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第六章 笑顔と嘆きと黒い犬 その三



 ハーシェリクは薄暗い部屋の中、ソファに座り暖炉の炎を見つめていた。

 一日ぶりに帰った自室は一人でいるとなんだか広く感じ、ハーシェリクは小さくため息を漏らす。


(前は一人暮らしだったから一人でいることに当たり前だったのにな……案外私もさみしがり屋だったみたい。)


 思っていた以上にメリアに甘えていた事に気が付き、ハーシェリクは苦笑を漏らしつつ城に帰還した後の事を思い返した。


 帰還後、父にはしつこく聞かれたがハーシェリクは事実を言わなかった。言えば王子誘拐に加担した人間及び一族は死刑だからだ。

 

「頑固なところは母親譲りか……」


 気が付いたらメリアに助けられていたからわからない、と言い張る末息子に父は項垂れ諦めるように呟いた。




「大丈夫か?」


 意識を過去へと飛ばしていたハーシェリクは、一人だけのはずの室内で音も気配もなく背後から声をかけられた。

 だがハーシェリクは微動もせず暖炉の揺れる炎を見つめ続け、手にある懐中時計を無意識に親指の腹で撫でながらその言葉に答える。


「クロさんには今回迷惑かけちゃったね。ごめん。」


 背後で肩を竦めるような気配がしたが、ハーシェリクは振り向かなかった。


「……別に王子が謝らなくてもいい。それにクロでいい。」

「そう? 私もハーシェでいいよ。」


 ハーシェリクは首を傾げて笑ってみせた。脳裏に愛犬クロを思い出したがなにも言わない。


「クロは本当に凄腕の密偵なんだね。びっくりしちゃった。」


 現れたクロのおかげで、今回の事件は表向き終息させることができた。

 連れていかれた場所とは別の場所を隠れ家として捏造したのも、ルゼリア伯爵の領民達を王都からうまく逃がしてくれたのも彼だった。


 そんな密偵能力や誘拐された場所で垣間見せた戦闘能力、そして今も警備が厳しくなった後宮に難なく侵入を果たしているクロは本当に凄腕なのだろう。


「本当にありがとう。今はなにも持ってないけどそのうちお礼するから。」

「期待せずに待っている……本当に行くのか。」


 それは父へのお願いをどこかで聞いていたのだろう、とハーシェリクはあたりを付ける。

 ハーシェリクは懐中時計の開閉ボタンを長押しし開くと、すでにこの世にいない三人の肖像画があった。


(彼らが大切にしていた人々が困っている。見捨てられるわけがない。)


「絶対に行く。」


 そうハーシェリクは決意を込めて答えた。




 先ほど意気消沈する父にハーシェリクは一つお願いをしたのである。


「メリアは今回のことですごく疲れただろうから、故郷に帰してあげたい。僕も感謝しているから送って行きたい。」


 だがメリアの帰郷は口実だ。本当の目的は領地に行き不正の証拠を掴む事。子供の身体である自分には難しいかもしれないが、やらねば今年の冬には貧困により犠牲者がでるのだ。


 父はハーシェリクが王都から離れるのを反対した。だが断固として彼は折れない。

 膠着状態に陥った親子に、傍で静かに控えていた王の執事であるルークが提案したのだ。


「陛下、それならハーシェリク様にも筆頭執事をつけましょう。そろそろ必要でしたし執事を連れていくのであればよろしいかと。」


 その言葉に王は執事に余分な事を言うなという視線を投げたが、執事は素知らぬ顔で視線をかわす。


「筆頭執事?」


 ハーシェリクが首を傾げる。できる限り勉強をしてきたハーシェリクだったが、そういえばこの国の慣習についてはまだ知らない部分が多いと気が付いた。原因はハーシェリクの興味がそちらに向かなかった事。そして慣習やしきたりを教えるはずの母は他界し父は仕事が激務続きだった。他のお妃様や兄弟達ともほとんど接触がなかったハーシェリクには知りようがなかった。


「筆頭執事とは簡単に言えば国ではなく、貴人の為だけの執事……家臣でございます。」


 ルークが解りやすくハーシェリクに教える。


 筆頭執事とは、王族や元王族である公爵に一人一人につく専属執事のことだ。筆頭執事はその主人に忠誠を誓い生涯を共にする誓約をする。下手すれば夫婦よりも長くともにいることとなる存在だ。


「筆頭執事はもう少し成長されてから選ばれるのが通例ですが、メリアさんが離れるなら丁度いいのではないでしょうか。」


 他にも希望があれば騎士や魔法士も筆頭をつけることとなるが、まずは執事とルークは言った。


「……クロが筆頭執事になってくれればいいのに。」


 ぽつりとハーシェリクが呟く。


(気が合うっていうか、落ち着くっていうか……)


