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俺は/私は オタク友達がほしいっ!  作者: 左リュウ
SS② なんちゃってDQNとお嬢様
42/165

ifストーリー 加奈ルート③

 打ち合わせが終わると、今日行う作業の役割分担が発表された。静かに生徒会室のオブジェと化していた俺はそこでようやく動き出した。

 どうやら、俺以外にも学校側で募集していた文化祭準備のボランティアに来ている生徒は何人かいるらしく、俺を含めたボランティアは生徒会と文化祭実行委員が二人一組でリーダーを務める班に分けられる。その後、細かく別の指示を受けて動くらしい。

「あー、ちょっと君」

「俺?」

「そうそう。そこのなんちゃってDQNくん」

 おい……こいつ何者だよ。いきなり俺の高校デビューハッタリを見抜きやがって。確かこのセミロングは牧原恵、だったか。文化祭実行委員の。

「君はうちの班ね。それでさっそくだけど、他の班の助っ人にいってほしいんだ♪」

「? は、はあ……」

 この女の子とは初対面のはずだが、何故にこんなにも機嫌がいいのだろう。あれか、見た目で周囲の桜女子の生徒を怖がらせている厄介な俺を他の班に押しつけることが出来てラッキーというやつだろうか。それなら納得。

「ちょっと量が多い作業があるんだけどね? でもそっちよりも他の仕事に人員を割きたいし、かといってそれを放って後回しにするととても厄介なことになるから少数精鋭で効率よく出来る人員を探してたんだけどさ。だから君はそっちの方に行ってくれない? 作業自体はすごく簡単で誰でも出来るからさ。ようは効率の問題」

「わかりました」

 俺はこの牧原恵という少女がいたずらっ子のような笑みを浮かべていることに少しひっかかったものの。気がつくと加奈の姿を視線で探していた俺は、いつの間にか加奈のいなくなっていた生徒会室を後にして指示された場所に向かうことにした。


 俺が指示されたのは文化祭の冊子作りとポスター作りの作業であった。空き教室に大量に積まれた紙束をホッチキスでとめて冊子にしなければならない。この冊子には文化祭当日のスケジュールや出店予定の屋台や出し物。その他にはスポンサーとなってくれた商店街のお店の宣伝広告などが載っている。

 更にポスターは学校のHPに載せたり、夏休み中に宣伝として街中に貼り出されるものなので早急に、なお且つクオリティの高いものに仕上げなければならない。

 あの牧原恵とかいうBBA……じゃない女の子から聞かされた人数によると俺を含めて二人。

 それを考えると気が重くなる。どうやらもう一人は桜女子側の生徒らしいのだが、そうなってくると俺は怯えられながら長い時間、空き教室で冊子作りをしなければならない。

 効率の問題とあのBBAは言った。まあ確かに、俺を隔離した方が脅威がいなくなって効率が上がるかもしれない。怯えられるのは別にかまわない……というかそうでないと困る。

 俺は噂通りの怖さを維持しなければならないのだから。でないとまたあの面倒な日々が始まってしまう。しかし、二人っきりの状態でビクビクして作業をされては下手をすると俺の作業量が無駄に増えかねない。それを考えるとため息が出る。

 これも修羅の道だ。と、俺は意を決して辿り着いた空き教室の扉を開けた。

 そのタイミングで、心地良い風が体を包み込む。どうやら教室の窓が開いていたらしく、そこから入り込んできた風が当たったらしい。どうやら既に人がいたらしく、作業をしていた手を止めてこちらに視線を移してきた。

 俺もその姿を完全にとらえる。風が吹いた影響かふわっ、と美しい金色の髪が揺れる。

 綺麗な髪。

 綺麗な瞳。

 綺麗な肌。

 その存在そのものがまるで美しさを象徴しているような錯覚を覚えた俺ははっと我に返ると、既に教室で作業を始めていた、天美加奈のところへと歩み寄った。

「よ、よう」

「あ……こ、こんにちは」

 最近は頻繁に会っていた友達だったはずなのに、俺は何故かかしこまってしまった。そして何故か照れくさくなってしまい、向かいの席に腰をおろし、大量に積まれている紙束から必要な物を抜き取ってホッチキスでとめる。

