第九章 欺瞞と取引と器 その一
「即刻ハーシェリク殿下を捜索せよ!」
焼け焦げた別邸を遠目に見つめ、グリム伯爵は部下に指示を出す。
部下達が慌ただしく別邸へ向かうの見送り、彼は暗い表情と重い足取りで屋敷へと戻る。
その主の様子に使用人達は互いに顔を見合わせた。
国王の寵愛の篤い王子が自分の領地でなにかあったとなっては、伯爵に過失がなかろうともその責はおよぶ。
そう考えると主の足元が覚束ないことは使用人達は納得できた。そして雇い主である主が失脚すれば、自分達も職を失うこととなる。
使用人達も伯爵同様暗い表情でため息を漏らした。
そんな使用人達を余所に、グリム伯爵はその足取りまま自分の書斎に向かい扉を閉めた。
すでに別邸の火事は沈下されたが、王子の護衛の為に同行した近衛騎士の部隊の半数が死傷した。並べられた犠牲者の中に王子の亡骸は見つけられなかったが、その生存は絶望的だ。
「やった、やったぞ! あはははははっ」
部屋には自分だけという安心感からか、気でもふれたかのようにグリム伯爵は声をあげて嗤った。
破落戸を使い、王子を暗殺に成功し、自分は助かったんだと伯爵は確信した。
筋書きはこうだ。
王子が泊まられた別邸に賊が侵入し、金品強奪後火を放った。近衛騎士達は旅の疲れからか眠りこけ助けが間に合わず、王子は火の中で絶命する。
(近衛騎士達に薬を盛ったのもうまくいった。)
精鋭である近衛騎士達がなにも抵抗できずに全滅するとなると、不自然で怪しまれる可能性もある。だからあえて疲れだと勘違いする程度の少量の薬を料理に盛ったのだ。
予想通り騎士達は旅の疲れだと勘違いし、夜間の警備を気が抜けたいい加減なものだったため、破落戸達でも簡単に対処ができた。
(王についてはあの方が対処してくれる。貴族達の対応が煩わしいが、後ろ盾のない王子だ。)
もし王子が友好国の姫が母親である第一王子や、有力貴族の令嬢である他王子だったら簡単にはいかなかった。
しかしいくら後ろ盾がない、いるかどうかわからない王子でも、王族が一人が事故とはいえ領地で死亡したとなっては由々しき事態だ。
だが彼は貴族の一大派閥である大臣派に属している貴族。こうなった場合の為に今まで大臣や周辺貴族達にいろいろしてきたのである。
あの方にに願えば前回の伯爵同様すぐに鎮静化するだろう、そうグリム伯爵は考えていた。
「さすがに王子の執事が『影の牙』だとは思わなかったが……」
その名を裏で知らぬものはいない。
裏ギルドを度々使用する彼はその存在を知っていたが、報酬が高額である為使ったことはなかった。
今回、領民を脅かすように裏ギルドを通じて雇った連中の一人に、その情報を持つものがいた為手を打つことができた。
「私は助かったッ」
グリム伯爵は両手の拳を握る。できるなら最高級の酒で祝杯としたかったが、表向き王子の探索が行われている為それは自重する。
だがそんな彼の歓喜に水を差す人間が室内にいた。
「へぇ、それはおめでとう。」
暗闇の中から聞こえた幼い声。その声にグリム伯爵は固まった。
書斎に明かりが灯る。
そして書斎の奥、彼が特注で買った本革のソファーには、死んだと思っていた人間が足を組みにっこりとほほ笑んで座っていた。
「な、な、な!」
「喜んでいるところ悪いけど、私ちゃんと生きているからね?」
「なぜ!?」
やっとでた単語に、ハーシェリクは肩を上下に竦ませてみせ、側に控えているクロを見上げた。
「私の執事は本当に優秀だからね。あなたがご存知の通り。」
クロはハーシェリクの言葉を微笑んで受け止め、そして涼しい顔で伯爵を見下ろす。
破落戸達に包囲されたクロは、あの後雇われた全ての人をわずか数十秒で全滅させた。
向かい来る敵は急所を寸分たがわず一撃で絶命させ、弓やクロスボウで狙ってくる者は隠し持ったダガーを投げて全ての脳天を射抜く。
