第8話 兄襲来
次の日。
俺は本来ならば萌え幼女アニメ観賞で堪能しているはずの休日を生贄に捧げなければならないのだろうかと朝から憂鬱になっていたのだが、意外な事に俺を待っていたのは徹夜で聞かされたロボトークの第2ラウンドでもなく、ゲーマーによる地雷狩りと言う名の初心者狩りでもなく、特撮ヒーロー物の鑑賞会でもなく、勉強と言う名の学生として至極まっとうな行為だった。
「なん……だと……?」
気が付けば目の前に広がっていた美少女三人による勉強会という光景に唖然としていた。
こいつらが真面目に勉強会?
バカな。部室ではガ○プラを作るわゲームばっかりするわ特撮ヒーローの変身アイテムをオークションで漁ることしかしないやつらが勉強だと?
「何が……何が起きてるんだッ! まさか、新手のスタンド使いッ⁉」
「なにバカな事を言ってるんですか。海斗くんも早く勉強したらいいじゃないですか」
サラリと加奈がとんでもない一言を口にした。
こいつのせいで俺は徹夜でロボトーク(一方的な)に付き合わされる羽目になり睡眠不足だというのに加奈にはその気配がいっさい見当たらない。
俺は動揺しながらも自室から勉強道具を引っ張り出してきてリビングのテーブル席についた。
「なんで……なんで急に勉強を?」
こいつらの普段の行動パターンから考えるに今の状況は絶対におかしい。
「加奈、ニッパーはどうした⁉ お前が持つのはシャーペンじゃなくてニッパーとデザインナイフとヤスリだろう⁉ 南帆、なんでお前は参考書に目を通してるんだ⁉ お前が目を通すのは参考書じゃなくてゲームのwikiだろ⁉ それに恵! なんでお前プリントをやってるの? お前は特撮ヒーローの変身ポージングをするのが日課だろ⁉」
俺が必死に呼びかけるも、美少女三人は「だめだこいつ……早く何とかしないと」という顔をされた。
おかしい。こいつらあたま沸いてんじゃねーの?
そう考える俺だったが、加奈はただ冷静に、
「いや、そろそろ期末テストですのでみんなで勉強しようかと」
ですよねー。
うん。俺が間違ってました。
「それならそうと早くいってくれよ」
やれやれだぜ。
あまりにも異質な光景が目の前に広がっていたからもうすぐ期末テストがあるということを忘れていた。
「ていうか、かいくんの中で私たちってどんなイメージなの?」
ぷくっと恵が頬を膨らませ、すねたように言う。
なので俺は冷静に、ありのままのこいつらを言葉で伝えることにした。
「変態」
『ちょっと表でろ』
あるぇ? おかしいな。
ありのままの事実を伝えただけなのに、三人いっせいに俺を殺しちゃうぞ♪とでもいいたそうな笑顔を向けてきた。いや、目が笑っていない。
「はぁ。やれやれだね。そもそもかいくんの方が私たちよりもよっぽど変態じゃない」
「誰が変態だ。紳士といえ紳士と」
「私しってるんだからねっ! かいくんが幼女に欲情して幼稚園に特攻を仕掛けたの!」
「してねえよ!」
もちろん、これは恵のでたらめである。
とはいえ何故か加奈と南帆が俺の事をまるで汚物を見るかのような目で睨んできたので慌てて訂正しておいた。
「そもそも誰がそんなことをするか! 俺がするのはせいぜい遠くから園内を眺めていたり、手持ちのカメラで幼女を撮影したり、一人で出歩いている幼女を影からこっそりと見守ったり、たまに幼稚園の前を通行人のふりしてたっぷり十分かけて通り過ぎて、園内の光景をハァハァしながら見守るだけだ!」
「…………」
「…………」
「…………」
三人とも、ドン引きである。
あれれー? 俺、なにかおかしなことを言ったっけ?