 きっとそれは、素の自分を知っているかだとハーシェリクは思う。


 出会いが衝撃的だったせいか、会う度に場所が特殊だったからか、子供でも王子でもない素の自分で対応していたのだ。父親にさえ心配させないように年相応の子供を装っているのに。彼の側にいる時はとても気が楽だった。


 思えば前世も素でいられるのは一人の時か家族の前だけだった。同僚や友人の前でもそういうキャラを作っていた気がする。それが楽だったからだ。


「……それは俺が優秀な密偵だからか?」

「へ?」


 クロの問いにハーシェリクは間抜けな声を上げ、初めて彼を見るため振り返る。

 そこには助けてきてくれた時と同じように、感情の籠った瞳を向けるクロがいた。


「え? なんで? クロはクロでしょ? じゃあクロは私が王子だから助けてくれたの?」


 目を丸くして答えたハーシェリクに、クロは何も言わず闇に紛れるように消えた。


(クロは一体にどうしたんだか……ま、わかっている。クロが筆頭執事になれないって。)


 王家に仕える人間は身元が保証された者でないとなれない。特にルークの説明を聞く限り筆頭とつく者は王家と深く関わることとなる。通例では貴族の家督を継がない人間や裕福な商家の子息が、名声や王室と関わり得る為に推薦状をもってやってくる事が多いということだ。


 そんな人達が、自分のやりたいことを理解してくれるか。むしろ第七王子であり貴族の後ろ盾もない自分のところに、誰が好んで来るだろうか。


 ハーシェリクは考えるだけで気が滅入った。


 更に彼の気分をさらに滅入らせている理由はもう一つあった。


 自分で決断したとはいえ、育ての親ともいうべきメリアと別れることだ。


「メリア、わかっていると思うけど君はもうここでは働けない。」


 他に選択肢がなかったからと言って、王子である自分に薬を盛り誘拐したことが公になれば、いくら庇ったとしても彼女はただでは済まない。だからそうなる前に彼女をここから逃がす必要があるのだ。


「本当に申し訳ありませんでした……」


 父にメリアの帰郷を伝える前、二人きりになった時に切り出した。

 メリアが土下座のごとく膝をつき頭を絨毯にこすりつけたが、ハーシェリクはそんな彼女を助け起こし首を横に振った。


「あなたの気持ちもわかる。力になりたいし、なんとかしたい。だけどね、これだけは言わせほしい。」


 たぶん自分はその時、寂しさとともに悲しみや怒りもあったのだろう。だからハーシェリクは言うことを止められなかった。


「父様はあなたを信頼していた。だけど、あなたはそんな父の信頼を裏切った……私の信頼も裏切った。」


 もし誘拐などせず自分に打ち明けてくれれば、また別の未来がひらけたかもしれない。五歳にも満たない自分に打ち明けろということ自体難しいかもしれないが、彼女は父が母以外に唯一信頼し我が子を託した乳母であったのだ。


「辛い立場だったのはわかる。でもだからって、信頼してくれた人を裏切っていいとは私は思わない。」


 ハーシェリクの言葉にメリアは泣き崩れた。そして項垂れたまま部屋を出て行く彼女をハーシェリクは止めなかった。


「なにが信頼してくれた人間を裏切っていいとは思わない、だ。」


 ハーシェリクは自嘲気味に笑う。メリアに言った言葉の半分は自分に向けられているのだ。


 彼は今、父に嘘をついて裏切っているといっても過言ではない。


 前世を隠し、己の行動を秘匿し、無垢な末王子を演じている。


 全ては父を守るために。自分が守りたいものを守るために。


「それでも……」


 ハーシェリクの懐中時計を握る手に力が入る。


「私は、守りたい……」


 独りよがりの我が儘だったとししても、それが願うものであり、ルゼリア伯爵より託されたものなのだ。


 そう思いつつ、ハーシェリクは自分の胸が締め付けられるような息苦しさを感じたのだった。








 翌日、朝食の用意をしてくれたのはルークだった。

 隙のない完璧な配膳をしつつ、誘拐から帰還したハーシェリクの体調を気遣う完璧な執事だった。


「殿下、本日午後より殿下の筆頭執事が参ります。」


 朝食を終え紅茶を啜るハーシェリクにルークが言った。


「え、もう?」


 昨日の今日とはなんと仕事が早いのだろう。というか面接とか自分はやらないのか。


(どんな人が来るんだろう……てかうまくやっていけるんだろうか。)


 期待二割不安八割なハーシェリクは、その気持ちを飲み込むように紅茶を飲み干したのだった。


 そして午後、ルークと共に現れたのは高い身長にしなやかな体つき、漆黒の艶やかな髪を後方になでつけた、暗い紅玉のような瞳を持つ微笑めば女子は必ず頬を染めるだろう青年だった。


