第38話 753は315です!
名護さんは最高です!
朝。朝食作りと、いつもの習慣でついつい早い時間に目が覚めてしまった俺はもぞもぞと上半身を起こす。いや、起こそうとして違和感に気付いた。体を何かに掴まれている、というより抱きつかれているといった方が正しいだろうか。
視線を違和感のある方へと向けてみると、そこにはすやすやと眠っている恵さんの御姿が。……一瞬、身の危険を感じたのはなぜだろう。あの子離れ出来ない誰かさんの母親ではないことを祈ろう。
「つーか、なんでこんなところにいるんだよ……」
タンクトップにショートパンツと、かなりラフな格好で寝ていた恵は俺の右半身に思いっきり抱きつきながら気持ちよさそうに眠っている。白いふとももや割と豊満な胸が無遠慮に押し付けられてさっきから違和感が半端ない。そういえば今は夏だよな。小学校にいって誰のとは言わんが汗、すばるん風に言うなら御吸い物を失敬して元気ハツラツになりたいものだが……現実という名の壁は非情だ。小学校の外壁が俺には鉄壁の絶壁に見える。
「無駄に暑いかと思ったらこういうことだったのか……おい、起きろ恵」
軽く肩を揺さぶってやる。だがそれでも恵はうにゅうにゅと訳のわからない声を漏らすだけで起きる気配がない。まずいな。このままだと俺が富音さんに殺されてしまう。もう少し強く揺さぶってみるか。
「さっさと起きろ。ほら、もう朝だぞ」
さっきよりも強めに揺さぶってみたおかげか、恵がようやく起きる気配を見せた。
「うにゅ……ふぁう……あー、かいくんおはよー……」
「恵、勝手に人のベッドに入ってくるなよ」
「んー。だってかいくんの寝顔見てるとぽかぽかして眠りたくなっちゃうんだよね。てゆーかもう、かいくんがいないと眠れないかも」
「俺は抱き枕か何かか。さっさと起きろ。今日は生徒会の手伝いがあるんだろうが」
もそもそと恵が起き始めたので部屋の外へと追い払い、着替えその他諸々を済ませて、片手に双眼鏡を持ちながらリビングへと向かう。とりあえずあのBBA共にずっと食事の準備をさせるのも悪いので今日ぐらいは俺がやってしまおうとリビングに向かってみると、そこには既に先客がいた。渚姉妹である。
「ん。なんだ、もう起きてたのか」
「おはようございます」
「おはよう、ございます……」
朝の挨拶一つをとっても姉妹で違いが出てくるな。そんなことを考えながら俺はキッチンで朝食の準備を始めている姉妹の背中を眺めつつ、進捗状況を確認する。……どうやら俺が手を出す必要はないらしい。
「加奈と南帆は?」
「加奈は起きて布団を畳んだり、部屋の掃除をしたりしています」
「南帆ちゃんはまだ眠いみたい」
昨日はけっこう、夜中まではしゃいでたからなぁ。特にゲーム大会では南帆の無双が始まって最後になるともうみんなで南帆を潰しにかかるが逆に返り討ちにあったりして。南帆はよく徹夜でゲームをしているらしいが、だからといって朝が強いというわけでもないらしい。
「寝かせてやりたいところだが、そろそろ起きてもらわなきゃ困るな」
そう言いつつ、俺はベランダへと足を運ぶ。手に持っていた双眼鏡で下の様子を窺う。
「何をしているのですか?」
美羽の声が聞こえてきたのでそれに答える。
「ああ、日課なんだ」
「日課、ですか? いったい何の?」
「夏休みの今の時間帯、このマンションの205号室に住んでいる河野芽衣ちゃん、身長百四十センチ、血液型はA、前川小学校2年3組出席番号8番、生年月日は七月二十日土曜日の午前三時二十八分九秒、好きなものはいちごのけーき、きらいなものは辛いもの、得意科目は算数と理科、苦手科目は国語、最近の趣味はお母さんと折り紙をすること、将来の夢はお花屋さんであるかわいい美幼女がお友達と一緒にきゃっきゃうふふと遊んでいるんだ。見逃す手はない」
「随分と詳しいですね。どうやって調べたんですか?」
「日夜の研究と、電柱の陰からの努力の積み重ねさ。あとはちょっとしたコネクションと同じマンションに住んでいることを活かした……盗聴・盗撮の成果かな」
「どう見ても犯罪者ですね。本当にありがとうございました」
言うと、美羽が何やらスマホを操作している。193と入力してライジングイ○サになるのか、5を三回入力しているのか、それともモモ・ウラ・キン・リュウだろうか。朝っぱらからクライマックスだな。そして俺のテンションも朝っぱらからクライマックスである。おいおい。朝から過激だな芽衣ちゃん。白い肩が丸見えだぜ……ごくり。
「あ、もしもし警察ですか?」
「くらえ、俺の必殺技!」
俺は某ソードフォームよろしく、手にしていた双眼鏡を放り投げて美羽の手からスマホを叩き落とした。更にそこからすばやく美羽のスマホを拾って電源を落とす!