「…………」

「…………」

 何故か、無言のまま作業が続いていた。いつもは何か普通に話していたのに。

 三日か四日ほど会えないかもしれない、ということを聞いていたのにこうしてまた今日、会うことが出来たぐらいでどうしてこんなにも変わるのか。

 ――――そうか。今日も会えるんだ。

 そんなことを思った時に自分が嬉しくなったような気がして。それと同時に自分が何かに気付いたようなきがして。それに、学校で見る加奈がどこかいつもと違うような。友達と楽しそうにお喋りをしている加奈。俺が知らない、いつもと違う笑顔の加奈が見れて嬉しくなったとか。

『あ、あの』

 声が被った。どうやら二人とも、同じタイミングで同じ言葉を言おうとしていたらしい。

 俺はそのことにすら少し嬉しくなりながらも。

「そっちからでいいよ」

「い、いえっ。海斗くんからどうぞっ」

 俺は嬉しかったけど、どうやら被ってしまったことが恥ずかしいのか、加奈は頬を少し赤く染めてぱちんぱちんとホッチキスを動かしていく。その姿もどこか可愛くて、それに苦笑しつつも俺は気軽に話せる友人として声をかけた。

「すごい偶然だな。まさか、こんな形で今日、加奈に会えるとは思わなかったよ」

「そ、そうですね。私もです……いや、本当に偶然か怪しいんですけどね」

 ぶつぶつと頬を赤くしたまま加奈は「恵……こういうことだったのですね」と言っている。あのBBAが関係しているのだろうか。でもまあ、俺にとってはありがたい。これなら気兼ねなく作業に集中できる。

「俺はそれだけ。で、加奈は何を言おうとしてたんだ?」

「え、ええっと……その、ですね……か、海斗くんはどうしてここに?」

「ああ、メールで話した通り、生徒会にいる友達の手伝いだよ。この三日の打ち合わせ合宿にも強制連行されてさ」

「そ、そーだったんですね。大変でしたね」

「ん。いや、そうでもないさ。あいつには色々と感謝してるし、これぐらいは手伝ってもいいんだけどさ。それに、こうして今日ここに来たおかげで会えない思った加奈にも会えたし、結果的にはよかったのかもな」

「……そ、そーでしゅか」

 加奈は俯いたまま、再びホッチキスでパッチンパッチンと冊子を作る作業へとシフトする。俺も手を止めてお喋りばかりしているわけにはいかないので、若干の心残りを感じつつも、冊子作りに励んだ。

 何しろ、この三日間の打ち合わせ合宿の作業はこれだけではない。文化祭当日の打ち合わせをまだまだ詰めなければならないし、そうでなくてもその他諸々の準備もある。夏休みが明ければ学校全体が準備期間に入って更に忙しくなるので、それまでに一気に予定を詰めておかなければならない。

「な、なんか暑いな」

「そ、そうですねっ」

 いつもはもっと気楽に話せているし、加奈となら沈黙もそんなに嫌いじゃなかった。けどなんか今日は落ち着かなくて、何か話題を見つけようと、きっかけを作ろうとしている自分がいる。

「蒸し暑いですね。窓を開けているのにどうしてでしょう」

 ぷちぷちといくつかのボタンを外し、ぱたぱたと真っ白なシャツをつまんで風を送る加奈のそんな仕草に思わず心臓の鼓動が跳ねる。何しろ汗をかいているせいかシャツが張り付いて俺の距離からでもライトブルーの下着が若干透けて見える。髪もいくつか肌に張り付いて、火照ったように赤みのかかった頬がどこか色っぽい。

 いつもは、というより熱くなってきた最近は涼しいところで過ごしているせいか、今日初めて目にする加奈の姿に思わず心臓の鼓動が更に激しく波打っている。

「な、なんでだろーな」

 ……何か罪悪感が半端ない。思わず視線を逸らす。

「? どうして視線を逸らすんですか?」

 言いません。つーか言えません。

「い、いや別に逸らしてないけど」

「あ。ほら、逸らしているじゃないですか」

 そりゃ逸らしちゃいますよ! 今の自分が健全な男子高校生に悪影響を及ぼすことを考えてくれませんかね!

