第22話 親睦会二日目~家に着くまでが(以下略)~
みさみさの昔話が終わった。
にしても、まさかかいくんのお姉ちゃんがこんなところにまで手をまわしているとは思わなかったよ。かいくんに変なこと吹き込んでいる割に女の子を助けるのは当然のこと、と言っている辺り、まともなのかそうでないのかが今いち分からない。
まあ、間違いなくまともじゃないのだろうけども。
「うう……ご、ごめんなさい」
語っているときは、当時の状況を思い出しているが為にほんわかと柔らかい笑みを浮かべていたみさみさがはっとして縮こまるようにしている。
「さすがは海斗くん。優しいね」
ニッコリとホモ……じゃなかった。はやまんが笑みを浮かべる。うん。確かに要所要所に突っ込み所(主にかいくんとみうみうに対して)があるのだけれども好い話なんだよね。ただ、はやまんの笑みがまたホモホモしいといいますかなんというか。
「……むぅ。かいとくんのばかばかばか。仕方がないとはいっても他の女の子にまでフラグを立ててたなんて……」
と、こっちのお嬢様はお嬢様でぶつぶつとご立腹の様子。
っていうか、気分的にはこっちだってフクザツなんだよねぇ、かなみん。何となく分かってたとはいえ、私だって似たような経験があるんだからさ。本当にかいくんは、色々な所にフラグを立てるのが大好きだねぇ。
「ま、まさかあの幼女と二次元美少女にしか興味を示さないあいつが、フラグを立てていたなんて……! 畜生!」
人のことを言えないまさやんががっくりと項垂れているのはさておき。
そろそろお腹が減ってきた私としてはそろそろ昼食を食べたいなー、なんて思っているのだけれども。
「……海斗と美羽が戻ってきた」
なほっちの声につられて視線を示すほうにむけると、確かにかいくんとみうみうが戻ってくるのが見えた。かいくんの手には段ボール箱があり、その中にある水をそれぞれの班にみうみうが配っている。
なるほど、だから遅れちゃったんだね。多分あの水も、みうみうが先生に頼まれちゃったんだろうな。
「おまたせしました」
「悪い。遅れた」
二人がようやく戻ってきたので、楽しいお食事会が始まった。
もう料理は冷めてしまったけれど、みんなで作ったカレーは美味しかった。
……誰かの手作りのカレーを食べるのも、何年ぶりかな。
☆
みんなで昼食を食べ終えた所で、時間的にそろそろ帰る頃合いとなった。
思えばこの親睦会、なんだかんだで楽しかった気がする。
「ねぇ奴隷、さっさとこの荷物を運びなさいよー」
「はいはい、ただいまー」
「ちょっと奴隷、遅いわよっ!」
「へいへい!」
「返事はちゃんとする!」
「HEY HEY!」
うむ。女子たちの奴隷は今もせかせかと働いているし、何も問題はないな。
というわけで、バスが発進。俺の座席は当然のことながら一番後ろの片隅である。隣には美羽。その隣に美紗、加奈、南帆。前に正人と葉山のコンビである。帰りは俺を除いた全員が疲れで眠りについている。正人の場合は眠りではなく気絶なのだが、そう大差あるまい。まあ、俺も少し眠たいのだけれども、まだ寝る気にはなれない。何となく。
「眠らないのですね」
いや、俺以外にもまだ起きている奴はいた。隣の美羽である。
「美羽。お前は寝ないのか?」
「なんだか眠気がそんなにないんですよ。というより、名前で呼ぶんですね」
「ん。ああ、そーだな。なんかいちいち渚ってつけるのめんどくさくなった。悪い。今度から気をつけるよ」
俺が謝罪すると、美羽は溜息をつく。
「……別にいいですよ」
「え、いいのかよ」
おかしいな。こいつにはテストの件うんぬんかんぬんでそんなに好意的に見られていないからてっきり怒られるかと思ったのだが。いや、そもそもからしてテストの件そのものが理不尽なんだけどな。
「ええ。何だか、ここしばらくあなたの様子を観察していたら、一気に毒気を抜かれてしまいました。というより、勝手に肩肘はってる私の方が疲れました」
「? お、おう」
美羽はぼんやりと外の景色を眺めつつ、ぽつぽつと言葉を連ねていく。
「噂のような悪魔かと思ったら、その実態はただの変態で、不審者で、犯罪者で、ロリコンで……」
こ、こいつ……! 油断したかと思ったらいきなり人のことを罵倒しやがったぞ。
そもそもそのどれもが俺という人間に何一つ当てはまってねぇじゃねーか。
「……それでいて優しいところがあったり、美紗を助けてくれたり。もうわけがわかりません」
美羽が言っているのはアレか。さっき水を配りながら美羽が話してくれた春休みの時のことか。
そういえばそんなことがあったなー、ぐらいのことなんだけどな。そもそもああいうことがあれから何度かあったし。あっ、そういえば風の噂であのお坊ちゃんズはどうやら退学したとか何だとか。
どうでもいいか。
「一体何なのですか、あなたは」
「通りすがりの紳士だ。覚えておけ」
「いや、そういうことじゃなくて」
「じゃあどういうことだよ」
一体何なのですか、なんて言われたら返す言葉なんて通りすがりの(以下略)に決まってるじゃないか。常識ないな美羽は。最近、小説版だって発売したんだぜ。
と、そんなことを考えていたら不意にバスが揺れた。カーブに差し掛かったんだろうか、それともタイヤが何かに乗り出したかわからないが、とにかく揺れた。それも、体の体制がぐらりと傾くぐらい。
「きゃっ……」
「おっと」
バスが揺れる。そのせいで、美羽の体のバランスが崩れた。どこかに頭をぶつけるといけないので慌てて美羽の体を両腕で支える。ぽすっ、と華奢な女の子の体が俺の腕の中に収まり、美羽は俺の胸に飛び込んできたかのような体勢になった。