「ふぅ。危なかった。もう少しで俺の人生がクライマックスになるところだったぜ」
「自覚はしてるんですね」
「警察。それは俺にとって憎むべき敵」
「いや、警察は何も間違ったことをしてませんからね? 特に今の流れだと明らかに警察が正義ですからね?」
「違う。俺が正義だ!」
俺には美羽が何を言っているのかさっぱり分からないな。
「んにゅ……」
と、俺が再び回収した双眼鏡で外に広がる光景を眺めるべくベランダへと向かおうとしたところで足に誰かがしがみついてきた。眠たそうに目をこすっている南帆である。
「……かいと……抱っこ……」
「はあ? んな馬鹿なこと言ってないでさっさと起きて着替えてこい。今日から結構忙しくなるぞ。こういうのは初日が肝心なんだ」
そもそも本音を言えばBBAを抱っこしたくない。幼女の健康的な素肌を見た後なら尚更だ。幼女の後に見るBBAほど萎えるものはない。
「……やだ……抱っこしなきゃ着替えない……」
と言いつつ眠たそうにとろんとした目をして、今にもそのまままぶたが下がりそうな南帆の様子を見た俺はため息をつきつつ、リビングの手近なところに置いてあったMyカメラでマンションの下の様子を一枚撮影。そのついでに南帆を抱っこして加奈のいる部屋へと放り込もうと……
「今、ごくごく自然な流れで盗撮をしましたけどカメラは没収しますね」
「貴様ァ! 貴様ァアア嗚呼アアああ嗚嗚呼ああああ嗚アアァッッ! 許さぬ、絶対に許さぬぞ! 芽衣ちゃんの肩チラ生写真を! 宇宙最大のお宝をッッッ!」
いつの間にか背後に回り込まれていた加奈にカメラを没収されてしまった。今のは間違いなくベストショットだったのにいいいいいいい!
俺は身を切り裂かれたような思いをしながら、南帆を部屋へと文字通り放り込んだ。積み重ねた布団の上に向かって放り込んだからきっと大丈夫だろう。うん。さっさとパジャマから着替えて制服になってくれればもう文句を言うまい。加奈の魔の手によって消されてしまった画像データ(もとい、宇宙最大のお宝)に黙祷を捧げながら俺は再びリビングへと戻った。
しばらくしてから朝食の用意も整い始めた頃。南帆はまだ姿を見せていなかった。一度、ふらふらとパジャマ姿のまま洗面所に向かっていたためにあとは着替えるだけと思われるのだが……顔を洗ったりしても眠たそうにしていたのは気になる。
他の女子たちは朝食の準備の最後の仕上げに奔走している。ここは一人、暇を持て余している俺が行くべきだろう。
俺は昨日、女子たちが寝泊まりした部屋にノックをした後に足を踏み入れる。部屋の中には加奈が畳んで積み重ねたであろう布団があり、その上に南帆が鎮座していた。ぽけーっとしながら眠たそうにうとうとしている。着替えようとしていたのか着ていたパジャマも脱ぎかけでさっきの芽衣ちゃんの肩チラ生写真ではないが脱ぎかけのせいで両肩が丸見えだ。もう少しで胸のあたりも見えてしまいそうで、ブラも肩ひもがずれ落ちている。俺たちの中で最もインドア主義なせいか、その白い肌が惜しげもなく露わになっており、正人辺りには目の毒だろう。
とはいえ、俺にとってはこんなものどうということはない。加奈によって失われた宇宙最大のお宝のあとだと尚更だ。南帆のパジャマが着崩れたあられもない姿なんて、芽衣ちゃんの肩チラ生写真の前では塵も同然。
「……んー」
南帆はどうやらほんの僅かながらも起きているようで、ちょこんと小首をかしげながら俺を見ている。すると、どうやら途中まで着替える努力をしていたらしいのか、手に持っていた制服をぱっと離すと、その両手を前に、俺に差し出すようにして。
「……だっこ」
「さっきしただろうが」
「……もういちど」
「嫌だよめんどくさい」
俺はあくまで着替えているのかどうかの様子を見るためにきたのだ。こんなことをして遊んでいる場合ではない。そもそも朝食だってもうすぐ出来る。いくらBBAでも、あいつらを待たせるわけにはいかない。
「ほら、さっさと着替えろ。朝食も、もうすぐ出来るから」
「……ん……わかった……」
もそもそと動く南帆だったが、すぐにまた力尽きたかのようにこてん、と布団の上に倒れこむ。すると仰向けになりながら、
「……やっぱり着替えさせて」
と、また両手を差し出してきた。何言ってるんだこいつ。
「は? 抱っこするよりも更にめんどくさいだろそれ。だから嫌だよ。つーかさっさと着替えろって」
そもそも南帆はこんな調子でいつもどうやって学校に来ているのだろうか。徹夜をするのは土曜日だけとか?
