてびっくりしちゃいましたか? ハーシェリク様。」


 すんすんと泣くハーシェリクを抱いたまま立ち上がり、小刻みに体を揺らしてあやす。


「あらあら、お顔が真っ赤になっちゃいましたね。」


 等身大の立て鏡まで連れて行き見せる。ハーシェリクは元々色白なので、赤くなった頬がとても目立った。


 メリアは鏡の前に立ち、ハーシェリクに鏡を覗きこませる。すると彼の泣き声がぴたりと止まった。

 不自然なほど急に止まったのでメリアが覗き込むと、ハーシェリクは身を真ん丸にして固まっていた。そして自分の指で赤く染まっている頬をつねっている。


「ハーシェリク様、頬を抓っては痛いですよ。」


 メリアはやんわりと窘めて、小さな手をそっと頬から外す。だがハーシェリクは目ん玉を真ん丸にしたままだった。


(……マジで?)


 涼子は、流していた涙が引っ込むほど驚き、言葉を失った。


 鏡に映ったのはまさに天使だったのだ。


 淡い色合いのサラサラな金髪に整った顔立ち、その顔には翡翠のような碧眼が嵌めこまれている。肌は白く無垢で将来は絶対美少女になると確信できた。


 昔見たテレビで学者先生が、赤子はみなから愛されるように可愛らしく生まれてくると言っていたがその領域を超えている。


 決して涼子はナルシストではない。

 現に前世では、自分の容姿については中の下ならいいほうだという認識だったし、自分の容姿について言うのも言われるのも嫌いだった。褒められると「コイツ、何企んでいる?」と思うのだ。

 ただしオトメゲームの攻略対象に囁かれると、顔を真っ赤にして悶える残念な人間でもあったが。


(ここはオトメゲームの世界なのか!?)


 心の中で涼子はガッツポーズを決める。


 確かに両親たちには申し訳ないし、妹たちと会えないのは寂しい。青信号点滅で渡った私を轢き殺し、過失致死という前科を背負ってしまった運転手には罪悪感を覚える。

 まあ運転手に関しては横断歩道があったら減速し、歩行者の有無を確認する義務を怠ったっているので、自分も好きで死んだわけではないし、お互い様ということにしてもらおうと涼子は思う。


 死んだには死んだが、運よく前世の記憶を持ったまま、第二の人生が文字通り始まるのだ。


(しかもこんな美少女の容姿で!)


 別に前世の容姿が嫌いなわけではない。母が苦労して産んでくれて、父が一生懸命稼いで育ててくれたのだから。

 だがしかし、漫画のヒロインやオトメゲームの主人公みたいに、可憐な容姿には誰だって一度は憧れるであろう。男性だってゲームや漫画にでてくる主人公や二枚目役には憧れるだろう。たぶん。


(ビバ金髪碧眼! ありがとう、神様。本当にありがとう。)


 前世では、神仏など一切信じなかった涼子だが本気で感謝した。


「ハーシェリク様、そろそろおしめを替えましょうか。」


 そう乳母がベッドに赤子を寝かし、慣れた手つきでおしめを替え始めた。


(仕方がないとはいえ、さすがにちょっと恥ずかしい……な!?)


 ちらりと涼子が首を動かし、自分の下半身をみる。するとそこには前世ではなかったものがあった。


 涼子の記憶でソレを生で見たことがあるのは、小学校上がる前まで父とお風呂に入った時くらいだ。


 そう、本来女性にはついてないものが、自分の股間にはあったのだ。


「うぎゃあああああああ!!!!」


 室内に赤子の泣き声が再度木霊した。






 こうして早川涼子は、金髪碧眼の美少女と見間違うような王子、グレイシス王国の第七王子ハーシェリクに転生したのだった。




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