第30話 アンダーワールド
俺は死地からなんとか脱出すると、すっかり眠くなった我が身を布団の中へと押し込んだ。体感で少しすると部屋からもそもそという誰かが布団から這い出してきたような音が聞こえてくる。
うっすらと眼を開けてその音の主を見てみる。国沼だ。時間は……六時ぐらいだろうか。早起きなやつだ。てきぱきと着替えなどを済ますと、動きやすそうな服装になって部屋を出て行った。恐らく自主練に向かったのだろう。真面目なやつだ。
次に起きだしたのは正人と葉山。時間は七時ぐらいだろうか。だが俺はまだ眠い。意識は着々と沈んでいっている。何しろ三時ぐらいまでずっとあの死地にいたわけだからな。途中、何をどうやって寝ぼけたのか姉ちゃんがセンサーでも使ったかのようにしてごそごそと近づいてきた時にはもう駄目かと思ったが、いやほんと、人生ってどうにでもなるもんだな。
「おーい海斗、起きろー」
「海斗くん、朝だよ」
未だ眠っている俺を起こそうと奮闘する二人だが、俺は断固として起きるつもりはない。何しろ昨日(というより今日)は遅くまで起きていたからな。体が睡眠を求めているのだ。
「悪い……昨日は遅くまで起きてたからもう少し寝かせてくれ……」
言葉が届いたのか二人の俺を揺さぶる手が止まる。
「お前、昨日は遅くまで何してたんだよ」
「……ちょっと星を見てた」
俺が返答すると葉山は考え込む。そしてハッ! と重大な何かを見つけたかのような顔をすると、
「ま、まさか! 昨日は正人くんと仲睦まじく遅くまで夜空に浮かぶ星を見て、そして二人は……!」
「頼む海斗! 起きろ! 起きてくれぇええええええええええええええええええ!」
涙目、いや明らかに泣きながら正人が通常の一千倍の速度で揺さぶりをかけてきた。アクセルフォームかお前は。「俺は無実だ! 無実なんだよぉおおおおおおおおおお!」と、正人氏は供述している。
別にプロレスごっこなんてやんちゃ盛りな小学生がよくすることじゃないか。葉山は俺と正人を見てまだまだ子供だなぁと思っているだけだろうに。何をそんなに慌てているのやら。
正人の涙ながらの抗議があまりにも鬱陶しいので俺は仕方がなく起床した。朝日が眩しい。このままだと溶けてしまいそうなぐらいに眩しい。昨日、俺は自分でも知らないうちに石仮面でも被ったのだろうかというぐらいに眩しい。
俺たちは身支度を済ませると朝食をとる為に一階へと降りた。その際に朝練を終えた国沼とすれ違う。首からタオルを掛けていていかにもスポーツマンらしかった。そんな国沼は階段から降りてきた俺たちに気づくとニカッと笑顔を向けてくる。
おおぅ。これが爽やかイケメンスポーツマンが放つ波紋か。やめて! そんな笑顔を向けないで! 溶けちゃう!
そんな俺のダメージを知ってか知らずか何気にコミュ力が高い正人が国沼に対して片手を軽く上げる。
「よっ。朝練か?」
「ああ。休んでいると逆に落ち着かなくてさ。ちょっとそこらを走ってきた。……って、葉山は?」
「あれ?」
指摘されて気づく。ついさっきまでいた葉山の姿がない。先に降りて行ったのだろうか。
「ん。ああ、葉山ならさっき渚美紗さんと一緒にどっか行ってたぜ」
へぇ。それは珍しい組み合わせだ。それは国沼も思ったのか驚いたかのような顔をしていた。
「ちょっと覗いてみるか」
俺と国沼、二人の反応を見てから返したニヤリとした正人の笑み。先陣を切る正人に、俺たちはついていくことにした。俺は珍しい組み合わせに対する好奇心から。では、国沼も一緒についてきたのは何故だろうか。こいつも親友の珍しい組み合わせに興味があるのか?
