第50話 喫茶店
俺はぐったりした南帆と、やたら肌のつやつやした恵と集合場所に戻ってきた。買ったものをとりあえず落としてからさあ、一息つこうかというところで予想通り、
「さあ、次は私の番です!」
と、加奈がドヤ顔で言ってきた。
ああ、うん。本当に予想はしていたけどね。でもさあ、もう少し、こう、一休み? みたいなの欲しいじゃん?
「あー、はいはい。分かってましたよ。こういうパターンだっていうのは……」
「何をブツブツ言ってるんですか。行きますよ、海斗くんっ」
例のごとく、俺は加奈に無理やり腕を組まされてぐいぐいと引っ張られる形で連れ去られてしまった。頼むから一息ぐらいつかせてほしい。人数的に、どうやら今度は俺と加奈は二人きりで買い物をこなさなければならないらしい。
加奈は満面の笑みを咲かせながら「ふふふ……勝利のチョキです」と小声で言っていた。もう少し大きな声で喋れや。
どうやら人数を割り振るときにじゃんけんで決めたらしい。なぜそんなめんどくさいことをするのか。普通にみんなで行けばこうしてわらわらと何度も何度もあの集合場所に戻らなくても済むのに。BBAの考えることは本当にわからん。
もうすっかり腕というか肘にあたる柔らかい感触に慣れてしまった。この前までは駄肉が当たるだけで嫌だのなんだの言ってたなぁ(遠い目)
だが、今やすっかりとその感触に慣れてしまった。いつかこの肘にはつるぺたなまな板があたってほしいと、切に願う。
「で、今度は何を買いに行かなきゃならないんだ?」
「いえ。もう海斗くんたちがさっき買ってきてくれたもので、十分です」
「よし、それなら帰ろう。遠征から帰ってきたラブリーマイエンジェル駆逐艦たんが俺を待ってるぜ!」
「待ちなさいこの変態」
いったいどこからそんな力が湧き出してくるのか、加奈がぐりぃっと組んだままの腕を万力のように締め付けてきた。痛い。
「私たちは、雰囲気や内装などの参考のために本物の喫茶店に足を運んでみます。そして、今日、購入した物の他に足りないものがあったら買い足します」
「それだと本気で非効率的だろ。最初からみんなで一緒に見て回った方がよっぽど時間を有効活用できて『おっとここに小学校入学当時の私の写真が』何をしているんだ加奈? さあ、はやくその喫茶店とやらに行こうじゃないか。HAHAHAHA!」
まったくもって小学生は最高だぜ!
☆
やはりというか何というか、腕を組んだままその喫茶店とやらまで行くことになり、またまたまた見知らぬ男たちの嫉妬を買ってしまった。あいつらにもこの腕に豊満な駄肉が当たる苦労を分からせてやりたい。
中はやはり日曜日ということもあり、それなりに人がいた。加奈が店に入ると、店内の客たちが加奈の姿に釘付けになる。チラホラと見えたカップルは、彼氏側が加奈に見とれてしまい、彼女がその男の頬を引っ張ったり、しらけた目で見ているのも何人か。
当の加奈本人は気にすることもなく(恐らく、こういったことに慣れているのだろう)、できるだけ目立たないような、周りに人の少ない店の隅の方の席へと向かう。即座にそのスペースを見つけたあたり、やはりこういうことには慣れているのだろう。
加奈のあとを追いかけていく。席のすぐ傍に観葉植物が置かれていたので、ここならばあまりじろじろ見られなくて済むと考えたのだろう。
ケーキと紅茶を注文し、運ばれてくるまでの間の時間でようやく一息つけた。
「あー、疲れた」
「ふふっ。お疲れ様でした」
「つーかなぁ。どうしてこう、手間のかかるようなことをしたんだよ。そもそも、これが学園祭の予行演習ってどういう意味だ」
「当日になったら分かります。海斗くんの素晴らしいお友達が色々と準備してくれるので、楽しみにしておいてくださいね」
正人め。あいつ、いったい何をするつもりなんだ。正人といえば、あいつはあいつで、生徒会で楽しくやっているみたいだけど。
その後、すぐに注文の品が来た。さっきまでは割と忙しかったけど、こうやって一息つくことが出来たので、あらためて今の状況を考える。
「……なんかこうしていると、」
