第29話 ボス戦におけるダディの強さは異常
カチコチと、時計の針が時を刻み続ける音が静かなリビングの中に響き渡っていた。残された俺と美紗の間には沈黙が流れている。
あの後、俺は美紗と共にまず恵を部屋に戻し、そこから何となくリビングにまで戻ってきた。さっきまで外にいたせいか更に眠れなくなってしまったのだ。
そして、現状――互いに黙りこくっている状態が続いているのである。
美紗は元々恥ずかしがり屋というか、引っ込み思案なところがあるので沈黙はいつものことで。だけど何故か……何故か、室内の空気は気まずい。
俺はソファに腰を降ろしつつ、とりあえずゆっくりと美紗のほうに視線を向ける。
「…………」
正面のソファに座っている美紗は相変わらず目線を斜め下の方にむけているだけだった。
え、何この沈黙。凄く気まずいんですけど。
とりあえず何か喋らなくてはと思った俺は、まずは弁解から始めることにした。元より俺はBBAには微塵も興味はないし、恵と恵でこんな俺なんかと勘違いされれば迷惑だろう。
「えーっとだな、俺はなんか眠れなくて、とりあえず外に出てみたんだ。で、そこにはもう恵がいて、少し話をしていたら急にこいつが寝落ちしたから、仕方がなくここまで運んできた。わかったか?」
「あ、う、うんっ。そ、そうだったんだ」
「そうだったんだよ」
おそるおそるといった様子で顔を上げた美紗と視線が合った。が、美紗は俺と視線が合うや否やぼんっと顔を赤くしてまるで照れたようにまた目線を斜め下に向けてしまう。
……ううむ。こうも露骨に無視されるとそれはそれで辛い。特に、中学の時やつらとは違って一緒にこの合宿に来たりした友達だと思っているだけに余計辛い。
再び沈黙が場を支配した。なんか今日、やたらとこういう場面が多いな。
「えっと……俺、何かした?」
「……? な、なにか、って?」
俺の突然の言葉にきょとんとした美紗は逆に俺に質問してきた。
「いや、なんかさっきから避けられてるなって思って……」
実際に言葉にしてみるとなおさらショックだ。ううっ。美紗はちょっと腐ってるけど良い子だと思ってたんだけどなぁ。
俺がしょんぼりと落ち込んでいると、はっとした美紗がぶんぶんぶん! と頭を左右に激しく振りながら、
「そ、そんなことないよっ!」
と、俺にとっては意外な返答をしてきた。
「え……マジで?」
今度は逆に俺があっけにとられる番で、思わずそんなことを口にしてしまう。美紗は懸命に勇気を振り絞っているかのように頬を桜色に染め、チラチラとこちらに視線を送りながら言葉を紡いでくれた。
「……えっと……その……わ、私、恥ずかしがり屋、だから……ご、ごめんなさい」
「……いや。こっちこそごめん」
頭を、下げる。
そうだ。俺は何一人でしょぼくれてたんだ。こいつは、美紗は恥ずかしがり屋だって分かっていたことだ。それに美紗は今、いや、さっきから頑張って話そうとしてくれていたじゃないか。そんなことも思い出せず一人勝手に勘違いをしていたなんて恥ずかしい。
「悪かった。なんか俺、勝手に勘違いしてて」
「い、いいよ別にそんなこと! え、えっと……か、かお、上げて……?」
とりあえず許しを得た俺は顔を上げ、改めて美紗を見る。目線が合う。だが、今度は逸らされなかった。確かに美紗は恥ずかしがり屋で、さっきまで目線を逸らされていたのも恥ずかしいからだということも分かる。
だからこそだろうか。思わず、笑みが浮かんでしまう。
「ど、どうしたの……?」
「いや。ようやく、ちゃんと顔を見れたなーって思ってさ」
「あっ……」
今、俺と美紗の目線は合っている。それはつまり互いの顔を見つめあっているということで、今までは出来なかったことをできたことが、俺はただ純粋にうれしかった。
美紗はかぁぁぁっと顔をどんどん真っ赤にしていく。見ていて面白い。
「そういえばさ、美紗はどうしてこんな時間に起きてたんだ?」
「はひっ。えっと、それは……ね、眠れなくて、ほ、ほし……を、見ようかな、って、思って、それで、」
「そっか。じゃあ、今から行くか」
「えっ?」
「ああ、えっと。なんか俺のせいで邪魔しちゃったみたいだし、今からでも付き合うよ」
「え、ええええええええええええええ!?」
そんなに驚くことなのか。ただ星を眺めるだけじゃないか。にしても、さっき見たときも思ったけど星って綺麗だな。知らなかった。明日も見てみよう。
「しょ、しょんなこと、わじゃわじゃしなきゅても!」
「落ち着け。まずは日本語を話すんだ」
美羽もそうだがこの姉妹、時々噛み噛みになる時があるんだよな。しかも決まって顔が赤い。こういう体質なのだろうか。だが俺のせいであんな綺麗な星を見れなくなっては申し訳ない。なので、俺は立ち上がって近づいていくと半ば無理やり美紗の手をとる。美羽の時も思ったが、女子の手というのは柔らかい。ぽかぽかとした温かさが手の平から伝わってくる。
……いや。ちょっと温か過ぎないか?