☆
葉山と美紗の二人は、別荘の裏にいた。辺りにはせいぜい蝉の鳴き声ぐらいしか聞こえてこないので、こっそりと距離を詰めた俺たちは物陰から静かに二人の会話の様子を見守っていた。
ここからだとちょうど、その会話の内容が聞こえてくる。国沼を見てみるとその顔はどこか緊張を孕んだ真剣なもので、正人の方は好奇心の塊だった。というより好奇心しかなく、それは俺も同様だった。
「美紗さん、ちょっといいかな」
「う、うん。何かな」
おおー。すげぇ。美少年の葉山と美少女の美紗の二人が並ぶとそれだけで凄く絵になる。ん? もしかして二人って付きあってたりするのだろうか。そうだとしたら教えてくれればよかったのに。葉山も美紗も良いやつだし、微力ながら応援したのに。
「いつもことでね」
「それって……」
心なしか、美紗の表情に笑顔が生まれる。それを正人は「おおっ」と面白そうなことになってきたと言わんばかりの表情をし、国沼の方は……痛みを堪えているかのような、悲しい顔だった。
「うん。実は――――」
時間が濃密に圧縮されたような感覚に陥る。さっき、二人は付き合っていると思ったが違う。もしかして……もしかすると、葉山は今から美紗に告白しようとしているのではないだろうか。
もしそうだとしたらこれは凄い場面に立ち会うことになったぞ。
別に俺が告白しているわけでもないのにドキドキする。こういった場面にはなかなか立ち会えないので俺のテンションもグングンと急上昇中だ。朝から心臓に悪いな、おい。
「――――海斗くんと正人くんのことなんだけどね。どうやら昨日は二人で仲睦まじく夜、星を見ていたみたい何だ」
「えっ。そ、それって本当!?」
「正人くんは否定してたけどね。たぶん、照れているんだと思うよ。海斗くんは僕がそのことに気づいてもドッシリと布団で構えてたしね。きっと間違いないよ」
「そ、それじゃあ二人って……もうすぐ、かな?」
「うんっ。そうかもしれないよ。あ、そうそう。今書いてる海斗くん×正人くん本の更新の件なんだけど、今回の合宿のネタが使えないかな?」
「星空の下で寄り添う二人……イケるねっ!」
「嫌ぁあああああああああああああああああああああああああああ!」
正人が声にならない悲鳴をあげていた。
そういえばあの時、眠たかったからなぁ。返事をするのも面倒になってたな。にしても俺と正人の本ってなんだ。イラストでも書いてくれるのだろうか。照れるな。が、正人は何を焦っているのかいきなり決死の表情で胸倉をつかんできた。
「おいコラ海斗ぉおおおおおおおおおお! ちょっ、おまっ、お、おおおおおお前は何とも思わないのかよこらあああああああああああああああ! 俺たちが汚されるんだぞ!? 腐った欲望にまみれた本にされるんだぞ!? なぁ、おい!?」
「あ? 腐った? お前、あの二人に向かってなんてことを言うんだ」
確かに美紗は腐ってるが、まさか葉山までそんなことになっているわけがない。だって男だもん。
「駄目だこいつ! よりにもよってこの方面にまで鈍感になってやがる! さっさと気付けこのバカ!」
「気付く? じゃあさっさとそれを言ってくれよめんどくさい」
「…………………………駄目だ言えねえ! つーか言いづらい! これを口で説明するのは物凄い苦痛を伴うんだよ!」
だったら別にギャーギャー騒がなくてもいいというのに。短気なやつだな。
俺はため息をつくとそろそろこの場から離れようと二人を一瞥する。正人は「まずい……まさか水面下でこんな恐ろしいことが進められていようとは……」とブツブツと意味のわからないことを呟いている。駄目だなこいつは。国沼はというよ、どこか安堵したような、ほっとしたような表情をしている。
そんな国沼の表情を見て俺も一安心である。よかった。こいつも正人のように意味のわからないことをブツブツと呟かないで。
そのまま放心した正人をずるずると引っ張りながら、俺たちはその場をあとにした。
☆
昼食を終えると、今度は予定していた海に行くことになった。とりわけ、今は夏休み中なので早めに場所を確保しておかなければすぐに混んでしまう。夏の浜辺は戦場なのだ。
女子陣は準備に時間がかかるうんたらかんたらで俺たち男子陣はひと足早く、荷物を持って浜辺に直行。夏の太陽は朝にも関わらず容赦なく俺たちをじりじりと焼きつけている。しかも地面がアスファルトなのでそこから立ち上る熱気でサンドイッチ状態だ。
更に加えるなら男子四人というむさ苦しいことこの上ない。違った意味でも暑い。
「うへー。すげぇ熱いんだけど……」
