ifストーリー 美羽ルート③
書籍版「俺は/私は オタク友達がほしいっ!」の発売日が決まりました!
発売日は2月17日。
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「はぁ…………」
とある日の放課後。
中庭の隅で、俺は空を見上げながらため息をついていた。
なんとなく、パックのコーヒー牛乳を飲んでいるけれど、味がよく分からない。
ここ最近、ぼけっとすることが増えた。
理由は分かっている。
渚美羽だ。
あいつを家に泊めた日から、どうにも俺自身、様子がおかしい。
「はぁぁ…………」
「おい、どうした。さっきから何度もため息をついてるけど」
「いや……ちょっとな」
隣で正人が首を捻るが、言えるわけもない。
渚美羽を家に泊めてしまったなんて。
それからあいつのことを目で追うようになってしまったなんて。
これではまるで、
「恋でもしたか?」
「ぶぼっ」
思わず吹き出す。
「ビンゴかよ」
「うっせぇ!」
ええい、くそっ。
どうして俺があんなお節介やきの委員長を意識せにゃならんのだ。
…………いや、そもそもお節介やきなのは俺のことを気にかけての行動だから仕方がない……のか?
つーかおい正人、ニヤニヤした目で見るな。
「で、相手は」
「いねぇよ」
「コーヒー牛乳一週間分でどうだ」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
なぜそれで釣れると思ったのか。
「悪い悪い。でもまあ、大方の予想はつくけどなァ」
言いながら、ニヤリとする正人。
「渚美羽だろ」
「そっ…………んなことはないけどぉ?」
「お前分かりやすすぎるだろ」
ごもっともだ。
「つ、つーか? その根拠は?」
「いや、だってお前の周りにいる女子とか渚美羽ぐらいだし」
「ほ、他の学校の女子かもしれないだろ?」
「お前に他の学校の女子と交流する度胸があるとは思えん」
「やめろ。傷つくから」
「それに、お前がここのところ渚美羽を目で追ってるのはバレバレだ」
「…………ああそうだよちくしょう」
こうまでハッキリ言われたら認めるしかない。
たぶん、俺はあの委員長女に恋をしているのだ。
お節介とはいえ、俺とあそこまで向き合ってくれたのは渚美羽だけだ。
元はそこから意識していたのかもしれない。それが、あの日の泊りの一件で砕けたというか……。
「で、どーするんだ? 告るのか?」
「いきなりすぎだろ、それは」
「そうかぁ? オレはいけると思うけどなー」
正人は気軽に言いながらいちご牛乳を飲み干す。
「だから根拠は」
「いやさ、勘なんだが向こうさんもお前のことは意識してると思うぜ?」
「勘じゃねーか」
「勘ってやつは意外とバカにならねぇよ? 特にオレのは」
「えらい自信だな」
しかし、正人の勘がけっこう当たるのも確かだ。
「まー、なんにしても動かなきゃはじまらないってことは覚えといた方がいいぞ」
気軽に言ってくるが、それもまた一理ある。
「とりあえず当たって砕けてみればいいんじゃね? 応援してる」
「とても応援する気のあるやつの言葉とは思えないんだけど」
「気のせいだ、気のせい」
ひらひらと手をふる正人。
「まあ、砕ける砕けないはともかくとしてなかなかタイミングが……」
「はぁ? そんなもん今からでも行ってくればいいだろ」
「考えてもみろよ。つい最近までギャーギャー言い争ってたのに、それがいきなり告白だなんて……」
「オレからすればずいぶんと仲のおよろしいことでと思ったけどな」
当人たちはいたって真剣だったんだけどな。
「……いや、仮にそうだったとしても、今からさっと行くのは違う気がする」
「こだわるねェ」
「逆に、正人はこういう時にこだわったりはしないのかよ」
「さァ。オレ、そういう時になったことないし」
それに、と。
正人は付け加える。
「オレはお前と会うまで、他人にそこまで入れ込んだことはないからな」
ほんの僅かな表情の変化。
それを、俺は見逃さなかった。
正人という親友の過去を少しだけ、垣間見た気がした。
☆
ともかく、タイミングを探ることになったのはいいものの、なかなか機会が訪れないでいた。
悶々としたままの日々を送るうち、焦りが募る。
いっそのこと勢いに任せるか、任せないかと考えているうちに――――チャンスは、いきなり降りてきた。
夏休みも間近に迫った頃。
放課後、渚美羽が紙束を抱えて廊下を歩いているのを目撃した。
ばったりと出くわしてしまい、無視するわけにもいかないのでなんとなく挨拶をかわす。
「よ、よう」
「む。あなたですか。どうかしましたか、こんな時間に。あなたは帰宅部だったはずでは?」
「いや、なんとなく校内を散歩してただけだ」
ちなみにこれは本当だ。
ただ『なんとなく』散歩がしたくなって、『なんとなく』道も決めずにフラフラ歩いていたら、渚美羽と遭遇しただけ。
「つーか、お前は何やってるんだよ」
「先生に頼まれて、このプリントをホチキスでまとめる作業をすることになりまして。教室まで運んでいるところです」
「ほー。それも委員長の仕事か」
「ええ、そうです」
「…………手伝おうか」
「はい?」
すたすたと歩き去っていこうとした渚美羽が、驚いたような顔をして立ち止まった。
「あの、もしかして体の調子が悪いのですか?」
「俺がお前を手伝おうとするのがそんなにおかしいか」
「はい」
やばい。地味にショックなんですけど。
