五月① 篠原正人の友人
五月になった。
俺が生徒会に入ってからの日々は、まあ勉強の連続だった。まず、この学園はかなり大規模な文化祭をするわけだから、五月の内からその準備に忙しい。文化祭前になるともっと忙しいらしいが。
だが、それと並行して本来の業務もこなさなければならないのだ。その業務は様々な種類こそあるものの、我が流川学園の生徒会業務のメイン。
それは。
「はい、じゃあ南美ちゃん。今日も目安箱を開けてくれる?」
「……わかりました」
目安箱に入れられた、生徒たちからの声をきくことである。
南美先輩が木製の箱を開けて、中にある投書を取り出す。週一回ずつ行っているこの目安箱に関する生徒会業務。これが、我が生徒会業務のメインだ。
中学の頃にも目安箱はあった。だが、あまり活用されていた記憶はない。だが、何故かこの学園の目安箱はそれなりに活用されている。今日も、いくつかの投書が入れられていた。
「じゃあ、今日もがんばろっか~」
ほんわか先輩こと、三年生の北宮沙織生徒会長はきょうもほんわかオーラを振りまきながらニコニコ笑顔で俺を癒してくれる。ああ、生徒会に入ってよかった。
俺がニヤニヤしていると、南美先輩に無表情でじーっと睨まれている(?)ような気がしたのでやめた。とりあえず、適当に入っている紙を手に取って開く。綺麗な字だ。女子だろうか。名前は……無い。まあ、個人的な依頼でもなければ匿名でも可と説明書きに書いてあるので問題はないが。
「えーっと、なになに……」
クラス:
名前:匿名希望
生徒会に対する要望:オタク友達が欲しい
いや、そんなこと生徒会に言われても困るし。
これは……まあ、アレだ。無理だ。それに、出来る事と出来ない事があってだな。それに注意書きにも、全ての投書を実現できるわけじゃないって書いてあるし。ていうか名前が分からないとどうしようもないだろうこれ。まあ、こんな投書をしてくるやつを俺は一人知っているわけだが……海斗じゃねぇだろうな。それはそれで……ていうかあいつがこんな女の子みたいな字を書いているとは信じられんけど。
ひょいっ、といくつかあるうちの一つの投書用紙をとって開くのは、二年生書記の東沢先輩である。イケメンなのにドMという救いがたい人だ。
「うーん。僕のMっ気を刺激してくれるような投書がないなぁ」
「そういう投書はあったらあったで困りますけどね!」
「『東沢先輩を踏みつけたい』……ハイヒールじゃないところが駄目だ」
「あるんかい!」
どうなってるんだこの学園。しかも『先輩』ということは一年生かよ。恐ろしいわ!
そして、次に当初に手を取ったのは二年生会計の西嶋先輩である。今日も煌びやかな黒髪が美しい。
「うーん。私のSっ気を刺激してくれるような投書がないわねぇ」
「だからそういう投書があったら困るんですって!」
「『西嶋先輩に罵られたい』……罵られて罵声を浴びせられたいじゃないところが駄目ね」
「やっぱりあるんかい!」
大丈夫だろうか、うちの生徒会。もう今更だけど。
そもそもどれもこれも匿名だが、匿名で書くなら、校内の〇〇の設備を何とかしてとか、そういうのじゃないと。そう思ったところで、俺は一枚の投書を見つけた。
「あー、じゃあ、こんなのでどうですか」
そういって、俺は手に取った投書を生徒会メンバーに見せる。
クラス:一年三組
名前:日向陽子
生徒会に対する要望:内気な性格を治したいです。
☆
今回の投書の場合。
依頼者は内気な性格のようだ。そして、そういった生徒に対して生徒会側から堂々と接触した場合、依頼者に対して迷惑がかかる。ていうか、その内気な性格とやらが悪化する。
よって、接触には細心の注意を払わなければならない。こういった事は俺が得意なので、その役割が与えられた。何しろ他の生徒会メンバーはよくも悪くも目立つ。東沢先輩はいつどこで女子生徒に対して踏んでくれ、罵ってくれと頼むか分からない。西嶋先輩はいつどこで信者を作っておしおきをするかわからない。国沼は普通にイケメンだから目立つ。生徒会長と南美先輩は普通に、どころかかなり可愛いから普通に目立つ。