「まだ朝の八時なのにな」
前を歩く正人と国沼の会話を耳にしながらも、俺は脳内でアニメの幼女キャラの水着姿を思い返しながらなんとか暑さを凌ごうとしていた。ふと隣に視線を移すと、葉山がまるで天国にいるかのような顔で涼しげに歩いていた。
「うーん。正人くん×良助くんもアリかな。海斗くんが良助に嫉妬する展開……あると思います!」
「おおっとぉ? なんだかいきなり涼しくなってきたぞ?」
なぜだろう。葉山の言葉は脳内に響く幼女たちのキャッキャウフフの美声でよく聞こえなかったが体が葉山の言葉を聞くことを拒否しているようだ。
しばらくすると、海が見えてきた。遠目からもチラホラと海に来ている人達が見えるが、そこまで多いわけではない。だが、夏の海は油断しているとすぐに人が集まってくる。今のうちとばかりに急いで浜辺に到着した俺たちはさっそく準備にかかった。
妹の着替えを盗撮しかねないが為に倉庫に鎖で縛って監禁される前に徹さんから受け取ったビーチパラソルを砂浜にセット、オープン。L・I・O・N!(以下省略)と叫びたいところだがそこは自重。いくつか立てたパラソルの下にシートを広げて、その上に座る。そのまま懐から携帯ゲーム機を出してギャルゲー、オン。未来のアルティメイタムな世界で捨てられてしまったドライバーではない。
「おお、現実の海に来て、ギャルゲーの水着イベントをこなす。これでまた俺は二次元の世界にまた一歩近づいたような気がするぜ……」
画面の中では水着姿のさつきちゃん(※小学五年生)が笑顔で海でスイー、スイースイースイーと泳いだり、ザバザバ、バシャーン! ザブンザブーンしていた。幼女とのいちゃいちゃシーンを見ながら、リアルの海に目を移す。
「あははっ、待て待て~」
「うわ、冷てぇな」
「ははっ! けっこう楽しいな。来てよかったぜ」
男三人が海ではしゃいでいた。
俺はそっと目をそらして再び二次元の世界へとエンゲージさせた。男三人なんて誰得だからね。仕方がないね。だが京アニ様、新作の競泳物は期待してるぜ。あんこちゃんのような幼女キャラは勿論出ますよね?
しばらく二次元の世界とエンゲージしていたのでどれぐらい時間が経ったのか分からないが、周囲の人の数が増えてきたような気がする。現実世界に戻り、周囲に目を配らせる。
BBAばかりだった。やっぱり二次元は最高だな。もう一度、二次元の世界へとエンゲージしようとすると、パラソルの前に人影が見えた。顔を上げる。やっぱりBBAだった。さて、幼女幼女っと……。
「って、人の顔を見て残念そうにしないでください。傷つくじゃないですか」
擬音にするならぷんすかと小さく怒っているようにしているのは、やけに息を弾ませている加奈だった。まるで走ってきたかのようにも見える。どうやら女子陣も到着したらしい。水色のワンピースタイプの水着を身にまとい、麦わら帽子をかぶった加奈はその金髪を揺らしながら、その美貌を惜しげもなくさらし、周囲の人々の視線を釘付けにしている。あー、なんかこういう現象、学校でも見たな。
「他のB……やつらは?」
「さりげなくBBAと言おうとしたことは大目にみるとしますが、今は近くの更衣場所で着替えている途中です。すぐに来ますよ」
「ああ、そうか」
聞くべきことはきいた。さてと、これで心おきなく二次元の世界に……、
「って、ちょっと待ってください!」
「あ? なんだよ。俺は今、忙しいんだよ。今すぐギャルゲーとエンゲージしなきゃならないんだよ」
「じゃなくて、何か……その、言うべきこととか、あるじゃないですか」
暑さのせいか、ほんのりと頬を赤く染め、気恥ずかしそうに目線を逸らしながら言う加奈に俺は、間髪いれずに答える。流石の俺も、ここで加奈にどう答えればいいのかは知っている。
「ねぇよ」
強いて言うならさつきちゃんの水着の感想ぐらいだな。まさかスク水で来るとは思わなかったぜ。太陽の光を浴びて煌めく白い肌。魅惑的な鎖骨。未成熟でつるぺったんなまな板の胸やお尻。輝く瞳。純真無垢なその表情。揺れる金髪ツインテール。
そんな未成熟で素晴らしい存在を、スク水という聖なる衣が完成させる。
くっ。もってくれよ俺の体……こんなところで鼻血を出して大量出血している場合ではない! 短期決戦だ! だが一番の難敵はイベントシーン。ここでさつきちゃんにどんなトラブルが起きるかで俺の生死は変わる……うっかりぽろりなんて起きようものなら確実に俺の命は無いだろう。だが、フィールドが海というだけで、仮定されるどのイベントにおいても、俺の死亡確率は軽く80%を超える。フッ。これが詰み、というものか。なぁに、幼女の水着イベントを見れるならこの命、惜しくはないさ。
