第60話 お友達になってください
今現在、部室には二人の一年生がいる。
一人は大人気アイドル、雨宮小春。もう一人は南帆の妹、楠木南央。何故か恵に抱きつかれた状態で拘束されている。
「あの、いったいこれはどういう……」
わけが分からないとでも言いたそうな目で、楠木南央が問いかけてくる。うん。気持ちは分かる。そりゃわけが分からないよな。俺だって逆の立場ならそう思う。あと、俺を見て見た感じ、かなり怯えていた。ビクビクしている。まあ、うん。そりゃね。俺だってこんなDQNがいたらビビるわ。
「ご、ごめんね。私のせいなの。私が南帆先輩に頼んで……」
「って、小春ちゃん!?」
俺の背中からひょっこりと現れた雨宮小春に、ぎょっとした顔で驚きを露わにする楠木南央。まあ、そりゃ大人気アイドルがいきなり現れたらびっくりするわな。
「え!? な、なんで!? 帰ったんじゃなかったの!?」
「あー……えっと、私、ここの部員だから。一応。だから、放課後はここにいるの」
「ここって……」
楠木南央は部室の中を見渡して、そして最後に南帆の顔を捉えて、ここがどこかのかに察しがついたようだ。
「……に、日本文化研究部?」
「そうです。通称、文研部にようこそ。楠木南央さん」
部長として、歓迎の意を示すためににこやかに微笑む加奈。相変わらず、ここのBBA共は揃いもそろって外面がいいな。
「……お姉ちゃん。そろそろ『理由』を説明してくれない?」
ジトッとした目で南帆を見つめる楠木南央。そこで南帆は、その理由を話し始めた。
事は、昨日の雨宮小春の報告のあとに遡る。
☆
「……私に、心当たりがある」
「こ、心当たりですか!?」
「……うん」
そこで、南帆は淡々と話し始めた。
「私の妹も、この学園に入学した。一年生。確か、小春ちゃんと同じクラスだって言ってた」
「あ、思い出しました! 楠木南央さんですよね? クラスの自己紹介の時に、南帆先輩と同じ苗字の子がいたんで印象に残ってたんですけど、南帆先輩の妹さんだったんですね?」
「……うん。南央も、アニメとかラノベとかに興味があるから、きっと小春ちゃんと良い友達になれると思う」
「ホントですか!?」
こくり、と南帆は静かに頷いた。どうやら本当らしい。南帆の「わたしのかんがえたさいきょうのいもうと」みたいなエア妹じゃなくて幸いだった。
「つまり、お前の妹を雨宮小春の友達にどうかってことか?」
「……私の妹を生け贄に捧げるだけで新入部員と小春ちゃんの友達を一度にゲットできる」
「まさに一石二鳥ですね」
「お前……自分の妹を生け贄て」
なに。上級モンスターでもアドバンス召喚するの?
ちなみに俺はシンクロ召喚世代。満足しようぜ!
「わ、私、南央さんとお話してみたいです!」
「……わかった。じゃあ、明日にでも捕獲してくる」
☆
と、いうわけだ。
「えー……ていうか、どうして普通に部室に来てくれって言わなかったの?」
「……新入部員のための歓迎イベントの意味も込めて」
「手荒い歓迎をどうもありがとう……」
げんなりとした表情で、楠木南央が言った。そして、恵が延々と拘束したままだったので、それを無理やり引っぺがして(「ああー、ぷにぷにして気持ちよかったのにぃ~」とか言っていたけど無視)、改めて部室の円卓の席に腰を下ろしてもらった。
「にしても……話にはきいていたけど、色々と揃ってますね」
部室にある様々なグッズに目をやりながら言う楠木南央の声は少し楽しそうだ。サブカルチャー方面に興味がある分、やはりこういった空間は興味があるのだろう。
「この部室は色々とみんなの私物を持ち込んでるんだよ」
「あそこにあるガ〇プラや戦艦キットは?」
「あ、それは私のです」と、加奈。
「あそこにあるフィギュアーツや変身グッズや戦隊物のロボットは」
「はいはーい! それは私のだよっ、なおっち!」と、恵。
「な、なおっち……えっと、あそこのゲームソフトと本体の山は……」
「……私の」と、南帆。
「うん。それはなんとなく想像ついてた。それで……あそこにある……『妹の心を掴むための百の方法』、『妹だけど、愛さえあれば関係ないよねっ』、それと……み、美紗先輩のお写真の山に、百合系の漫画や小説類は……」
