第24話 来ちゃった(はぁと)
夏休み初日から姉ちゃんが襲来したことによって、俺のプライバシーというものはもはや存在しないものとなった。部屋への侵入を止められるはずもなく。
「おおう、かいちゃん。まさかもうこの境地に辿り着いているとはお姉ちゃんも思わなかったよ」
興味深そうに俺の部屋を物色する姉ちゃん。俺の秘蔵のフィギュアを取り出そうとする姉をなだめつつ、俺はとりあえずリビングに誘導。急いでお茶とお菓子を出して餌付けする。
姉ちゃんが冷蔵庫から引っ張り出してきたコンビニに売っているシュークリームをもきゅもきゅと食べているのを見て、俺もようやく一息つく。こうして見ているとまるでハムスターである。
このハイテンションな姉と暮らしている時に身につけたのがこの餌付けである。この姉にはとりあえず何か食べ物でも放ってやればもそもそもきゅもきゅと何でも嬉しそうに食べる。その間だけは大人しいので、俺も安心できる。
「それで? 一体、姉ちゃんは何しに来たんだよ」
栗色の長髪に抜群のスタイル。タンクトップにショートパンツというラフな服装に着替えているので素肌の露出度が高い。
「ん。えっとね、ほら、かいちゃんが高校に入学して離れ離れになっちゃったでしょ?」
「うん。まあ、そうだな」
「最初の内はかいちゃんの写真や抱き枕で凌いでたんだけど」
「ちょっと待て。今、聞き捨てならないワードが聞こえてきたのだが」
ええい、今まで部屋に入らせてもらえなかったと思ったらそういうことだったのか!?
「だけどその内、オリジナルじゃないと満足できなくって……」
「おいコラ。オリジナルってその言い方なんかめちゃくちゃ引っかかるんですけど!?」
「だから、来ちゃった☆」
「来ちゃった☆ じゃねぇえええええええええええええええ!」
何てことだ。この一分にも満たないやり取りの間に懸念材料が増大してしまった。
「って、姉ちゃん。大学はどうするんだよ」
「うん。ここから通うよ?」
ということはやはりここに住み着くのは確定事項か。予想していたとはいえ、頭が痛くなる。確か、姉ちゃんの通う大学は八月一日から九月の半ばまでだったはず。つまり、まだ大学の講義がある……というか、テスト期間だったような気がする。
しかも、
「ここからだとかなり時間かかっちゃうだろ?」
「だいじょーぶ! 車で通うから!」
それでも軽く一時間はかかるはず。いくらなんでもそんな距離を毎日こなしてまでこんなところに住んでほしくはないのだが。
でも、聞いてくれないんだろうなぁ……。でも、どうせ夏休みの間だけだろうし、問題ないかな。
「わかったよ。ゆっくりしていってくれ」
「えへへー。かいちゃん大好きっ!」
と言って再び抱きついてくる姉ちゃん。正直言って暑苦しいのでやめてほしいのだが、振り払おうとすると関節をきめられるのでそれはしない。
「あ、そうそう。私のサークルのお友達もこっちに来るらしいんだぁ」
「へー。そうなんだ」
姉ちゃんは今年で大学の二回生だ。そしてサークルを作ったらしいのだが、そのサークルについては恐ろしいのでなにも問いただしていない。どうせ姉ちゃんが作ったサークルなのだから怪しいに違いないと踏んでいたのだが、まさかサークル仲間がいたとは。
間違いなく、そのサークル仲間とやらも変態だろう。
俺の占いは当たる。たぶん。
「どんな人?」
「ん? そーだなぁ。なんかね、カッコいいらしいよ?」
「らしいって……」
「結構、告白されてるらしいんだー。女の子たちからもカッコいいって評判なんだって。まっ、私はかいちゃん一筋だから何とも思わないんだけどねー」
「さいですか」
すごく……どうでもいいです。
「それと、『金持ちっぽいから』っていう理由で赤いフェラーリ買ってたなぁ」
ん? あれ、なんかそれ、どこかで聞いたことあるような……。
「あとあと、『赤い水性』って自称してた」
……………………。
「それとねー、確か少し前に、そのフェラーリで高笑いしながら高校生数人を追いかけまわしたり、妹さんをストーカーしておまわりさんのお世話になったとか」
…………………………………………。
「ん? どーしたのかいちゃん」
「ナ、ナンデモナイデスヨー」
やべえ。凄く、凄く覚えのあるエピソードなんですがこれはどうなっているのだろうか。
いや待て。まだ決めつけるには早い。確認してみないことには始まらないではないか。
