四月① 篠原正人は見た
春。
俺は合格発表の日以来にこの学園の敷地内へと足を踏み入れた。構内に植えられた桜が舞い散り、新品の学生服に身を包んだ学生たちの姿と重なって、その光景は「これぞ四月!」というような雰囲気を醸し出していた。
俺、篠原正人は今日からこの流川学園へと入学する。この学園は偏差値はそれなりに高く、地元でもそこそこレベルの高い。そしてなおかつ、全国的に見てもそこそこ有名な学園だ。というのも、毎年この学園は地域と連携して大規模な文化祭を一週間かけて行う。一週間というのは月曜から金曜という意味だ。
ただ期間が長いだけではない。その盛り上がりっぷりも半端ではなく、去年なんかテレビの取材も訪れたという。ただ、その分というかなんというか。授業のレベルも高く、特に学園祭前になると学園祭の準備期間や学園祭の期間の分の補てんをすべく授業が更に忙しくなるという。
俺がこの学園を選んだのはただ家が近かったからで、そういった都合は何も考えていなかった。今は海外にいる親も満足だろう。それなりに勉強のできるところに入学したのだから。……嘘ですごめんなさい。本当は可愛い子が集まってくるってきいて超頑張りました。家もぶっちゃけ少し遠いです。ちょっとカッコつけてみました反省してます。しかし海外に親が出張中というのは本当だ。
入学式が行われる講堂へと歩を進めていくと、周囲の人の視線がどこかに集中しているのが見えた。俺も釣られてそちらの方へと向ける。
そこにいたのは、一人の少女だ。
長い金髪に碧眼。スタイルも抜群。風がふくとふわっ、と髪も柔らかに揺れる。……そういえば、見たことがあるな。写真で。確か、天美加奈、だったっけか。良いトコロのお嬢様で、俺の中学でも有名だったし、写真も出回ってたっけ。
本物を見るのは初めてだがなるほど。確かに綺麗だ。可愛い。
あんなお嬢様とお知り合いになることは未来永劫ないだろうけど。
だが、視線は天美加奈だけに集中しているのではなかった。今度は別の方向に目を向ける。そこにいたのは小柄な女の子だ。こちらも文句なしに可愛い美少女で、感情をあまり表には出さなさそうな子だった。ぱっと見は無表情で、両親や、下の妹らしき子たちと一緒に講堂へと歩を進めていた。
「南帆おねーちゃん、緊張してる?」
「……してない」
「もうっ。もう少し愛想よくしてないと、ちゃんとした友達ができないよ」
「……それは間違い。私にはちゃんと友達がいる」
「それって確かゲームのフレンドユーザーだったよね……」
……まあ、なんにしても、朝っぱらから二人も可愛い女子と目にすることが出来てラッキーということにしておこう。
☆
講堂の中に入ると、適当な位置に腰を下ろす。入学式は淡々と進行していった。だが、俺は壇上にいるはずなのだがなぜか姿の見えない学園長にではなく、俺のすぐ隣にいる人物に釘付けとなった。別にさっきの二人みたいな美少女というわけではない。
男だ。
……いや、別にそういう趣味があるんじゃなくて。
この学園は地元でもトップクラスの偏差値を誇る学園だ。そうなると必然的にこの学園に集まってくるのは勉強のできるやつらで、割と大人しい学生が多い。だが、俺の目の前にいる生徒は「大人しい」とはかけ離れていた。
茶髪の髪に制服を着崩した……ぶっちゃけて言えば不良。超怖いです。俺も割と運動は得意な方ではあるが、こいつだけには勝てる気がしない。しかも何か入学式の途中に音楽聴いてるし。顔がにやけているのは気のせいだろうか。
周囲の先生方もチラチラこいつを見てるし。つーか、よくもまあこんなDQNがこの学園の入試を通ったなおい。倍率だって高いのに。
どうやらこのDQNは自分の世界に没頭しているらしく、周りが見えていなさそうだ。狙われることはないとほっとしたところで、館内に「新入生代表。牧原恵、渚美紗」という声が響き渡った。
新入生代表のあいさつは入試でトップの成績をとった生徒が選ばれるはず。それが二人いるということは、どうやら完全に同着だったらしい。二人とも同じ点数、ということは多分、どちらも満点だったのだろう。どれだけ頭が良いんだよ。
壇上に上がった二人はどちらかというと大人しそうな二人だった。渚美紗という子は黒髪ロングでまあ、胸もそれなりに大きい。清楚で可憐な、見るからに引っ込み思案な子だ。ここからでも緊張しているのが分かる。
牧原恵という生徒は、黒い長髪をおさげにしていて、メガネをかけた一見すると地味な子なのだが、そこから滲み出る美少女オーラを俺の目は確かに捉えていた。あれはもう少しちゃんとオシャレすれば化けるな。……というより、俺としては「意図的に地味にしている」ようにも感じられる。
いや、あの牧原とかいう名字はどこかできいたことがあるな。……ああ、そうだ。テレビにも出ているあの有名な塾の講師か何かだったような気がする。そりゃ頭がいいはずだ。
退屈かと思われた入学式は美少女ウォッチングをすることで何とか凌ぎ切り、クラス分けが発表された。クラスは四組。席はテキトーに割り振られており、そのせいか俺の席はトンデモナイ位置になってしまった。
窓際の一番後ろのひとつ前。これだけならばかなり良い物件といえるだろう。だが残念なことに、俺の後ろにいたのはあのDQNであった。
「…………」
「…………」
死にそう。いや、死ぬだろう。
別に茶髪だけでDQNと判断しているのではない。俺だって髪を染めているし、他の新入生にだって髪を染めているやつは大勢いた。だが、こいつだけは……なんというか。厳ついし怖いしガタイだっていいし、いかにもDQNなのだ。
俺は今まで、小、中と割と良好で無難な友人関係を築いてきた。あらゆる美少女の情報を漏らさずチェックすべくリア充グループに溶け込み、なお且つ女子やあまり目立たない男子や女子に至るまで、そりゃもう幅広く。
だが、俺はこういったDQNだけには近づかなかった。だって怖いもん。
それに、リア充グループに溶け込んでおけば(リア充も割とDQNであることが多いが、そこまで怖くなくて乱暴でもない方の、である)暴力的なDQNグループとは関わらなくてもよかった。
だがどうした。いや、どうなる俺の高校生活。いきなり大ピンチですよ。古の魔法使いさんは「ピンチはチャンス」とかいっているけど、俺はセットもオープンもできなければハイパーになることも出来ない。詰んでね? 俺の高校生活詰んでね?