「私たちが出会った日のことを思い出す、ですか?」
俺の思考を先読みしたかのように、加奈が言う。
「ん。まあ、そうだな」
「あの時よりは少々、騒がしいですけど」
そういってにっこりと微笑む加奈は、やはりこうして見てみるといかにもお嬢様、といった雰囲気だ。
こうやって優雅に紅茶やケーキを口にする姿が絵になる。
「そういえば加奈の実家って、けっこうな金持ちなんだっけ」
「ええ……まあ、そうなりますね」
「じゃあ、エスカレーター式のお嬢様学校みたいなとこは通わなかったのか? よくアニメとかギャルゲーに出てくるような」
「一応、中学まではそうでしたよ。ですが、高校は別のところに行きたくて外部受験しました」
「なんでわざわざこんなところにまで」
「んー。流川学園の文化祭をテレビで見たことがあるんです。ですから、興味を持ったっていうのと、ほら、私の趣味を分かってくれるような人がいなかったっていうのもありますね。理由は色々ありますけど、まあ、一番の理由は……」
加奈は紅茶を一口つけると、
「ほら、三百六十五日、兄の襲撃を避けて、尚且つ兄を監禁しておくわけにもいかないでしょう?」
「あー、なるほど。だいたいわかった」
そうだよね。うん。そういえばあのお兄さんがいましたもんね。
つーか監禁て。
「もう夜中になると物置がうるさくてうるさくて。うんざりしてたんですよ」
ニッコリとした笑みが怖い……。
どうやら、喫茶店の内装を参考にするというのは本当みたいで、店の人に許可を取って、出来るだけお客さんを写さないように店内を撮影していた。
その後、俺たちは店を出ることにした。まあ、目的は果たしたわけだから、あれ以上、長居することもないのだから。だが、店の外を出るということはまた加奈が腕を組み始めるということで。
耐えろ……耐えるんだ俺。これは駄肉。所詮は駄肉。これをつるぺたまな板と思うんだ。この悪寒は気のせいだ。
「さあ、次に向かうところは知ってますね?」
「戻るんだろ?」
「模型店です」
「…………」
「…………」
一瞬の沈黙。だがその後、瞬時に腕を組むというよりガッチリとホールドされ、腕を捻りあげられ、ずるずると俺が加奈に引きずられるという一連の動作を、加奈は流れるように行ってみせた。
やれやれだぜ。これだからBBAは。腕が痛いじゃないか。例えるなら、そう、腕がもげそうになるとはこういうことを言うのだろうな。
まあ、最初は渚姉妹ともアニメグッズ専門店に行ったし、恵と南帆とは衣装を見に行ったし、まあ模型店に行ってもいいだろうとは考えていた。だが、正直言って腕にもげるような痛みを与えるのはやめてほしい。
「はぅぅ~。やっぱり、何度見てもプラモデルというものは良いですね!」
そういいながら加奈は大和の模型の箱をじろじろと眺めまわしていた。宇宙戦艦の方ではない。駆逐艦の方である。どうやら加奈は艦これをやってみたら思いのほかはまってしまったので、つい先日、模型の方に手を出してしまったらしい。
「でもあれだよなー。そういうやつってガ○プラとかと違って完全に色分けされてないから作るの凄く時間かかるよな」
「何言ってるんですか海斗くん。その手間がいいんじゃないですか! あ、そうでした。そろそろプラ板を補充しないと」
「何というか、やっぱりお前は相変わらずだな」
「ええ。この前のビ○ドファイターズ見て、私もプラ版からビ○ドブースターを作ってみようかと。ああ、でも最近はちょくちょく雨が降っているので色が塗れないせいで作業があまり進まなくて困ってるんですよ」
「完成品を買えよ。おとなしく」
「買いましたよ。ちゃんと財団Bには貢いでいますとも! 真っ青でシールだらけなあれをわざわざ塗装しましたとも! ですがふと思ったのです。あの男にできて、私にできないはずがない、と」
「その時のお前ってもしかして仮面被ってヤキンにいなかった?」
「ああ、どうしてこの世界にはプラフスキー粒子が無いのでしょう。あったら魔改造した私の自慢のガ○プラを持っていくのに」
「一生懸命作ったガン○ラを破壊されて涙目になる男たちが目に浮かぶな」