「……ああ、うん。私のさっきの発言は嘘だから。真実じゃないから」
「解ればいいんだよ。俺は幼女に対してそんな犯罪者のようなマネはしない!」
「……え? あ、うん……」
何故か恵が弱々しい笑みを浮かべた。
それどころか残りの二人の様子もどこかおかしい。さっきまで汚物を見るかのような目だったのに、「地球上でこれほど哀れな存在もいたんだな」とでも言いたそうな顔である。
「……海斗。警察には捕まらないようにね」
「? 俺はそんな犯罪者まがいのことはしねえよ。つーかあいつらって本当に仕事しねえよな。俺がこの前、幼女たちをこっそり陰から見守っていたら職質かけられてさ。ほんとうに仕事してねーなーって思ったぜ。日本の警察は」
「……あの、それはちゃんと仕事をしているのでは……日本の警察、超優秀なのでは……」
「は? 俺はただきゃわいいきゃわいい幼女たちに悪質なストーカーがついてないか見守っているだけだぜ? それをそこらの不審者と間違えて職質かけるとかバカだよバカ」
「どうする? これもう典型的なストーカーだよ」
「……末期」
「はやく通報したほうがいいのではないでしょうか?」
おいそこのBBA三人組。
俺を犯罪者に仕立て上げようとすんな。
兎にも角にも俺だって勉強は必要なのでなぜかいきなりどこかに電話をかけはじめたこいつらはほっといて、俺は真面目に勉強を始めた。何か「ケーサツにでんわしよ」とか、「……豚箱にぶち込んどいた方がこの世の幼女の為にもなる」とか言ってたけど気にしない。
普段から予習復習はかかしていないのでテスト範囲として配られたプリントもスラスラと解ける。
「かいくんってけっこー頭いいんだね。中間テスト何位だった?」
「二位」
「え……」
「……負けた」
「……なんでそんなに頭良いんですか」
目の前のBBA三人組が俺の順位を聞いたとたんにがっくりと肩を落とす。
「なんでそんなに肩を落としてるんだよ」
「いや、学園内ではDQNで通してる割になんでそんなに頭良いの?」
「DQNは関係ないだろ」
ていうか、意外と頭の良いDQNもいるんだぞ! 中学時代にもそんなやついたし。
「加奈もけっこう順位が良かったはずだろ?」
「ええ。前回は七位でした……が、こうもあっさりと犯罪者に負けたとなるとやはりショックは大きいです」
「誰が犯罪者だ」
「……ストーカーに負けた。このショックは大きい」
「誰がストーカーだ」
「ううっ。こんな変質者が二位で私が赤点ギリギリなんておかしいよぅ」
「よーしその喧嘩かった! お前らちょっと表に出ろ!」
どうしてこうも人を犯罪者に仕立て上げたいのか。
「いっておくが俺はストーカーでも犯罪者でも変質者でもなく、いうなれば幼女を護るナイトなんだよ!」
「これはストーカーの中でもかなり痛い部類ですね」
うんうんと南帆と恵も揃って頷く。
こいつらも失礼なヤツだな本当に。俺はただ見守っているだけなのだ。決してストーカーではないぞ!
そもそもストーカーなんて社会のゴミのすることだな。青い服の人に家に踏み込まれても文句いえねえよ。
「つーか、恵は俺のこと言ってる場合か? 前回赤点ギリギリってことは相当ヤバいんじゃ……」
「そうなんだよぅ――――!」
さっきまで俺を変質者扱いしていた恵が切羽詰まったように叫んだ。
「ううっ。今回のテスト範囲の内容も全っ然わかんないんだよ! 助けてかいくん!」
言うと、もう藁にもすがる思いと言うかおもいっきり俺に抱きついてきやがった。なんだかんだ恵も出るところは出て引き締まってるトコロは引き締まっているという俺の理想とは真逆のボディをしている。
それ故に腕に二つの大きな柔らかい何かが無遠慮に接触してしまうのだが、つるぺたじゃないので全然興味ないから。うん。興味ないから。絶対に興味ないから。
俺はこんな大きなものじゃなくてもっとこう、言うなればまな板を愛してるから。
本当に、この柔らかな感触なんて気になってないから。
「わ、わかった! わかったから離れろ!」
な、なんか良い香りがする……じゃない! 俺が好きなのは幼女だ!
BBAじゃない!
「め、恵! はやく海斗くんから離れてください!」
ぐいっと慌てたようにして加奈が俺から恵を引きはがす。
どうしてそんなに慌てているのだろう。まあ、俺としては助かるからいいのだが、加奈には直接関係ないような……?
「そ、それで。どこが解らないんだよ」
恵の拘束から逃れた俺はとにかく勉強を始めることにした。
まずはどの辺りが解らないのか俺が把握しておかなければ話にならな……
「全部!」
……話にならない。
「お前はちゃんと先生の授業をきいてたのか⁉」
「てへっ♪」
「ごまかしてんじゃねー!」
「……授業を真面目に聞く不良というのもそれはそれでおかしい」
「それでは不良どころか普通に良い生徒ですよね」
外野が騒がしいが気にしないでおこう。
「……なんちゃってDQN」
「おいコラ誰がなんちゃってDQNだ」
確かに中学時代は普通に虐められてて高校デビューからだけどね!
