第47話 提案
結局――――美紗はコンテストに出ることを決心したらしい。後に、美紗から話してくれた。まあ、美紗がそう決めたのなら俺が口出しすることじゃないのだが。
そして次の日に、美紗はクラスの会議の時にコンテスト参加を伝えた。国沼が後で美紗に謝っているところをみかけた。まあ、誰にだってミスはあるし、本来ならいちいちそういうことを気にかけてくれるやつの方が珍しいぐらいだ。国沼だからちょっと変だなと思っただけで。
そして、改めて役割が決まったところで文化祭、一週間前の準備期間もうすぐ目の前まで迫っていた。クラスは出し物のお化け屋敷の準備に忙しい。ただでさえ、教室内を改装するという大作業なのだ。また、同時進行で美紗のコンテスト出場用の衣装作りが始まっていた。
その担当は加奈と美羽の二人だった。本来ならばもう少し人を増やしてもいいのだが、なまじ二人のスペックが高いのと、美羽が一歩も譲らなかったというのもある。あいつの場合、衣装作りにつけこんで変なことをやらかしそうで怖い。美紗と加奈は部室で衣装作りを始めていた。
「ハァハァ……衣装作りの時のサイズ測定を利用して美紗におさわりし放題……」
「おいそこのエロ親父いい加減にしろ」
よくもまあ、美紗もこんな姉と同じ屋根の下で暮らせるもんだ。貞操の危機に何度さらされていたのだろう。
準備は部員全員が部室に集まって行っていた。加奈と渚姉妹は衣装作りとクラスの出し物とは無縁だし、南帆と恵のクラスの出し物は展示なのですることが殆どないらしい。俺はというと、クラスにいると雰囲気がアレなのでこうして自主的に部室に閉じこもっているというわけだ。
「じゃじゃ――――ん! どうどう?」
恵がスケッチブックに描かれた当日の、この部室で行う喫茶店用の衣装を見せる。絵も上手い恵がデザイン担当になったので、こうして書いてくれたわけだ。純白のスケッチブックのページの上に描かれたのはフリルが多用されているメイド服である。
「やっぱりミニスカとニーソはかかせないよね!」
「こ、これ着るの?」
美紗は涙目になっていた。スカートの短さに。
デザインは良いと思うのだが、少しスカートが短すぎやしないだろうか。
「うーん。じゃあ、長さは調節だね」
「いえいえ恵。これは最高のデザインです。さあ、美紗。はやくこれを着て私にご奉仕……げふんげふん。いえ、私にご奉仕してくれないでしょうかお願いしますこの通りです一生のお願いです何億でもお支払いいたします美紗のニーソに踏まれたい」
美羽が流れるような土下座を披露したことはさておいて。
俺は俺で展示用資料を作らなければならない。まがいなりにもここは一応、<日本文化研究部>なのでそれっぽい資料を作らなければならないのだ。
まあ、こんなものは「日本文化」と打てばグ○グル先生が調べてくれるからその資料を継ぎ接ぎすればいいだけのこと。楽勝だ。
と、そうやって皆がそれぞれの作業をしている時だった。
不意に部室の扉が開く。
「おーっす」
入ってきたのは正人だった。
「どうした? 生徒会の手伝いだったら、俺の作業が一段落したら行くけど」
「あー、違う違う。その節は本当に世話になったわ。今回は違うんだけど……いや、ある意味、違わないか」
ブツブツと独り言をいう正人。よく見ると、手に何か紙のようなものを持っている。
「それで、篠原くんは何しにここに来たんですか?」
加奈の問いかけに我に返った正人は、苦笑いをして手に持っていた紙をテーブルの上に置いた。
「実はな。ペアスタンプラリーの参加者が、一組棄権しちゃってさ。この企画って規定人数が決められてるし、今さらプログラムも変更できないし。そんで、どうしようか悩んでいるうちに一つ、思いついたんだよ」
そういうと、正人は俺の肩にぽん、と手を乗せ。
「海斗、頼むからこれに出てくれね?」
ガタッッッ! と美紗が立ち上がった。その眼はかつてない程にキラキラしており、俺と正人を交互に見ている。なんだ。どうした。
「おおっと勘違いするなよ! 俺と海斗で出るってわけじゃない。あくまでも、男女! での参加だからな! わかったか。もう一度言うぞ。男女! だからな男女!」
正人がまるで自分の貞操が危機にさらされたかのように狼狽えていた。そして美紗がしょんぼりとした顔でゆっくりと元の場所に座る。
「なあ、正人。俺にはよくわからんけどさ、無理に参加者の枠を埋めなくてもいいんじゃねーの?」