「いやいやいや。そろそろ現実世界に戻ってきてくださいよ!?」
「ああっ! 俺のギャルゲーが!」
な、なんてことだこのBBA! あろうことか俺のさつきちゃ……じゃなくてギャルゲーを取り上げやがった! くそっ、なんだ今の挙動は……まったく見えなかったぜ。だが、後でまたプレイするだけのこと……。
「ていっ(プチッ)」
「セーブデータがぁあああああああああああああああああああああああ!」
こ、このBBA! あろうことか電源を落としやがった! セーブしてなかったのに! 俺の! 俺の幼女との思い出がああああああああ!
いや待てよ……そうだ。セーブしていたところからまたやり直せばいいじゃないか。もう一度、さつきちゃんとの水着イベントを楽しめると考えればまだ何とか頑張れ……
「えーっと、これがセーブデータの入ったフォルダですか。とりあえず削除っと」
「貴様の血は何色だぁあああああああああああああああああああああああ!」
もう少しで全ルート攻略完了だったのに! これ何気にボリューム多いから結構時間かかったんだぞ!
しかもさつきちゃんルートは隠しルートだから他のルートを全部攻略しなきゃいけないのに!
それを……それをこいつは!
「か、加奈ァ……貴様だってゲームをプレイする身……データを消されることの苦痛がどれだけの物か、想像できないわけではあるまい……」
「ええ。しかもこのゲーム、かなりの大ボリュームらしいですし、なおのこと響くかなと思いまして」
「よろしい。ならば戦争だ」
知ってやがった。このゲームのボリュームを知ってやがった。その上でデータを消しやがった。まさに外道。
だがこの外道は大して悪びれた様子もなく、にっこりと微笑みながら告げる。
「さぁ、せっかく海に来たのですからゲームなんかしてないで皆で遊びましょう」
なるほど。皆で海に来たのだからゲームをしないで遊びましょう、と。そういうことか。そういう理論か。つい、あんたが正しいっていうのなら、俺に勝ってみせろ! と言い返したくなるがそこは我慢である。もう諦めるしかない。こんなこともあろうかと家のPCにバックアップはとってある。そこから始めよう。
「……で? 言うべきことって、なに」
「あぅ……えっとですね……そ、その、ほら、」
「そんなんじゃわかんねーよ」
俺はエスパーでもなんでもないんだから、言いたいことは言葉にしてもらわなくては困る。
「……ずぎ……」
「あ?」
俯きながら小さく言葉を発する加奈。その顔はさっきよりも赤くなっている気がする。
「だ、だから! ……わ、私の水着姿、どうですか……?」
そう言うと、加奈は帽子をとった。太陽に照らされて輝く金色の髪。その中に桃色の、一輪の花が咲いていた。花飾り、というやつだろうか? よく知らないが。
桜色の頬はまるでドキドキと緊張しているかのようで、こっちとしては何にそこまで緊張しているのか分からなかった。
「良いんじゃねーの? BBAであることを除けばお前らは綺麗だし可愛いし、その水着も普通に似合ってると思うけど」
だが悲しきかな。年齢という致命的な欠陥があるが為に残念だ。
とはいえこれは加奈に限った話ではなく、今回の合宿(という名の旅行)に参加している女子メンバー全員にも言えることだが。
当の加奈本人はというと、俺の感想に意外そうな、キョトンとした表情をしていた。
「そ、そーですか?」
「そーなんじゃないでしょうか」
「そ、そうですかっ。そうですかそうですか。ふふっ……」
適当に返事をする、が。そんな俺の適当な返しに加奈は今度は気にも留めないようだ。今にも小躍りしてしまいそうなぐらいにニコニコと笑顔になっている。
「か、海斗くん、もう一回、もう一回だけ同じことを言ってください」
「やだよめんどくさい」
なぜまた一々同じことを言わなければならないのか。ん? いや待てよ。
「ギャルゲー返してくr『どうぞ!』良いんじゃねーの? BBAであることを除けばお前らは綺麗だし可愛いし、その水着も普通に似合ってると思うけど」
さながら電子機器のように同じことを言い終えると、さっそくスイッチオン。息を取り返した携帯ゲーム機からエンゲージして再び俺は二次元の世界へ繰り出そうと……
「もう一回! もう一回お願いしますっ!」
「って、なんで同じことばっか言わせるんだよ!」
俺は集中して二次元の世界に入り込みたいというのに!