 そんな俺の心の抗議も虚しく、加奈はむすっと頬を膨らませると机の上に乗り出して更に近づいてくる。そのせいでボタンを開けたシャツの隙間から谷間らしきものが見えそうになり、慌てて更に視線をそらす。くそっ。もし俺が純粋種の紳士ロリコンへと覚醒を遂げていたならこんな状況は「駄肉がなんなの?」といったような感じで平然としてられたのに。

 だが悲しきかな。確かに俺は幼女が好きだけど普通に同年代の女の子も好きなのだ。BBAだけどね!

「海斗くん、どうして私のことを見てくれないんですか?」

「だ、だから見てるだろ」

 床を。

 ああ、でもやっぱり俺も男の子。さっきからチラチラと視線が谷間へと吸い込まれてしまいそうになる。俺、もう重力に魂を引かれてもいいかも……いやいや負けるな俺。頑張れ俺。

「わ、わたし、何か嫌われちゃうようなことをしましたか……?」

 しょんぼりとしたような声。思わず加奈の顔へと視線が移ってしまう。うるうるとした瞳で、尚且つ上目づかいで問うてくる加奈の破壊力はあまりにも強すぎて。

 俺は根負けして、この何も知らない無垢な少女に真実を教えてやることにした。

「……加奈」

「な、なんですかっ?」

 俺がちゃんと加奈の顔を見て言葉をかけてやると、さっきまではしょんぼりとしていたのにいきなりぱあっと笑顔になる。その変化に可愛いなぁと思いつつ。

「……み、見えてるんだけど」

 出来るだけ見ないようにしながら最低限の一言だけ述べる。

「ふぇ?」

 しばらくきょとんとしていた加奈は俺が必死に見ないようにしていた視線に気づくと、頬を更に赤く染めていき、やがて。

「ご、ごめんなさいっっっっっっっっっ!」

 顔を真っ赤にしながら胸元を両手で覆い、慌てて俺に謝る。いや、むしろこっちとしてはお礼を言いたいんですけどね。

「あうぅ~……わたしのばかぁ……」

 少しとはいえ見てしまった……いや、見えてしまったこっちとしてはコメントし辛い。

「うう……もっとかわいいのつけてくればよかった……」

 そういう問題じゃないような気がするというのは言わないでおこう。今の俺に出来ることはただ何事もなかったかのようにふるまうことであり、それは即ちただひたすら無心で冊子を作り続けることだけだった。ようやく落ち着きを取り戻した加奈も作業を再開する。その顔がまだ赤いのは気のせいじゃないだろう。

 しばらく教室の中では、ホッチキスを使う音だけが聞こえていた。


 ☆


 準備は滞りなく順調に進み、俺と加奈が全ての冊子を作り終え、ポスターも下書きまで済ませた頃には日が暮れていた。残りは夜にやってしまおうということになり、俺たちは食堂へと向かった。

 どうやらこの三日間の合宿のために食堂は解放されているようで、他の生徒たちとは入れ違いになったのか食堂にいたのは俺と加奈だけだった。

「海斗くんは何にするのですか? 私は軽くパンにしますけど」

「俺もパンでいいや。手軽に済ませられるし」

「ふふっ。では、私が買ってきますね」

「いや、ここは俺が払うよ」

 そんな俺の言葉に加奈はニコッと笑うと。

「私の方がここの勝手が解ってますし、その、えっと……昼間、つまらないものをお見せしてしまった分の償いみたいなものと思ってください」

 いえいえ、つまらないだなんてそんな馬鹿な。むしろ俺がお金を払いたいぐらいですよ? とは言えないまま、勝手知ったる様子で加奈は食堂の購買らしきところからサンドイッチとジュースを二つ購入。お嬢様学校にもパンの購買があるんだな……よくよく見たら俺の知っているサンドイッチの値段じゃない。

