舞台裏
校舎の片隅からでも、生徒たちのフォークダンスを踊る姿が見えた。国沼良助は、そんな生徒たちを視界の片隅におきながら、目の前の女子生徒と対峙していた。
「君なんだろう?」
国沼良助は、割と多くの生徒たちからの信頼が厚い。そして、その交友関係も幅広い。そんな交友関係の中に、彼女は入っていた。
「…………」
女子生徒、榎智夏は叱られている子供のように俯いている。肩はわなわなと震えており、何かを抑えようとしているかのようだった。
「何、が?」
はっきりとは言いたくなかった。だが、榎智夏がシラを切るなら、国沼としてもストレートに、はっきりと事実を突きつけるしかない。
「君があの二人組を校内に入れて、日本文化研究部の部室で騒動を起こすようにけしかけたんだろう?」
日本文化研究部で起こった騒動。なぜ、ブラックリスト入りした二人組が、巡回の警備を潜り抜けて店内に入ってきたのか。偶然では、ない。
「君は巡回警備員に参加していたよね? だから、警備ルートを入手することも可能だったし、自分が担当する持ち場を通らせれば、あの二人を簡単に校内に入れることは可能だ」
「わ、私がやったって証拠はどこにあるの? 酷いよ国沼くん。私を疑うなんて……友達じゃない」
国沼はため息をついて、携帯を操作した。画像データを開き、榎智夏に見せつける。
そこに映っていたのは、あの二人組を校内へと招き入れる彼女の姿だった。人気の少ない裏口から、二人を校内に招き入れるまでの姿がかなり鮮明に映っていた。
「な、なん……」
「匿名のメールだよ。正直、目を疑った。信じたかった。けど、考えれば考えるほど、君が犯人だという証拠があがっていくだけだった」
どうしてこんなことを? と、国沼は問う。それが残酷な質問だとわかっていても……それが、自分に原因があると分かっていても、彼は言わなければならなかった。
プツン、と糸が切れた人形のように、榎智夏の体の力が抜けた。
「……好きだから」
彼女は告白した。
彼に、国沼良助に告白した。
「あなたの事が……国沼くんの事が、好きだから……だから、だからこそ……あの子が、妬ましくて……羨ましくて……だから、あんなことをしたの」
それを理解した上で。
「……ごめん」
と、彼は返す。
「俺には、好きな人がいる。だから、君とはつきあえない」
「……知ってた」
弱々しい笑みを、彼女は見せた。
「知ってた。前から、ずっと国沼くんのことを見てたから……だから、だからあの子が羨ましかった。あの子には、敵わないと思った。……だから」
「だから、あんなことしたの?」
「ほんと、バカだよね。ちょっと驚かせればいいって言ったんだけど……どうしてあんなことになっちゃったのかな」
後悔するような声。
国沼は、彼女を責めることができなかった。するつもりもなかった。彼女はもうすでに十分、反省していると思ったし、自分の行動を後悔していると思った。
それに彼女の姿が――――
「……その気持ち、わかるよ」
――――自分と、重なって見えた。
「君の気持ちは完全に理解してやることなんてできないのかもしれない。こんなことをいうのはおこがましいってことも。でも、君がそうしようと思った気持ちは……わかるよ」
いつも彼女を見ていた。見ているだけで幸せだった。でもある日、あの男が現れた。その時から、日に日に彼女が成長していっているように見えた。彼女が、とても幸せそうにしていると思えた。それが、悔しくてたまらなかった。
彼と自分は、同じだったのに。
だけど途中から、どうしてこんなにも違ってしまったのか。
「……そっか。大変なんだね。国沼くんも」
「ああ。そうだよ」
――――あの男が噂通りの男だったら、どれだけ楽だったことか。
榎智夏は弱々しい笑みを浮かべながら、彼への想いを断ち切った。
それが、彼女の取るべき道だと、彼女は考えていた。
「心の整理がついたら……あの子にもちゃんと謝るね」
「彼女はたぶん、そんなに気にしないと思うけどね」
「そうかも。……でも、これは私のケジメだから」
彼女は国沼に背を向けて、歩き出そうとした。これから風紀委員の部室まで行くのだろう。自分のしたことをすべて白状し、その罰を受けるのだろう。