「出てこなければ、やられなかったのに」
模型店を出たあと時計を見てみると、一時間の期限がまだ余っていたので、適当にぶらぶらと歩いてみることにした。また模型店とか、家電量販店に行きたいなんて言い出すのかと思ったが、意外にも加奈は楽しそうにしていた。
ただ一緒に歩いているだけなのに。いや、加奈だけじゃなくて、今日は南帆や恵や美紗や美羽と一緒に歩いていたけど、どうしてどいつもこいつも、ただ一緒に適当に歩いていただけで嬉しそうに、幸せそうにしていたのか。
わからん。あれか。そんなにも文化祭が楽しみなのか。
俺たちは、てきとうなところにあったベンチに腰かけた。ここは休憩スペースになっているのだろう。カップルが何組か同じように、近くのベンチに腰かけているのが見えた。周囲からすれば俺たちはこいつらと一緒にされているのか。嫌すぎる。
加奈の体はやけに柔らかくて、暖かい。豊満な駄肉が肘にあたるのは相変わらず悪寒が走るけど。髪はサラサラとしているし、甘いような香りが漂ってくる。ミニスカートとニーソが織りなす絶対領域から顔をのぞかせる白くてむちむちの太ももがさっきから通行人の、主に男子の目を釘づけにしている。そして俺には呪詛のような言葉と殺気と妬みのこもった視線をプレゼントしてくれている。通行人の方々の優しさに涙が出そうだぜ。
だが俺としては、幼女がもつ未成熟な肢体の方が遥かに価値のある、幼女という存在、限られた時間だけに許された神秘的な、神様が人類にもたらしてくれた至宝であると小一時間、いや、小一日ほど説教したい。
「むぅ……海斗くん、さっきからつれないですよ?」
「何が」
「わ、私だって頑張ってるのに……そ、その、ほら、う、腕に何か柔らかい感触でもありませんか?」
「わざとならその駄肉をさっさと腕から離せ」
駄肉といってもロリ巨乳なら全然アリだけどね!
俺もワ○ナリアでバイトしたい。そして先輩を愛でたい。ワグ○リアで働けるなら週七で働けるね!
「うーん。相変わらず胸を駄肉と言ってしまうあたり、やはり手ごわいと言いますか。海斗くん」
言うと、加奈はじっと俺の顔を見つめてきた。
「私たちって、海斗くんからすればそんなにも魅力がないですか?」
「皆無」
即答してやった。
「えぇー…………今日一日、こうやってみんなと交代で楽しんだのに即答で皆無ですか」
「確かにお前らは十分に魅力的な女の子だとは思うけど、しかし幼女には勝てない。所詮はBBA。まあ、ロリBBAというジャンルがあるし、ロリBBAは俺も大好きだ。むしろ愛している。ちゅっちゅしたい。愛でたい。養ってあげたい。だが、ロリBBAはあくまでも『ロリ』なんだ。それに比べ、お前らは無様に成長してしまい、大切な『ロリ』の部分が抜け落ちてしまった。これではただのBBAだ。いくら魅力的でも、可愛くても、綺麗でも、やはりBBAはBBA。『幼女>>>>>(越えられないロリの壁)>>>>>BBA』は覆らない」
「うん。わかりきってましたけど海斗くんってどうしようもないぐらいの変態さんですね!」
「何を言っているんだ加奈。男はな、みんな潜在的にはロリコンという名の紳士なんだよ。だから何もおかしいことじゃないし、俺たち純粋種の紳士は人類が進化した存在なんだ。分かり合おうぜ」
「分かり合ったらそれはそれで、幼女が安心して暮らせない世界になりますよねぇ!」
「そんなことにはならない。俺はロリコンの可能性を信じてる」
「不思議ですね。こんなにも信じたくない可能性って初めてです!」
ここで。
加奈は一呼吸おいて。
「でも、ちょっとだけ安心しました」
と、言った。それが何なのかは俺にはわからなかったし、加奈も加奈で俺に理解してもらおうとしていった言葉ではないということも分かった。
「いつか来るかもしれないってことは分かってるんですけど、今がずっと続かないってことは不可能だってわかってるんですけど。それでも、海斗くんが誰か一人を選んで、今の私たちの関係を壊してしまうのは……怖いですから」
なぜか。
加奈の言ったその言葉を理解できない俺が、酷く情けないと思った。