数十秒後には、その場で立っていることができるのは彼以外いなかった。
クロはそのまま炎上する別邸に侵入、封鎖されていたハーシェリクの部屋の扉を蹴破り、部屋の隅っこで毛布を被って蹲っているハーシェリクを抱えると、三階の窓から外へ飛び降り林へと逃げ込んだのだ。
本人曰く「火事の中三階まで行くほうが、破落戸と戦うより難しかった。」ということだ。
周辺は火事で混乱していた為、幸いにも飛び降りる姿を見られることはなかった。
だが、三階から飛び降りたハーシェリクは絶叫マシンのごとく酔い、クロに抱きかかえられつつもしばらくの間は動けずにいたのは言うまでもない。
「十五人程度造作もない。次は倍くらい用意して頂ければ、一分くらい足止め出来るかもしれませんね。」
そう微笑む彼は「次があるならな。」と言外に脅していた。
その言葉にグリム伯爵は、まるで真冬に冷水をあびたかのように震えだしその場に座り込む。もう逃げ道はないと悟ったのだ。悟るしかない。影の牙から逃れられる人物は誰もいないのだから。
「さてグリム伯爵。聞きたいことがあるから質問に答えてもらうよ。まあ答えなくてもいいけど、答えなかったらそのまま王族暗殺未遂でこの場で死刑だから。」
そうにっこり笑う王子は天使のようで、悪魔のようだ。
「まずなぜ今回こんなことをした? 私が着いた当初は特になになかったはずだけど。」
到着した当初、彼は王子に取り入ろうと接待する気満々だった。
だがいざ蓋を開ければ火事を起こして暗殺未遂。この手のひら返しはいかがなものか。
「……それは殿下が、懐中時計を持っていたので……」
「懐中時計? ってこれのことか。」
観念したのであろう弱々しく答えるグリムに、ルゼリア伯爵からもらった懐中時計をみせる。寝る時以外は肌身離さず持っている為、火事の時に命拾いしたのだ。
「それはルゼリア伯爵が持っていたもの、ですから……殿下が、ルゼリア伯爵とつながっていると思い……」
「ああ、そういうこと。」
ルゼリア伯爵が死刑となる前の晩、彼は伯爵と会っていたのだ。その時彼は伯爵に証拠を渡せと詰め寄っていた。だが伯爵は渡さなかった。
グリムはその後もこの屋敷を隅々までさがしたんだろう。だがみつからなかった。もう諦めた頃自分が現れ、ルゼリア伯爵と同じ懐中時計を持っていた。
「だから暗殺を企てた、と。」
グリム伯爵の予想は間違っていない。
確かに自分とルゼリア伯爵は繋がっているからだ。ただハーシェリクも彼の欲しいものは持っていないし、心当たりもない。
だがこの危険察知能力はなかなかのものだ。伯爵が亡くなったのは約二年前。自分は当時三歳で、普通なら関わりがあるとは思い至らないだろう。大臣がそれなりに彼を重宝したのも頷ける。
一瞬、彼が探しているアレというものが気になったが、ハーシェリクは考えを改める。
下手に内容を知ってそれに意識を囚われすぎるのもよくないし、入手できたとしても自分にうまく扱えるかわからない。
さらに出所は有罪となったルゼリア伯爵だ。冤罪とはいえ有罪となった人間が掴んでいた証拠を提示したとして、それがどれくらい有効かは今のハーシェリクには解らなかった。
それに血眼になって探していた彼らでさえ見つからない代物を、自分が見つけられるとも思わない。
さらに自分が知っているという情報が万が一相手側に流れたりしたら、自分は明日を生きていることさえ危うくなる。まだ自分は彼に対抗できるほどの力を持っていないことを、ハーシェリクは知っていた。
この場にない証拠の情報を持つにしてはリスクが高すぎる。ある意味知らないことが、最大の防御になることもある。
それに縁があるのなら、きっとその情報は自分からやってくるだろう。
そう心の中で結論付け、ハーシェリクは話を進めることにした。
「じゃあ次は、シュヴァルツ。」
「御意。」
クロが指示をだして懐から出したのは、複数の書類だったのだ。
