第5話 新入部員M/大人げないかまぼこん
「それで、この部はいったい何を目的として活動するんだ?」
楠木が入部してから一週間が経ち。
俺はもう何度目か解らない質問をした。
「またその質問ですか海斗くん」
天美はプラモデルを組み立てていたその手を止め、「なんだこいつ。頭沸いてんじゃねーの」とでも言いたげにため息をついた。
「だからこの部はお喋りするだけの場だと何度も言ってるじゃないですか」
「いや、それだけだと何か寂しくないか?」
「……私はじゅうぶん楽しいけど」
そういいつつ、楠木は部室のテレビからいっこうに目を離さない。
「ってお前はただゲームしてるだけじゃねーか」
「……私、昔から友達の家にいくと友達そっちのけで一人でゲームしてるタイプ。おかげで小学生の頃は友達ができなかった」
「でしょうねぇ!」
小学生の頃ということは中学からは多少、大人になったのだろうが。
「ていうか、愚問ですよ海斗くん。この部はまだ学園物のラノベでいうならまだ新入部員を集めている段階、つまり一巻の序盤ぐらいの時期なんですから」
「ほぅ。それじゃあ、あと何人集まればいいんだ?」
「ちがいますよ海斗くん。そこは『ごひ教えてくれ。俺たちはあと何人、部員を集めればいい? 俺はあと何人、部員を集めたら戦いから解放されるんだ……。ゼロは俺に何も言ってはくれない』でしょう⁉」
「知るか!」
そんな咄嗟にネタが出てたまるか!
「ていうか前々から思ってたけどお前のネタはいちいち伝わりにくいんだよ! 誰もがみんなお前のような脳内お花畑人間だと思うなよ⁉」
「いいんですよ。これは自己満足ですから」
「エゴだよそれは!」
「この小説が駄作になるかならないかなんだ! やってみる価値はありますぜ」
「駄作だよ! もう間違いなく駄作だよ! これ以上ないくらいの駄作だよ!」
「ダメだ、パロネタのオンパレードで自爆するだけだぞ! もういいんだ! みんなやめろ!」
「やめるのはお前だああああああああああああああああああああああ!」
良いんだろうかこのやり取り。
伝わらない人にはまったく伝わらないんじゃないだろうか。
ていうか天美さん、そろそろ自重してください。本当に。
「ふぅん」
「おいコラ、なんで今どこぞの社長風になったんだ」
「まあ、それはともかく」
無視すんなや。
「確かに海斗くんの言いたいこともわからなくはないですが……ではそろそろ活動目的でも決めましょうか」
「本来なら創部時に決めておくものだけどこの際こまかいことは気にしないよ」
「では各々、『これだ!』と思う活動目的を紙に書いていっせいに見せましょうか」
というわけで、天美は組み立て途中のプラモデルを片付け、楠木もゲームを終了させたところでようやく高校の部活っぽいことが出来た。
ノートの切れ端にそれぞれ活動目的を書きこんだところで、天美が言った。
「書けましたね? では一斉に見せてみましょう」
せーの、でそれぞれの活動目的をオープンした。
天美:人類ロボオタ化計画
楠木:ゲーセン荒し
黒野:萌えアニメの聖地巡礼
これは酷い。
「ちょっと黒野くん! 真面目に書いてくださいよ!」
「……流石に部をあげての聖地巡礼は酷過ぎる」
あれれー? 僕だけが責められているぞー?
「ってちょっと待て! お前らも大概じゃねーか!」
「え? そうですか?」
「……そんなことない」
「あるよ! そんなことあるよ!」
くっ。これだから三次元BBAは!