「出来るだけ……俺も弁護するよ」
「必要ないよ、別に……あ、そうそう」
くるり、と。榎智夏は国沼の方を振り返り。
「私もステージ見てたよ。あの子のドレス姿、綺麗だったよね。国沼くんがちゃんと見惚れてたのも私、見てたんだから」
虚を突かれたような顔をして、その場に取り残された国沼は、ただ彼女の背中を見送ることしかできなかった。
☆
「……どうやら、終わったみたいですよ」
華城恋歌は携帯で、通話先の相手にことの結末を伝えていた。恋歌の視線の先には、榎智夏の背中を見送る国沼良助の姿があった。
「ごくろうさま、恋歌ちゃん」
恋歌の通話相手――――黒野海音は満足そうにその結果を耳にしていた。
「いやー、徹くんと一緒にブラックリストのメンバーを探ってたんだけどさ、二人だけ行方が掴めなくて焦っちゃったよ」
「まったく。弟と妹の文化祭を成功させるためにそこまでする姉と兄なんて、私は初めて見ましたよ。海音さん」
ブラックリストはちょっとした小さな教科書サイズになっていたはずだ。そのリストのメンバーのうち、二人を除くすべての人物を探って、学園の文化祭にこないように『ちょこっと』細工したのだ。
ぶっちゃけ、人外過ぎる二人であった。というよりその二人は、愛する弟・妹のためならいくらでも人外になれるとのたまっている。
「いやいや。弟でも、愛さえあれば関係ないよねっていうでしょ?」
「普通は言いませんけど」
「それはともかくとして」
誤魔化した。と、恋歌は思った。
「恋歌ちゃんには本当に感謝してるよ。さすが、我が『愛する弟・妹を見守る会』の学外メンバーなだけあるよね!」
「そんな意味不明のサークルに入った覚えはないのですが」
「またまたぁ。照れちゃって♪ きゃっ♡」
恋歌は普段は割と人を振り回す方だと思っているが、この人の前だとそうもならないことは党の昔に自覚している。だからこそ、定期連絡は手早く済ませることにした。
「それで、弟さんの方ですが」
「ああ、かいちゃん、そろそろ前に進んだ?」
「はい。どうやら、良いご友人たちに恵まれたようです」
「うーん。そのご友人たちは、ある意味で大変だろうけどねぇ。あーあ、ハーレムルートにお姉ちゃんも参戦できないかなぁ」
恋歌はそれをスルーし、
「報告の続きですけど……どうやら、これ以上、私が介入する必要はないみたいです。最初、榎智夏さんはコンテストに参加する美紗さんに危害を加えるかと思ったのですが……そんなこともなかったようですし」
わざわざ部室にまで足を運んで注意を呼びかけようとしたが、完全に無駄足だった。
「うーん。それに関しては本当にご苦労様、だね。それに、この一年間、ちゃんとかいちゃんを見守ってくれていたし」
「弟さんのことを観察しているのはそれはそれで楽しかったのですが……私としては、夏休み前に起こった事件から、加奈さんを守れなかったのが個人的には悔しかったですね」
「あー、それは私も迂闊だったよぉ。いつか、加奈ちゃんにはごめんなさいしないとね」
「ていうか……よくよく考えれば、また弟がいじめられないように、わざわざ学校に監視するための人間を送り込むって、そんなことをする姉ってたぶん、世界で海音さんぐらいしかいないと思いますよ」
そもそも。
学内でも教師や生徒たちから恐れられている海斗ではあるが、どうして今まで風紀委員が介入してこなかったのか。
確かに、恐れていた、というのもあるかもしれない。だが、この学園の風紀委員は割と武闘派の生徒たちで構成されており、暴れる生徒を取り押さえるという意味で自信のある輩も多い。ストレートに言えば、血走ったような輩だが。
それに、海斗は一度、部を作るにあたって半ば強迫まがいのことをしたことがある。その時に風紀委員に介入されていてもおかしくはなかった。
そんな生徒たちからなぜ、今まで何の介入もなく学園生活を遅れていたのか。それは、風紀委員の中でも二年にしてかなりの立場を獲得している恋歌の言いつけがあったからだ。また、文研部の部室に都合よく人がよりつかないのも、あの好条件の部室を手に入れることができたのも、すべて、恋歌が裏で手をまわしていたおかげだった。
