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第三章 懐中時計と伯爵と操り人形 その六




 そこは、豪奢な部屋だった。

 本来は王が賓客を迎える為の謁見の間の一つだが、今は全ての窓が厚手のカーテンに覆われ薄暗い。仄かに光る照明が、その場の空気をさらに重くしているようだった。


 上座の一段高い玉座には王が、そして側には大臣が控える。その傍らで進行役である司法官が、ルゼリア伯爵の罪状を読み上げていく。周りには貴族や高位役人、騎士達が整列し沈黙を守っていた。


(いくつか罪状が追加されているな……私を身代りにするつもりか。)


 ルゼリア伯爵は、自嘲する。

 彼は手枷をはめられているが、身形は貴族というべき仕立てのいいものに身を包んでいた。髪も丁寧に整えられ、捕まった時に暴行されたのが嘘のような、貴族本来の紳士の出で立ちである。


「貴殿は王国貴族であり、陛下からの恩赦としてこの賜死を賜ることとなる。」


 そして差し出されたのは、金と宝石でできた杯だった。


 賜死――毒による自死。


 上座に視線を向ければ、大臣が厳かな顔をしている。その後ろで、グリム伯爵が嗤っていた。

 そして王は、遠目でもわかるほど真っ青な顔で自分を見つめていた。昨夜、忠誠を誓ったハーシェリクの父であるグレイシス王国の国王、ソルイエ・グレイシスその人だ。


(前は似ていると思ったが、全然似ていないな。)


 それは臣下の欲目だったかもしれない。しかし昨日、月夜にさらされた王子は決して王のように諦めていなかった。


 会って間もない自分をどうにかしたい、そう心から思っていた。そして自分の無力さを痛感していた。


(だけど、我が君は絶望に囚われていなかった。)


 あの幼い末王子の翡翠のような碧眼は、決して王のような諦めはなかった。


 ルゼリア伯爵は手枷を外され、毒入りの酒が入った金の杯を受け取る。


 死ぬことに恐怖はなかった。否、恐怖は確かに存在したが、それを大きく上回る希望が彼の胸にあった。


(どうか創造神よ、数多の神々よ、我が君にご加護を。そして我が君と……)


「グレイシス王国に、繁栄と栄光あれっ!」


 ルゼリア伯爵は金の杯を一気に飲み干した。






 開け放たれた窓から教会の鐘が鳴り響く。


 鐘は死者の道標。死者の魂があの世へ迷わぬよう、善悪関係なく万人へ平等に鳴り響く――そうハーシェリクは、メリアに教えてもらった。

 今鳴り響く死者を送る鐘は、ルゼリア伯爵が旅立ったということを意味していた。


 窓に置かれた椅子に座り、サラサラな金髪を春風になびかせていたハーシェリクはその鐘が鳴った瞬間、手に持っていた懐中時計を強く握りしめた。


『この世界は強き者、賢き者が生き残るんだ。他の愚かな者は使われて死ぬか、反抗して死ぬかどちらかだ!』


 昨夜、グリムという子爵が言っていた言葉を思い出す。見つからぬよう隠れ見た顔は、脳裏に焼きついていた。


(日本も、確かにそういうところがあった。)


 前世の日本を思い出す。

 政治家が汚職しようものなら、こぞってマスコミが騒ぎ立て、辞職だなんだ騒いでいた。自分も国民の税金をなんだと思っているんだと憤ったものだ。だが表向きは、権力者が力を使い、無理に黙らせるということはなかった。もちろんその程度で死刑なんてなかった。


(でもここはちがう。)


 正しい事をしようとした者が、力を持った強く賢い悪に排除された。

 

 この世界は、ゲームや小説よりも残酷だ。

 前世そういったジャンルを好んで読んでいた自分は、まるで画面越しにこの世界をみているような軽い気持ちのまま、一歳から今までを無為に過ごしてきた。


『ハーシェ、どうする?』


 父は全ての話を終えた後、涙が止まらない末の息子に問う。


『君が望むなら、王家から出ていい。安全な他国へ婿に行ってもいいし、やりたいことができたらその道に進めばいい。』


 それは父親としての、最大の愛情だった。このまま王家にいても、大臣一派に飼い殺しにされるか、殺されるか。他の王子たちと違い、自分には後ろ盾がない。

 下手したら父を殺し第二の操り人形にしようとするかもしれないし、国民の反乱が起これば王族は皆殺しだ。きっと大臣もその時の為に自分は実権を握りつつ、王を生かしているのだろう。


 自分が父の言ったことを望めば、自分の身は安全になるだろう。王家を出て全てを忘れれば、きっと幸せになれるだろう。


(だけど父様は? 全てを託して逝った伯爵は? 弱いものと言われた人々は?)


「弱いというだけで、正しい人間が、真面目な人間が、バカをみる世界なんて間違っている。」


 春風か窓から室内へと駆け抜ける。自分の言葉に伯爵が答えてくれたような気がした。


 ハーシェリクは椅子から飛び降り、再度懐中時計を強く握ると空を見上げる。


「伯爵、傍にいるよね。」


 あの鐘は死者を送る鐘。本来なら、あの世への旅路へと向かっているはずだ。

だが昨夜、伯爵は魂となっても永遠と自分の傍にいると誓ったのだ。


「私は、逃げないよ。」


 自分は王子に生まれ、最初の立ち位置が決まってしまった。それは変えられない事実であり、父を犠牲にして成り立っている立場だ。


 だがそれは、何も知らない無知のままだった場合。全てを知った今、自分はこの世界で、世界を変えることが出来る位置にいる。


 泣いてばかりなどいられない――――もう泣かない。


「絶対、変える。守ってみせる。」


 必ず、父も家族も国も、奴らが弱者だと嘲ったもの全てを守ってみせる。


 早川涼子が、ハーシェリクに転生して初めての覚悟を決めた瞬間だった。




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