その際にむにゅりとそれなりの大きさのある柔らかい何かが俺の体に当たっているが、その俺にとっては残念な感触にげんなりとしつつ、美羽の体を支えなおす。
どうしてどいつもこいつもこんな残念な体をしているのだろうか。少しは南帆を見習ってほしい。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい。だいじょうぶで……っ!」
はっ、と美羽が現在、自分がどのような体勢になっているのかに気がつくと、かぁぁぁっ、と茹でダコの様に顔を真っ赤にする。
「にゃにゃっ!?」
「猫かお前は」
ああ、どうせこんなイベントが起こるなら幼女とがよかった。何が悲しくてBBAの柔肌を腕の中におさめなきゃならないんだ。
「そ、そーいうことじゃなくてれしゅね!?」
「落ち着け。それとさっさと姿勢を戻せ」
美羽は未だに俺の腕の中に収まっている。そのせいでさっきから顔が近い。
顔だけ見れば可愛いのに、その下を見ると溜息をつきたくなる。それとさっきから白い肌をスカートからのぞかせた太ももや制服の上からでも形が確認できる程度にはある胸が無遠慮に押し付けられていてそれが残念さを更に加速させる。
「ち、違いますよっ! こ、これはですねっ! えっと、そのっ!」
「いいから、さっさと姿勢を戻せ」
「あう……」
ちょこん、と今度は身を縮ませて隣に座りこむ美羽。
そこから学園に着くまで、美羽は顔を赤くしたまま何も話そうとはしなかった。
☆
見ちゃったよ……。
私は、皆が寝始めていたのでそれに乗じて狸寝入りをしてみた。するとたちまちみうみうとかいくんの二人っきりのシチュエーションが完成。そろそろみうみうがかいくんに対する印象の誤解を解くんだろうとふんでいた私は二人の動向をこっそりと見守っていた。
まあ、なんということでしょう。
誤解を解くどころか一気にフラグを立ててしまいました。
いや、元々みうみうのかいくんに対する好感度はみさみさの一件でそれなりに高かったんだけど、テストうんぬんかんぬんやかいくんの悪い噂のせいで敵認識されちゃったわけで。
けどここ最近、かいくんと触れ合う機会があったり、親睦会の中でかいくんのちょっとした優しさに触れていくうちについに陥落しちゃったと。
我ながらなんと適切な状況分析。
というよりかいくん、ぽんぽんフラグを立てていくのを止めようよ。しかもさっきのバスの揺れって多分、どーぶつが急に飛び出してきちゃったせいなんだろうけども、まさかあのタイミングであの揺れが起きて、あんな体勢になるなんてどれだけラブコメの神様に愛されてるのかいくん。
君がいじめられっ子だったなんて信じられないよ。うん。
ていうか何かあれだなー。こんなにもぽんぽんフラグを立てられちゃうと、みさみさと同じよーな感じできゅんと来ちゃった私がちょろいみたいだね。実際に私もチョロいんだろうけども。
☆
家に帰るまでが遠足です。
そんな言葉は高校生になっても健在のようで、家に帰るまで油断しないでね的な先生の言葉を受けて、私たち流川学園一年生の親睦会は幕を閉じた。
そもそも家に帰るまでが遠足ですっていうのは遠足が帰りで興奮してテンション上がった小学生たちを宥める為の言葉なんだろうけども、高校生にもなると流石に体力はあっても長時間バス移動の後にはしゃげるような小学生ならではの元気はない。
皆、それぞれがだらだらと帰路についた。
それは私たちも同じで、帰りは口数が少なかった。
「それでは、また明日」
「じゃあな」
明日から二日間は代休で学校はお休みだ。だけど最近の休日は学園の部室でみんなと過ごそうか、という話になっている。私もそのつもりで、「また明日ねっ!」と手を振った。
かいくんとかなみんと別れてなほっちと一緒に歩く。そのなほっちともしばらくしたら別れて、私は家に帰った。
見なれた高級住宅街の中を歩く。そしてその中で最も綺麗な家に、私は何一つ躊躇いもせずに足を踏み込んだ。まあ、自分の家なんだから躊躇う必要はないんだけどね。
「ただいま」
そんなことを言いつつも、中に誰もいないことは分かっている。いつもそうだから。
溜息をついて、中に上がる。
二階にある自室に入ると荷物を下ろして、ベッドに腰掛けた。
流石の私も疲れた。不思議なことに乗り物による移動はただ席に座っているだけでも体力を使う。なんでだろうね。
それにしても、かなみんは帰りも家までかいくんと一緒かー。
……羨ましいな。
なんて。思っちゃう私はきっと、どこかおかしいのだろう。たぶん。こんな感情、初めてだもん。
ベッドに横になっていると、家の中にインターホンの音が鳴り響いた。
ん。もしかして、尼で頼んだDXアッ○スカリバーが届いたのかな。こうしちゃあいられない。
私はさっきまでの疲労が嘘のように飛び起きると、鼻歌をうたいながら玄関までダッシュ。気分良くドアを開けると。
「――――――――、」
そこには。
滅多に家に顔を出さない、見たくもない顔があった。
「恵」
「…………ママ」
私の母である牧原富音は、相変わらず綺麗で。冷たい雰囲気を身にまとっていて。怖い眼をしていて。
そして――――
「恵、もうお遊びは終わりよ」
「……えっ」
「転校しなさい。あそこはあなたのいるべき場所ではないわ」
――――いつも、私にとって最悪のプレゼントをしてくる。
オタク通りに行こうを「SS」に移しました。
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