第56話 文化祭⑤
文化祭最終日のスケジュールは、午後から忙しくなってくる。
午後の二時から三時はコスプレコンテストで、終わるとその直後からペアスタンプラリーが始まる。まあ、ぺスタンプラリーそのものは参加する生徒以外はとくに関係ない。爆発しろリア充という視線に晒されるだけだ。
ペアスタンプラリーが終わると、そのあとは夜の七時まで文化祭は続き、夜の七時からはフォークダンスがある。ちなみに片付けは次の日、土日を使って行われる。
ちなみにこのコスプレコンテスト、毎年かなり盛況らしい。元々はただのミスコンだったものの、「生徒に容姿で人気投票をやって順位をつけるなんて学校としてどうなの?」みたいなクレームがあったこともあり(その頃、世間ではクラスで女子が男子をランク付けして、最下位の男子生徒をいじめていた事件が問題になっていた)、そしてテレビにも取り上げられたりして世間的にも注目度の高いこの流川学園としては、そういった些細なクレームにも慎重に対応しなければならないため、こんなコスプレコンテストになって生まれ変わったらしい。
コスプレコンテストならば、対外的には「生徒を人気投票でランク付けしてるんじゃなくて、あくまでもそのコスプレ衣装に投票してるんですよー」とゴリ押しできるからだろう。
この学園の学園長はよく知らないが、学園長という立場もなかなか大変なんだな。というか、この学園長の姿を今まで一度も見たことがないのだが……どんな人なんだろう。朝礼の時にも、壇上に姿を現さないし、声しか聞こえないし。でも声から察するに女性であることは間違いないんだけど。
学内の生徒や客たちが、ステージ前に群がり始めた。あまりの混雑っぷりに、俺たちは遠くからそれを眺める形になったが……仕方がないか。
司会者であろう、生徒会メンバーの東沢先輩が出てきた。割と丁寧に司会進行役をこなしている。
ただのドMかと思っていたけど、なんだかんだちゃんと仕事はやるんだな。
「では、エントリーナンバー一番! 二年三組の小門美奈子さん!」
二年生の生徒が出てきた。衣装は、ここ最近のニュースで社会現象を巻き起こしたという謳い文句で特集されていた、ゆるやか系ガールズバンド部活アニメの衣装だ。制服を着て、黒のストッキングをはいている。コスプレしている女子生徒が美少女であるために、割と大好評だ。どこもかしこも歓声があがっている。二年生の生徒は、簡単な自己紹介と、コスプレの元ネタを説明し、そして最後に一言を添える。
「いやー、素晴らしいコスプレでしたね! 特に、小門さんと衣装がマッチしていて、コスプレしているにも関わらず、ごく自然な仕上がりになっていました。個人的には、かなり完成度が高かったですね。惜しむべくは、マッチしていたのは衣装であって、キャラクターになりきったというよりも、作中の制服を着こなしているだけになってしまった、というところでしょうか」
おおっ。あのドM先輩がまともに解説を……
「まあ、ぶっちゃけそんなことはどうでもよくてですね。括目すべきはあの素晴らしい脚でしょう。黒いストッキングで包み込まれた艶めかしい脚には是非とも踏みつけられたいですね! 思わず四つん這いになりかけました!」
……と思ったらボロが出た!
「さて。それではさっそく、次に参りましょう! エントリーナンバー二番! 二年一組の有川夕菜さんです!」
次に出てきた先輩は、どうやら魔女っ娘のコスプレのようだ。ドレスのような黒い衣装に帽子やニーソ、ミニスカート。割と際どい。男子どもがぐぐっ、と前のめりになっていた。夕方の地上波で映せるギリギリのラインだ。というか、コスプレしている先輩もかなり可愛い、美少女の部類に入るので、ことさらテレビ映えしそうだ。
「すばらしいコスプレですね! 是非とも踏んでほしい! いや、鞭をもってビシビシ叩いてもらう、ドSな魔女っ娘プレイというのもなかなか……」
今度は取り繕う気もないようだ。途中でマイクを切られたようだ。そして東沢先輩は襟首を掴まれたかと思うと、ステージ裏にその姿を消した。東沢先輩の霊圧が……消えた……?
