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第八章 王子と執事と罠 その一



 乳母メリアの故郷に向けて王都を立ったのは、事件から一週間ほど経ってからのことだった。

 出かける準備もさることながら、果物屋夫婦が心配していたとクロから聞いたハーシェリクは、城下町にも顔を出したりと慌ただしい一週間を過ごすこととなった。


 果物屋夫婦はハーシェイリクが無事なことを我が子のように喜んでくれた。もちろん旦那さんのほうは相変わらず無愛想だったが、その大きな手でハーシェリクの頭をわしわしと撫でた。

 こられなかった理由を問われ、頭痛と微熱と眩暈があったから念のため休んだというとルイは焼き菓子を、そして旦那さんはなぜか熊のぬいぐるみを差し出された。

 差し出されたお菓子とぬいぐるみを受け取りつつ、少し耳が赤くして渡す旦那さんを見たハーシェリクは、「ああ、このギャップ萌えにやられたのか!」とルイに共感した。


 そして準備を終えた王子一行の行軍編成は、ハーシェリクが乗る馬車が前、後ろにはメリアと荷物をのせた馬車。

 前後左右を王族の警護を務める近衛騎士団部隊長を筆頭に車の御者を含めた総勢二十五名の、国の精鋭の近衛騎士の部隊だ。


 その守られた馬車の中で王子が一人、可愛らしい天使の顔を苦痛に顔を歪ませていた。


「クロ、まだ着かない?」


 ハーシェリクは、同じ馬車に同乗する筆頭執事シュヴァルツことクロに弱々しく尋ねる。

 そんな主の様子にクロはため息を漏らし、臣下であるにも関わらず鬱陶しそうな表情で答えた。


「ハーシェ、十分前にも同じこと聞いたぞ。まだ一週間はかかるって解っているだろう。」


 乳母のメリアの故郷までの行程は余裕を持って二週間の予定。だがまだ半分しかきていないのである。


「ううう、クロが冷たい。あと気持ち悪い。」


 そう言うとハーシェリクは積み重なったクッションの中に顔をうずめた。


「なんでこんなに揺れるの……」

「馬車だからな。」


 ハーシェリクの弱音をクロは言葉の刃で一刀両断にする。

 現在、この行軍で最も高貴な身分であるはずの彼は車酔いに参っていたのだ。


(確かに、転生前も乗り物という乗り物に弱かったなぁ……)


 自分が運転しない車に乗れば必ず酔う。電車や新幹線も酔う。絶叫系マシーンなんてもってのほか。長距離移動する時は乗った瞬間に携帯電話の目覚ましをセットし、夢の世界へと旅立つことが唯一の自衛手段だった。

 だがその自衛手段も舗装されていない道の上を行く馬車の中では難しかった。


「ハーシェ、ほら水。」

「ありがとー……」


 クロが水筒を差し出す。なんだかんだ言いつつ世話を焼く筆頭執事をありがたく思いつつ、ハーシェリクはお礼を言って水筒を受け取った。


 クロが筆頭執事になり、身の回りの世話をしてくれるようになってハーシェリクは驚いたことがいくつもあった。

 クロはテーブルマナーから会話作法、事務仕事から護身術まで執事に必要なスキルが当たり前のように、そして誰からみても完璧にできたのだ。


「まあ密偵は忍び込むのだけが仕事じゃないから。」


 あまりにも完璧な執事に思わず問いただした時の彼の答え。つまり夜中に忍び込むだけが彼のいう所の密偵の仕事ではなかった。


 貴族の館だったら召使いを、喫茶店だったら給仕を、必要なら娼館で男娼なって情報を集める。その場に溶け込み自然に振る舞い、巧みに会話を操り情報を聞き出すことが彼の仕事だった。

 もちろん荒事もこなす為腕っぷしだってそこいらの破落戸よりも格段に強い。もしかしたら今護衛している近衛騎士よりも強いかもしれない、とハーシェリクは予想をする。


 ありとあらゆる技術を駆使して依頼を達成することが彼の今までの仕事であり、その依頼を達成してきたからこそ今の彼が存在するのであろう。


(なんというハイスペック……)


 積まれたクッションに蹲りながらハーシェリクは思う。

 自分以外の周りの人々はハイスペックすぎる。なんで自分にはなにもないのだ、とこの世界に来て何度目かはわからない敗北感をハーシェリクは感じずにはいられなかった。


 ハーシェリクは自分の無力感と馬車酔いに悩まされながら一週間、メリアの故郷の地であり元ルゼリア伯爵の領地へと足を踏み入れたのだった。


「ようこそいらっしゃいました、ハーシェリク殿下!」


 目的に地についたのは夕方だった。

 夕暮れの中、領主の館の前で出迎えたのは前領主をはめた張本人グリム伯爵とその使用人一同だった。屋敷で働く使用人達が館の前に整列し、グリム伯爵以外が同じ角度で頭を下げている光景は圧巻である。