「では私はこれで失礼いたします。」


 説明もほとんどせずに、まるでお見合いの仲人よろしくといった風にルークはそそくさと退室し、残された二人の間には沈黙が支配した。


(えーと……)


「クロ?」


 いつも真っ黒な衣装に前髪を降ろし目深くフードを被って目元を隠し、さらには口も布で隠していた密偵のクロ。

 顔もなんとなくでしかわからないはずなのに、彼がクロだとハーシェリクは確信した。


「……意外とイケメンだった。」

「意外とはなんだ。」


 文句をいう元密偵、現筆頭執事のクロにハーシェリクは笑う。なんとなくイケメンだろうなぁとオタクの直感で思っていたが、本当にイケメンだった。


「どうしたの? 執事に再就職?」

「……まあ、な。」


 彼にしては歯切れ悪い答えにハーシェリクは首を傾げる。


(なぜ、こうなったかいまいち自分でもわかってないなんて、な。)


 密偵だった彼にとって貴族たちは、単なる金づるだった。だから期限付きでいいように使われる密偵をしていたのだ。


 だが、ハーシェリクはそんな輩とはまったく異質だった。


 夜に一人なにかを探ろうと動き、それで足りなければ外へ向かう行動力

 王族だというだけで、義務があるという責任感

 決めたことは曲げない頑固者

 自分よりも他人を優先する優しさ

 作った自分の表情と違い、よく笑う感情豊かな王子


 いつの間にか、自分も表情が自然とでるようになっていた。

 気が付いたら彼に会うのが楽しみになっていた。


 彼がいなくなったと聞いた時の焦燥感

 彼が倒れているのをみて湧いた憤怒

 彼を助けた時の安堵

 

 乳母と別れ父を欺き、だがそれでもやらねばと決意した彼の切なげな表情が忘れられなかった。


 なにかしたいと思った。


 クロは大切なものを守ろうとする彼を、手助けし守りたくなったのだ。


 そして彼に自分がいいと言われた時、胸に沸き起こった歓喜。

 だが同時に不安もあった。

 彼は自分ではなく、自分の能力を欲したのではないかと。


 本来、彼はこの国の者ではない。わけあってこの国に居ついた根無し草。

 誰も彼を必要しなかった。必要なのは彼の能力であり『影の牙』だ。


 彼は言った。


 クロはクロだ。では自分が王子だから助けたのか、と。


 答えは否。


 この国の王だったとしても、雇い主だったとしても自分は動かなかっただろう。

 ハーシェリクだったからこそ、クロは動いた。


 ハーシェリクも『影の牙』ではない、『クロ』が必要だと言われたのだ。

 初めて、心から自分を必要としてくれた人間だった。


「昨日、俺がいいと言っただろ?」


 ただそれを正直にいうのは恥ずかしいから、そう言ってクロはにやりと笑う。


「……ありがとう!」


 クロにハーシェは年相応の笑顔で答えた。だがすぐに真剣な顔にかわる。


「でもクロ、身分とか大丈夫なの?」

「さあ? まあ、王様の筆頭執事のお墨付きだから大丈夫じゃないのか?」


 昨夜、自分でなんとかもぐりこめないかと考えていた彼の前に、気配なくルークが現れたのだ。そしてそのまま筆頭執事への打診がったのだ。


 ルークの独断か、それとも王の差し金かクロは判断できなかった。ただ王の筆頭執事が彼を認めたのと、この筆頭執事が只者ではないということがわかった。


「そっか。てかクロって本当に本名ないの? クロって呼び続けるのもなんか変な気がする。」

「本名は知らん。まあ呼ばれている名はあるが、使うにはまずいだろうな。」


 昔はあっただろうがいろいろあり、裏稼業を始めて『影の牙』と呼ばれるようになってから、名前を必要としなくなった。名を呼ぶような親しい者もいない。


 今はハーシェリクにクロと呼ばれるのがしっくりきているのだ。だがそれを公に名乗るにはまずいかもしれない。


「好きなのをつけろ」

「えぇ……」


 ハーシェリクは眉を寄せて悩む。そして手を叩いた。


「シュヴァルツってどう?」

「意味は?」


 聞きなれない言葉にクロが問う。


「えーと、黒っていう意味。そのまますぎ?」


 不安そうに首を傾げるハーシェリクに、クロは笑う。それはとても自然な笑い方だった。


「いいさ。俺はおまえのクロ、だろう?」

「うん!」


 この国で貴人から授けられた名前は特別な意味を持つ。


 それは名前を授けた者からの絶対の信頼であり、授けられた者の無心の忠誠。


 二人がその意味を知り、お互い照れて苦笑を漏らすのはまだ先のことだった。






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