第54話 俺はオタク友達がほしかった
四日目が終わり、加奈たちが部室を閉めた頃。俺は部室に戻ってきた。
今日の出来事を思い出すたびに、あの二人組に苛立ちが募る。くそっ。何か他の生徒から変な目で見られちまったじゃねーか。おかげで今日一日は部室に戻ることもできずに体育倉庫の中で隠れるはめになってしまった(あんなことがあった後で外をうろつくことも出来ないし)。
毎年、決まってテレビに取り上げられるこの学園の文化祭。だからこそ、文化祭中におけるこういったトラブルの扱いはかなりデリケートになる。何しろ、下手に扱えばマスコミの餌食になるからだ。
しかも割とテレビで派手に扱ってもらえるからかは知らないが、毎年この文化祭でバカをやる輩が多いらしい。最近はツイッターで犯罪自慢をするバカも増えているらしいし、テレビでバカ騒ぎして目立ちたいというやつがいるのだろう。
にしても……ああ、くそっ。なんで俺はもう少し上手くやれなかったんだろう。
俺はため息をつきつつ、部室のドアをノックした。しばらくしてからドアが開き、俺は中に入る。
「ただいま~……」
中に入ると、不機嫌な顔をした加奈が仁王立ちしていた。メイド服のままで。あまりにもシュールな光景に俺は思わず、頬を引きつらせる。
「な、何してんの?」
「海斗くん。正座」
「は?」
「正座」
「はい……」
有無を言わさぬ大迫力。俺は思わず部室の床に正座した。気が付けば、周囲をBBAに包囲されていた。死にたい。どうせ囲まれるなら幼女がいい。はっ、それだとただの天国。ハーレムじゃないか。いやっほう! 幼女ハーレム最高!
「かいくん、どーして戻ってこなかったの?」
俺が夢の幼女ハーレムの世界へとトリップしていると、唐突に恵が切り出した。ちっ。これだからBBAは。邪魔しやがって。
「どーしても何も、あのまま戻ったらせっかく、今までほぼ無関係を装っていたのに台無しになるだろうが」
「……台無しになるのがどうして駄目なの?」
「だってほら、俺がこの部の部員だってことがバレると色々と厄介になりそうだし、客足も遠のくだろ? それに……」
「私が攫われた時みたいなことが起こるから、ですか?」
加奈が俺を見下ろしながら言った。相変わらず仁王立ちだ。俺はBBAサークルの中心でただひたすら、謎のプレッシャーに圧迫されて縮こまっていた。なにこれ。なんなのこれ。
というより、俺の事情だって多少は分かってほしいものだ。こう見えても俺はDQNに狙われていたし、最近は昨日みたいな犯罪自慢をしたがる目立ちたがり屋のアホ共が多いのだ。
あの時みたいな――――御堂(だっけ? 忘れた)が起こしたような事。俺に勝てないから加奈たちに危害を加えようとする輩が出てくるかもしれない。
「……そうだ」
「はっ。なんですかそれ。海斗くん、中二病でもこじらせましたか?」
「……………………」
失笑された。しかも、事もあろうに中二病と言われた。別に恋がしたいわけじゃない。
いやまて。幼女との恋ならいつだってウェルカムさ! 紳士だって恋がしたい!
「もう。かいくんが帰ってこなかったから大変だったんだからね!」
「しかも色んな人から質問されるしで大変だったんですよ? ねえ、美紗」
「う、うん。『海斗くんが部室の閉め切っている方から出てきたけど、どうなってるの?』って」
ああ、やっぱ俺が部室の厨房から出てくるのを何人かの生徒に見られてたのか。
「それで、お前らは何て答えたんだよ……」
「そりゃ言ってやりましたよ。ハッキリと」
「ふむ。それで?」
「ええ。海斗くんはうちの部員だとハッキリ言ってやりましたよ?」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
俺の悲鳴とは裏腹に、加奈はフフンと得意げな表情になっていた。
「お、お前ら……これだから三次元BBAは……!」
「なんでそんなことぐらいでダメージ受けてるんですか」
「あ、あのなあ! 俺が学園内でどんな扱いを受けてるか知ってるだろ!?」
「そうですね。私も親睦会に参加するまでは海斗くんのことはただの悪名高いDQNだと思ってました」
「だろ!?」
「んー。で、それがどーしたの?」
「は!?」
「……海斗がどうしようもないロリコン変態犯罪者であることと、私たちに何の関係があるの?」
「お前は俺をどうしたいの? バカにしたいの? それとも通報したいの?」
こいつらは分かっていない。俺との関係を明確にすれば、どんな目で見られるか。もしかしたらいじめられるかもしれない。
こいつらがそうなることは……それだけは絶対に嫌だ。それに、俺と一緒にいることでまたああいったバカ共に狙われるかもしれない。
「海斗くんが何を考えているのかはだいたい察しがつきます」
まるで俺の心の中を見透かしているかのように、加奈が言う。
「確かに、私の一件がありますから、今日みたいにまたヘンな人たちに狙われるかもしれません。ですけど、それが海斗くんと一緒にいることと、何の関係があるのですか?」
「……何の関係って……だから、またお前らが巻き込まれないかって」
「それが中二病ってやつなんですよ。何ですか。一体いつから、自分が特別な存在だと錯覚していたのですか?」
「お前はどこぞの鏡〇水月でも使えるのか」
「いい加減にしないと私が天に立ちますよ」
「もういいからさっさと話を戻せや」
「ではそうしましょう」
何なの今のやり取り。意味あったの?
