エピローグ さようなら、日本文化研究部。そして、次の世代へ――――
「海斗くんを連れてきましたよ」
加奈に引っ張られ、部室に到着する。
中にはもうみんなが勢ぞろいしていた。
「……遅い」
「みんなもう待ちくたびれてるわよ?」
「悪い。ちょっとぼーっとしてた」
南帆とメイに言われて謝罪しつつ、あらためて部室の中を見渡す。
物が随分と減った。まあ、卒業していく俺たちの私物がいつまでも部室にあるのはおかしいというわけで俺たち三年生組の私物は持って帰ったのだ。
「うおおおおおおおおお! せんぱ――――い!」
「うるせぇな」
今のやたらとうるさい熱血小僧は一年生の小暮恭太である。
例の、俺に付きまとう形で入部した後輩だ。
「オレ、寂しいッス! 先輩たちが卒業するなんて!」
それにしても、こうして後輩に卒業を惜しんでもらえると胸にくるものがあるな。
「せっかく……せっかく、面白い取材対象に会えたというのに!」
「お前は俺のことを何だと思ってるの?」
まあ、いい。
こいつはいつもこんなんだし。
「あはは。かいくんも随分と慕われたよねぇ」
「師匠っ! 恵師匠っ! わたしも師匠のことは慕っておりますよ! だからぜひともそのワガママボディを堪能させてください!」
「かいくん助けて」
「随分と慕われて結構なことじゃないか」
しれっと言い返してやる。
今、恵にハァハァ言いながら抱き着いている女子生徒は、大久保森子。
イラストを描く新入部員で、見た通り恵にベタ惚れしている。
ひょんなことから恵のイラストを見てからこんなテンションで入部してきた一年生だ。
本当に恵の天才っぷりは健在だ。つーか恵はたいていのことはすぐにできちゃうってチートか何かかよ。
「ひっく。ううっ……」
「先輩たち、本当にもう卒業しちゃうんですよね」
卒業だというのにやたらとテンションの高い一年生二人組とはうってかわって泣いてくれているのは二年生となった小春と南央だ。
「な、泣かないで、二人とも」
「もう二度と会えなくなるというわけではないのですから」
優しい渚姉妹が二年生二人を慰める。
「そうだぞー。どの道、二人とはこれからもずっと一緒なんだから」
一応、彼氏らしいことを言ってみる。
この一年で少しずつ慣れてきたけど、やっぱりまだこういうことを言うのは照れるな。
いや、何人もの女の子と同時に付き合っておいてなんだけど……。
「それに、これからは二人がこの部を引っ張っていくんだからな」
「とかなんとか言ってますけど、この部ってそれほど引っ張らなくてはならないほどちゃんとした部でもないですよね」
「加奈、一応お前が作った部なんだからな?」
というかお前、一応元部長だろ。
ちなみに、日本文化研究部の部長は俺たちが三年生になったことを機に南央に交代した。
「でも、無くなるのは寂しいから、守ってはほしいわよね」
メイがポツリともっともなことを言う。
俺とメイが出会ったのはこの部室で、俺たちが付き合うきっかけにもなった場所。
彼女としては思い入れがあるのだろう。
「そ、そうですよねっ」
「先輩たちが作ってくれたこの部を無くさないように、がんばりますっ!」
南央と小春がぐっとかわいらしく手を握る。
「ふふっ。ごめんなさい。別にそこまで気負わなくてもいいからね」
メイが笑みを浮かべる。
こいつも、この一年で随分と表情が柔らかくなったな。
「……うん。いつもみたいにまったりのんびりしてればいい」
「なほっちの言う通り!」
「何をしようとも、あなたたちの自由です」
「自分のペースで、好きなことをすればいいからね」
「ここは、そういう部ですから」
みんながそれぞれ思い思いの言葉を後輩に送っていく。
「そうだな。ここは元々、友達を作るための部だったんだ。だからさ。みんなで楽しくやれればそれでいいんだ。だって俺たち、ずっとそうだっただろ?」
最初は加奈が作って、俺が入って、みんなが入った。
この部がなければ今の俺たちはなかった。
「先輩……」
「はい。わたしたち、がんばりますっ!」
「ははっ。だからそんながんばらなくてもいいって」
ぐっと気を引き締める小春を微笑まし気に見つめる。
「先輩! たまには遊びに来てくださいッス!」
「ですです! 特に師匠には! …………ハァハァ……ハァハァ」
「かいくん、一緒に来ようね?」
恵よ、そんな目で俺を見るな。