「あー、だめだめ。ペア二十組が参加することが伝統らしいからな。めんどくせーけど。かといって、いまさら募集かけても集まるかどうか分からないしさ。何しろ暗にカップル推奨って言っているような企画なわけだろ? つーわけだ海斗。お前はちょっとこっちに来い」
そういうと、正人はがしっと俺の肩をつかむとずるずると部室の外へと引っ張っていく。なんだ。何をする気なんだ。そして、何かの用紙をテーブルに置いた。
「というわけで女子部員諸君。ガールズトークに励んでくれたまえ」
正人は意味ありげな視線を部室にいた女子たちに向けると、そのまま俺を連れてどこかへと向かっていった。
☆
私たちは、篠原くんが出ていくと同時に互いの顔を見渡した。たぶん、考えているのはみんな同じことだろう。この部の部長である天美加奈として、私は部員たちを見渡した。
「と、言うわけだそうですが……どうしましょう?」
ペアスタンプラリーに出るということはつまり、その時間の間だけ海斗くんと二人っきりで学園祭をまわることが出来る。そんな権利は、この場にいる誰もが喉から手が出るほど欲しいはずだ。
しかし、問題は山積みと言えるだろう。まず海斗くんがそう素直に出てくるか分からないし、全校生徒、ましてや下手をすればテレビの前で私たちと一緒に学園祭を巡るなんてことを海斗くんが好ましく思うはずがない。
それに加えて私としては権利を得るのがこの中の誰か一人だけ、というのが嫌だ。
みんなの顔をうかがう限り、どうやらそれはみんなも同じように考えているらしい。私たちは確かにある意味ではライバルかもしれないけれども、だけどそれと同時にとても大切な友達だとも思っている。
だから、どうにかならないかという意味での「どうしましょう?」である。
まったく、篠原くんも厄介ごとを持ち込んでくれた。嬉しいけど、嬉しくない。そんな複雑な気持ち。
「あ、あの……私、コンテストに出るから……その、無理、だから、えと……」
「うーん。それもあるよねー。なんとかならないかなぁ」
私は、何気なく篠原くんが持ってきた用紙を手に取ってみた。そこで、気づく。この用紙は、ペアスタンプラリーのルール説明のようなものがのっている。
ルールとしては、『男女のペアで各ポイントに設置されたチェックポイントをまわる』というものだ。実にシンプルだ。そこに赤いペンでアンダーラインが引かれていた。ここを見ろということだ。
……『男女のペアで各ポイントに設置されたチェックポイントをまわる』。
この意味を理解した時、用紙の隅に走り書きが見えた。たぶん、篠原くんが書いたものだろう。そこに書いてあったことを見て、私には篠原くんの伝えたいことが分かった。
「みんな、少しお話があります」
本当に海斗くんは、良い友達をもったものだ。
☆
俺が正人に連れられて部室に戻った時、加奈が笑顔で出迎えた。
「篠原くん、ありがとうございます」
「いやいや。別にいいですよこれぐらい」
「例のものはいつ、手に入りそうですか?」
「そうですねぇ。急なことだったんで未定というのが正直なところなんですけど、文化祭前には何とか間に合わせます」
「ありがとうございます。このお礼は必ず」
「いや。夏休みは結構、手伝ってもらいましたからね。だからこれが俺からのお礼ってことで。それじゃ」
俺には分からない謎の会話をしたかと思うと、正人は生徒会室に戻っていった。なんだったんだ……。部室に入ってみると、何やら良いことでもあったのか、部室の雰囲気が明るくなっている。
「そういえば、ペアスタンプラリーの件はどうするんだ? あいつ、用紙を置いて行ったけど。……あれ、あの用紙はどこにある?」
「そのことですが海斗くん。私たちからの提案があります」
「は?」
「実は……」
ニコニコ笑顔の加奈からの提案は、意味不明で、尚且つそんなことが許されるのかと言いたくもなり、そして何より、
「い、嫌だよそんなの!」
「拒否権はありません。この提案は部長命令にして、この部の総意でもあります」
「俺が拒否している時点で総意じゃないけどな!」
「訂正します。女子部員全員の総意です」
俺は頭が痛くなってきたような気がした。なんかクラクラするしフラフラする。
くそっ。正人め。何か爆弾を落としていきやがったな……! あいつが来る前と来た後では明らかにBBAたちのテンションが違う!