「と、とにかくだな、この際だから手伝う」
「別にいいですけど……どうして急に」
「そりゃあ、まあ…………お前にはちょっとは感謝してるから、そのお礼、みたいな?」
「わたし、感謝されるようなことはしていませんが?」
「この前……ほら、うちに泊った時に言ってたろ。俺のために色々、してくれてたみたいだし」
「別にあんなこと。ただ、わたしが勝手にしていただけですから」
「それでも、まあ、礼はしとかなきゃ俺の気が済まないし……」
これはただの言い訳だ。
単に俺が渚美羽と二人きりになる状況になりたいだけだ。
「わかりました。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「ああ、そうしてもらえると助かる。あと、それは俺が持つ」
渚美羽の手からさっとプリントの束を奪いつつ(普通に話し合ってもこいつは譲らないだろうから)、二人で教室に向かい、作業を開始する。
内容自体はとても単純なもので、必要なプリントをまとめてホチキスでとめるだけのもの。
「なあ、いつもこんなことやってんのか?」
「当然です。委員長の仕事なので」
「マジメだな」
俺が何気なしに言葉を零すと、ぱたりと渚美羽の手が止まった。
「マジメなんかじゃないですよ、わたしは」
「ん?」
「本当にマジメな人は、ルールを守り、その中で動く人のことです。でもわたしは違う。わたしは、自分のためなら、多少のルールは破ってしまう人です。自分の得の為ならルールを破りもします」
「それが普通だと思うけどな」
「そうかもしれません。でも、わたしはマジメな人ではありません」
「まあ、別にどっちでもいいけど……つーか、お前は、その……自分の得の為にルールを破ったことがあるってことか?」
「ありますよ」
意外だな、と思う。
「むしろ、つい最近」
「え、マジで」
「というか、あなたの家に泊ったことがそうじゃないですか」
「…………あれがルールを破ることなのか?」
「だって、普通は泊まらないでしょう? 同い年の男子高校生の家に」
「それはそうだが」
クスッ、と魅惑的な笑みを浮かべる渚美羽。
惚れた弱みというやつなのか、ドキッとする。
「そりゃそうだが、明確な『ルール』ってわけじゃないだろ?」
「『ルール』はもののたとえです。マジメな人なら、あの状況で泊まったりしないでしょう?」
「……言われてみれば確かに」
帰ろうと思えば帰れた、と思う。
タクシーなり呼べばいいし。
でもそうしなかったのは、
「あれは、わたしにとっては得をする状況だったので」
「得、って…………」
ぱちぱちと手を動かしてプリントを束ねていく渚美羽。
くすりと笑うのは、余裕の表れか。
どちらにしても、からかわれている気がする。
ちょっと悔しくなった俺は俺は少し、呼吸を整える。
息を吐いて、
「なあ、」
「はい?」
「俺、お前のことが好きだ」
ピタリ、と。
渚美羽の手が止まった。
ああ、よかった。
告白の言葉をちゃんと言えた。
思いのほか不意打ち気味になったけど、どうやら動揺させることはできたようで。
「な、ななななななななにを急に」
さっきまで余裕ぶっていた渚美羽が明らかに慌てていることにほんのわずかにスッキリした。
「ま、またまた。からかおうとしてもそうはいきませんよ」
「本気なんだけど」
「そ、それはあうあう……」
こいつ、もしかして突発的な事態に弱いのか。
「返事は……まあ、あとでもいいよ。急いでないし」
伝えるまではあんなにも悩んでいたのに、いざ言ってみると思いほのかすらっと言えた。
返事のことを考えると緊張するけれど、不思議とやりきった感がある。
対する渚美羽はというと、さっきから手が止まり続けていた。
ぷしゅー、と顔から今にも煙が出そうで、オーバーヒートしているようにも見える。
「とりあえずプリント、片付けようぜ」
「そ、そうですねっ」
とにかく手を動かしたいのか、プリントはあっという間に片付いて、渚美羽は逃げるようにしてプリントの束をひっつかんで職員室まで届けた。
逃げるように校門から出ていこうとしたところを補足する。
「ま、まだ帰ってなかったんですか」
「一応。もう遅いし、送っていこうかなと思って」
半分本当、半分嘘だ。
渚美羽のリアクションが面白いからまだ観察していたかったというのが本音である。
しばらく二人で道を無言で歩く。
「あの」
「ん」
「さ、さっきの、あれ。本気なのですか」
「本気だけど」
一度吐き出してしまうと、意外と落ち着けるものだ。
緊張も一周まわって落ち着いてきた。
今は焦る渚美羽を見てニヤつく余裕すらある。
「むう。なんだか腹立ちます」
「ごめんて。でも、本気だっつーことは確かだぞ」
「うぅ……」
しばらくまた無言で歩く。
こうも無言続きだとまた緊張がぶりかえしてしまいそうだ。
「わたし、しつこいですよ」
「知ってる」
「うざいと思うかもしれませんよ」
「仮にそう思っても、嫌いにはならない」
「ちゃんとした彼女になれるか、わかりませんよ」
「俺こそちゃんとした彼氏になれるかわからねぇよ」
「……いいんですか」
「ダメだったらそもそも告白しねぇよ」
渚美羽は、ぎゅっと目を閉じてから意を決したように見開いてから、あらためてこちらに向き直る。
「あの……それでは、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる彼女は相変わらずマジメで。
俺は思わず笑みを漏らして。
「こちらこそ」