その後、司会者を正人に交代したコンテストは順調に進んでいった。つーかはじめからお前が出ろよ。前の東沢先輩とか明らかに人選ミスだろ。
簡単なジョークで場を和ませつつ進行させる正人の司会は見事という他なかった。ノリのいいキャラで会場を盛り上げつつ、コンテストを進行させていく。
そして次に、美紗の番がやってきた。
「はい、というわけで次は……」
瞬間。
正人の霊圧が消えた。
というか、にゅっとステージ裏から出てきた手に頭を鷲掴みにされて、そのまま瞬時にステージ裏まで引き戻されていた。そして次に出てきたのは、同じ生徒会役員の西嶋先輩だった。
「待たせたわね、愚民共。ここからは私のステージよ」
ワアアアアアアアアアアアアッッッッッ! と、一部の熱狂的な信者たちが爆発的な大歓声をあげた。「我らが女王様が降臨なさった!」「ふつくしい……」「ブヒイイイイイイイ!」「踏んでください女王様!」「鞭で叩いてください女王様!」などという信者たちの恐ろしい声がきこえてきた。「きゃー! お姉さまあああああああああ!」「卑しい雌豚の私を罵ってぇええええええ!」……どうやら、本当に恐ろしいことに女子の信者までいるようだ。
あの人、学園の支配でもたくらんでいるのだろうか。
「次の生贄……げふんげふん。次の私の卑しい雌豚は、エントリーナンバー七番、渚美紗ちゃんよ!」
「言い直してもっと酷くなってるじゃねーか! いや、言い直す前も酷かったけれども!」
思わず、届くはずのないステージ上の先輩にツッコミを入れてしまった。
正人はというと、気が付けばステージ前に回り込んでいて、首のあたりを痛そうにしながら国沼と警備についていた。
「まったく、何を考えているんですかあの先輩は」
隣の美羽は、たいそうご立腹だ。
まあ、そりゃ自分の可愛い妹を雌豚呼ばわりされてたらな起こるのも無理はないだろう。
「美紗を卑しい雌豚と呼んでいいのは私だけです!」
「お前もダメだよ!」
ダメだこの姉……はやくなんとかしないと……。
俺がげんなりとしていると、ステージにちょこちょこ恥ずかしそうに俯きながら、美紗が登場した。
その姿はまるで、恥ずかしがり屋さんのような妖精のようで、思わず観客全員が息をのんだ。ステージ前で警備についている正人と国沼も思わず視線が釘付けになっている。
今回、美紗が着た衣装はドレスだ。ドレスと一口に言っても色々あるが、こう、ファンタジー世界に出てくるお姫様みたいな。
まるで美紗のいるその空間だけ物語の世界になったかのような錯覚がした。ここで、先ほどまでの流れをくむならば簡単な自己紹介と、コスプレの元ネタの説明。そして、最後に一言、なのだが。
「……あの、え、えっと……うぅ……」
恥ずかしがり屋な美紗にはこのステージに立つだけでもかなり緊張して、いっぱいいっぱいなのだろう。俯いたままもじもじとして、うまく言葉が出てこないようだ。
だが、それでも一生懸命に何か喋ろうとして、顔をおそるおそるあげる。その時、僅かにだが、視線があったような気がした。すると美紗は、何か決心したように顔をあげて、ステージの上から全体を見渡す。
「……い、一年四組の、渚美紗です。えっと、その、こ、この衣装は、私とお姉ちゃんが子供のころ好きだった物語の登場人物の衣装です。お姉ちゃんと友達が作ってくれました。えっと、よ、よろしくお願いします……」
美紗を知っている人物だったら、これがどれだけの進歩だと思うだろう。普段は恥ずかしがり屋で、知り合い以外の人との関わりが苦手な子だったはずだ。まあ、美羽曰く、この部活に入って恥ずかしがり屋は昔に比べればかなりマシになってきたらしいのだが。
限界になったのか、美紗はもう俯いて黙り込んでしまい、会場を暖かな拍手が包み込んだ。隣りの美羽も一緒に、感慨深そうに拍手していた。
その後、コンテストは幕を閉じた。投票結果は後日張り出されることだろう。一般客向けにネットにもアップされるはずだ(アップされるときは個人名ではなく、所属クラスになる)。
「さ、海斗くん。準備をしましょう」