「ということはGNド○イヴで例えるなら海斗くんは疑似というわけですね」
「大体あってるけど疑似とかいうなや!」
いけない。勉強を教えるという本来の目的から逸れてしまっている。
俺は慌てて恵の方に向き直り、一人でもちゃんと勉強しているのか、もしくはどれぐらい進んだかを確認した、が。
「なほっち。私がジョーカーでなほっちがサイクロンだからね?」
「……ファングがいい」
「えー。サイクロンジョーカーだってカッコいいじゃーん」
いつの間にか、どこから持ち出してきたのか某仮面ラ○ダーの変身ベルトを無理やり南帆に装着させて二人で一人の変身ポーズを強行させようとしていた。
つーか何やってんだこいつら。
まあ。とりあえず。
俺は無言で恵の襟首を掴んでテーブルに強制送還してからこの基礎すらもなっていないが故に復習から入らなければならないアホの子の目の前にどっさりと参考書を山積みして、こいつの好きそうなネタを交えて、言った。
「さあ、お前の復習箇所を数えろ」
「……今さら数えきれません」
俺たちの背後では、南帆が変身ベルトにセットしたUSBメモリを模したおもちゃから変身音が鳴り響いていた。
☆
「ふにゃー。終わった終わったぁ……」
夕方になってようやく解放された恵が燃え尽きていた。
教えている内に解ったことなのだが、こいつはやれば出来る子なのだ。呑み込みが速いので復習もすいすいと進み、試験範囲のところもかなりの部分を理解したはずだ。
恵はアホの子だがやれば出来る子でもある。
だがなぜやらない。
俺が言いたいのはそれだけだった。……むしろはじめからやる気がないように見えるのは気のせいか?
「お前、やれば出来る子なんだから初めからやれよ……」
「いつやるか? 後でしょ!」
「今だよ!」
駄目だこいつ。典型的な「明日から本気出す」タイプだ。
「まあまあ。そう怒んないで。また今度かいくんに教えて貰えばいいんだから!」
「人頼みかよ!」
なんか俺、恵の将来が心配になってきた……。
「では、そろそろ帰りましょうか」
もう既に片づけを終えた加奈がそういって立ち上がった。確かにもう夕方になったし、女の子はそろそろ帰った方が良いのかもしれない。俺は三人に向かって、
「んじゃあ、送ってくよ」
「私は隣ですので送るも何もありませんけどね」
「まあ、そうだけどさ。心配だろ。この頃なにかと物騒だし、もしもってこともある」
間隣の距離を移動するのに「もしも」も何もあったものではないが、心配じゃないといえば嘘になるし、一応送ってくことで安心しておきたい。
「……そうですよね。海斗くんはそういう人ですものね」
ぼそっと加奈が何かを言ったような気がしたのだが、ようやく勉強から解放された恵がわーわーと南帆と一緒に出来なかった変身ポーズをして盛り上がっていた為に聞き取ることはできなかった。
「? 悪い。もう一回言ってくれ」
「な、なんでもありませんよ。それでは、早く帰りましょう」
「お、おう」
とりあえず俺は加奈が自分の部屋に入るのを見届けてから南帆と恵を家まで送り届けるのだった。
☆
「はぁ……」
家に帰ってから、私はため息をついた。なんというか、緊張から解放されたというか。
海斗くんの前だとすぐに緊張してしまう。だから思わず自分を落ちつけたくて私の大好きなパロネタの入り混じるカオスなロボトークへと突入してしまう。……海斗くん、やっぱり迷惑だったのかしら。思わず徹夜しちゃったし……。
私がこの家に引っ越してきてからもう何週間が経過しただろうか。
あの日、海斗くんを初めて見かけた日の事を思いだす。
私はこういった趣味を学園の生徒たちに隠すためにここから離れたアニメショップへと出かけた。メガネに黒髪のカツラを被るという変装をして。
『鬼の海斗』の噂は私も知っていた。だから、アニメショップで海斗くんを見かけた時には心臓が飛び跳ねたかと思った。
だって久々に会ったあの黒野海斗があろうことかアニメショップの片隅でピンク色の雑誌を見ながらニヤニヤとしているのだから。
その光景を見た時、私は興味が沸いた。そして、感じた。
同類の匂いを。
つまりあの人も私と同じような趣味を持っているのだろう。
気になって海斗くんその雑誌を手に持って去った後にそのコーナーにいってどの雑誌を読んでいたのかを確かめた。
ロリコン御用達の雑誌だった。
私は家に帰った。
ドン引きした。