「い、いや、女の子にお金を出してもらうなんてできねえよ。ここは俺が出すから」

「もう払っちゃいました」

 と、加奈はぺろっと小さく舌を出してサンドイッチを一つ、突き出してきたので俺はそれを渋々受け取る。そんな俺の様子を見た加奈は小さく笑うと、

「じゃあこんど、一緒に花火を見に行きませんか?」

 加奈が言っているのは恐らく、近々行われる花火大会のことだろう。毎年大賑わいを見せていることで有名だ。

「……まあ、俺なんかでいいなら」

 ああ、女の子にお金を払わせたなんて知られたら姉ちゃんに叱られる。何のために仕送りをお姉ちゃん補正で多めに振り込んだんだと言われそうだ。

 俺たちは外の中庭にへとやってきた。もうすっかり夜で、明かりは生徒会室やその他の空き教室から漏れている光と、星の光だけ。

 加奈は小さな口でもぐもぐと夜食を食べている。俺も何となくぼーっとしながら同じように夜食を口に入れていた。

「……今日は、ちょっとびっくりしました」

 唐突に、加奈が口を開いた。

「海斗くんとは、少しのあいだ会えないかと思ってましたから」

「……俺も、びっくりしたよ」

 いやホント。ほんの少しの間、会えないと思ってた子に偶然会えただけでこんなにも嬉しくなったのは初めてだ。落ち着いてきた今なら何となくわかるが、それだけ天美加奈という子が俺の中で大きな存在になっているのだろう。

 今までこの子と過ごしてきた日々がそれだけ大切で、楽しかったのだ。

「…………がんばれわたしがんばれわたし…………」

 ぼそぼそと、暗闇の中で加奈が何かを呟いていた。あまりにもその声が小さいので俺には何を言っているのかがよく聞こえない。かろうじて聞こえてきたのは「がんばれ」というワードだけ。

 そして加奈は、意を決したように、俺の方を向くと同時にその言葉を口にする。


「か、海斗きゅん」


「…………」

「…………」

 噛んだな。うん。噛んだ。

 それだけだ。何もなかった。

「……か、海斗くん」

 ふるふると顔を真っ赤にしながら、涙目になりつつある加奈は何事もなかったかのように(出来ていないけど)、再び言いたかったであろう言葉を口にし始めた。

「か、海斗くん」

「お、おう?」

「え、えっと、私のこれはタマゴサンドで、海斗くんのはビーフサンドなんですけど」

 加奈は視線を自分の持っているサンドイッチへと注ぎながら言うが、そんなことは見ればわかる。

「そ、それでですね。私、いつもタマゴサンドを頼んでるんです。だから……えっと」

「そんな体に悪い食べ方するなよ。もう少しバランス良く食べるんだぞ」

「はい。そうですね。今度から気をつけます……じゃなくて!」

 怒られた。なぜだ。俺は俺なりに加奈のことを気遣っただけなのに。

「か、海斗くんも、違う味のを食べてみたいですよね?」

「いや、別に。これも十分美味しいから今はこれだけで十分……」

「食・べ・て・み・た・い・で・す・よ・ね?」

「勿論でございます加奈お嬢様」

 男って、弱い生き物だよな……。

「じゃあ……」

 加奈はずいっと俺に自分のタマゴサンドを口元へと寄せてきた。

「ど、どうぞ」

「一応きいておくけど、いいのか?」

「海斗くんがいいのなら、ですけど……」

 あれ? じゃあさっきの威圧感はなんだったんだ?