ふとそんな疑問を感じた瞬間にぼんっ! と変な音を立てて顔を真っ赤にした美紗が気を失ったように眠りについてしまった。何故だろう。この美紗を見ていると機械がオーバーヒートしたように感じてしまう。大抵のロボット物だとオーバーヒートしてからが本番だというのに。
「まったく。恵にしろ美紗にしろ、どうしてお前らは変なところですぐに寝ちゃうんだか」
人間、一度出来てしまえば次からは多少、楽に感じるもので、恵と同じように美紗を抱きかかえながら二階へと目指す。当然のことながら、例の階段の上を通る時には細心の注意をはらった。
それにしてもどうして一部の階段だけがこうも滑りやすいのか。明日にはまた犠牲者が出ないことを祈るのみである。朝だと意識がハッキリとしない場合もあるから寝ぼけたままうっかりと階段に足を滑らせて、なんてこともあるかもしれない。
最初はやや緊張(バレた時の俺の生命の安否的な意味で)しながら開いた女子部屋の扉を容易く開ける。俺がわざわざ布団まで運んだ恵はすやすやとお休みモードだ。
室内は暗く、だが廊下と窓の外から漏れてくる明かりが部屋の中をある程度見えるぐらいには照らしていた。
因みにこの女子部屋(またの名をBBA部屋)は俺たちの部屋と同じようにさも修学旅行のようなノリで人数分の敷布団が敷かれている。その中にある一つのぽっかりと穴があいたように主なき空間、というより布団は恐らく美紗のところだろう。
最初はミッションインポッシブルのように思えた、周囲のBBAを起こさないようにBBAを元の布団へと戻すという作業も今となっては同じジャックフォーム対決でダディを倒しちゃうぐらい簡単だ。これはただのジャックフォームじゃない。
それにしてもジャックフォームカッコいいよな。キングフォームの陰に隠れがちだけどあの収納時のアクション中、せなかでペラペラ動くオリハルコンウィング。俺は結構好きだぜ。
「……うにゅ」
「!」
この時の俺は、ダディは重要な戦いでは無類の強さを発揮するということを忘れていた。いや、そんなことは今関係なくて、正直言うと焦った。
美紗の右隣の布団には美羽が。そして左隣には南帆が眠っていらっしゃるのですが、その南帆が今まささに目を覚ましそうなのだ。なんか「……うにゅ」とか言ってたし。
いや待て。もしもこの状況が見つかった場合俺はどうなる?
まずい。今ちょっと見つかった場合の状況を五百四十三パターンシュミレーションしてみたけどどれも俺に明日の朝日を拝める結果には至っていない。これ世界線間違えたんじゃね?
目下、俺の最優先目的は美紗を元の布団に下すことだ。抱えたままでは満足に動くことが出来ない。
そーっと。そーっとだぞ、と自分に言い聞かせ、手に伝わってくる柔肌の感触をかんじつつ、ゆっくりと敷布団の上に美紗をおろす。おろした時に「んっ……」という正人が聞けば妙に艶めかしい声も、俺からすればただのBGMにしか聞こえない。そのおかげで平常心のまま、ミッションを終えることが出来た。
と、思ったのは大間違いだった。
「!?」
ガシッ、と左足が何者かに掴まれたような感触。その手は小さい。俺はギギギ、とネジが切れたロボットのような動きで首の方向を変えると、その手の主、南帆を視界にとらえた。
はははっ。南帆のやつめ。寝ぼけて手近にあったものを掴んでしまうなんて可愛いところも「……何をしているの?」あったらいいのになぁ!
まさかの起きていたパターンですよこいつぁ。つーかアレだろ? こういうのは普通、寝ぼけちゃってラッキースケベ的なイベントが発生ちゃうのが普通だろ? 常識だろ? なのにどうしてこいつは堂々とそれを破っちゃうの。もう俺ぜったいに神様信じない。たとえ、追ってから逃げつつ、不思議な少女に案内されて乗り込んだ人型起動兵器の中、たまたま手元にあったコントローラー(※盗品)があって、一か八かでコクピットに差し込み、起動に成功しても俺はもう神様を信じない。
「……質問に答えて」
ですよねー。
ダラダラと独り言でこの場をごまかそうとしてもそりゃあ無理ですよねぇ。
「な、南帆、これはだな……」
やっべ。今日の俺ってばどれだけ女子に対して言い訳を重ねてるんだよ。いや、説明か?