だってあの『鬼の海斗』が犯罪者予備ぐn……ロリコンだったなんて。
でも、彼に対する興味はますます深まった。どんな人だろう。学園ではあんなに怖そうにしているけれど、アニメショップでの彼はそんな雰囲気は微塵も感じられなかった。
次の日。
私は学園に登校すると同時に彼を目で探した。そして見つけた。なにやらチャラそうな友達――生徒会に入っていたような気がする――と一緒にいる。
学園のみんなは私が登校するだけで、廊下を歩くだけで私をじろじろともの珍しそうな視線を向けてくる。だけど海斗くんは違った。傍にいた友人が私の事を言うも、チラリと視線を向けたものの、興味がなさげだった。
はじめてだった。
私はこういった状況に慣れている。私は動物園のコアラのようにみんなからの視線に晒されていた。
だけど海斗くんはまるで「まあ確かに可愛いけど所詮はBBAだよな(笑)」とでも言いたそうだった。
ますます興味が沸いた。そして私はみんなに気付かれない程度に視線を送り続け、視線が合った時に微笑んでみた。だけど「ふーん。それが?」みたいな反応だった。
授業中、隙あらばと海斗くんの方に視線を向けていた。目が合うともう一度、微笑んでみた。今度は怪訝な顔をされた。
そこで、自分で何をしていたのか思い出してひっそりと恥ずかしくなった。
放課後。
私は気分転換に大型家電量販店でガ○プラを買うことにした。だけど頭の中はあのロリコn……海斗くんのことでいっぱいだった。
だからだろう。
普段ならば注意深く店内に注意を向けて客に同じ学園の生徒がいないのかをチェックしていたはずだ。まあ、あの時間帯は元からあのコーナーは人が少ないということもあって油断していたのかもしれないが、プラモデルの箱を取ろうとした時、ふいに誰かと手が重なった。
はっとした時、そこにいたのは――――海斗くんだった。
頭が真っ白になった。
その日、一日中考えていた人が目の前に現れたのだ。びっくりした。そしてその後、緊張のあまり安い挑発にのって思わず素の私を曝け出してしまった。
嫌われたかな? と、私は思った。まず考えたのはそこだった。みんなに言いふらされるかな? とか、これをネタに脅迫されたらどうしよう、とか、そんなことよりもまず最初に考えたのか彼に嫌われたかなとか、そんなことだった。
だけど、今おもえばそんな心配をする必要も無かった。
彼は、優しかった。
学園のみんなとは違って、本当の私を見て、聞いて、接して、一緒にいてくれるようになった。
楽しかった。
日本文化研究部なんて部活動も作ったりして、一緒にコンビニのアニメタイアップフェアにも参加したりしてくれて、他の部員も入ってきて、楽しかった。今までにないぐらいに人生が充実していた。
ずっとこんな日が続けばいいなって、今回のお泊り会で思った。
お泊り会……そういえば、私、海斗くんの部屋に泊まったんですよね……。
そう思うと再び頬が火照ってしまいそうになる。私はそれを振り払う為にいつもより少し声のボリュームを上げて「ただいま」といった。
まあ、私一人なんだけど。
いや。違った。玄関にある男物の靴があることに今気づいた。これがあるということは……。
「おっかえりいいいいいいいい! 俺の愛しの妹おおおおおおおおおお! ハァハァ。加奈たんが帰ってきてくれてぼきゅも嬉しいよおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
うわぁ……。
でた。
これが私の兄、天美徹である。
ルックスは割と、いや、かなりイケている。大学生の兄だが、妹の私から見ても普通にカッコいいと思う。
でもウザい。このシスコンはとにかくウザい。
「どこいってたんだよぉ。お兄ちゃんが遊びに来たのに誰もいないから心配したんだぞ☆」
「相変わらずですね兄さん。たった一言二言ことばを発するだけでそのウザさを伝えることが出来るなんて」
私の兄はとにかくシスコンである。正直に言わせてもらうと、キモい。
「相変わらず兄にくれる言葉は愛に満ち溢れてるな!」
だめだこいつ。はやくなんとかしないと。
「死んでください」
「またまたぁ。照れ屋さんだなぁ加奈は」
もうだめですね。これは重傷です。
「にしても、こんな時間までどこにいったんだ? お兄ちゃん心配したんだぞ」
確かに、そろそろ時間的にも少し遅いのかもしれない。兄は私をウザいぐらいに可愛がってくれている。ウザいことにはウザいが、今の言葉には真剣さが込められていた。