そうこうしている内にクラスに人が集まってくる。どうやらあの天美加奈もいるようだ超ラッキー。プラス、渚美紗と渚美羽まで……って、姉妹だったのか。つーかそっくりだな。もう一人の方はツリ目というかツンツンしてそうというか。
クラスの女子のレベルも割と高いし、ラッキーだな。……後ろにDQNがいなければ、だけど。
担任の先生も来たところで、まずは無難に自己紹介が始まった。
どうやら俺の後ろのDQNの名前は黒野海斗と言うらしい。
落ち込んでいても始まらない。覚悟は決まった。せめて高校生活を有意義に過ごせるだけの環境は整えておこう。
こういったDQNから身を守る方法はただ一つ。リア充グループに属すことだ。DQNがリア充グループに絡むところを俺はあまり見たことがない。
そして訪れた休み時間。
観察してみたところ、このクラスの国沼良助という生徒が最有力候補といえるだろう。まずはあいつらに話しかけて、上手い具合にあの集団に溶け込む。
何とかしてこのDQNから逃れなければ……。
俺は宣戦布告の意味を込めて後ろのDQNをチラリと盗み見る。DQNこと黒野海斗はスマートフォンをギラギラとした目で見つめていた。口の端がニヤリと歪むようにして笑っており、クックックッという笑い声を洩らしている。
すごく……怖いです。
すると、俺の視線に気がついたのか黒野海斗が画面から顔をあげて俺の方に視線を向け、
「あァ? 何見てんだよ」
と、仰ってくれました。
KOEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!
怖いよ。マジで怖いよ。パネェよ。
「い、いいいいいいや、別に何もっ」
俺はさっさとリア充グループに溶け込む為に行動を開始しようと慌てて席を立つ。その拍子に椅子が思いっきり黒野海斗の席にぶつかり、その衝撃で黒野海斗の手からスマートフォンが床に落ちた。
(や、やべっ!)
このままだと殺されると感じた俺は火事場の馬鹿力とでもいうべきか、驚異的な反応速度を見せてスマートフォンを拾う。その瞬間、黒野海斗の顔が凍りついたような気がしたが、この時の俺は気づきもしなかった。
拾った際に、画面が少し見えてしまう。
このDQNって、普段どういうことにスマホを使ってるんだろうな、と思いつつ、何となく画面が視界に飛び込んでくる。
そんな画面の中では。
小さくてロリロリした二次元の女の子。俗に言う「ようじょ」なる存在が水着姿できゃっきゃうふふしていた。
……………………………………はい?
この時の俺は、不自然なぐらいに滑らかに黒野海斗にスマホを手渡して、そのままポーカーフェイスを保ったまま、「ベツニナニモミテマセンヨー」という風に装い、席に着いた。国沼の元へと動くはずだった足は一歩も動かなくなり、なぜか心臓の鼓動がはやまっている。
どうやら俺は、入学初日からとんでもないものを見てしまったらしい。
☆
入学式は午前中の間に終わり、新入生たちはぞろぞろと家に向かっている中、俺は尾行を行っていた。相手はもちろん、黒野海斗である。
あのスマホに映っていた衝撃映像(ある意味)が頭から離れない。いや、別に俺がロリコンというわけではない。
黒野海斗がどこに向かうのか。その行き先を俺は知りたくなった。
情報屋(自称)としての好奇心がうずいてきたのだ。
俺はあの画面の映像からしててっきり、学校の近くにあるアニメグッズ専門店にでも向かうのかと思ったのだが、違った。黒野海斗は学校からどんどん離れて……どちらかと俺の家のある方向へと向かっていた。そこから更に歩く歩く。そして黒野海斗がやってきたのは、学校からかなり離れたアニメグッズ専門店だ。
(マジかよ……)
心臓の鼓動が更に早まる。
そして黒野海斗は、そこに、アニメグッズ専門店に……足を、踏み入れた……。
自然と、俺も後に続いて入る。入ってすぐに黒野海斗を見つけた。明らかに店内でも浮いている。だが黒野海斗はもう慣れたとでも言わんばかりにずんずんと奥へと突き進み、やがてピンク色な空間へと足を踏み入れる。そこにあるのは幼女アニメキャラのグッズの山。黒野海斗は宇宙最高のお宝を目にしていると言わんばかりにキラキラと目を輝かせている。
しばらく観察してみたが、きゃつはなんとロリコン御用達の幼女アニメのBDまでカゴにぶち込み……否、まるでお姫様を扱うかのような丁寧な手つきでカゴに入れ、そのまま購入。
そしてカードのポイントをきっちりと貯め、そのまま店を出た。
結論から言おう。
黒野海斗は、変態という名の紳士である。