くそ。俺はただ星を見たかっただけなのにどうしてこんなことになっているんだ。そうだよ。俺はただ星とか星座とか見たかっただけなんだよ。何もやましいことなんてない。
「……正座」
「星座だけに?」
「さっさと座れ」
KOEEEEEEEEEEEEEE!
「はい……」
思わず、チョーイイね! ブリザード! サイコー! と叫んでしまいそうになるぐらいに冷たい目で俺を見る南帆。抗う術もない俺は、ただただ女子部屋の中、正座するしかなかった。俺としてはさっさと出て行きたいのだがどうにかならないのだろうか。
改めて、南帆の方を見る。
その姿はまるで、夜に浮かぶ幻想。妖精のようにも見えた。
南帆は水色を基調としたワンピースタイプの寝巻を着ていた。肩からは白い肌が顔を覗かせており、俺の見立てではここ最近若干、絶望的なほどに若干だが、膨らみ始めている胸も目を凝らすと辛うじて、ワンピースの上から確認できる。
最悪だ。思わず反吐が出そうになる。女子の身長と胸が成長しているのを実感するほど最低最悪なことはこの世には存在しないと思う。
「……それで、どうしてへんた……海斗がここにいるの?」
「さりげなく俺のことを変態さん呼ばわりしようとしたのはこの際水に流してやるが、俺はただ、一階で寝落ちした美紗を運びに来ただけだ」
というわけで、俺は掻い摘んで説明した。俺が眠れなくて外に出てみようと思ったこと、美紗が一階で突如として寝落ちしてしまったこと。この際、恵のことは説明しないでおこう。ややこしくなる。
「……大体事情はわかった」
「そうか。それは何よりだ。それじゃあ俺はこの辺で……」
「正座」
「YES! 南帆の言うとおり!」
やべぇ。殺気がパネェよもう。思わずザラムになっちゃったよ俺は。
「そ、それで。俺は何をすれば許してもらえるのでしょうか」
この際、甘んじて罰を受けよう。そうすればさっさと解放してもらえる。
そんなことをぼーっと考えていると南帆は少し考えるかのように思考することすぐ。
「……て」
ポツリ、と。何かを呟いた。
「?」
俺がその言葉を聞き取れないと知ると、南帆はややうつむきながら、そして視線をぷいっと逸らしながら、再び、その言葉を呟く。
「……眠れなくなった、から……一緒に、寝て」
気が付けばその頬は桜色に染まっており、視線はそれたまま。だがそれでいて懇願するような雰囲気も感じる。あれ。おかしいな。てっきり俺は骨の二、三本ぐらい持って行かれると思っていたのに。まあ、最近は暴力系ヒロインも減ってきた(体感)からな。こいつも成長したということか。胸の成長に関しては反吐が出るけどな!
「わかった。じゃあ、南帆が眠るまでな」
「……その反応は不愉快だけど、まあいい」
「?」
何が不愉快なのか。普通の男なら確実に慌てふためくこのシチュエーションで俺は一切の動揺を見せずに冷静に、それどころか平常心でいられているというのに。これは紳士としては百点満点を上げてもいいぐらいの対応だと自負しているのだが。
「……じゃあ……ここ」
と言って南帆がごそごそもそもそと動いたかと思うと、布団の中に何かのスペースを作った。そう、丁度、人が一人入れるぐらいの、ぎゅうぎゅうのスペース。
「……ここで、一緒に寝て」
「What's?」
おおっとこれは? 何がなんだか分からなくなってきたぞー?
俺がぽかーんとしていると南帆が自分の発言が恥ずかしくなってきたのか枕に顔を埋めて足をぱたぱたとまるでバタ足のように、上下に動かし始めた。うんうんわかるわかる。あれだよね。夜ってついつい変なテンションになっちゃう時があるよね。でもこれは流石に度が過ぎてるよね。
足をぱたぱたして落ち着いたのか南帆が枕を抱きかかえて顔を半分だけ出しながら、上目遣いのまま、言う。
「……はやく、きて。ちょっとだけ……私も恥ずかしい」
そう言われてはやむを得ず俺も行くしかない。ゆっくりと、布団の中に潜り込む。自然と、南帆に背中を向ける体勢になってしまった。布団の中はほんのりと暖かい。さっきまで、というか現在進行形で南帆が中にいるからだ。
どうしてこんなことを急に言い出したのか分からない。それを考えるとつい南帆の方に視線が向かう。そうなると必然的に体勢が後ろに向くわけで。
だがそんな俺の動きを南帆が止める。背中に南帆の小顔が埋められたのがわかる。
「……あんまりこっちみないで。……はずかしい」
だったら初めからこんなことを言い出さなければよかったのではないでしょうか。
と言っても仕方がないので黙っておこう。
「え、ていうか、なんでこんなことになってんの?」
「……こんなことでもしないと気がつかないくせに」
ぼそっ、と吐き出された南帆の言葉。だが俺はその言葉の意味を理解できないでいた。
気づく? 俺が? 何に?