「……ん。じゃあせっかくだし、いただくよ」

 俺の返答にぱあっ、と昼間と同じ笑顔を見せてくれた。その様子がまるで小さな子どものようで見ていて面白い。

「はい、あーん」

 と言いながら加奈が差し出してくるサンドイッチを咀嚼する。市販のものとは素材が違うためか値段が高いサンドイッチは値段相応の美味しさだった。

 その様子を間近で見守っていた加奈はさっきからやけに笑顔である。しかし、俺だけ一口貰うというのは性に合わない。なので、ここは俺も加奈に一口分けてやることにした。加奈は、俺が彼女の口元に近づけたビーフサンドを見てきょとんとしたような表情をする。

「ふぇ?」

「ん。いや、俺だけ貰うのは割に合わないと思ってさ。だから俺も一口やるよ」

「だ、大丈夫ですよ私は」

「んなこと言うなって。ほら、あーんしろ、あーん」

 俺がしつこくおしたせいか、加奈は観念したように口を小さく開ける。

「……あ、あーん」

 もぐもぐと咀嚼する加奈の表情は、さきほど断ろうとしていた割にかなり嬉しそうだった。やがてジュースを飲むと一言だけ小さく何かを呟いている。

「かいとくんとあーんしちゃった……えへへ」

 かなりご機嫌なので、まあそんなに悪いことでもないのだろう。


 夜食をとった俺たちはほかの生徒たちと同じように再び作業に戻ることにした。大量の冊子が片付いた為にあとはポスター制作だけ。そのポスター制作もあとは色を塗るだけだ。冊子作りの作業は量が量だったので、今日一日を使ってしまったがなんとかなったようで助かった。

 正人に聞いてみたところ、ほかの作業も滞りなく進んでいるようで、明日中には俺たちもそっちに合流できそうだと伝えたら大変助かると言っていた。どうやら進んでいるとはいっても大変であることには変わりないらしい。

 夜の教室の中に二人っきりというのもなかなかドキドキするシチュエーションだ。何しろ、俺の隣にはそれはもう可愛らしい女の子がいるわけで。

「…………」

 少し、いやかなり緊張する。

 パソコン操作で色をつけるだけの作業だが、これがなかなか決まらない。二人で意見を出し合ったり実際に色をつけてみて予想とは少し違ったりで作業はやや難航していた。

 しかも、パソコン画面を見るために二人して身を寄せ合っているので、加奈がとても近くにいることを嫌でも実感する。いや、今までもそういう場面は幾度かあった。でも、そうやって一緒に過ごしているうちに、日に日にいつも近くにいる女の子を意識し始めて。そして今日の昼間のいろいろだ。

 そんな風にして頭の中でぐるぐるもやもやしていると、パソコンの画面を見た加奈が「あっ」と小さく声をあげる。

「ど、どうした?」

「いえ。そろそろお風呂に入る時間でした」

「お、お風呂ですか……」

 そういえば入浴時間だったな。そうだそうだ。忘れてた。

 確か部室棟のを使うんだっけか。

「では行きましょうか。海斗くん」

「お、おう」

 お風呂という単語につい昼間のことを思い出してしまう。いかんいかん。雑念を払え俺。すぐに幼女のことを思い出すんだ。駄肉のことは忘れろ。忘れるんだ。

「? なにをしているのですか?」

「や、なんでもない」

 というわけで、俺は加奈と共に入浴へと赴いた。因みに俺たち男子は自分たちの学校へと戻らなければならない。距離的には歩いてすぐだし、特に問題はない。

 ただ、俺の頭の中には加奈のお風呂というイメージだけが悶々としてこびり付いてしまっており、それがなかなか取れることがなかった。


 入浴を終えてまた元の空き教室まで戻ってくると、まだ誰もいなかった。女の子のお風呂は長いって言うし、うちの姉ちゃんもそうだったから気長に待つとしよう。

 一人で決めていい作業でもないし、とりあえず俺の中でもう少しアイデアを練るだけ練っていたら、不意に教室の扉が開いた。そこにいたのは、犬柄パジャマ姿になった加奈の姿であった。お風呂あがりなせいか、頬は若干桃色で、まだ少し濡れた髪が、昼間のとはまた別の意味で色っぽい。更に制服の時よりも胸元の凹凸がやけにはっきりとしているし、隙間からのぞく白い肌も男子高校生には目の毒だ。

