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第四章 文字と魔法と侵入者 その二




 その日、グレイシス王国の王城は闇に支配されていた。

 今宵は月が雲で隠れ、闇夜は城を色濃く支配し、侵入を果たした者の気配を完全に断つ。その者は夜勤で見回りをする兵士を難なく回避し、音もなく目的の部屋に侵入した。


 侵入者は、非合法の裏ギルドで働く密偵だった。

 特定の主を持たず、期限付きの主従契約を金で交わすこの密偵は、後ろ暗いことがある者に重宝された。


 仕事内容は敵対関係者の情報収集、いわくつきの探し物、はたまた暗殺まで。この侵入者がしてきた仕事は決して表にはだせないことばかりだったが、彼の仕事は確実であった。


 『影の牙』


 侵入者は名を持たず、また自身も名乗らず、周りから畏怖を込めてそう呼ばれていた。


 音もなく忍び寄る『影』、気が付いた時すでに遅く『牙』が首にかかっている。


 ただ誰でも彼を雇えるわけではない。裏ギルドの報酬は、その者の実力に比例して報酬金額も上がっていくからだ。

 異名を持つほどの実力者である彼を雇うには、相応の報酬が必要であり、また実力者だからこそ仕事を選ぶ権利もあった。


 今回の仕事は、とある貴族が王城に上げた報告書の回収だった。本来提出すべき報告書と隠す報告書を逆にしてしまった、という阿保としかいいようがないことの尻拭いの仕事だった。


 ただ侵入する場所が少々、というかかなり厄介だった。場所はこの大国の王城。他の貴族の館のようにゆるい警備ではないし、結界も一級なものを張ってある。異名を持つ彼の腕なら侵入は可能だが、できる事なら遠慮したい場所だった。


(チッ、下手を打った。)


 侵入者は内心舌打ちをする。

 裏ギルドから紹介された内容は、さほど難しいことではなかった。それに報酬金額が仕事内容と比べ高額だったこと、そして少々物入りで金が必要だったため受けた。だが契約した後、雇い主が言い放った潜入する場所が王城だった。


(だからあんな高額だったのに、誰も手をださなかったのか。)


 うまい話には裏があるということを、身に染みて感じた侵入者。後に裏ギルドの受付担当者に聞いた話、その貴族は同じような騙し討ちを何度も繰り返していたため、すっかり裏の人間からも嫌われているということだった。


 そんな仕事を受付するなと文句をいうと、


「だって仲介料も、高額なんだもん。」


 と裏ギルドらしいお言葉を頂戴した彼である。


 それに彼が群れなかったことが裏目にでた。もし仲間がいれば忠告してくらたかもしれないが、すでに後の祭りである。


 だが騙し討ちだとしても、一度契約した依頼を破棄すれば、今後の仕事にも差支えがでるかもしれない。裏の仕事だからといって、信用がなければ仕事はこないのだ。


 というわけで、腹立たしく思いながらも無事王城に侵入した彼は部屋を見回す。


(情報では、この部屋に目的のものがあるはずだが……なんだ、この部屋は。)


 部屋は二十人くらいが所属しているだろう、広い部屋だった。だがほぼ全ての机には書類が積み重なり、圧迫感からか狭く感じる。この中から目的の書類を探すのはかなりの労力を要するだろう。


 彼はとりあえず、一番上座にある席に向かう。

 そこはこの部署の長が座るべきであろう席であり、運が良ければ誰がどの机でどんな仕事をしているか把握できる。それは時間短縮になると思ったのだ。


 他の席と比べ比較的片付いている上座の一等上質な机。彼は慣れた手つきで机の上の書類を漁り始める。

 

 ガタリ、と物音が聞こえた。


 その音に侵入者がびくりと動きを止め、隠し持っていたナイフを手に辺りを見回す。


 だが周囲を見回しても誰もいなかった。暗い書類が山のようにつまれた空間だけが変わらず存在しているのみだった。


(……気のせいか?)


 そう思いナイフを仕舞い机の上の書類に再度手を伸ばそうとして、彼は動きを止める。

 漁ろうとした机の下から、顔を出した人物と視線が合ったからだ。


「えー……と、こんばんは?」


 間の抜けた幼い声が響いた。


 その声の主は困惑した表情を浮かべ首を傾げ、侵入者であり相対者である彼を見上げていた。


 その人物の正体は、今宵も書類の山に屈せず、誰にも見つからないように机の下で明かりを灯し、調べごとをしていたハーシェリクだった。

 すでに内部監査を初めて一か月経ち、なんとなく組織形態や仕事の仕組みや流がわかり始めてきた矢先だった。あまりにも熱中していた為、頭上……つまり机の上の書類が漁られる音が鳴るまで、侵入者に全く気が付かなかった。


