第58話 私はオタク友達がほしいのです
雨宮小春の突然の言葉に、俺たちは一瞬、虚を突かれた。雨宮小春もそれが分かっているのか、恥ずかしそうに俯いた。
「えっと……その、わ、私、同学年に、自分の趣味を話せる友達がいなくて、だから、そのっ……」
なるほど。どうやら、今日、この部に来たのはこれが目的だったのか。まあ、そりゃこの部に入ってそういった趣味のことを俺たちとも話したかったのだろう。だが、俺たちはあくまでも先輩なわけで。同学年の同じ趣味の友達が欲しいと考えていても不思議じゃない。
「ん? というか、この部が本当はそういう趣味を持った人たちが集まっている、というのは誰からきいたんですか?」
加奈の疑問も、もっともだ。文化祭の時は、部室は完全に偽装されていた。今こそ、こうやって棚には漫画やらラノベやらフィギュアやらガ〇プラやら戦艦キットやらゲームソフトやらが溢れかえっているが。
「どうせ正人あたりからきいたんだろ?」
「は、はい。私がその、お、オタク趣味を一緒に楽しめるような人たちがいるって、教えてくれたんです」
「まーくんも、けっこう気が利くよねぇ」
恵がうんうんと頷いている。その意見に関しては同意だ。
「まあな。あいつは結構、気が利く良いヤツだぞ。俺の味付け好みも分かってるし、コーヒーに砂糖を何個入れるとか、差し入れも俺の好きなのをピンポイントで選んでくるし」
俺が恵の意見に同意し、過去の例をいくつかあげてみる。
『…………』
が、何故か部室にいる俺意外の全員が固まっていた。
そして、まるで美紗がみんなを代表するかのようにして、おずおずと質問をしてくる。
「あ、あの、海斗くん。それって、どういうことなのかな……?」
「何がだ?」
「味付けとか、コーヒーとか、差し入れとか……何のことなの?」
「ああ。休みの日とか、放課後、帰ってきた時とか、正人と葉山がよく俺の家に来るんだよ」
このBBA共が来る日は遠慮してこなかったけど。来てくれれば嬉しいのになぁ。
「それで、よく日替わりで夕食とか作ってくれるんだよ。コーヒー入れてくれたり、差し入れ持ってきてくれたりさ。よく夜遅くまで一緒に遊んでるんだよ。特に正人は気が利いてさぁ。一緒にいると楽しいしゆっくりできるし落ち着けるしで文句ねぇな」
「ま、まさやん、い、いつの間に……!」
「……しかも本妻っぽい……!」
「やっぱり二人はそういう関係なんだね! ああ、葉山くんも教えてくれればよかったのに。ううっ、そんな美味しいシチュエーションを間近で見ていられるなんて羨ましい……」
恵、南帆、美紗がそれぞれのリアクションをとっている。……なんだろう。奇妙な誤解をされている気がする。
「か、海斗先輩って、正人先輩とそういうご関係だったんですか!?」
「? そういうも何も、正人は俺の友達だ」
「と、友達(意味深)!?」
なんだろう。俺の思っている『友達』のニュアンスと違う気がする。
「この前、正人の両親がドイツ旅行いったらしくて、正人がお土産をくれたんだよ」
「正人先輩のお土産(意味深)ですか?」
「? ああ」
なんだろう。今度は『お土産』のニュアンスが何か違う気が……。
まあいい。土産は土産だしな。そんな深い意味はないだろう。
「正人がソーセージをくれたんだよ」
「正人先輩のソーセージ(意味深)!?」
……なんだろう。そしてなぜだろう。寒気がした。
「お、おお。美味かったぞ」
「う、上手かった(意味深)!? いったいどんなテクニックを!?」
「て、てくにっく?」
「先輩! 私、入学式を終えたばかりなんですよ!?」
「そうだな」
「今日、というよりついさっき、入部したばかりなんですよ!?」
「そ、そうだな」
なんでこいつはこんなにも慌てているんだ。しかも顔を真っ赤にして。
「入部早々、過激過ぎますよ!」
「お前いったい何を言ってるんだ!?」
最近のアイドルってキレやすいんだな。やっぱりストレス溜まってるんだろうな。美紗の方を見てみると、ティッシュで鼻を押さえていた。どうやら突然、鼻血が出たらしい。大丈夫かな。
「うーん。小春ちゃんもそこそこ腐ってるみたいだねぇ」
恵がうんうんと頷いている。腐ってるって。アイドル相手に腐ってるって。
そろそろ本題に戻ることにしたところで、俺は改めて雨宮小春に質問をすることにした。
「それで……本題に戻るけど」
「は、はい」
「とりあえずお前は、同じ学年のオタク友達がほしくて、そのオタク友達を作るのに俺たちの手を借りたいと。そういうことでいいんだな?」
「はい。そうなります……」
雨宮小春は、先ほどのテンションが恥ずかしいのか、しょんぼりとしていた。
ていうかなにこれ。どこの人生相談? 邪気眼中二病の黒い猫な友達でも作りたいの?