「そりゃ光栄だね! まあ、それも杞憂に終わって何よりなんだけどさ。でも恋歌ちゃんも恋歌ちゃんだよねぇ。わざわざ私のお願いをきいてくれるなんてさ」
「当然です。私は、海音さんに人生を救われたんですから。これぐらいのことはいつだって、どんなときだって引き受けます」
「律儀だねぇ。別にあれぐらい、たいしたことないのに」
海音が半ば呆れたような声を出す。だが、恋歌からすればこんなこと、至極当然のことだった。
「弟さんの周辺警護についてはどうします?」
「ああ、うん。もうかいちゃんに喧嘩を売ろうなんておバカさんはいないはずだよ。わざわざかいちゃんがDQNみたいに振る舞わなくてもね。ちゃんと私で処理しておいたから。今回の文化祭で、かいちゃんはかいちゃんで、一歩前に進んだことだし、お姉ちゃんとしてはしばらくの間は安心かな~。あとはかいちゃんがどんなルートを選ぶのかが気になるよね!」
「そうですね。そういったことも含めて、私が卒業するまでは彼の監視は続けたいと思います。彼はなかなか見ていて面白いですし」
「むっふっふ~。面白いっていうのは同意なんだけど、そろそろ恋歌ちゃんもちょっかい出したくなってきたんじゃないかな~?」
「……なんのことです?」
「秘密だよ~ん。ていうか、恋歌ちゃんが一番知ってるでしょ?」
この一年。恋歌はずっと海斗を見てきた。監視、という名目で。だがそれはいつしか監視を外れて日課のような感じになっていた。更に、極めつけは海音から毎日くる弟自慢である。いつしか、黒野海斗という人間そのものに興味を持つようになり、そして微笑ましい気持ちで見守っていた。
だが、ある日からは自分も監視という立場を忘れてあの輪の中に入っていきたいという衝動に駆られる時もあった。が、それをこの場でいつもりはない。
「……別に」
「じゃー、そーゆーことにしておいてあげる。そんでさ、南帆ちゃんのことなんだけど」
「はい」
話題が切り替わったのは、恋歌にとってありがたいことだった。即座にそれにのる。……とはいえ、切り替わった話題は、それはそれで少しめんどくさかったが。
「昔はお隣さんだったけど、かいちゃんはまだその事を思い出してないの?」
「はい。そのようです」
「そっかー。まあ、幼稚園ぐらいの頃だしね。覚えてなくても当然かー。すぐに引っ越しもしちゃったしねぇ」
「それにしても、南帆さんはどうして、昔は幼馴染だったことを言わないのでしょう?」
「そりゃきっと、照れちゃうからだよ」
「は?」
「きっと南帆ちゃんは、あの頃の事を話そうとすると恥ずかしくなっちゃうんじゃないかなー。そもそも、あの頃のかいちゃん、南帆ちゃんと遊んだりしてたんだけどね。数回だけだけど。でも南帆ちゃんはずっとかいちゃんの事を見てたでしょ? いざ、昔話をするとなるとどうしてもその辺の問題にぶち当たっちゃうから、きっと恥ずかしいんだろうなぁ。だって、あなたのこと、幼稚園の頃はずっと見てましたー! って言いにくいでしょ?」
「まあ、そうですね」
「とはいえ、私の自慢のかいちゃんなら『そうだったのか』って済ましちゃいそうだけどね。もしくは、『幼稚園児の南帆……さぞかしロリロリしてたんだろうな』とかなんとか言って、幼馴染なんてぶっちゃけどうでもよさそう」
そういう意味でも、恋歌はこの一年の間に、海斗には驚かされてばかりだ。
「そんじゃあ、あとは任せたよ恋歌ちゃん。榎智夏さんのアフターケアもよろしく。それとごめんね。嫌な役回り押し付けちゃって。嫌だったでしょ? 盗撮なんてするの」
「これぐらいは別に。それに、直接的に匿名の告発メールを送ったのは海音さんじゃないですか。いざというときに、海音さんが責任をとるためでしょう?」
「私が頼んだんだからそれぐらいは当然なんだけどなぁ。あ、そうそう。学園長にもよろしく伝えといてね。今度、お土産持っていくって」
「はい。わかっていますよ。海音さん」
何しろ私は、この学園の風紀委員ですから。
と、彼女は呟くと、携帯の通話を切った。
それは彼女にとっては凄く当たり前で、いつも通りの定期連絡だった。