「ね、姉ちゃん」
「んー?」
「その人の名字って……あ、天美、だったりしない……?」
俺の質問に姉ちゃんは、清々しいまでの笑顔で、こういった。
「うん! よく知ってるね、かいちゃんっ」
oh……。
何てことだ。変態が変態を呼び寄せたか。しかもこの二人が所属しているサークル? 下手をすればそこは犯罪サークルかもしれないじゃないか。
「因みに姉ちゃん……そのサークルって……」
「よくぞ聞いてくれました!」
姉ちゃんは「私はこの時を! この瞬間を待っていたんだー!」とでも言わんばかりにえへんとその豊満な胸をはると、ドヤ顔で述べる。
「『愛する弟・妹を見守る会』だよ!」
「さらば!」
「逃がさないゾ☆」
「ごぺっ」
アクセルフォームばりの加速力を発揮して逃げ出した俺を姉ちゃんがオリジナル版の方のクロックアップを駆使して首根っこを掴み取る。首から変な音が聞こえてきたけど気にしないでおこう。気にしたら、負けだ。
因みにそのサークル、絶対に『見守る』と書いて『見守る』と読むだろう。
「もう、つれないなぁかいちゃんは。せっかくお姉ちゃんが来てあげたっていうのに」
「うん。別に頼んでもないのに来てしまったことに関しては理解したからそろそろ解放してくれませんかね。さっきから首がミシミシと嫌な音を立ててるんだけど」
因みに、姉ちゃんの前に抵抗はしても反逆という選択はない。何故ならば蹂躙されることを知っているから。この姉に絶対順守のギアスをかけても平気で無視してきそうなのだから手に負えない。
「もう、我儘だなぁ。かいちゃんは」
「自分の生命を脅かす脅威に対しての解放要求が我儘だと!?」
「そんなんじゃ、お姉ちゃんにモテないゾ☆」
「モテなくていいわ!」
「もうっ、そんなことを言うのはこの首?(メキャッ)」
あれっ。口じゃなくて? いやいやそんなことはどうでもいい。問題は俺の首の耐久値がレッドゾーンに到達しつつあるということで、俺の生存本能が告げている。すぐさま自己防衛しろと。
「あ、マジすんませんでした。自分、チョーシこいてました」
この世は所詮、弱肉強食。弱者は強者に従うしかないのだ。
「ああ、もうっ。反逆のかいちゃんも可愛いけど、従順なかいちゃんも大好きっ!」
そういってまた抱きしめてくる(というより胸に押しつけてくる)姉ちゃんのご機嫌はすこぶる良い。
どうしよう。こんなペースで生活してたら身が持たない。
ん? そういえば、徹さんも来てるんだよな? ということは、加奈もかなり大変なことになっていそうだ。
「というわけで、かいちゃん一緒にお風呂はいろっか!」
「全力で見逃してください!」
☆
私は海斗くんとドアの前で別れて、自室に戻り、シャワーを浴びて、さあこれからジオラマ作りを始めましょうという時にインターフォンが鳴った。
道具を置いて席を立ち、玄関へと移動する。誰だろうという疑問を孕みながらドアを開けると、
「ハァハァ。かなたんっ! おにいたまがきまちたよぉおおおおおおおおおおおお!」
一体誰だろう。こんなところにゴミを置いて帰ったのは。
「ああっ! 冗談! 冗談だからそんなゴミを見るような眼で兄を見ないでくれ! あぁ、でもそういう眼で見られると興奮するなぁおい。フヒヒ……」
「…………(バタン)」
私は流れるようにドアを閉めて鍵をかけ、チェーンロックまでの一連の動作を終えると、部屋に戻ることにした。ドアからドンドンドンとけたたましい音が聞こえてくるけど気のせいだろう。
「冗談! マジで冗談だからドアを開けてくれ! でないと死んじゃう!」
死ねばいいのに。
「……はぁ」
私は諦めたように溜息をつくと、ドアの鍵を解除。チェーンロックはかけたままにしようかと思ったけど、小さな隙間から覗く兄の顔を見ると吐き気がするのでやめた。
「それで、一体何の用ですか、ゴミ」
「兄をゴミ呼ばわりだと?」
急にシリアスな表情になった兄さん。こうして見てみると、キリッとすれば妹の私でもカッコイイと思えるのに普段はご覧の通りゴミ人間だから困ったものだ。因みに、ゴミゴミの実を食べてカナヅチになった人間のことではない。いや、そもそもそんな悪魔の実があるのかもわかりませんけど。
「おい加奈、いつから兄ちゃんをゴミ呼ばわりするようになった?」
「…………」
流石にゴミ呼ばわりは言い過ぎたのだろうか。怒ってる?