「……もういい。ばかかいと」
背中に小さな手が当たる感触。それは随分とか弱い、女の子の手だった。更に言えば背中に当たっているのは手だけじゃなくて南帆の体全体である。南帆という少女の存在のそのものを体で感じ取っている状態にある。
ここで悲しいお知らせです。
【悲報】南帆の胸が僅かに成長。
最悪だ。まさか成長しちまうとは思わなかったぜ。お前にはいつまでもまな板のままでいて欲しかったのに。いやしかし、まな板がそんな急に成長するわけもなく、これはこれでまだまだレギュラーを張れるぐらいの小ささだ。
……やばい。ドキドキしてきた。美羽にしろ、恵にしろ、美紗にしろ、やつらの成長(一人だけ慎ましい者がいるが)してしまった駄肉には微塵も興味もないし何も感じなかった(しいて言えば残念感)が、これはやばい。
南帆のこれ(まな板に近いもの)は駄肉なんかじゃない。ちゃんとした胸だ。女の子の、胸、だ。
それを意識した途端、心臓がドキドキと激しく波うち始めた。
因みに。
俺の現在の体勢的に目の前にはさきほど俺が運んできた美紗がいる。距離的にかなり近い。どうやら寝ている間に僅かに移動したらしい。しかも、俺の位置が体勢的に南帆の敷布団の隅になっているのもあるだろう。となると必然的に隣の美紗の布団に近づくことになる。
目の前の美紗はすーすーと静かに寝息を立てていた。ぷるんと柔らかそうな唇がどうしても視界に入ってしまう。半袖のパジャマからは角度的に双丘がこんにちはと顔を覗かせており、そのパジャマそのものもやや着崩れ始めている。これは非常に危険な状態だった。俺でなければ危なかった。そして美紗の唇から、言葉が漏れる。
「かいとくん……」
俺?
「おべんとーつくったから、たべてほしいな……」
美紗の作るお弁当か。食べてみたいな。美味しそうだ。
というより、今や状況が状況なのでこの考えはもはや現実逃避に近いが。
「えへへ。ありがとー……」
「むごっ!?」
突如ハプニングが発生。こっちは本当に寝ぼけているらしく、美紗が笑顔の寝顔のまま俺を思いっきり両腕でホールドしてきた。しかもあろうことかあの駄肉の谷間で押さえつける徹底っぷりである。
苦しい。死ぬ。これはあれか。俺を圧殺する夢でも見ているのだろうか。畜生、だから駄肉は嫌なんだ。少しは美紗も幼女のつるぺたまな板ぼでぃを見習ってほしいものだ。いやつーかこれマジでシャレになってない圧殺される死ぬ。だれかたすけて。
「……ばかかいと、ニヤニヤしてる」
生命の危機に瀕した俺を助けてくれたのは、南帆だった。美紗から俺を無理やり引きはがすと、無理やし体勢を変えることを要求されたので、振り返る。南帆は顔を見られたくないのか今度は俺の胸に顔を埋めてきた。
「……どうせ私はまな板」
「何を僻む必要がある! 最高のボディバランスだろうッ!」
いかん。思わず力説してしまった。
「……ちょっとフクザツだけど……ありがと」
「お、おお」
そこで俺はふと気が付いた。
「で、俺は結局、いつまでこうしていればいいんだ?」
「…………」
「南帆?」
「…………んっ」
「南帆さんやーい」
「…………」
こ、こいつ……! 寝落ちしやがった!
いやまてよ。ということは俺はこれで晴れてこの部屋から抜け出せるというわけじゃないですか。
やったー。ばんざーい。さぁて、さっさとこんな地獄からはおさらば……したいのだが。
「……!?」
まずい。背後からはガッチリと美紗に拘束されているし、正面は正面で南帆の小さな手が俺を離さない。つまり、逃げられない。
「嘘……だろ……」
思わずそう呟くも、俺の言葉は虚しく薄暗い部屋の中に溶けていくのみだった。
結局、俺が抜けられたのは朝になってからで、一睡たりともできなかった。