「私のです。ああ、美紗可愛いですよ美紗っ」と、美羽。
「……それに対をなすようにして配置されているBL本の山は」
「わ、私の……です」と、美紗。
「あそこの幼女物のギャルゲーやフィギュア、ラノベ、ゲームの山は」
「俺のだな」
「こ、個性的な部室ですね……」
確かに色んなジャンルが混じり合って、かなりカオスな空間になっているのは否定しない。
だが、いずれここに南央のグッズも収められるのだろう。多分。
「うん。とっても素敵な部室だよねっ!」
雨宮小春が目をキラキラを輝かせながら言っている。
同じ新入部員でも反応が違うもんだな。
とりあえず、ここは本題に入るとしよう。この子が新入部員になるかはともかくとして、最大の目的は雨宮小春のオタク友達作りだ。
わいのわいのと雨宮小春と楠木南央を歓迎するBBA共たちではあったが……。
「ほらほら、歓迎ムードもいいけど、今回楠木南央を拉致った目的を思い出せ。……ほら、雨宮小春」
「ふ、ふぁいっ」
「この部には別に入るも入らないも楠木南央の自由だけど、それは置いといて。お前はまずこいつに何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
「は、はい」
雨宮小春は、緊張したように楠木南央と向き合った。楠木南央も緊張したように(あの大人気アイドルが目の前にいるのだから当然だが)、雨宮小春と向き合う。
「えっと、く、楠木さん……ってこれだから先輩と被っちゃうから……な、南央さんっ」
「は、はいっ!」
「わ、私、同じ年頃の、そのっ、同じ趣味を持ったお友達が欲しくて、えっと、その、先輩たちはそんな私の我がままをきいてもらって……先輩たちは悪くないからっていうか……えーっと」
「んなこたぁどうだっていいから、お前が楠木南央とどうなりたいのかをさっさと言え」
「は、はい……えっと、その、わ、私の友達になってくださいっ!」
まるで一世一代の告白をするとでも言わんばかりに、雨宮小春が叫んだ。そのまま、何かのタガが外れたかのように、次々と思いのたけをぶつけていく。
「私、子供の頃からアイドルになりたくてずっと頑張ってきたんだけど、レッスンとか、仕事とかであまり学校にいることが出来なくて……それで今まで、まともに友達と遊んだりすることも出来なかったの。別に後悔しているわけじゃないし、私が自分で選んだ道だからいいんだけど……その、それでも、同じ趣味の友達も欲しかった。だから、この学校で先輩たちに出会って、この部にも入って……そして、南央ちゃんとも会えた。まだ南央ちゃんの事とかあんまり知らないし、いきなり変なこと言ってるのも承知なんだけど……わ、私の、お友達になってください!」
「えっと……わ、私でいいのかな? ほら、私、小春ちゃんみたいに可愛いわけじゃないし、歌とかダンスとかが上手なわけじゃないし」
いきなりこんなこと言われてテンパるのは分かるが……何言ってんだこいつ。
俺はとりあえず、目を覚まさせるつもりで、ぽんっ、と楠木南央の頭に手を乗せた。
「雨宮小春は別にそんなことで友達になろうって言ってるんじゃねーよ。それにお前だって結構、可愛いじゃん。そこまで自分を卑下することないぞ。自信もてよ」
BBAだけどな。
「ふぇっ? あ、は、はい。ありがとうございます……」
「……先輩って、色々と手が早いんですね」
何故か雨宮小春にジトッとした目で見られた。何故だ。
「……でも、その通りだよ。私も、そんなこと関係ない。それに南央ちゃん、教室にいる時に私の事を考えてくれてたよね?」
「えっ?」
「私、そりゃ確かにアイドルだけど……学校にいる時ぐらいはそっとしておいてほしいって思うことがあるんだ。けど南央ちゃんって、教室では私のことをあまりその……みんなみたいに無遠慮にじろじろ見たり、質問攻めにしなかったでしょ? 私、知ってるもん。あれ、私のことを気にかけてくれたんだよね? 教室ぐらいは、ゆっくりしたいなっていう私の気持ちを考えてくれていたんだよね?」