「そもそもなんだよ! 人類ロボオタ化計画て!」
「決まってるじゃないですか。人類みんなをロボオタにしてしまえば世界は平和になりますよ。争いなんてくだらないことせずにオタク同士の作品内、作品別の醜い叩きあいが始まります」
「それって平和なのか⁉」
「ええ。国際会議でもゼ○グラシアはアリだったのかナシだったのかでさぞかし盛り上がることでしょう。これで世界は平和です。ヨカッタネ☆」
「なんか嫌だなそんな世界平和!」
どのみち信者同士の醜い叩きあいが始まってけっきょく争いなんて無くならないだろうな。
オタクっていう生き物はなぜか争うこと(作品の叩きあい)が大好きだし。
「どちらにせよ、この中なら楠木のゲーセン荒しと俺の聖地巡礼の方が現実味があってマシだろ」
そもそもゲーセン荒して。部をあげてゲーセンをわざわざ荒してどうするんだよ。
学園にクレームが来るわ。
「……それで、いつゲーセン荒しの旅に出るの?」
「でねーよ」
わくわくした様子で目を輝かせているところ悪いが、ゲーセン荒しは個人でやるにしても自重してほしい。
どのみち、俺たちがついていってもスーパー楠木タイムを見学するだけで終わりそうだし。
「……信じるんだ。海斗の成すべきと思ったことを」
「俺の成すべきことは萌えアニメの視聴だよ」
「……いじわる」
まるで子犬のような目で、尚且つ上目使いで見つめてくるものの、三次元BBAに誘惑される俺ではない。
こんな攻撃はまるで効かないのだ。
「と、いうわけで、これで晴れて聖地巡礼の旅に――――」
「いや、出ませんよ? 第一、『日本文化研究部』の活動目的の割にジャンルが一部分に偏りすぎてますし、そもそも旅費はどうするんですか? この部にはまだ部費はありませんし、だとすると実費となり、個人がそれぞれバイトをしなければならない。もしそれが行きたい場所、自分が元から出していた意見なら良いのでしょうがそうでない人にも個人のプライベートな時間を削ってまでバイトをすることを強いるんですか? イ○ークさんだって怒りますよ。それに活動目的というからには定期的に行かなければなりませんし、そうなると必然にバイトの時間も増えます。つまりそれは部として皆で活動する機会も激減しますし、それでは本末転倒です」
「……ごめんなさい」
酷い。なにもここまで完膚なきまでに叩き潰さなくてもいいのにグスン。
つーか、これだけボロクソに言い負かす時にさえサラリとネタを挟んでくるとは思わなんだ。
「なら、改めて考え直すか。あっ、そうそう。今度はふざけずに真剣に案を考えろよ」
「…………」
「…………」
え? まさか本当にさっきので真剣だったの?
「マジかよ……」
「そ、そういう海斗くんだって何かあるんですか?」
「え? 聖地巡礼って割と真剣だったんだけど」
少なくとも、人類ロボオタ化計画やらゲーセン荒しよりは他人にも迷惑をかけなくてオタク仲間で楽しめる案だったのだが。
しかしそれもダメとなるともう一度、真剣に考えるしかないようなので、俺は思考を巡らせる。
そもそもこの部はどうして出来たんだっけ。そうだ、天美がオタク友達が欲しいとかで……。
「友達作り、とか?」
「?」
「オタク友達を作ろう、ってのじゃダメなのか? ほら、天美が俺を誘ったのって元々、オタク友達が欲しくてのことなんだろ? だったらそれをそっくりそのまま活動目的にしちゃえばいいじゃねえか」
「む……」
やがて天美は少し考え込んだあと、ぱんっと両手を叩いた。
「そうですね。それでいきましょうっ」
言うと、天美はニコリと笑顔を見せた。
「私たち『日本文化研究部』のこれから活動目的は『オタク仲間を増やそう!』でいきましょう」
その笑顔は幼女を愛している俺でさえもしばらくの間、魅入ってしまうぐらいのもので。