 それでもグリム伯爵は、存在感があった。

 衣装は最上級のものだろう毛皮を羽織り、指には金銀宝石の指輪をはめ、前回見た時より少し腹のあたりが出ていた。いい生活をしている為か肌がつやつや、ついでに頭は前回見た時より薄くなったようだ。


(もっとハゲればいいのに。)


 そう思ったことをおくびにも出さず、ハーシェリクは完璧な王子スマイルを浮かべる。


「グリム伯爵、この度は急な訪問なのに対応ありがとうございます。」


 その愛らしい微笑みに、後ろに整列していた使用人達が女性だけでなく男性もため息を漏らした。


「いやいや道中大変だったでしょう。魔物はでませんでしたか。」


 心配げに話しかけてくるグリムに、ハーシェリクは微笑みを一転不安げな表情で答える。


「何回か遭遇しました。初めて見ました。」


 二週間の旅の途中、魔物……動物が魔力を持ち狂暴化した存在に道中襲われた。馬車の窓からのぞき見た魔物は某ホラーゲームのようでとても怖かった。


 その時出会った魔物は狼型の魔物だったが、黒い体毛に目が血色に怪しく輝き、体長は自分の身長を軽々と越えていた。クロに聞いた話だと、取り込んだ魔力のおかげで魔物の体格と身体能力は野生の動物と比べ格段の進化をしているそうだ。

 彼らは己の身体強化と魔力強化をする為に、より強い魔力を持つ者を捕食しようとする。自ずと魔力を持つ人間を狙う為、国の騎士団は定期的に魔物討伐の部隊を各地に派遣したり、地方領主は傭兵を雇って討伐しているそうだ。


 とはいっても魔物の知能は野生と対して変わらず、群れてもさほど脅威ではない。時々強い魔物……魔獣と呼ばれる存在もいるが、人間にとっては害獣駆除のようなものだ。


 ハーシェリク一行を襲った魔物の群れも、近衛騎士達の敵ではなく、あっという間に倒されていた。だがその後の事を思い出すとハーシェリクはいささか気分が悪くなる。


(ゲームみたいに光になって消えたりしないしね、やっぱり。)


 ハーシェリクはあの光景を思い出しうんざりする。

 騎士達は倒した魔物を道の端や森に投げ捨てていたが、とあるホラーゲームのようにグロテスクだった。


 前世の涼子は重度のゲーマーだったが、唯一ホラーゲームだけは手を出さなかった。

 以前勧められた時に渋々やったが、その日の夢は骸骨の兵士が武器と請求書を持って追いかけてくるという二重に怖い悪夢を見た。

 ちなみにその請求書があまりにも具体的な数字だった為、翌日会社で確認したところ支払いを忘れていたものだった為九死に一生得たが、涼子はホラーゲームにも骸骨にも感謝しようとは思わない。