 パジャマになると、加奈がどれだけ抜群のスタイルをほこっているかがよく分かる。何しろ胸やらお尻やらの形が制服の時に比べると露わになるのだから。

「……こ、こんばんは」

 入りにくそうにしている加奈が小さく呟いたことに対して俺も慌てて返事をする。

「こんばんは……っていうか、俺はてっきり制服でくるのかと」

「そ、そうしたかったんですけど……その、お風呂に入ってたらいつの間にか制服が消えてて、代わりにこれが」

「そ、それはやばいな。はやく制服を探した方がいいんじゃないか?」

「だ、大丈夫ですっ。……犯人はわかってますから……」

 加奈が小さく「恵、後で覚えてなさい」と言っていたのが微かに聞こえてきた。恵ってあのセミロングか。お嬢様学校の生徒でもいがいとおちゃめ(?)なことをするんだな。

「作業、再開するか」

「そ、そうですねっ!」

 作業再開……したのはいいのだが、なかなかこれが進まない。何しろ加奈がパソコンを操作していても、俺の目はすぐ傍にいる少女に意識を取られすぎて自分が何をやっているのかすら分からない。

 しかも、お風呂あがりなせいなのか、いつにも増していい香りするし。その上、たまに加奈との体の接触が起きてしまうことも多々ある。パソコンを操作するだけにも関わらず、だ。本当にどうしてだろう。

 一つ言わせてもらうと……こんなんで集中できるわけがないだろぉおおおお――――――――!


 だが、そこは助っ人としてやってきたのだからとりあえず作業はちゃんと完遂するべく誘惑に耐えながら、俺たち二人はなんとか作業を終えた。データを保存し、パソコンを終了させると奇妙な沈黙が俺と彼女の間に漂う。

「そ、そろそろ就寝時間だな」

「そ、そーですね!」

「じ、じゃあ、お休み。また明日」

「は、はい。おやすみなさい」

 よし、なんとか乗り切った。さーて寝るとしよう。これ以上こんなところにいると心臓がもたない。

 そそくさと逃げるように扉に近づいた俺は、さっさと就寝用の教室に戻ろうと扉を開けようと――――、

「あれ?」

「? どうしました?」

 何度か扉をスライドさせようと動かしてみる、が……開かない。

「扉が開かないんだけど」

「え、そんなはずは……あれ。おかしいですね」

 加奈が動かそうとしても開かない。俺は困ったように周囲に視線を巡らせてみると、教室の後ろの方に白い物体があることに気付いた。二人してその物体に近づいてみると、それが布団だということが分かる。

 それを見た加奈が「まさか」と呟くと、さっとスマートフォンをとりだして無料通話アプリなるもので誰かと通話を始めた。

「恵! あなたですね!」

 またあのセミロングか。俺は半ば呆れながらことの様子を見守っていると、加奈が諦めたような表情をして。

「……どうやら私たち、今夜はここで寝なければならないようです」

 と、仰られやがった。


 ☆


 結局。空き教室ここで寝るしかないと判明した俺たちはさっさと布団を敷いて、就寝することにした。向こうのゴタゴタはきっと恵とかいう子がなんとかしているのだろう。堪だが、あの子ならぜんぶ丸く収めてくれるような気がする。

 早朝に迎えに来てくれるらしいので、俺たちは明日に備えて早めに寝ることにした。

 俺たちは互いに背中を向けて寝ていた。布団の距離はなぜか近い。加奈の方から近づけてきたのだ。しかも心なしかパジャマも少しはだけさせていたような気が……。

 電気を消した教室の中は薄暗くて、それでも外からの明かりで見えないこともない。

 無心。無心になるんだ。クリアマインドしてアクセルシンクロできぐらいに悟りを開くんだ。無我の境地ってやつだ。いや、全身が光る方じゃなくて。

 しかし、寝ようとしているのにまったく寝れない。さっきから心臓の鼓動がぎゃいぎゃいと騒ぎ立てて頬が熱い。ありえん。これではまるで女の子と二人っきりでお泊りじゃないか。

