第68話 後輩の誕生日
夏休みに入った。
一年生たちは既に親睦会から帰ってきた。俺たちみたいな騒ぎはなかったようだ。夏休みに入ってからは比較的穏やかな毎日を過ごしていた。まあ、時折加奈や美羽と視線が合うと頬を赤らめられるのがアレだけど、それ以外は割と平常通りだ。
変わったことといえば、俺が一年生たちをフルネームでなく下の名前で呼ぶようになったことぐらいだろうか。いきなり小春が名前で呼んでくださいなんていうもんだから、この際、一年生二人を下の名前で呼ぶことにした。
そんな夏休みのある日。
学校の近くにある本屋に入ってみた俺は、ある人物と出くわした。
「南央?」
「先輩?」
本屋の漫画コーナーの一角にいたのは、南央だった。今日はみんなバラバラの時間に部室から帰った。南央は俺が出る前に部室を出ていたと思ったら、本屋によるためだったのか。
「何してるんだこんなところで。先に帰ったんじゃなかったのか?」
「本を買いに来たんですよ。本屋にいるので」
「いや、それは分かるけど、お前が部室を出たのは俺より一時間ぐらい早かっただろ? そんな長い時間本屋にいたんだなと」
「悩んでたんですよ。色々と」
見れば、南央はカゴに漫画本を何冊も入れていた。買いすぎだろ。
「今日は色々と新刊が出るんです。それと、金銭事情で買えなかった本もいまのうちに買っておこうかなって思って」
「なんだ。臨時収入でもはいったのか?」
「はい。ご近所さんに誕生日プレゼントの図書カードを貰ったので」
お前と言う奴は……。
「ん? 誕生日プレゼント? つーことはお前、誕生日だったのか。いつ?」
「えっと、昨日、ですね」
「おいおい……なんで言わないんだよ」
「言うほどの事でもないかと思いまして」
「アホか。言うほどの事だろうが。なんで言わねーんだよまったく。つーか、南帆はなんで言わなかったんだ」
「わ、私が頼んだんですよ。別に言うほどの事じゃないから黙っててって」
どうやらこいつはちょっと謙虚なところがあるようだ。
そういえば入部届には生年月日までは流石に書かないしな。
「仕方がない。今からでも遅いが、ちょっとあのBBA共を集めて誕生会でも……」
「い、いいですよそんな! ていうか、そんなことしたらお姉ちゃんに黙ってもらってた意味がないじゃないですか」
「つってもなぁ。お姉ちゃんが大切な人の誕生日はちゃんと祝ってあげなさいって言ってたし」
「た、大切な人って……」
もごもごと南央が何か言っている。なんだこいつは。
言うまでもなく、南央は俺の大切な後輩だ。
そんなことぐらいは分かっていて欲しいもんだ。
「と、とりあえず、私はレジに行って清算を済ませてきますね」
照れくさそうにしながら大量の漫画本の入ったカゴをレジに持っていこうとする南央。重さにちょっとフラフラしていたので、見かねた俺はついそのカゴを奪う形で代わりに持つことにした。
「せ、先輩!? ちょっと、何してるんですか」
「別に盗ろうってわけじゃねーよ。ただ、ちょっとたまには筋力トレーニングをしようと思っただけだ。最近、運動不足だからな」
「う……ありがとです」
「何の事だか分からねーな」
この時間帯は混んでいるみたいで、レジのところに着くまで少し時間がかかった。学校の近くにあるこの本屋はいわゆる大型書店というやつで、夕方の時間帯は学生や仕事帰りの人で溢れかえる。
待っている間、南央はもじもじと少し居心地が悪そうにしていた。顔がちょびっとだけ赤いし、ブツブツと何か「なんだかんだ気が利きますよね……」呟いている。小さすぎて聞こえないけど。
とりあえず順番が来たので、カゴをレジの台の上に乗せて、さっさと清算を済ませる。
「あのっ、これは流石に自分で払いますよっ」
「いいって、今日は俺が払うから。ちょっと遅い誕生日プレゼントってことにしておけ」
「あぅ……」
無理やり俺が清算を済ませて、買った本も全部俺が持って、書店の外に出た。
今の時間は五時ちょうど。
「南央。お前、この後ちょっと時間あるか?」
「ふぇ? あ、はいっ。一応……」
「何時までいける?」
「えっと……七時ぐらいに家にいれば……」
「じゃあ、急がないとな」
「へっ? 何が……って先輩!?」
人質は俺が持っているので、南央を連れまわしてもこいつは従うしかないわけで。
そのまま、俺は空いている方の手で南央の手をとり、やや強引に誕生日を迎えたという後輩を連れて行く。
「あ、あのっ。どこに?」
「ついて来ればわかる」
しばらくして、たどり着いたのは俺の家だった。南央はきょとんとした顔でマンションを眺めていたが、俺の部屋の前にまで来るといきなり慌てだした。
「せ、せせせ先輩!? ど、どどどどどうして先輩のお家に……」
「あ? 察しの悪いBBAだな。そんなの決まってるだろ」
「え……先輩の家に連れられて、察すること……つまり……え、ええええええええええええええ!?」
ぼんっ、と顔を真っ赤にしていきなり南央が慌てふためきだした。さっきから忙しいな。落ち着きがない。これだからBBAは。
もう色々とめんどくさくなってきたので、俺は南央を強引に部屋の中に連れていった。
その間、南央はずっと顔を真っ赤にしていたが……そんなにも恥ずかしいのだろうか。
「あ、あの、先輩っ! わ、私たちまだ高校生ですよ!?」
「? そうだな」
「ま、まだ早いと思うんです!」
「早いも何もないだろ。何言ってるんだ今更」
ていうか、むしろ遅いぐらいだ。
「た、確かに家にまであがって今更ですけど! でも、先輩が強引に連れてきたんじゃないですか!」
「そりゃお前が恥ずかしがって俺に何も言わなかったからだろう? だから多少強引でもこうするしかなかったんだよ」
「だ、だって……恥ずかしいもなにも、こ、こんなこと普通言えるわけないじゃないですかぁ……」
「変な奴だな。とりあえず、テーブルのところで待っとけ」
「て、テーブル!? はじめてでいきなりそれはハードルが高すぎませんか!?」
「はぁ? じゃあ、今までお前はどこでやってきたんだよ」
「う、生まれて初めてですよこんなことぉ!」
「そうなのか!?」
なんてことだ……。まさかこいつは、今まで一度も誕生日を祝ってもらったことがないなんて……。南帆のやつ、いったいどんな環境で育ってきたんだ?