「こ、こういうのってやっぱり、自分の力でやらなきゃならないっていうのは分かってるんですけど、やっぱりその、勇気が出なくて……」
「そっか。……俺はその気持ち、わかるよ」
言うなればこの雨宮小春は、それこそ去年の俺と同じだ。
一緒に自分の趣味を共有できる友達が欲しい。
その気持ちは分かるし、ここはそういう部だ。だからこそ、この新入部員の力にもなってやりたい。
「海斗先輩……」
「どうした」
「私がさっき言った、『自分の力』ってところ、『自分のチカラ』にするとかっこよくないですか?」
「うん。お前ちょっと黙ってろ」
☆
というわけで、俺たちは大人気アイドル様のオタク友達作りに協力することになった。雨宮小春は様々な部活から大勧誘を受けたらしいのだが、それらを全て断ったらしい。クラスの中で俺は、相変わらずクラスメイトたちから怯えられていた。まだ始まったばかりだからな。気長にいこう。幸いにも、前のクラスでクラスメイトだったやつもいるし、正人たちだっている。
放課後の部室。
俺たちはそこで、作戦会議を行っていた。
「では、新入部員の小春ちゃんの『オタク友達百人出来るかな? 緊急作戦会議~』を始めましょう」
「百人は無理だろ。百人は」
加奈にはこういってやりたい。
無理すんなBBA。
「それで、誰か案はありますか?」
張り切って会議を初めて見たものの。俺たちは既に重大な事実に気が付いていた。
「……というより、そもそもそんな案があれば私たちがオタク友達を作るのに苦労してませんよね」
空気がどよ~んと重くなった。そうなのだ。そもそも加奈だって、前々からオタク友達が欲しかったといっていた。そこで、偶然俺と出会って、そこからまた偶然に偶然が重なって、俺たちがこうやってこの部に集まっているのだ。
そんな新入部員に授けてやるような策があれば、とっくの昔に自分たちで実行している。
……が。
「……やれやれだぜ。これだからBBA共は。何の策もないのか?」
「なっ……か、かいくんッ! もしかしてかいくんは何か策があるっていうの!?」
「……コミュ障のくせに……!」
「ほっとけ」
コミュ障であるのと、策が思いつくかどうかは関係ないだろ! とある医者が言っていた。大抵の問題はコーヒー一杯飲む間に心の中で解決する。あとはそれを実行できるかどうかだってな。ただ俺は実行できないだけだ!
「いいか。一年生の教室の中をよーく観察してみるんだ。そこで、ある程度オタクなやつかどうかが見分けられる」
「それってどういうことですか? 先輩」
「簡単だ。休み時間の時に、カバーのかけられた本で読書をしているやつ。そいつが狙い目だ。なぜかって言うと、そういうやつが読んでいる本はラノベの確率が高い」
いや、違うときもあるけど。でもこれ俺の経験談だからね。うん。
例えば俺がそうだった。中学の時には休み時間の時にラノベを読んでニヤニヤしていたらいじめっ子にラノベを取り上げられてクラス中に晒されていた。それに反応して、他の何人かもカバーのかけられていた本を鞄の中に隠していた。
電車移動の時も、カバーのかかった本を読んでいる学生がいて、そいつが何を読んでいるのか気になってこっそり覗き見してみると、確かにラノベだった。だってタイトルが文章系だったもの。
「図書室で借りたラノベならカバーはかけられないからきっと家で読むだろうな。ラノベ以外の、普通の本を図書館で借りて読むなら別にカバーをかける必要はない。まあ、普通のペーパーバックの本にカバーをかけるやつもいるから、そこのところは要注意だな」
「す、すごいです先輩! なるほどです!」
「おおっ、ナイスだよかいくん!」
「……珍しい」
「ええ。本当に珍しく、海斗くんにしてはまともな意見ですね」
「いつもなら最終的に幼女に落ち着くのに」
「海斗くん、すごいっ」
よかった。俺の悲しい体験が役に立ったみたいだ。あの一件でクラスの女子達から気持ち悪い物でも見るような目で見られたからな。
「雨宮小春。お前の第一声は『ねぇ、何の本を読んでるの?』だ。これでそいつの読んでいる本を探れ。普通の本を読んでいるなら、普通に本のタイトルを見せてくる。もし恥ずかしがったり、躊躇ったりしたら、完全にとはいかないが、そいつが読んでいる本がラノベである可能性が高い! そしてラノベを読んでいるなら、大体の場合はそいつはオタクであることが多い!」
「はいっ! 先輩!」
これで決まりだ!