 とはいってもこの時間にこの場所に来るのは彼くらいだし、侵入者もそれまで一切音をたてていなかったのだから仕方がないといえば仕方がない。


(たぶん、城の人じゃないよね。真っ黒な服きているし……)


 ハーシェリクが見上げた人物は、闇夜に紛れるような真っ黒な服を着ていた。口元も黒い布で隠し黒いフードをかぶり、見えているのは瞳だけ。

 雲に遮られた月の暗い灯りに照らされた瞳は暗く、だが近くで見ると血のように赤くも見える。その瞳は思わぬ事態に固まっていることがよくわかった。


 自分でも、場違いな子供が机の下からでてきたら固まるであろう。


「あの、とりあえず、ここにいるとまずいよ?」


 そういってハーシェリクは懐中時計を見る。そろそろ見回りがくる時間なのだ。


 時計を確認している間に、靴音が聞こえてくる。目の前の彼の瞳が狼狽えているのがわかった。


 ハーシェリクは逡巡する。だがそれも一瞬の事だった。

 机の下で読み漁っていた書類を手早く机の上に戻し、ハーシェリクは侵入者の横をすり抜け廊下へと向かう。


 侵入者は、動き出したハーシェリクを見て我に返った。普段ならなんなく対処できることも、想定外のさらに上をいく事態に脳が理解するのが遅れ、簡単に虚をつかれたのだ。


 兵士を呼ばれたらまずい、と幼児を捕まえようとしたが、行動が遅くすでにハーシェリクは廊下へと飛び出していた。


(……子供ごと、見回りを消すか。)


 仕事でもないのに子供を殺すのは、後味が悪いが仕方がない。侵入者が両手を軽くふるとそこにはナイフが握られていた。


 背後に回ろうと廊下の様子を窺う。するとそこには子供と兵士が立ち話をしていた、というよりは兵士が子供を説教していた。


「ハーシェリク殿下、何度言ったら肝試しをやめてくれるんですかっ」

「ご、ごめんなさい~!」


 頭を下げて謝罪する殿下と呼ばれた子供。臣下だというのに自分の子供を説教するように話す兵士。異様な光景に再び侵入者が固まる。


「さあ、送りますからいきましょう。次見つけたら陛下に報告しますからね。」

「わかった! 次は見つからないようにする!」

「ハーシェリク殿下……まったく。」


 兵士はため息を漏らし、先導して歩き出す。声音はまるで父親のようで、表情は見えないが仕方ないといった風に苦笑していたに違いない。


 先行く兵士を確認し、ハーシェリクは一度振り返る。そして部屋の中から様子を伺っていた侵入者に微笑むと手を軽く振り、兵士の後を追った。追いつくと何気ない会話を楽しむように兵士とおしゃべりを始める。これで兵士の意識は完全に侵入者に向かなくなった。


 侵入者は予想外の出来事が重なり、動くことが出来ず王子と見回りの兵士を見送った。そして釈然のしないまま目的の物を探したがその日は見つからず、撤退を余儀なくされたのだった。






 ハーシェリク――グレイシス王国の第七王子であり、王の寵愛が最も篤い末の王子


 春先に三歳となった彼の宴では、とある伯爵の国家反逆行為が表沙汰となり一時期国内の話題となった。

 ハーシェリクの名が世間で登場したのは、彼の誕生した報せとその話題の二回限りだ。その話題も国民はさほど気にもとめなかった。王子の誕生など既に七回目、祝い事も王女も合わせれば両手の指以上の回数である。それにこの国では汚職など日常茶飯事であり、国民はそんなことよりも明日の生活を考えるので精いっぱいなのだ。


 翌日、そんな話を裏ギルドで仕入れた侵入者は首を捻る。


「あれが王子?」


(夜中にこそこそと調べ事をしているのが?)


 侵入者の疑問に答えが出るのはその夜のことだった。


「こんばんは、えーと侵入者さん?」


 同じ部屋に侵入した時、その彼が窓際で待ち受けていた。前日とは違い月の光が室内を照らす。その光に照らされた金髪は幻想的で、髪と同じく光を受けた碧眼が、更に幻想的な雰囲気に拍車をかける。