ま、まさか、寂しさや孤独を紛らわすためにゲームに没頭するうちにああなったのか!? それだとちょっと納得できる。
「くっ……そうか。なら、俺がちゃんとお前のはじめての誕生日を成功させてやるからなっ!」
「は、はじめてって……! …………………………え? 誕生日?」
「え?」
「え?」
『……………………』
何この沈黙。
「いや、とりあえず、お前が他の奴らを呼ぶのは恥ずかしそうにしていたから俺だけでもお前の誕生日を祝っておこうかと思ったんだけど」
「そ、そーですよね! 誕生日ですよね!」
ん? こいつは何と勘違いしていたんだ?
まあいいか。
その後、南央からちゃんと毎年誕生日は祝ってもらっていたときいたので、なんとか一安心。でも、それなら何と勘違いしていたんだときいてみると顔を赤らめて話を逸らされた。
「まあ、買ってきたような立派なもんじゃないんだけどな」
そう前置きして冷蔵庫から、たまたま作ってあった苺のケーキを出す。それと、紅茶を入れて、その二つを南央の前に持ってきた。
南央は俺が持ってきたケーキを見て目を丸くしている。
「これ、先輩が作ったんですか?」
「ああ。最近、ケーキ作りにはまってるんだよ。いつか幼稚園に行ける日が来た時、幼女に美味しいケーキを届けるために必死で練習してるんだ」
「最後のはきかなかったことにします。でも、凄いですね。見た感じ、お店で売っているのと変わらないですよ?」
「んなことねーよ。とりあえず、それが今日の俺からの誕生日プレゼントだ。悪いな。大したもんじゃなくて」
「そんなことないですよ、嬉しいです。じゃあ、遠慮なくいただきます」
後輩に気を遣わせちゃったかな。優しい奴だ。
そんなことを考えていると、南央はぱくりと可愛らしく小さな口を開けてフォークで小さく切ったケーキを食べる。
「んっ。これ、すっごく美味しいですよっ!? 本当に先輩が作ったんですか!?」
「当たり前だろ。まあ、美味しいって言ってくれたならよかったよ。特にカロリーを抑えて美味しく作るのに苦労してな」
「へぇ~。先輩って、そういうところにも気が回るんですね」
「当たり前だ。幼女だって一人前のれでぃーとして扱わなきゃならないからな!」
南央はぱくぱくと美味しそうにケーキを食べてくれた。
そんな美味しそうな顔をして食べてくれたのなら、作ってみたかいがあったというものだ。本当はいきつけの幼稚園に差出人に『伊達紳士』の名前でケーキを置いてくる予定だったんだけどな。
まあいいや。それに、もっとたくさん作らなきゃいけないと思ってたところだし。
「はふぅ。ごちそうさまです」
満足そうな笑みを浮かべている南央の表情を視界に入れつつ、さっと皿やフォークをとって台所に運ぶ。時間はもう六時か。そろそろ帰った方がいいな。
「それじゃあ、そろそろ帰るぞ」
「はいっ」
今度は二人で夕方の道へと出る。しばらくの間、無言が続いていたが、不意に南央の方から口を開いた。
「あの、先輩。今日はありがとうございました。色々、してくださって」
「とはいっても、俺がやったのは荷物持ちとケーキを出したぐらいだけどな」
「それが嬉しいんですよ。もうっ、先輩は分かってないですね」
「分かってないのはお前だろ」
そういいつつ、俺は南央の頭にポンと手を乗せて、くしゃっと頭をなでる。
「ふにゃっ」
「誕生日ぐらいちゃんと祝わせろ。お前は俺の大切な後輩なんだから」
BBAというのが難点だが。
そのあと、南央を家まで送る。すると、家から少し離れたところで南央がいきなり立ち止まった。
どうしたんだと思っていると、南央は顔を赤くしたまま、顔をあげる。
「あの、先輩」
「ん? なんだよ」
「その……今日は本当に、ありがとうございました。嬉しかったです」
「お前が素直に言ってくれれば、俺ももう少しマシな誕生日プレゼントをやれたんだけどな」
「いえ。あれで十分です。それに……なんだか、分かった気がします」
「何が?」
俺の問いに、南央は微笑みながら、
「お姉ちゃんたちが、どうして先輩と一緒にいるのか」
「? ああ、そう」
「ふふっ。きっと分かってないですね? まあ、それが先輩なんですけど」
「むっ。だったらちゃんと教えろよ」
「教えません。それでは先輩、また明日です」
そういって、南央は小走りで家に入っていった。
分からないやつだ。
俺は後輩の行動に首を傾げつつ、帰路についた。
南央の攻略完了(笑)
この小説を書いてから「いきつけの幼稚園」という言葉に違和感を感じなくなりました。なんででしょう。
おそらくこれが、年内最後の更新になるかと思います。