「んー……」
馬鹿な……二度寝だと? こんな……こんなことがあっていいのか?
「……お着替え……」
「加奈とか美紗とかじゃだめなのか?」
そっち呼んだ方がはやくね?
「や……かいとがいい……」
と何とかいいつつすやすやと幸せいっぱいとでも言わんばかりに南帆は眠りの世界へと誘われていく。
幸せそうに眠りやがって! 俺なんか、俺なんか宇宙最大のお宝を消去されたばかりなんだぞ!?
「ああ、もう分かった! 分かったからさっさと起きろ! お前だけ幸せそうな顔して眠ってんじゃねー!」
あれだな。他人の幸せをみたらぶち壊したくなるよね! それと同じ原理だろう。たぶん。
とりあえず俺は乱れたパジャマ姿の南帆を起こさせると、手近にあった制服一式を引っ掴んで手元に引き寄せ、とりあえずパジャマの上を脱がそうとボタンに手をかける。ぷちぷちと一つずつ丁寧にボタンを外していくが、こうしてみるとまるで俺が犯罪者みたいだな。本音としては微塵も興味ないけど。そのまま下の方のパジャマを脱がせるとあとはもう下着だけで、すべすべとした白い肌が殆ど顔をのぞかせている。相変わらずブラの方は今にもずれ落ちてしまいそうで(胸が小さいからか)、危なっかしい。とりあえずちゃんとつけなおさせるためにひもを肩にひっかける。その時、手が南帆の肌に触れてしまい、ぷにぷにとした柔らかな感触がしたけど、これが芽衣ちゃんとかの美幼女のものだったらなぁ……とがっくり肩を落とす。
あとは適当にブラウスとかスカートとかを押しつけて袖を通させようとするが、どうやらそれすらも危ういらしい。お前はどこのお嬢様だと思いながら、わざわざブラウスも着せてやる。
次は下だ。スカートはどうやってはかせるのか。昔、姉ちゃんに女装させられたから覚えている。その時の知識を生かしてスカートに足を通していく。
と、ここで。
「南帆、そろそろ起きてください。朝食の支度ができ……まし……た……よ?」
突如として部屋に入ってきた直後。俺と南帆の現在の状況を見た加奈が、固まった。部屋はまるで時が止まったようにシン……としている。シンといってもアスカの方ではない。ついでに言うなら魔界の王を決める戦いに参加した魔物の子が使う最強クラスの呪文の最初につく方のシンでもない。
さて、ここで問題です。
俺は南帆にスカートをはかせる途中でした。
だけど事情も知らずに部屋に入ってきた加奈の目にはどういう風にうつっているでしょう?
正解は、「俺が南帆を押し倒してスカートを脱がせようとしている」でした。
やったね! かいちゃん大勝利!
「か、かいと、くん……?」
「待て。落ち着け」
まずい。このままだと数多あるラノベ主人公よろしく、暴力ヒロインに一撃もらってしまう。だが俺はやつらとは同じヘマはしない。
「え、えと……な、南帆に、一体なにをしようとして……」
どうやら加奈はまだ誤解しているらしい。悲しいな。こいつは俺のことを信じてくれないのか。
「落ち着けよ加奈。そして信じてくれ」
「し、信じる? 自分のなすべきと思ったことを?」
違うよ。いや、違くないけどそれは違う。
話をきいてくれる余地があるらしい加奈は今日も綺麗な金色の髪を揺らしながら、俺を見る。
「そう。信じるんだ」
そして俺は、誤解を解くためにその一言を口にする。俺と加奈たちとが今まで築き上げてきた信頼関係が今、試されるのだ。
「この俺が、BBA相手に欲情するわけないだろ?」
「ああ、それもそうですね」
ふぅ。よかった。どうやらちゃんと信頼されていたみたいだ。
というわけで俺は事情を手短に説明。加奈はあっさり信じてくれた。
これも俺の日頃の行いのたまものだな。加奈はちゃんと俺が紳士だということを信じてくれていた。
「海斗くんは幼女を対象にした犯罪者ですからね。ごめんなさい」
「いや、いいんだ。分かってくれれば」
しかし、『ひと』という言い方がどこか引っかかるのだがまあいいだろう。