「王都では見たことがなかったのでびっくりしました。」

「そうでしょう、そうでしょう。殿下がご無事でなによりです。本日はもう遅いです。お疲れでしょうから、別邸を用意させましたのでどうぞお休みください。」


 そうグリムが指さしたのは、林を抜けた先の丘の上の建物だった。


「近衛騎士の方々もどうぞ。夜は細やかな宴を用意しました。六時頃には準備ができますから食堂へいらして下さい。」

「六時ですね。」


 ハーシェリクはポケットから懐中時計を取り出し時間を確認する。みれば四時を回ったばかりだった。


「では僕は先に乳母を生家へ送っていきます。時間は間に合うでしょう……伯爵?」


 返事のない伯爵をみると、伯爵は先ほどとは打って変わって青い顔をしていた。

 まるでリトマス紙のように一瞬で変化した顔色にハーシェリクは首を傾げる。


「どうしましたか?」

「い、いえ! なんでもございません、いってらっしゃいませ!」


 慌てて取り繕った彼に疑問を持ちつつも、ハーシェリクはクロに視線で合図を送る。

 彼は心得たとばかりに微笑むと優雅に礼をして、すぐに近衛騎士団部隊長と話をつけ、騎士団の半数と王子の荷物が積みこまれた馬車を別邸に向かわせるよう準備をする。


 そして準備が整うとハーシェとメリアを馬車に乗せ、自分は騎士から馬を借りる。

 馬に乗る姿も鮮やかで、ハーシェリクとは別の意味でグリム伯爵の使用人達に騒がれていた。もちろんクロの場合は女性限定だったが。


 馬車が動き出し、窓の景色は民家や田畑が広がる。

 ただ人通りはほとんどなかった。それに秋もまだ中頃だというのに、畑に実りはほとんどなく殺風景だった。


「メリア、このあたりの収穫は終わったの?」


 前回の事件から気まずげにいた乳母に、ハーシェリクは変わらずに話しかける。


「……いえ、本来ならまだ小麦など収穫の時期なのですが、今年は気候もよくなく不作だと両親より聞いております。」


 つまりすでに収穫できる物は終わってしまったということだった。

 さらに詳しく聞けば今年の初夏は嵐により川が氾濫して畑を押し流し、かと思えば夏は雨が降らない日が何日も続いた。


 治水さえされていればさほど被害はでなかっただろうが、あの伯爵はそれを怠った。

 もともと痩せている土地。収穫量も他地域と比べれば少ない上、管理がしっかり行われていなければ、こうなることは目に見えてわかっていたのだ。


 ハーシェリクはここに来るまでに王城で調べたここの資料を思い出す。

 確かに不作で、税収が見込みず国から補助金が支給されているはずだった。だがあの領主の豪遊っぷりをみると、それが正しく使われているようには思えなかった。もっというなら、本来ならそういうことに対処するために、領主は備蓄等しているはずなのだ。本来、国から補助金は大災害に見舞われた地域に支給される為にある。


「ハーシェリク様?」


 どんどん険しい顔になるハーシェリクに、メリアが不安気に言葉をかける。彼は慌ててメリアを安心させるように微笑んでみせ、その場を誤魔化した。


 メリアの生家はあたりの農家をまとめる豪農のような家系だった。家も領主の館と比べれば目劣りするが、なかなかの広い家である。

 すでに知らせがあったのだろう、馬車が家についた時はメリアのご両親が玄関前に立っていた。苦労をしているんだろう体がやせ細り、あの伯爵とは真逆だった。


「殿下、この度は娘や親戚が大変なご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。」


 馬車を降りたハーシェリクに、挨拶も手短に体が折れそうなくらい頭を下げる両親。

 すでに事情を知っているのであろう彼らは、大それたことをした娘が生きて帰ってこられたのは王子のおかげだと思っているようだった。


 いきなりの謝罪にハーシェリクは慌てて周りを見回したが、クロが気を利かせて近衛騎士たちを周囲の巡回に回らせていたおかげで内容を聞かれずにすみ、胸をなでおろす。


「あの……僕、寒いので中はいってもいいですか?」


 ハーシェリクはわざとらしく身震いをする。

 本来なら家人が進めるところだが、このままではこの寒空の下、土下座までいきそうな両親の体を気遣った。


 暖炉のある居間に落ち着き、両親たちの話を聞く。

 どうやらメリアの従弟たちは、王都からの脱出後、すぐにメリアの両親に自分たちがしたこと、やろうとしたこと、そしてハーシェリクのことを伝え謝罪したそうだ。


「殿下、もし罰する必要があるのなら全ては監督たる私の責任です。どうか若い者達は許してやってください。この通りです。」


 再度深く頭を下げるメリアの父に、ハーシェリクは首を横に振った。彼らは自分がわざわざ罰しに来たと誤解しているようだった。


「私が来たのはあなた方はもちろん、彼らを罰しようと思ったからではありません。彼らが助けを求めてきたから、王族の務めを果たしに来たまでです……ルゼリア伯爵が亡くなってから大変でしたでしょう。」


 そういってハーシェリクは銀古美の懐中時計を彼らに見せた。

 それをみた彼らは、驚きそして涙を瞳にためる。それだけでルゼリア伯爵が彼らにどんなに慕われていたかがわかった。


「辛い思いをさせてすみませんでした。必ず、私がなんとかします。」


 そう言って微笑むハーシェリクに、彼らは言葉がでずとも何度もうなずいたのだった。





 ハーシェリクはこの旅で初めて、城下町以外の町を見た。

 王子の身分と体調を考えて、できうる限り町での宿をとるようにしていた。行く先々での歓迎はハーシェエリクが辟易するものであったが、彼には他に気になることがあった。


 確かに行く先々の国民は表向き歓迎してくれた。

 だが、その瞳映るのは畏怖。そして軽蔑のような冷ややかな視線だ。


 自分に向けられた視線が、彼らが国に、王族に向けられている評価のような気がした。


(このままじゃだめだ。)


 目の前にいる夫婦もメリア達も、そして冷ややかな視線を向けてきた人々も、本来国が守るべき存在なのだと実感した。


 彼らの嘆きは決して王城には届かない。それは全て誰かに遮られてしまっているからだ。誰かとは領主、役人、あるいは貴族達----大臣一派。

 彼らは巧妙に悪事を隠し、己の利益を守ろうとしている。


 国は民あってのものであり、民を大切にする国は栄え、民を蔑にする国は滅ぶ。


 国民の信頼を取り戻すことは、苦難なんていう言葉では足りないこととを知り、それはハーシェリクの胸に重くのしかかったのだった。





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