☆
次の日。
「……こんにちはです」
落ち込んだ顔の雨宮小春が部屋に入ってきた。
「先輩……」
「ど、どうした」
俺は艦これを中断して、後輩の結果報告をきくことにした。どうやらこれは、表情を察するに……。
「失敗しましたぁ……」
「そ、そうか。……なんか、悪かったな」
「いえ。先輩が悪いんじゃないんです。ただ……」
『ただ?』
「……まずは自分のクラスを観察しようと思ったんですけど、みんな私をじろじろと見て本を読むどころじゃなかったみたいでして……」
……そ、それは確かに予想外だった。というより、なまじ人気がありすぎるアイドルなだけに、雨宮小春の影響力と言うか、そういったものを計算に入れていなかった。
「それで、自分のクラスは駄目なら他のクラスの子はと思ったんですけど……」
「結局、そこでもみんながお前を見て観察どころではなかったと」
「はい……」
がっくりと項垂れる雨宮小春。とても残念がっていた。
「んー。こはるちゃんは、同じ業界にそういったオタク趣味の子はいないの?」
「いませんね……多少、サブカルチャー方面の知識をもった芸人さんとか、タレントの方もいるんですけど……まあ、私の現状でお察しといいますか。ほら、よく『歴代の名作アニメスペシャル』とか、『ガ〇ダム芸人です』みたいな感じの特集で呼ばれることもあるんですけど、やってるのは毎回、毎回、同じ内容。それも昔のアニメばかりだし、ガ〇ダムだってしつこくファーストばかりだし……もう少し、最近の深夜アニメについても語りたいじゃないですか! 深夜アニメについても語りたいんですよ! 大切なことなので二回言いましたけど! そりゃ確かに昔のアニメだって名作ですけど、もう何十回もやってるじゃないですか! エンドレスワルツじゃないんですから! 教えてください先輩。私はあと何回、同じアニメについて語ればいいんですか? ゼロは私に何も言ってはくれません!」
「まあ、テレビだからなぁ。一般人受けするような内容にしなくちゃならないんじゃないの?」
「それは分かってるんですよ。でも、収録終わりにもっと別のアニメについて語ろうとすると、まったくついていけないんです!」
「まてまて落ち着け。ほ、他のタレントのブログとか見てると、割とガッツリ、アニメについて語ってる人だっているだろ。そういう人たちは?」
「……そういう人たちとは共演させてくれないんです」
「どうして?」
「……一度、そういう方たちと収録させてもらったことがあるんですけど、あまりにも一般人には伝わらないネタが飛び交ってお蔵入りになりました」
「Oh……」
「それをきっかけにそういった方々とお知り合いになったのは嬉しい事なんですけど……やっぱり事務所も違うし、予定がなかなか合わないし、そもそもその一件以来、共演が難しくなってしまいましたし……ていうか、同じ学校の同じ学年に、同じ女の子のオタク友達がほしいんですよぅ」
その気持ちは分かる。だが、それならば他の手段をどんどん試していくしかない。
また、加奈たちと一緒に次の案を話し合うことにした。その時、俺は南帆が一人、何かを思い出すようにして、じっと静かに考え込んでいた。
「どうした? 南帆」
「……私に、心当たりがある」
「こ、心当たりですか!?」
「……うん」
こくり、と南帆は小さく頷いた。南帆は「……どうして最初からこうしなかったんだろう」などとブツブツ呟くと、その心当たりとやらを話し始めた。