とても可愛らしくて、女の子らしい笑顔だった。
☆
「それで、これは?」
「部としての活動です」
次の日。
俺は放課後、部室にやってくるなりさっそく天美が「部の活動に協力してくださいね?」と昨日の可愛らしい笑顔の欠片も残らないような小悪魔的な笑みを浮かべて悪寒が走ったのだが……。
「なんなのこれ?」
俺は、学生服の下に「かまぼこんLOVE」という文字が描かれたTシャツを着ていた。
「これは特撮ヒーロー『かまぼこん』の限定Tシャツですよ」
「いや、それは解ったからさ。これを着用するのと部の活動と何の関係があるわけ?」
「わからないんですか? それを来て学園内を歩いておけば、そのTシャツの存在を知る人が見つかるかもしれないじゃないですか?」
「それで?」
「私は知人から頂いたのですが、その『かまぼこん』の限定Tシャツは希少な物で数も少ないらしいんですよ。そもそも『かまぼこん』は主人公役の人が小学生男児にダイレクトアタックをしたことから逮捕されてしまいすぐに打ち切りとなった作品ですから、その存在を知る人もすくないんです。なんでも、『小学生の態度がウザくてイラっときたからやった。反省はしてない』だそうです」
「ヒーローの癖に大人げねえな『かまぼこん』!」
「まあ何が言いたいのかというとですね。つまり、そのTシャツに飛びついてきた人は間違いなく私たちの同類です。『かまぼこん』なんて一昔前にひっそりと深夜に放送していた特撮番組を知っているとなるとマニアックな特撮オタクに違いありませんから」
「……つまり海斗は餌」
「ああ、はいはい。どうせそんなことだろうと思ってましたよ」
まったく、これだから三次元BBAは。こういう役回りはすぐに男におしつける。
「それでは頑張って外回りをしてきてくださいね」
「はぁ……」
「帰ってきたら『お帰りなさいあなた。素組みにする? スミ入れにする? それとも、塗装?』と言って出迎えてあげますよ」
「どの道プラモ作りに協力させられるんだな!」
これでは選択肢が全て地獄になっているようなものではないか。
いや、嫌いじゃないけどねプラモデル。
男の子だもの。
「それではいってらっしゃい」
「……良い報告を期待してる」
好き勝手なことをほざくBBA二人に見送られて、俺は来たばかりの部室を後にした。
☆
とりあえず学園内を歩いて適当なところで切り上げてから部室に戻ろうと決めた俺は渋々ながらも学園の敷地内を歩いていた。
もう帰宅部の生徒は帰宅したが、部活動に勤しんでいる生徒たちは部活に一生懸命に励んでいた。
青春してるなぁ。それに比べて俺はなんだろう。
周りにはパロネタを日常会話に捻じ込んでくるロボオタBBAとゲーマーBBAしかいない。
憂鬱だ。
学園ものには一人ぐらい幼女はいるはずなのに。
どうして俺の周りに幼女は一人もいないんだ。仕方がない。また休日にでも幼稚園を遠くから見守りつつ写真をとるか。ぐへへへへへ。
……しつこいようだが、俺は変態ではない。紳士である。
俺が現在、歩いているのは学園にある中庭である。ここは一つの広場のような場所で、ベンチや噴水まである。景色もなかなか綺麗だし、ここで一休みしようかとベンチに腰を下ろした。
携帯音楽プレーヤーを引っ張り出して、耳にイヤフォンをつけて幼女キャラのキャラソンを再生する。俺の至福の時だ。
因みに、ここまでで成果は0である。
そもそも俺が歩くだけで周りから生徒たちは逃げていくのにこれでどうやって仲間を探せと言うのか。
今ではボタンを全開にした学生服の隙間から除く『かまぼこんLOVE』の文字が虚しい。
餌としての役割をこなすにあたって俺ほど向いていないやつもいないのではないのだろうか。
そもそも、こんなわけのわからないTシャツに食いついてくるやつなんて......、