 と、そんなことを考えているとふわりと、華やかな香りが鼻腔をくすぐった。目を開けてみるとそこには加奈がいて。

「って、か、かかか、加奈!?」

「やっぱり、起きてたんですね」

「お、おう」

 眼を開けた瞬間、すぐ近くにこのやかましいぐらいに騒ぎ立てている心臓の鼓動の原因がそこにいた。しかもあろうことか、わざわざ寝ている俺の上に馬乗りになってくる。

 温かく、それでいてむちむちとして柔らかい太ももの感触が伝わってきて、俺の精神はさっきから警報をうちならしている。

「……な、何もしてくれないんですね。布団も近づけているのに。ぱ、パジャマを少しはだけさせたりもしてみたのに」

「な、何もってなにが!?」

 こっちは必死に理性を抑え込んでいるのだ。正直、加奈が何をいっているのかがよく分からない。

「恵が……その、応援? してくれたので、今日は頑張ってみたんですけど……だめでした」

「だ、だめってなにが!?」

「海斗くん」

「は、はいっ!?」

 加奈が馬乗りになったままゆっくりと顔を近づけてくる。今にもその桜色の、柔らかそうな唇がすぐ目の前にまで近づいてくるし、シャツの隙間から白い鎖骨やら胸元やらがちらちら顔を出してきて、本当によろしくない。大変危険すぎる。

「私って……そんなに魅力がないですか?」

 ここで半端な受け答えは許されない……ような気がした。

 なので。

 俺は本音を言葉に変えて、加奈にぶつけてみることにした。

「…………ありすぎて困る」

「えっ?」

 こんなことまでしておいて、きょとんとしたような顔をする加奈。くそっ、可愛いな。

 しかも、わざわざ言い直さないといけないのがなおさら恥ずかしい。

「だから……その、魅力がありすぎて困るって言ってんだよ」

 照れ隠しで動きたかったせいだろう。俺はおもむろに上半身を起こした。

「え、えっと、そ、それって……」

 加奈は自分から質問しておいて言葉の意味をよく理解していないのか、それともテンパっているのか、おずおずとしながら上目づかいできいてくる。

 ああ、もう駄目だ。

 今ので完全に箍が外れた。

「だから、お前は可愛くて可愛くて魅力がありすぎて困るって言ってんだよ。察しろ。自分から質問しといて」

「は、はひっ」

 ……言葉にするのは難しい。それにこれは、さっき気付いたばかりの感情だから。別に状況に動かされたわけじゃなくて、ただふと気づいてしまったこの感情を今すぐに言葉にするのは難しい。

 だから、俺は失礼を承知で行動に移すことにした。

「――――っ」

 ぐいっ、と加奈の片腕を引っ張って、そのまま俺は彼女の唇を唇で塞いだ。少しの間、周囲が静寂に包まれた。気がつけば、加奈はもう片方の手を俺の背中にまわしていて。それがなんの返事か。どんな返事かが分からないほど鈍くはない。

 気がつけば掴んでいたもう片方の手は互いの指をからませている。見た目通り、彼女の唇は温かくて、柔らかかった。心地良い感触が俺の頭の中を支配する。

 少し、でも体感だと長く感じられた唇同士の接触が終わって。

 俺はようやく言葉にして想いを伝える。

「……好きだ。加奈のことが好きだ。だから、俺と付き合ってほしい」

 キスの余韻が冷めていない。頬が火照っているのを感じながら、俺は彼女の返事を待つ。

「……私も好きです。初めて会った日から、海斗くんのことが好きでした」

 ――――こちらこそ、よろしくお願いします。

 加奈はそういって今までにないぐらいに可愛い笑顔を見せる。

 俺たちはこうして、恋人同士になった。



加奈ルートはたぶん次で終わりです。


こんなかいくん、本編ではたぶん見られませんね(笑)


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