第七章 閑話 王とその執事と寵姫 その一
ハーシェリクが部屋を出た後、グレイシス王国国王ソルイエは深いため息をつきソファに座り背もたれに深く沈みこむ。
昨日から続いていた緊張から解放されたからいいものの、今度は別の問題が浮上しどっと疲労感に襲われた。
「あの子はほんとに彼女に似ている……」
思わず愚痴をこぼす王に、側に控えていた幼馴染でもある執事は肩を竦める。それに関しては彼もまったく同意だったのだ。
「いや、似ているというかそのままというか、さらに輪をかけたというか。」
二人の記憶に残る彼女はまったく飾らない、男よりも男らしい寵姫だった。もちろん男らしいのはその性格であって容姿は可憐な女性である。ただその可憐な容姿から飛び出す男顔負けの男らしい言葉や豪胆発言は、度々二人の思考と停止させていた。
「ハーシェはまさしく彼女の息子だよ。」
ソルイエは額に手をあて苦笑する。
ハーシェリクはまさに彼女のように容姿に似合わない、頑固な性格をしていた。
自分が決めたことは絶対に曲げない、決めたことは覆さない芯の通った気性は母親譲りであろう。
「ハーシェの今後の事はともかく……ルーク、今回は油断したな。お前じゃなかったら速攻生きていることを後悔させているところだった。」
ルークは部屋の温度が何度か下がった気がした。それほどソルイエの声は冷え切っていたのだ。
ルークは知っている。彼の幼馴染であり王でもあるソルイエは、剣では近衛騎士と同等、魔法は上位魔法士と同等の力量を持っている。
ただその性格から力を誇示することも主張することもしないだけだ。
「悪かった。油断したわけじゃなかったんだが、あのメリアがそんな大それた事をするとは思わなかった。」
「……確かに。メリアには悪いことをした。」
今回の第七王子誘拐事件の発端は、自分に過失があったとソルイエは思う。
メリアからは自分の故郷が領主による苦しめられている、そう懇願があったのだ。だがソルイエは彼女の望みを叶えることはできなかった。あるのは彼女の言葉だけで決定的な証拠が一つもなかったからだ。ソルイエ自身もなにしかしら手を打とうとは考えていたが、時間が足りなかった。
そして思いつめたメリアの行動が、今回の事件に発展してしまったのだ。
同情はするが、だからといって許されるべきではない。それは王家の者を誘拐したという以前にそういう行動を起こせば、国が動くという実績を作り国の存在の根底を揺るがすこととなる。だから罰は必要以上に重くなる。
(あの男とやった事は変わらないのに……)
規模が違うだけであの男……過去、家族と娘を奪った元凶である大臣が行った事とメリアがしたことは大差ない。むしろメリアのほうが理由だけなら心情的には許されるだろう。
(なにか、証拠さえ掴めればこうならずに済んだのに……!)
あの時も今回も、自分さえもっとしっかりしていれば回避できた事態だ。何度となく襲う無力感にソルイエは自分への怒りがわき起こり、歯を食いしばる。
(今回はハーシェのおかげでメリアを罰せずに済んだ。唯一の僥倖だった。)
事件最大の被害者であるハーシェリクが、その件については一切口を割らない為犯人は見つからず終幕となったのだ。
何かあった場合、その責は王子であるハーシェリクに及ぶためしつこく聞いたが、彼は決して意志を変えることはなかった。
「……ソルイエ、正直に言う。ハーシェリク王子は普通の子供じゃない。」
己に怒りを向け黙る主に、ルークは口を開いた。
それはルークが約二年間、ハーシェリクの護衛を陰ながら勤めつつ、観察してきた結果だった。
最初に気が付いたのは、三歳の誕生日を祝う宴が終わった後すぐのこと。
ハーシェリクが勉強をしたいと申し出た為、ルークはソルイエの指示で教師を手配したことだった。
語学や算数は軒並み優秀だったが、魔力なし運動センスもなしという彼。だがその半年後には大人でも難解な専門書を読めるまで成長をした。
ハーシェリクは暇さえあれば一日中本を読んでいた。普通の三歳児では考えられないことだ。窓辺でソファに座り山のようにつまれた本の間、読書にふける彼はルークには異様見えた。
次は彼が夜中にいなくなったのだ。
半泣きで現れたメリアに、ルークはソルイエに報告後すぐに後宮中を隈なく探した。だが彼は見つからず途方にくれていたところ、ハーシェリクは何食わぬ顔でベッドに戻っていた。
そして別の日、ルークがこっそり尾行すると、彼はこそこそと王城に向かい様々な部署に潜りこんでは資料を読み漁っていた。彼が去った後、ルークが彼の一番興味を持っていた資料を見ると、それは不自然な支払いの請求書だった。