「あっ、恋歌先輩じゃないッスか!」
「やあ、お邪魔させてもらうよ」
ひらひらと手を振りながら、部室に入ってきたのは恋歌先輩だ。
この春からは大学の先輩的な意味でも『恋歌先輩』になる。
卒業してからこの部室に通いだした、OBと言っていいのかどうか分からない人である。
実質的には一年生と同期みたいなものか。
「どうしたんッスか?」
「我らが愛しの海斗くんが卒業するからね。晴れ姿を見に来たのさ」
「ああ、なるほど!」
納得がいったようにぽんと手を突く小暮。
お前ほんといちいちテンション高いな。
「ラブラブッスね!」
「ははは。そうだろう? もうみんな一緒にラブラブさ」
「恋歌先輩、小暮にそういうこと言うのやめてください。ラノベのネタにされます」
「いいじゃないか、別に」
「俺が恥ずかしいんですよ!」
「今更恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。もうベッドの上であーんなことやこーんなことをした仲なんだからさ」
「してませんよ!?」
「将来的には?」
「し…………ますけど……」
ここで『しない』なんて言ったらただのドクズである。
ええい、くそっ。恋歌先輩がニヤリとした顔をしている。そんな表情もいちいち魅力的だと思えてしまうのが悔しい。
というか、周囲にいる加奈たちがやや顔を赤らめている。
ま、まあ……将来的には、みんなともそういうことをするようになるわけで。
まずい。とてつもなく恥ずかしくなってきた。
「どうしたんだい?」
ニヤニヤとした顔の恋歌先輩がのぞき込んでくる。
ちくしょう。この人にはいつも手玉に取られている気がする。
「ははは。それじゃあ、とりあず始めようじゃないか。卒業パーティ」
そう。今日はそのために部室に集まったのだ。
既に準備は万端で、お菓子屋らジュースやらが並べられている。
これは南央と小春が中心になって企画したものだ。
「じゃあ、南央ちゃん。乾杯の音頭、よろしくね」
「わ、わたしっ!?」
「頼むぞ部長ー」
「うう……そ、それでは、先輩方のご健勝と、益々のご活躍を祈念し……」
「固いぞ部長ー」
「ああ、もうっ! 先輩方、卒業おめでとうございます! かんぱいっ!」
半ばやけくそ気味に南央がジュースの入った紙コップを掲げる。
俺たちはそれにならって紙コップを掲げ、
『かんぱいっ!』
こうして、俺たちは学園を卒業し――――日本文化研究部を、引退した。
でも、これで終わりじゃない。
俺の人生はまだまだこれからも続いていく。この部活で出会った恋人たちと一緒に歩いていく人生がはじまったんだ。
それに、日本文化研究部という俺たちにとって大切な居場所だって残る。
次の世代が繋げてくれる。
それがいつまで続くか分からないけれど、俺たちみたいにオタク友達がほしくて、でもどうすればいいのか分からないような人がいて……そういう人たちの居場所になってあげてほしい。
そして、その人たちがまた繋いでくれれば。
まあ、そうなるともう、俺たちだけの居場所ではなくなっている。
これからちょくちょく顔は出すのかもしれない。でも、結局のところ俺たちはもうただのOBなのだ。
あの部は、OBのものじゃない。
そこで今を活動している生徒の部であり、居場所なのだ。
だから、俺たちはもう今日でおしまいだ。
さようなら、日本文化研究部。
――――ありがとう。
☆
――――春。
「ぎゃあああああ! 遅刻! 遅刻だぁあああああああああああああ!」
桜が舞い散る中、高杉邦夫は全力でダッシュしていた。
何しろ時間的に遅刻寸前なのである。ただの遅刻ならばここまで必死こいて走りはしないが、今日は入学式。あろうことか入学式に遅刻しそうになっているのだ。
「ええい、ちくしょう! こんなことなら昨日は夜更かしするんじゃなかった!」
叫んでもあとの祭り。
現実は変わらない。
「つーか! なんでこのタイミングでシナリオ配信してんだよ! 面白すぎて止まらなかったじゃねーか!」
昨日は一年前から楽しみにしていて、発売日に購入してからひたすら遊びまくっている新作ゲームの新シナリオが実装されたのだ。
それをずっとプレイしていたら徹夜になってしまったのだ。
今も鞄の中に大切にゲーム機をしまってある。
「ああ、まずい、まずいぞ! このままだとぼっちになっちまう!」