 その瞳に敵意は見て取れなかったが、深夜遅いというのに幼い王子がその場にいること自体が非現実的で、異様な光景だった。


 侵入者は反射的にナイフを構えるが、相対するハーシェリクは慌てて両手を振り、敵意がない事を示す。


「ちょ、ちょっと待って! 私以外ここにはいないから。ついでに見回りもあと一時間はこないから安心して。」

「……俺に、なんのようだ?」


 侵入者から低い警戒した声が発せられる。

 だがハーシェリクは話を聞いてくれると思い、胸を撫で下ろした。


「聞きたいことがあったんだ。」


 そう言ってハーシェリクは、一枚の書類を差し出す。侵入者がナイフを下さずにその書類を見る。それは城で仕入れたのであろう、食べ物や備品の購入リストだった。


 首を傾げる侵入者に、ハーシェリクは真剣な顔で問いかける。


「これは市場価格より高い? それとも安い?」


 質問の意図が読めなかった為、侵入者は一瞬思考停止した。そしてそのまま何も考えず答える。


「……物にもよるが、市場価格の三倍から五倍以上はある。」


(王城に卸す最高級品質でもあるが、それを加味してもぼったくりだろう。)


 仕事がない時は一般人に紛れて暮らす彼は、市場にも出かける。リストに載っていた金額は、どれも首を傾げてしまうほどの値段だった。


 その答えに予想をしていたハーシェリクはため息をもらし、頭をかく。


「やっぱり……多少はしょうがないかもだけど。」


 ぶつぶつと独り言を始めるハーシェリク。そして再度大きなため息をもらし、侵入者と向き合った。


「ありがとう。城の人達は、教えてくれないから助かった。あ、私はハーシェリクといいます。名前は?」

「……ない。」


 侵入者は答える。後になってなんで素直にそう答えたのか、自分でもわからなかった。ただ敵意もなく怖がりもしない、まるで旧友に話しかけるように微笑みかけてくるハーシェリクに、警戒心を持つのも馬鹿馬鹿しかった。


「……じゃあクロさんって呼ぶね。」


 それは転生前、涼子の実家で飼っていた真っ黒な大型犬の名前だった。顔が怖く近所の子供たちには怖がられ泣かれていたが、本当は吠えることも少ない優しい人懐っこい犬だった。彼を見た時、全身真っ黒な姿は愛犬クロを連想させた。


「クロさんは、どうしてここにいるんですか? 助けてもらったからお礼をします。」

「おい、俺は一応侵入者だぞ。」


 なぜこうも無邪気に話しかけてくるのか、侵入者――クロは理解が出来なかった。そんなクロの心情を察したハーシェリクは、あーと呻き声にも似た声をだしつつ天井を見上げる。


「城に潜入してくる時点で、かなりのやり手だってわかるし、私の命が狙いなら前回で終わっているだろうし。まだ私が死んでないということは、別の目的があるってことだと思って。」


(本気だしたら、私の首なんて簡単にチョンパだろうからね。)


 ハーシェリクは、自分の戦闘能力がほぼ皆無だと知っている。それでも自分には外の情報を知る人間が必要だった。


 メリアには聞いても答えてもらえなかった。

 父は忙しいのに手を煩わせることもできず、他お妃様達はみなセレブだったし質問することも憚られる。

 それに三歳児の自分が聞いて、ちゃんと答えてくれるのか、甚だ疑問だ。


「だから共犯ということで。まあ私も命が惜しいので、欲しいものを渡すから早くお帰り願いたいが本音。」


 そう言って、ハーシェリクは笑ってみせる。いわゆる開き直っただけなのだが、その笑い方がクロには不敵に見えた。


 だが利用できるものは利用するのが裏の人間である。

 クロは雇い主に繋がるような情報は言わず、どんな種類の報告でいつごろ提出されたのかを伝える。するとハーシェリクは数拍考えこんだ後、書類の束を指さした。


「ああ、あそこの未完了の書類の束の中じゃないかな。」


 その言葉にクロは半信半疑になりながらも書類の束を漁ると、彼のいう通りお目当ての書類を見つけることができた。


「それでしょ? ちょっとおかしい数字の報告書が何件かあったから気になっていたけど、それを差し替えしたかったのね。」


 すでにチェック済らしいハーシェリクの言葉に、クロの厳しい視線が向けられたが彼は肩をすくめるだけだった。


 この王子はすでにチェック済だったから大人しく渡したのだと、後になってクロはわかった。もしまだ知らない書類なら時間を稼いでいただろうし、もしくは重大なことだったら彼は誤魔化して適当な書類を押し付けていたにちがいない。


 なんとなくだが、クロはそう思った。不審な瞳を向けるクロに、ハーシェリクはにやりと笑い付け加える。


「誰にも言わないから安心してよ。こんな小さな子供が言っても、誰も聞いてくれないし……まあ、今のところは、ね。」


 その微笑みは、子供がする微笑みではなかった。






 その後、彼は差し替えた書類を依頼主の顔に叩きつけ依頼を達成した。だが、その腕前に評判があがり王城への侵入依頼が頻発することになる。


 二度とやるかと思っていたクロだったが、あの王子が気になってしまい、度々その依頼を受けては王城へ侵入し子供らしからぬ場所で王子と遭遇するのだった。




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