「萌えるじゃねぇか」
死ね。
「そのゴミを見るような眼。ゾクゾクするねぇ」
「兄さん。もしかすると兄さんは一度、病院に行った方がいいのかもしれません」
それにしてもある意味すごい。生まれてこの方、玄関で立ち話をするだけでここまで人の気力を根こそぎ奪っていくようなエナジードレイン使いは見たことがない。
「……それにしても兄さん、いつ出所してきたんですか?」
「はっはっは。やだなぁ。出所も何も元からブタ箱にぶち込まれたことなんかないよ。ちょっと事情聴取してきただけだって」
「……チッ」
「あれ? 今なんか舌打ちしてなかった?」
「いいえ。そんなことありませんよ?」
今度からは聞こえないようにこっそりやろう。
「それで? どうして今日は来たんですか」
「うん。まずは何で玄関にすら上がらせてもらえないのかを聞きたいところだが、」
「兄さんを玄関にあげたら除菌が面倒でしょう?」
「おおぅ。俺の扱いが更に進化してやがるぜ」
むしろ退化していることに気が付いてほしい。
「ん。まあ、とにかく、だ。サークルの友達と一緒に夏休みの間、ここらで活動しようってことになったんでな。だから……」
「だから?」
「来ちゃった♡」
「そうですか。ではお引き取りください」
頬を染めて、宿泊セットが詰まっているであろうボストンバッグを持ちながらぶりっこポーズをとる大学生(19)
そろそろ本格的に粗大ゴミに出すことを検討した方がいいかもしれない。
兄のためにも。そして何より私の為にも。
厳重にロックをかけた後に再び自室に戻ろうとするとまた、ドンドンとドアを叩く音が聞こえてきた。
「ちょっ! 開けてくれよかなたん! いや、マジですんませんした! だから空けてください! じゃないと今日の俺はどこで夜を明かせばいいんだよぉ!」
再度、溜息。
そして我ながら甘いものだと自覚しつつ、再び兄と向かい合う為にドアを開ける。
「……兄さん」
「なんだ、愛しの妹よ!」
本当に、やれやれだ。この世間知らずの常識知らずの兄に、教えてあげよう。
「どこで夜を明かせばいいんだ、と言いましたね? もしかして泊まるところが無いのですか?」
「ああ! そうだ!」
なぜ自信たっぷりに言うのだろう。
「あのですね、兄さん」
「なんだ?」
ワクワクとした顔で待機する兄。まったく、私も本当に甘い。そんな顔をされたら、言うしかないのに。私はふっ、と微笑むと、妹に対して膝をついてすがるような顔をする兄に一言。
「何のために公園があると思っているのですか?」
「野宿しろと!?」
勝手に公園で野宿するのはいけないことだった気がするのだが、まあ丁度いい。警察かどこか然るべき機関にこの粗大ゴミを引き取ってもらおう。
「た、頼むかなたん! この通りだから夏休みの間だけでも泊めてくれ!」
うわぁ。妹にマジ土下座する大学生って初めて見ましたよ。額を廊下に擦りつけていますし。プライドというものがないのだろうか、この兄には。
そこまでされては仕方がない。
「わかりました」
「かなたんっ!」
ぱあっと笑顔を見せる兄さん。
「また明日」
「かなたぁああああああああああああああああああああん!」
因みに、どうやら兄さんは海斗くんの部屋に泊まって一夜を明かしたらしい。
【日記 7月25日(木)】
日記って初めて書くからわかんないけど、適当に思ったことを書いていけばいいのかな。
とりあえず私がこの日記をつけようと思ったのは、何となく整理しておきたかったからだ。
これまでのこと。そして、私の気持ちを。
今日もママと口論した。
いや、口論というよりは私が一方的にママに叫ぶだけで、あっちは涼しい顔して受け流していただけだけど。
でもまだまだこんなことじゃ諦められない。
絶対に、この夏休み中には取り消して見せる。
今の学園からの転校を。
そして夏休み明けにもまた、部室でみんなと笑えるように。
頑張ってみようと、思う。
今気がついた。
この小説、変態しかいない。