「う、うん……一応、ね。私だけがそんなことしても、意味ないと思うけど」
「そんなことないよ。私、実はすっごく嬉しかったんだから。私の気持ちを考えてくれている人もいるんだなって」
そういって、雨宮小春はにっこりと微笑んだ。つられて、えへへ、と言いながら楠木南央も照れたように笑う。……もう大丈夫かな。
「あの、改めて……南央ちゃん。私の、お友達になってください」
「う、うん。こんな私でよかったら……その、よろしく」
二人の新入生は、互いの手を握り合って、微笑みあっていた。
俺はこっそりと二人から離れて、BBA共に小声で話しかける。
「ほら、部室から出るぞ。少しの間、二人きりにしておこうぜ」
「そうですね。そうしましょう」
流石にじろじろと見られると、二人とも恥ずかしいだろう。俺たちはそっと静かに部室を出た。美羽が「二人の新入生の女の子が部室で二人っきり……なかなか萌えるシチュエーションですね。二人は友達になった証に互いの肌に触れあい、そして友達以上の関係に……」おいばかやめろ。
美羽の暴走を止めていると、ふと、誰かがこの部室の近くに近づいてくるような足音がきこえてきた。その足音は次第に大きくなって……そして、その足音の主が俺たちの前に立ち止まった。
「……華城先輩?」
南帆が首を捻るようにして呟いた。確かに、俺たちの前にいたのは風紀委員長の華城先輩だ。去年の文化祭で、少しだけ会ったことがある。
「やあ、黒野海斗くん」
綺麗で長い黒髪を揺らして、その美貌を惜しげもなく俺たちに向けながら、華城先輩はフッとクールに微笑んだ。華城先輩には学内に大勢のファンを抱えているというが、それも納得だ。BBAだけどな。
「どうしたんですか、華城先輩。うちの部に何か用ですか?」
「ん。まあ、そうだな。用があるといえばある。ただし、君個人に、だが」
そう言って、華城先輩はぴっ、とその細い指を俺に向けてくる。どうやら見間違いではなさそうだ。その指は確かに、俺に対して一直線に伸びていた。疑問に思ったのか、美羽が華城先輩に、
「あの、この人が何かしたのでしょうか。例えば、幼稚園児に手を出したとか、近隣の小学校に潜入したとか」
「お前は人をなんだと思ってるんだ」
『ロリコン』
「ぶっ殺すぞBBA共」
なぜそこで全員が完璧なタイミングで同じセリフを言えるんだ。なんなの? お前ら分裂する使徒と戦うために六日間、一緒に住んでレッスンでもしたの? 瞬間、心、重ねるの?
「何度も言っているだろ。俺は幼女には手を出さないと。幼女とは愛でるものYESロリータ、NOタッチだってな」
「でもかいくんって去年の文化祭の時に小夏さんを抱っこしようとしてたよね」
「……あ、あれは着ぐるみ越しだからいいんだよ」
「……でも合法ロリとは結婚したいんでしょ?」
「……あれだよ。NOタッチっていうのはきっと、下種な意味での手を出さないだよ。きっとそうなんだよ。そうであってくれ頼む」
そもそもロリBBAこと、合法ロリは合法だからイインダヨ、クリーンだヨ!
「ふふっ。相変わらず、君たちは面白いな」
「そりゃ結構なことで。面白いなんて言われて喜ぶのは芸人かクラスのお調子者かギャグをかました人ぐらいですよ」
……ん。待てよ。相変わらず? 俺たちって、あの時の文化祭ぐらいしか華城先輩と接触してないけど……そんなにも頻繁にこの人と会ってたっけ?
「では、本題に入ろうか」
俺の思考を遮るかのように、華城先輩が話を切り出してきた。
まあいいか。別に分からなくても困るような事じゃないし。
「黒野海斗くん。私は、君をスカウトしにきたんだ」
「スカウト? 小学生バスケチームのコーチなら、喜んで引き受けますよ?」
「もしそういう話があったら覚えておこう。だが残念ながら、今回は違う。そもそも君は私の所属を知っているかな?」
「華城先輩の所属って確か……風紀委員……って、まさか?」
うわぁ。嫌な予感しかしないんですけど……。
「そう。私は、風紀委員長として、君を風紀委員にスカウトしているんだよ。黒野海斗くん?」