本気で私を心配してくれていたのだ。
「この辺りには最近、物騒な奴らがいるからな。気をつけろよ本当に」
さっきまで学園の生徒たちから物騒がられてる人の家に泊りに行ってたんですけどね。こんなこと、兄に言えばどうなるかわからない。とりあえず、海斗くんに迷惑がかかるだろう。
「なんでも女子高生を拉致して暴行したりしてるって噂だからな。警察だって動き回ってるんだぞ」
真剣な目で、真剣な声で、真剣な話をしていた。
だから、私は素直に謝った。
「……ごめんなさい」
「ん。わかればいい」
兄は私の頭をくしゃっと撫でてくれた。普段はキモい兄だけど、なんだかんだで頭を撫でられるのは好きだ。
……今度、海斗くんにも撫でられたいなと思ったのは内緒。
「特に隣のやつ。あいつには気をつけろよ?」
「え?」
海斗くんのことを知っているのだろうか。やはり『鬼の海斗』の悪名は大学生の間にも広がっているのだろうか。
「いやさ、この前、朝ここに俺が来たことがあっただろ?」
そういえばそんなことがあった。しかしその時の私は朝から自室でロボアニメを見るのに夢中で兄の事は放置して兄はそれを「放置プレイハァハァ」とか言ってた気がする。
今思い出しても吐き気がしてきた。やっぱり死んでください。
「そんでさ、仕方がなくリビングで加奈の匂いを記憶に焼き付けるべくクンカクンカしてたら……」
ツッコミ所はいろいろあるけどそれは後に追及するとしよう。
「そしたらさ、聞こえてきたんだよ。隣から、『キタああああああああああああああ! うおおおおおおおおおおおおおおおおお!』とか、『りんごちゃああああああああああん! 可愛いよおおおおおおおおおおおおおお!』っていう絶叫が」
……………………間違いない。海斗くんだ。
ていうか朝から何してるんですか。いや、私も朝からアニメを見てましたけれども。
「そんで俺が『おい! 朝っぱらからうっせえぞ!』って言ってやったわけ。そしたら『あァ⁉ 文句あんのか⁉』って凄いドスの効いた怖い声が聞こえてきてさ、そこで俺は言ってやったわけよ!」
兄はとても得意げに話していた。
海斗くんに失礼な事でもいったのかな。もしそうなら蔑んだ目で見てやろう……と思ったが、兄は依然そんな目で見てきた事に対して快感を覚えていたのでやめた。
そしてふんぞり返った兄はフフンとドヤ顔で、
「『すんませんっした!』ってな」
戦力差がちゃんと理解できる兄でよかった。
「と、いうわけでだ。ここは色々と物騒だからこれもっとけ」
いうと、兄は懐からハートマークのキーホルダーを取り出してきた。
「これは?」
「お守りだ」
ニカッと兄は爽やかな笑みを見せた。妹に対しては残念なイケメンではあるけれども、だけどこういう私の事を大事に思ってくれていることには感謝している。……大事に思い過ぎているような気もするけれど。
「……ありがとうございます。兄さん」
「おうっ。気にすんな」
とりあえずこれは学園のカバンの中にしまっておこう。そう思った直後、兄は何気なしに、
「それって実は中に発信器が仕込まれててさぁ。俺の携帯でいつでもモニタリング出来るんだよな。それさえ身に着けていれば俺はいつも加奈のことを見守っていられるんだぜ……デュフフ。ずぅぅぅっと一緒だからねぇ。加奈たん。ハァハァ」
私はキーホルダーをゴミ箱の中へと叩き込んだ。
兄が「なんてことを!」と泣き叫んだが気にしないことにした。
というか、……何かを忘れている気がするんですけど、まあいいか。
☆
俺は二人を家まで送り届けた後、帰宅した。
帰宅、といってもマンションまでたどり着いただけで実際に自分の部屋へと入ったわけではない。
と、俺の部屋の前。そこには青い服に身を包んだおじさんがいた。そのおじさんは俺に近づいてくると、
「あのー、ここ最近、幼稚園の周りをうろつく不審者がいるという通報を受けてきたんですけど」
「そうなんですか。許せませんね」
「そいつは幼児をストーカーしてるかとかんとか」
「何っ⁉ 誰ですかソイツは! 俺も犯人探しに協力します。一緒に不審者を捕まえましょう!」
俺の中で正義の血がたぎっていた。幼女の平穏を脅かすクズはこの俺が許さない。
「そっかー。協力してくれるんだー」
うんうんと青い服のおじさんはそういうと、ぐいっと俺の腕を掴んだ。
「じゃ、ちょっと署までご同行願おうか」