ここは、生徒会メンバーの中ではまだ地味な部類である俺がいくしかあるまい。情報収集を趣味とするから俺は割と(自分で言うのもなんだが)周囲の人間との関わりは積極的に行っているし、だからこそ顔も広い。だが、地味に動くにはコツがある。気配を消して、廊下の壁と同化する(つもり)で、すみっこを静かに歩く。
現在、授業中。俺は腹痛でトイレに行くという名目で授業中の教室を抜け出した。手にはある手紙を持っており、隣の教室へと侵入する。一年組は、この時間帯には体育を行っているということは既に知っている。時間割表のコピーも入手済み。更に、三組は男子が教室を使って着替えを行う(女子は女子更衣室を使用)。そして、俺は休み時間の時に三組に足を運び、廊下側の窓際で三組の友人と話をしつつ、時間まで粘り、出る時にこっそりと窓の鍵を一つ開けておいたのだ。途中、廊下を走って行った教師に見つかりそうになったが、咄嗟に隠れて何とかやり過ごす。……危ない危ない。
窓を掴んで確認する。よし、開いてる。周囲に誰もいないことを確認し、窓を乗り越えて三組の教室へと侵入。更に、日向陽子の席も既にリサーチ済み。その席に近づいて、手紙を机の中に滑り込ませる。これで任務完了っと。
「つーか、こんなことしてるのバレたら確実に生徒指導室行きだな……」
「だろうな」
思わず肩をビクッ! と震わせて振り返る。そこにいたのは、
「ああ、海斗。お前かよ……驚かせるな」
「よう。変態生徒会」
「やめろ。その呼び方はマジでやめろ。一部では本当にそう言われてるんだから」
その称号の九割九分は間違いなくあのドS先輩とドM先輩のせいだ。
「授業は?」
「いや、なんか担当教師が途中で自習っつって出て行っていったから、幼女もののギャルゲーやろうと思って屋上に行こうとしてたらコソコソしたお前を見かけたってわけだ」
「つーか、なんで自習になった途端にお前は教室から出ていくんだ」
「ほら、俺が教室にいたらみんな迷惑だろ? 勉強に集中できなくなるし」
その顔にはどこか悲壮感が漂っていた。なんでだろう。目から汗が止まらないや。
ていうか、さっきどこかに走って行った教師は俺たちのクラスで授業をしていた教師だったのか。
「……まあいいや。そんじゃ、ついでにこのままサボろうぜ」
「おう」
携帯ゲーム機の画面に視線をやりながら、海斗は俺の後ろからついてきた。そのまま、生徒会の持つマスターキーで入ることのできる屋上へと入る。ここなら誰にも邪魔はされない。
……………………。
ここなら誰にも邪魔はされない(意味深)じゃないといっておこう。
誰にも邪魔されずにサボることが出来るという意味だ。
俺は屋上のコンクリートの上に座ってぼーっとしていて、海斗は幼女(二次元)と戯れていた。
「あ、そうだ。なあ、海斗」
「ん? なんだ。俺のギャルゲタイムを邪魔するな」
「どことなくドラゴタイムみたいだな」
「勝手にセットアップすんな。俺がセットアップするのはギャルゲタイムだよ」
ここ最近はこいつとつるみだした影響か、そこそこアニメなども見始めたのでなんとかついていける。俺の努力って涙ぐましいわ。本当に。
「とにかく、だ。お前のクラスにさ、渚美紗ちゃんって子がいただろ?」
「知らん。誰だそのBBAは」
「知らないのかよ……ほら、一年生の中でもかなり人気のある美少女だろ。それこそ、天美加奈さんにも匹敵するぐらいの」
「そんなこと言われたって、その美少女(笑)なんか知るわけないだろ。俺が興味あるBBAは二次元美少女だけだ」
「あのなぁ。もう少し三次元にも目を向けろよ」
「美幼女なら二次元三次元問わないけどな」
「お前いつかおまわりさんに捕まるぞ」
「大丈夫だ。この前は逃げ切れたから」
「既にお世話になりかけてたんかい!」
「ただ鞄の中に隠したカメラを持って幼稚園の周りをうろついていただけだぜ? 酷いよなぁ」