コンテストが終わった後。
混雑の中、加奈がいたずらっぽい笑みを浮かべて、そう言った。
俺は部室に戻り、昨日ぶりにそれを着た。相変わらず中は動きにくかったが、四日間これを着ていたおかげで割と馴染んでいたおかげで、動くのに支障はなかった。
ペアスタンプラリーは、スタート位置は参加者それぞれは違う位置につくことになっている。また、チェックポイントもランダムに配置されており、どこにあるのかは分からない。
全校放送でスタンプラリーのスタートがアナウンスされ、同時にテレビの中継も学園の校舎に特別に設置された巨大スクリーンに映し出されていた。
時間が経つごとに、それぞれの参加カップルが映し出され、生徒や一般客たちはわいわいとしながらそれを眺める。が、俺たちの場面に中継が切り替わった時には学内がざわっ、としたのを肌で感じた。
まあ、そりゃそうだろう。
何しろ俺の周りには加奈、南帆、恵、美羽、美紗と、我が文研部が誇る美少女が勢ぞろいしている。この時点でカップルでというルールはガン無視されている。それだけでなく、俺は四日間の修羅場を共にした<るかわくん>に身を包んでの登場だった。テレビや一般客はこれを学園側からのちょっとしたパフォーマンスだと捉えているし、加奈たちに関しては、素人の生徒が入った着ぐるみで歩き回ると危ないので、補助役としてついているということになっている。
一般客はともかく、この学園の生徒たちはこの着ぐるみの中には俺が入っているということを知っているだろう。だからこそぎょっとした顔でスクリーンを見つめているはずだ。
「よかったですね海斗くん」
「何がだ」
「人も羨む美少女ハーレムだよっ!」
「俺は別に羨まないけどな。むしろ生き地獄だ」
「……相変わらず」
「まったく、どうせなら美幼女ハーレムがよかったな。むしろそれを切に願う」
「やっぱりあなたはとんでもない変態ですね」
「失敬な。どこが変態だ」
「あはは……」
ちなみに美紗はあのドレスのままである。そのことから尚更目立っていた。美紗が参加していることからルールなんて普通に無視してしまっているが、華城先輩曰く、許可は取ってあるらしいので問題はないだろう。たぶん。
多くの生徒の目にとまりながら、俺たちは一つ一つのポイントを見て回った。これで学園中に俺たちの関係がわかったと思う。こんな俺みたいなやつらと、こいつらが友達……少なくとも、それなりに関わりがあるのだと。
俺は、これからの学園生活に少しの不安と――――そして、どこか重荷が消えたような、そんな感覚を抱いていた。
☆
眼下には、生徒たちがフォークダンスをしている光景が繰り広げられていた。俺たちは屋上に上がり、その光景を眺めていた。なんというか、着ぐるみで学園のあっちこっちを歩き回ったからかなり疲れてしまった。ちなみにあっちこっちといってもきららで連載している方ではない。美紗も着替え終わっている。
「はふぅ……なんだか、か~な~り、疲れたかも……」
「確かに、ちょっと疲れましたね。家に帰ったらエアブラシをふくぐらいしか出来そうにありません。別作品のプラ板加工は明日にします」
「お前ちょっと元気過ぎだろ!」
疲れたなんだといいながら塗装はするんだな……。どんだけ元気が有り余っているんだよ。お嬢様の体力は化け物か!?
「もう、終わってしまうんですよね」
美羽が、珍しくぼーっとしつつ、目の前の光景を眺めながら呟いた。
「なんだか、思っていたよりも楽しい文化祭でした」
「最初は恥ずかしかったけど……私も」
「……同意」
それは、口にこそ出さなかったが俺も同じだった。思っていたよりも楽しい文化祭になった。それは間違いない。
「来年も、きっと楽しい文化祭になりますよ。……いいえ、楽しい文化祭にしましょうね」
加奈が言ったその言葉に。
俺はただそっけなく。
「……そうだな」
たった一言だったけど――――それでも、十分に俺の気持ちは伝わったと思った。
表舞台の文化祭はここで完結、そして次の裏舞台で、文化祭編は完結です。
次の裏舞台では色々と明らかになります。