「巻き込まれるとか、変な目で見られるとか、私たちにはそんなことどうだっていいんです」
「……よくねぇだろ。お前だってあの時、泣いてたくせに」
「でも海斗くんたちが助けてくれたじゃないですか」
加奈はさも当然のように、その一言をぶつけてきた。
「また厄介なことに巻き込まれたら、そのたびに海斗くんが助けてください。今までだってそうしてくれたじゃないですか。私のことだって助けてくれたじゃないですか。美羽や美紗のことだって助けてくれたじゃないですか。恵のことだって助けてくれたじゃないですか。今日だって助けてくれたじゃないですか。ずっと私たちのことを助けてきてくれたじゃないですか。だったら、これからも助けてください。これからも私たちと一緒にいて、何度だって助けてください」
マシンガンのように次々とぶつけられるその言葉に、俺は何も言い返せなかった。
何を言ってるんだこいつは。別に助けるのなんか構わない。けど、そのたびに危険な目にあうかもしれない。今まで見たいに助けられるか分からないし、間に合うかもわからない。間に合わないかもしれない。
「それにね、海斗くん。海斗くんたちと一緒にいるせいで私たちがいじめられる? そんなわけないでしょう。私たちを誰だと思っているんですか? ただ黙っていじめられるような人だと思いますか? ていうか、それってただの言い訳ですよね」
「い、言い訳?」
「ええ。そうです。この際だから率直に言いわせてもらいます」
一瞬間をおいて。
加奈はビシィッ! と人差し指を俺に突き出してくる。
「海斗くん。あなたはただのコミュ障です」
……………………………………………………は?
「は?」
「オタク友達が欲しくてイメチェンして、高校デビューしようとして失敗したって言ってますけど海斗くん。本当はわざと失敗したんじゃないですか? いいえ。海斗くんがみんなから怯えられ、恐れられ、不良というレッテルをはりつけられることすら、海斗くんの望んでいたことなんじゃないですか?」
加奈にそう言われ。
俺はただそこに固まっていた。まるで自分が石像にでもなったかのように、身動きがとれなくなっていた。
「海斗くんは中学時代にいじめられてたんですよね? だから、高校ではそうならないようにしたかった。いじめられないように、誰も近寄らないような、そんな『黒野海斗』になったんです。中学の時みたいにならない為には、みんなから怖がられるような、そんな存在になればいい。そうすれば中学の時みたいなことにはならない。そうやって自分に言い訳して、誰とも関わろうとしなかった。コミュニケーションをとろうとしなかった。<鬼の海斗>? はんっ、笑わせますね。誰がつけたかは知りませんが、そんなダっっっサい中二ネームなんて丸めてゴミ箱にでも捨ててください。私たちからすればただのコミュ障です」
加奈の言葉が、次々と、まるで槍のように俺の体に突き刺さってきた。その体に刺さった一つ一つがとても痛くて。痛みが言葉と一緒に体に染み込んでいくような気がした。
「……そうかもな」
不思議と、自然に言葉が出てきてしまっていた。
「ははっ。確かに……そうかもな。俺は……バカな……ただのコミュ障だよ」
別に意図したわけじゃない。でも俺は心の奥底では、今の『黒野海斗』という存在を望んだのかもしれない。そう無意識のうちに望んで、他の生徒たちから距離を置きたかったのかもしれない。
他人と距離を置きたがっているくせに友達が欲しかった? なんだそれ。何がしたいんだよ俺は。我ながらめんどくさいやつだ。
本当に笑えてくる。言われてはじめて気が付いた。本当に……本当に俺は周りの見えていない、ただのバカなコミュ障だ。
でも。
「でも海斗くんは、誰かと一緒にいたかったんですよね?」
優しい、包み込むような声。
「無意識のうちに海斗くんはみんなと距離を置きたかった。でも、同時に友達がほしかったんですよ。いつも一緒にいたり、バカみたいな話をしたり、一緒に遊んだり。そんなことが出来る友達がほしかったんです。だから……だから海斗くんは、ここにいるんですよ」