「あ――――! ねえそこの君! そのTシャツってもしかして『かまぼこん』の限定Tシャツ⁉ 見せて見せて!」
……食いついてきた。
声の聞こえてきた方に視線を移す。
そこにいたのはセミロングの女の子だった。いや、美少女。興奮したようにこちらに駆け寄ってくる。胸は天美には及ばないものの、豊満と言って差し支えない部類だろう。顔はやや童顔で、その雰囲気から自然と「元気っ娘」という単語が浮かんだ。
「間違いない! 本物だよ本物! ねえねえ、これどこで手に入れたの? いくらで売ってくれる? ねえ答えてよぉ」
いきなり両肩を掴まれて前後に大きく揺さぶられた。がっくんがっくんと首が人形のように揺れて、視界がぶれる。
「ええいこれだから三次元BBAは! そろそろ離せ!」
「おっとごめんね! 私は一年三組の牧原恵! めぐにゃんでいいよ!」
「誰が呼ぶか!」
「おやおや? もしかして君って一年四組の黒野海斗くん?」
「……だったらなんだよ。文句あんのか?」
「いやあ、凄い意外だなあって」
「何がだよ」
あれ。こういうやり取り、前にもやったことがあるような気が……。
「――だって『鬼の海斗』ともあろうお方が萌えロリ幼女アニメが大好きな変態さんだったなんて思いもよらなかったんだもん!」
そういって、牧原はぴっとある物を指差した。そこに視線を向けると、さきほど牧野が揺さぶった際にポケットから滑り落ち、更にイヤフォンの抜けた携帯音楽プレイヤーがやかましく萌えロリ幼女アニメキャラのキャラクターソングを歌っていた。
☆
涙目で部室に帰還した俺を出迎えてくれたのは、小悪魔の笑みだった。
「お帰りなさいあなた。素組みにする? スミ入れにする? それとも、塗装?」
マジでいいやがったこいつ。
「……新入部員を連れてきたぞ」
「こんにちはっ!」
びしっ! と手を挙げながら牧原が部室に繰り出した。
「わおっ! ここが『日本文化研究部』の部室なんだね! うわ、凄い! 凄いよかいくん! 棚がロボットだらけだよ!」
「かいくん?」
天美が「?」マークを浮かべながらいった。
「うんっ! 海斗くんだからかいくん!」
「へぇ。海斗くん、この短時間でずいぶん親しくなったようですね?」
何故か、天美が急に不機嫌な顔になり、俺がジトッとした目で睨まれる形となってしまった。
「なんで怒ってるんだよ天美?」
「別に」
ぷいっと天美は顔を逸らす。
変なやつだ。本当に、三次元BBAという人種は解らん。
「でも特撮ヒーローのフィギュアはないんだねぇ」
どうやら牧原は特撮オタクらしい。まあ、あのわけのわからんTシャツに食いついた時点でそうだとは思ってたが。
「それが残念……って、おおっ! そこにいるのは、なほっちじゃないか!」
「!」
ぎくぅっ! とそれまで息を潜めるように部室の隅で縮こまっていた楠木の肩が震えた。そういえばこいつも牧原と同じ三組だったか。
「まさかなほっちまで同類だとは思わなかったよぅ!」
言うと、牧原は勢いよく駆け出して楠木に思いっきり抱きついた。当の楠木ほんにんはというと自分にはない牧原の二つの大きな巨峰に顔を埋めさせられながら苦しそうにしていた。
「……は、離し、て」
「そーんなつれないこと言わないでさぁ。教室の時みたいに一緒にラブラブしようよ~」
「……してない。離して」
珍しく、あの楠木が手玉にとられていた。さっきから懸命にSOS信号を放ち続けているが牧原がそれを妨害するかのように豊満な胸に楠木の顔をうずめて頬ずりしている。
「海斗くん、どうやらあなたは変な人を拾ってきたようですね」
「……そうらしいな」
思わぬ新入部員に戸惑う俺は、もう人生で通算何度目かもわからないため息をつくことしか出来なかった。