俺は頑なに拒否すること数分。加奈は、ふぅ、とため息をつき、まるで最終兵器を取り出すかのごとく、決定的な一言を漏らした。
「仕方がないですね。海斗くんは」
「仕方がなくないだろうが。いっとくけどな、俺は絶対に、お前らBBAには屈しないぞ! お前たちの要求は受け入れん。俺の紳士としての誇りにかけてな!」
「よく考えてみてください。もし海斗くんがあれをすれば、幼女に近づくことも容易に……いや、もしかすると幼女の方から海斗くんに近づいてくれるかもしれませんよ? 海斗くん、幼女にモテモテになるかもしれませんよ?」
「よし、要求を受け入れよう」
知ってるか? 誇りって、捨てるためにあるんだぜ?
必要とあらば邪魔な誇りなんてゴミ箱にシュートさHAHAHA!
☆
「予行練習をしようよ!」
俺がBBAの策略にはまり、ペアスタンプラリーに参加することに決定した翌日。部室で唐突に、恵が言った。
「予行練習って、何の」
俺がそう言ってやると、恵はにこっと笑顔になり、
「そりゃ、もちのロンでペアスタンプラリーのだよ!」
「えー……」
俺がテンションの下がることを声に出して伝えるが、周りのBBA共は完全に無視である。
これだからBBAは……。人の話を聞けよ。マジで。
「いいですね。やりましょう」
「……私もやりたい」
「わ、私も……」
「美紗が行くなら私もいきます。か、勘違いしないでください。美紗が行くから、私も行くんですよ? そのところを、その、あの、分かってくださいね!」
俺としてはあれは当日だけで十分なのだが、恵に「それに衣装作りの為の材料や部室を飾り付けたりするのに必要な材料が切れちゃったからね」ともっともらしい事を言われて、俺に逃げ道はなくなった。
そして土曜日。
わざわざ電車を何度か乗り換えて、遠出してショッピングモールまでやってきた。ここならば学園の連中もいないだろう。俺は堂々と外を歩けるわけだ。
文化祭は月曜日から行われるわけだから、月曜日が訪れれば文化祭一週間前の準備期間に入る。このタイミングで材料の補充はまさにベストのタイミングと言えるだろう。
俺たちは集合場所である広場に集まる。土曜日だとやはり人がそこそこ多い。どうしてこんな人の多いところに来なければならないのか。普段なら幼女とデートしているのに(ギャルゲーで)。
「それじゃあ、まだあれは届いてないから、かいくんにはそのままでいてもらうとして」
「マジでやるのかよ……」
「そうそう」
恵は地図を広げる。このショッピングモールの地図だ。
「じゃあ、かいくんにはこれから私たちと一緒にお買いものしてもらうね!」
「つーか、なんで俺と誰か一人だけなんだよ……みんなで行けばいいじゃん」
「かいくんは本当に鈍いなぁ。こういうのは、二人っきりで歩いてこそなんだよ! それに、あとでまたみんなで一緒にまわるから大丈夫!」
いくらペアスタンプラリーの予行練習とはいっても、一人一人と一緒に回るのは効率が悪くないだろうか。あくまでも目的は材料の補充だし。
だが、そんな俺の言葉を聞き届けてもらえるはずもなく。恵曰く「予行練習」が始まったのだった。