「良いじゃないですか! だって海斗くんが私に可愛いなんて滅多に言ってくれないんですよ!」
「アホか! なんで今更そんな解りきっていることをいちいち言葉にしなきゃならないんだよ!」
「えっ……そ、それって……どういう……」
「は? 言葉そのままの意味だけど」
こいつらが可愛いというのは百も承知だ。そんなこと、何故いちいち言葉にしなきゃならないのか本当に理解に苦しむ。そもそも、言葉にしなきゃならないのなら俺はこいつらを可愛い可愛いと永遠に言っていかなければならない。
だが本当に惜しむらくはこいつらの年齢が既に十二歳を超えているということ。例え十二歳を超えていようとも見た目が幼女ならばそれでも余裕で愛せた。が、残念ながら可愛くても幼女ではないので対象外である。
加奈はとりあえず落ち着いたのかぺたんと隣に座り込んだ。さっきまで騒いでいたせいかその顔は赤く、ただひたすら下を向いている。ただ座っているだけ。だがその姿すら美しく、まるで海のお姫様が隣にいるような錯覚に覚える。すいませーん。チェンジお願いします。僕は幼女のお姫様を御所望でーす。
兎にも角にも、ここで遠慮なくさつきちゃんとの思い出作りに集中できるのだが、ふと気になった俺は隣のお姫様に問いかけてみることにした。
「そーいえば、お前だけやけに到着が早かったな」
「え!? そ、それは……」
「やけに息切れしてたし」
「はうっ!」
「走ってきたみたいにも見えた」
「きゃうっ!」
さっきからこの反応はなんだ。まるで図星かなにかを突かれているようだぞ。
「……なんで走ってきたの?」
「べ、別に走ってなんか……」
ならなぜ恥ずかしそうに顔を逸らす。
つーかこいつ馬鹿だ。これでは暴露しているようなものじゃないか。
だがなぜ走ってくる必要がある? 導き出される結論は……ねーよ。わかるか。
まあ、加奈が黙秘を続けてくれるのならばそれはそれでありがたい。平穏無事にさつきちゃんとの思い出作りに集中できる――
「……えっと……」
――はずだったのに、よりにもよってこのタイミングで加奈が口を開いてきた。おい待てお前ふざけんな。
「……その……か、かいとくんにはやくみずぎをみせたくて……」
「なんで?」
思わず聞き返してしまった。いや、だって、なぁ? 水着なんか見せてなんの得が加奈にあるのかまったくもって理解できない。こちとら幼女の水着が見たくてさつきちゃんに目を向けながらも周囲の家族連れに目を配らせているというのに。ちっ。さっきからBBAばっかりだ。
「な、なんでって言われても……! そ、それを聞きますか、普通!?」
「だって意味がわかんねーし」
「あぅ……そ、そんなことだろうとは思いましたけど……えと……その……」
膝を抱えて俯いている隣の加奈はがばっ! と一気に立ち上がると、真っ赤にした顔を見せまいとするかのようにし、青い海に向かって走り去って行った。
「わ、私、ちょっと泳いできます!」
全力疾走とはまさにこのことだろう。抜群の運動神経を披露しつつ、金色の髪を揺らしながらお姫様は海へと潜り込んだ。
「で、結局なんだったんだよ……」
今気づいた。
この作品で一番デレにくく、攻略が難しいのは主人公だと。
……僕も二次元の世界の住人になりたいです。