「お前はマジで一回ぐらいは捕まった方がいいと思うぞ?」
どうしよう。俺の友達が変態すぎて辛い。……でもよくよく考えたらうちの先輩二人も十分に変態だった。問題ないな。
「ききたかったことがあるんだけど……知らないならいいわ」
「そうか」
「あ、そうだ。今日、帰りにお前ん家寄っていいか?」
「別にいいけど……もてなすものは幼女キャラの抱き枕カバーかポスターぐらいしかねぇぞ」
「いや、それは別にいい」
☆
手紙に書いてあったメールアドレスに都合のつく日を送ってもらい、その放課後に依頼人がやってきた。一年三組の日向陽子。ゆるふわ系ガールとでも言おうか。ショートボブの髪に、小柄な体。小動物のような雰囲気が男子女子問わずに人気を博している。いわゆる、守ってあげたくなる系らしい。
確かにそうだ。うむ。相変わらずうちの女子はレベルが高い。同じクラスにいる楠木南帆、そして、入学式の次の日には一気にイメチェンした牧原恵にも匹敵する可愛さだ。
「それで、日向陽子ちゃん、依頼内容を教えてくれないかな?」
生徒会長が切り出した。日向さんは、はじめて入った生徒会室に怯えているのか(何故怯えている)、びくびくとしながら話し始めた。
「えっと……その、私、小さいころから内気な性格で、人と話すのが苦手で……もう高校生だし、そんな性格も直したいなぁって……」
「なるほど。内気な自分からイメチェンしたいってことだね?」
「は、はい」
一応、こういった依頼人が絡んでくる時には東沢先輩も大人しい――――
「それはそうとして、ダークな笑みを浮かべながら僕のことを罵りながら踏んでくれないかな?」
「ふえぇっ!?」
「――――なんてことはなかった! 頼むからあんたもう少し自重してくれ!」
駄目だこの先輩……こうなったら、南美先輩と西嶋先輩に頼るしか……!
「…………」
「可愛い子ねぇ。虐めがいがあるわぁ……」
くそぅっ! 無口とドSは役に立たねぇ!
「ははっ。ごめんね。先輩たちも緊張してるんだ。可愛い一年生が依頼人なもんだから」
「ふぇっ、か、かわっ……」
流石は学内トップクラスのイケメンだ! ここぞという時に役に立つ上にフラグまで立てようとしている!
が、ここでフラグを立てられてもむかつくし話が進まん。やっぱ友達にするなら海斗みたいなやつだよな。イケメソフラグ製造機くんは一緒にいていて爆発しろと念じたくなる。
「とにかく、ようは引っ込み思案というか、内気な性格をなんとかすればいいんですね? それじゃあ、まず最初にきいておきたいんだけど、その性格を治すために自分で何かやってみたことってある? それを予め知っておけばこっちも話し合いを進めやすいんだけど」
「え、えーっと……ま、まずは多少、目立つこと、人の視線に慣れなきゃいけないって思って……」
ふむふむ。なるほど、やっぱこの学園にいるから頭は良いんだな。自分なりに分析をしてみたわけだ。まあ、今の時点で生徒会室に来ているということは、その成果が表れていないという事なんだろうけども、それでもやってみたことについての問題点や改善点を洗い出すことが出来る。
「と、登校する時に走って目立ってみたりっ」
「発想が可愛いなオイ!」
「じ、授業中、先生の質問に挙手してみたりっ!」
「おおっ、それは大きな進歩じゃないですか!」
「でも、その質問は挙手制じゃなくて番号順だったんですけど……」
「惜しい!」
「あとは廊下の何もない所で転んじゃったり……」
「意外とドジッ娘!?」
「お、おべんとうを二個にしてみたりっ」
「何の意味が!?」
「え、えーっと、たくさん食べる子だなぁって思われて目立つと思って……」
「さっきから発想が可愛すぎるわ!」
「……けっきょく、一個目でもう、おなかいっぱいになって二個目はかばんに入れたまま家に持って帰って食べたんですけど」
「意味ねぇ――――――――――――!」
大丈夫なのだろうか、今回の依頼。
俺は、既に最初の段階から前途が多難過ぎることを確信していた。
次は恵のifストーリーです。