それからというもの彼はいろんな部署に出向いては、多種多様な資料を読んでは考え込み、そして部屋に戻って寝る。そんな生活をしていた。
ソルイエに報告すると、彼は少し考えた後に好きにさせていいといった。だがハーシェリクには見つからないよう護衛をすることを依頼された。
ルークが一番肝を冷やしたのは、侵入者が現れたことだった。その侵入者の目的がわからなかったが、王子と接触をしたのだ。
さすがにルークが助けに入ろうとしたが、王子は難なく危険を回避し、その上侵入者と仲良くなってしまったのだ。
その後、ルークの調査で侵入者は裏ギルドにて名高い『影の牙』だとわかり、さすがにそろそろ王子を止めるようソルイエに注進したが、彼の主は首を縦にはふらなかった。
月日は経ち、ルークの昼間は王の側近として働き、夜は王子の護衛として見守る二重生活に慣れて着た頃、王子はなんと城下町へと繰り出した。
(俺、そろそろ過労死するかもしれない……)
そう思ったルークを責める者はいないだろう。
町に繰り出した王子はそこもで機転を利かせ、果物屋夫婦に気に入られ度々遊びにでむくようになった。
果物屋の夫婦だけではない。
月日が経つにつれ、彼は城下町に溶け込み、また住人達も彼を受け入れていた。
だが王子は遊んでいるだけではない。城で調べたことを確認するかのよう城下町でも動き回っていたのだ。
そして今回、彼が城下町に戻った後、ルークがソルイエに報告をしている間に、メリアにより誘拐事件が起きたのだった。
完全にメリアを信頼していたのが、裏目にでたのだった。
「ああ、知っているよ。」
ルークの言葉にソルイエは微笑んで答えた。
「ハーシェは普通じゃない。だが、私と彼女の子供だ。自分でいうのもアレだが、普通なはずがない。」
「や、俺もそう思うけどそういう意味じゃなくてだな……」
思わず同意してしまうルーク。
ソルイエもわかっていた。彼が言いたいのはそんなことではない。
魔力なし、運動センスなし、ソルイエには可愛い末の息子だが他王子達に比べて華の無い容姿。
だがあの自分と同じ翡翠のような瞳は全てを見通しているようで、どこまでみているのか、見据えようとしているのかわからないそんな底知れないものがあった。
「……私はハーシェに自由にしていいと言ったんだ。」
ハーシェリクが勉強をしたい言った日、彼は自由になにかを選んだようだった。
その結果、彼は目的を持って動いている。それはきっと茨の道だろうと父であるソルイエは見当がついた。本来だったら止めたかったし、止めるべきだった。彼が選んだその道は、彼自身の寿命を短くする可能性が一番高いのだ。だが、止められなかった。
彼女の子が、自分の決めたことを覆さないとわかっていた。それでも心配だったからルークを護衛につけたのだ。
(だけど、それも終わりかもしれない。)
ハーシェリクは自分で歩き出した。
早すぎる気もするが、もうすでに自分の手に届かないところに行こうとしている。彼は父親のいうとおり自由に選択をしたのだ。
「しかし、筆頭執事はどうする?」
ソルイエは眉間に皺をよせた。
貴族であてにできるものはいない。信頼できる者達は、ほとんど王城から離れてしまったのだ。否、大臣に離れさせられたというのが真実だが。その者たちを呼び寄せては、あらぬ危険を呼ぶかもしれない。
「いいのがいるじゃないか、身近に。」
ルークはにやりと笑う。
「賢く、戦闘能力も高く、貴族達のあくどさを余すことなく知っているから簡単には裏もかかれない上、すっかりハーシェリク王子の魅力にはまっちゃった哀れな黒い犬が。」
「人の息子を悪女みたいに言うな。」
「いや、実際王子は悪女より性質が悪い。」
悪女は計算だが、王子は素でやっている。
「あの俺やおまえより捻くれてそうな『影の牙』が、あっという間に落ちたんだ。末恐ろしいね。」
かくいうルークも危なかったと自覚がある。
彼はソルイエの筆頭執事である為踏みとどまったが、彼が誘拐されたと聞いた時は、一瞬視界が暗転したと錯覚したくらい落ち込んだのだ。
王族はソルイエを筆頭に優れた容姿を持っている。誰もが一流の芸術家が表現することに苦心するほどだ。その容姿だけで人を惹きつけることは十分にあるだろう。
だがハーシェリクは容姿だけではない。カリスマ性とでもいうべきか、ハーシェリクは人を惹きつけるなにかがある。しかも本人無自覚で駄々漏れ状態だ。
「とりあえず、黒犬がいれば大丈夫だろう。うまくやっておくから後は任せてくれ。」
「わかった。」
ルークは一礼をすると部屋を出ていこうと扉に向かう。だが、退出する前に一度振り返りソルイエを見る。
「大丈夫か?」
「……ああ。」
弱々しい返事だったが、ルークはその答えを聞いて部屋を後にした。