ただでさえ中学時代はオタク友達がいなかったのだ。
高校では同じ趣味を持った友達を作ろうと息巻いていたのに。
「つーか、オタク友達ってどーやって作ればいいんだか……」
一人で考え事をしつつ走っていたのがいけなかったのだろう。
前を歩く、体格の良い男性の背中に真正面からぶつかってしまった。
「ぐおっ!」
弾きとばされたかのように、路上に尻もちをついて転んでしまう。
鞄の中身が勢いよく吹き飛び、愛用しているゲーム機とソフトのパッケージが転がってしまった。
「す、すみませ……」
謝ろうとして、ぎょっと固まってしまう。
邦夫がぶつかってしまったのは、見た目が完全に不良とも呼ぶべき顔をした男だった。
茶色く染めた髪に、鋭く、悪い目つき。
ぶつかった時に感じた、鍛えられた筋肉を持った体。
「ご、ごごごごごごごごごめんなささささ」
あまりにもビビッてしまい、言葉が震えている。
カツアゲでもされるのか!? と、心の中は大パニックだ。
対する男は、
「あ、悪い。大丈夫か?」
特にカツアゲをしてくるようなこともなく。
すっと手を伸ばしてきた。
「え、あ……ど、どうも……」
手を取り、起こしてもらう。
そして、男は地面に散らばった荷物をせっせと拾ってくれた。
「はい、これ」
「ありがとうございます……」
「その制服…………」
ぽかーんとしていると、男は邦夫が着ている制服をじっと眺めている。
まさか、高校を覚えて殴り込みにくるのか!?
がたがたと震えていると、男は苦笑して、
「それ、俺がついこの間、卒業した学園の制服なんだ。だから、ちょっと懐かしいなーって思って」
「そ、そうだったんですか? じゃあ、先輩……?」
「そういうこと。ていうか君、ゲーム好きなの?」
「好き……ですけど」
妙なことを聞く人だな、と思った。
男は懐かし気な表情を浮かべている。
ますます奇妙だ。
「ぶっちゃけて聞くけど……オタク?」
「…………はい。そうですけど」
ちょっとムッとしてしまった。
こういう不良は、オタクのことをバカにしてゲラゲラと笑うものだと経験で分かっている。
「実はなぁ、俺もなんだ」
「へっ?」
思わず間抜けな顔を晒してしまった。
さっきよりもぽかーんとしている。
この、明らかに不良丸出しの男が、オタク?
「ついでに聞くけど、オタクの友達はいる?」
「……いません」
「だったらちょうどいい」
何がちょうどいいんだろうと思っていると、男は微笑みながら、
「日本文化研究部ってところに行ってみてくれ。そこでならきっと、君と同じ趣味を持った、オタク友達ができるはずだから」
「は、はあ……」
訳の分からないことを聞いた。
でも、目の前の男は笑っていた。
その笑顔が、どうにも頭から離れなくて。
「つーか、今日入学式だろ? いいのか、こんなところでモタモタしてて」
「ってああっ! そうだった!」
邦夫は再び走り出した。
その後ろ姿を、男は見つめていた。
「がんばれ、後輩」
もしも彼が日本文化研究部に入るのなら、きっとまた出会えるだろう。
「さて、俺も大学生をがんばるか!」
男は歩き出す。
邦夫に背を向けて、かつて通っていた学園とは、別の方向を。
彼と、彼の恋人たちの、かつての大切な居場所が次の世代に受け継がれたことを嬉しく思いながら。
日本文化研究部はこれからも続いていく。
俺は、
私は、
――――オタク友達がほしいと、願う者がいる限り。
これにて本編完結です。
ここまでお付き合いしてくださった方々、ありがとうございました。
海斗たちがいなくなっても、これからも日本文化研究部は残り続けます。
約四年。長くなりましたが、ここまで続けて本編完結まで持ってこられたのは皆さまのおかげです。
更に、皆様の応援で書籍化まで! 本当にありがとうございます。
(ちなみに、書籍版のカバーイラストが公開されました。http://www.ponicanbooks.jp/book/1665/
店舗特典などもございます。詳しくは活動報告にて。2月17日発売ですので、よろしくお願いします)
あとは番外編をぼちぼち投稿して、完結となります。
具体的には海斗たちが卒業したあと、南央と小春が中心となって活動していく日本文化研究部の話や、大学生となった海斗たちについても少し触れられたらと思っております。