それを伯爵に見えるように広げみせる。グリム伯爵がその書面を認識した時、彼がさらに青くなった。
「それは!」
「我が国の武器を敵国に売っている証拠の書類。」
グレイシス王国の近隣には、王国と並ぶ帝国がある。
歴史こそグレイシス王国のほうが長いが、ここ最近軍事力を強め王国を脅かし始めた。現に国境での小競り合いはもちろん、十年前には大きな戦が起こっている。
この書類はその帝国からきた密書だった。内容を見る限りこれが最初ではない。
「それは言われて!」
「誰に? というか他にもボロボロあるから。」
クロが差し出す書類は様々な不正の証拠だった。
領民への不当な税の徴収及び恫喝、国への虚偽の申請、国庫の横領。
もともとハーシェリクがこの事に気が付いたのは、武器庫の在庫調査だった。
納品されているであろう物がされていない。そこから城下町の仕入れ先を確認すると、確かに納品したがそれは城ではなく、途中納品先が変更され国境方面に配送されたという。
城に戻りすぐ事実を確認しようとしたが、いくら調べても納品先の変更について指示書は出てこない。また局同士の対立もあり、武器納品の報告が怠慢となっていたのも災いし放置状態だった。
ルゼリア伯爵が無実で捕まった時の証拠には帝国の密書もあった。いくら証拠を捏造するとはいえ、他国の書類まで偽造するには、偽造する元が必要となるのではとハーシェリクは思い至る。
だから一番ルゼリア伯爵を消したかった人間で、一番焦っていた人間が怪しいと目星をつけていたのだ。
クロはハーシェリクの言うとおり、証拠を探すだけですんだ。
グリム伯爵は、罪状を読み上げる度に顔色が悪くなり最後は土煙色になった。
「私以外もやっているヤツは……」
「ねぇ、他の誰かがやっていたら、自分もやっていいとか思っているの?」
ハーシェリクは呆れたように言った。
誰かがやっているから自分もやっていいなんておかしいのだ。その考え方は、前世の時からハーシェリクが嫌悪していた考えかたともいえる。
誰かがやっていたから自分もやっていい。つまりは自分で考えず、自分で責任をとる気はないのだ。
なんとも無責任で自分がない。そんな考えが国に充満しているなら変えていかねばならない。
「なんとか、なんとか助けて下さい! 命だけは!」
そんな冷めたハーシェリクを見て、グリム伯爵は額を地面に擦り付け土下座をする。
「どの口が、死にたくないって言っている?」
子供がするには冷ややかな声音だった。冷めた口調と雰囲気が変わった主にクロが目を見張る。
「ルゼリア伯爵は無実で死んだ。貴方がそう追い込んだ。」
正確にいうならグリム伯爵を使っていた元凶が、そう追い込んだのだがこの際それはどうでもよかった。
「『この世界は強き者、賢き者が生き残る。他の愚かな者は使われて死ぬか、反抗して死ぬかどちらかだ。』だっけ?」
「それを、どこで!」
ハーシェリクはあの時の言葉を一字一句、間違わずに覚えていた。それが間違った言葉であり、自分への戒めとしていたのだ。
「今回は、あなたが愚か者だったというだけ。」
(全部、知っていた。殿下は全部ご存じだったんだ……)
グリムは絶望する。今まで積み上げてきた富も名声もすべてが終わった。これで一族郎党は全て死刑だ。
「……さて、ではグリム伯爵、取引と行こうか。」
「は?」
思わぬ言葉にグリム伯爵は顔を上げる。
(取引とは?)
もしかしたら助かるかもしれない希望が見えた。
「な、なんでもします。心からの忠誠を誓います! どうか命だけは!」
「は? あなたの忠誠なんていらない。そんなものクソと一緒に流せ。」
後ろでクロが吹いた気がしたが、ハーシェリクは無視することとした。
すでに目の前のグリム伯爵に選択する権利はない。こちらが確かな証拠を掴み、言うことを聞かなければ死ぬだけなのだから。