顔を上げてみた。さっきまで怒っていたような表情をしていた加奈たちは――――笑っていた。
にっこりと。
笑っていた。
「別に私たちは海斗くんなんて怖くありません。私たちにとっての海斗くんは、堂々と一緒にいることのできる、ただの寂しがり屋さんな――――私たちの大切な友達、です」
何故か、加奈は『友達』という部分をやや不本意そうに言っていたけど。
今はそんなことは特に気にならなかった。
俺は、今まで周りから自分を遠ざけてきた。きっと心の奥底ではそれが正しいとでも思い込んでいて、だけどそれとは反対に誰かと一緒にいたい。友達が欲しいという気持ちもあった。そんな気持ちにこたえてくれたのが、加奈たちだった。
加奈は、「何度だって助けてください」と言った。けど、違う。
助けられていたのは俺だったんだ。
助けていたつもりでいた。だけどそれは逆で。そして、それは恩返しのようなもので。
周りから距離を置きたい。でも友達が欲しい。そんな、めんどくさくてややこしいような俺と友達になってくれていたこいつらが、俺を助けてくれていたんだ。
俺が助けていたんじゃない。俺がこいつらに、助けられていたんだ。
「……なあ」
「なんですか?」
「いいのか?」
「んー? かいくん、なんのこと?」
「俺なんかと一緒にいたら、変な目で見られるかもしれない」
「……問題ない」
「変な噂を立てられたり、悪口言われたり、からかわれたり……いじめられたり、するかもしれない」
「発想が小学生のそれですね。何ですか悪口言われたり、からかわれたりって。もう少し言い方があるでしょう?」
「バカな奴らに狙われたり、するかもしれない」
「あはは。私は……その、今日も含めてもう何度かそういう経験があるから、慣れちゃったよ。だいじょうぶ」
「それに、そのたびに海斗くんが助けてくれるんですよね?」
加奈がそういって微笑んで、俺も思わず小さく笑った。
「だから、約束してください。もう、海斗くんは海斗くんでいるって。教室でも、私たちと一緒にいる時の海斗くんでいてください。他の生徒の前でも、私たちと部室でお喋りしているときのような海斗くんでいてください。どんな人の前でも、私たちの友達の海斗くんでいてください」
「…………ああ」
「ていうか、私たちの気持ちも考えたことあるんですか? 海斗くんのことを何も知らない人に海斗くんのことを悪く言われるのって、結構辛かったんですから」
「…………悪かった」
「だからこれからは、私たちにそんな思いをさせないようにしてください。海斗くんが本当は……まあ、かなり変態ですけど、良い人ではあるんだって。今まで勝手なことを言っていた人たちに、知らしめてやってください」
「……なんだよ、それ。かなり変態って」
「本当の事じゃないですか」
つい苦笑してしまう。だが、そんな俺のよそに、ぜーったいに、約束ですよ? と、念を押すように加奈が言う。俺はもう、ここまで言われたら、ここまで自分以上に自分のことを言い当てられて、それをひっくるめて受け入れられたら。
もう何も怖くはなくなったし、それに決心もついた。
「……ああ。そうするよ」
気が付けば、座り込んでいた俺の目の前に、加奈たちがしゃがみこんでいた。
「ったく。本当に……なんでBBAのくせにここまでいろいろ、俺よりも俺のことが分かったんだよ」
「当然です。海斗くんのことぐらい、お見通しですよ。それよりも、ほら。私たちと約束してください」
小指を差し出してきて、指切りでもしようとしたのだろう。でも、この人数だと指を絡めるのは無理だったから、みんなの小指をくっつけるだけになってしまったけど。
「約束、だな」
その日は、何かが俺の中でふっきれたような気がして、いつもより晴れやかな気分で眠りにつけた。
そして、昨日の出来事が嘘のように、それぐらいにアッサリと。
文化祭の五日目。
最終日が訪れた。
今回はこの作品のタイトルに繋がる話でした。
そして、次の話から主人公が校内でどういった立ち位置になっていくのか、どのような扱いになっていくのかが少しずつ変わっていくと思います。




