第115話 答え
お久しぶりです。
お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
待ってくれた方々、ありがとうございました。
部室に到着した。と、同時に心臓の鼓動がドキドキバクバクと大きくなっていくのが自分でも分かる。
それでも、もう逃げないと決めた以上はここで立ち止まるわけにはいかない。
意を決して部室の扉を開ける。
「うーっす。おはよう」
「あ、おはようかいくん!」
「……加奈もおはよう」
「おはようございます」
部室の中はいつも通りで、違うと言えばテーブルの上にクリスマス用の飾りつけの入った大きな箱が置かれてあったことぐらいだ。
「それ、飾りか?」
「はいっ。収録で使ったものなんですけど、もう使わないというので貰ってきましたっ!」
どうやら小春がテレビ収録のセットのものをもらってきたものらしかった。
「それにしても、よく今日時間取れたな」
「あはは。ちょっとわがまま言っちゃいました。お姉ちゃんが気遣ってくれたというのもありますけど」
仕事に復帰したという小春は姉の小夏さんと一緒に番組に出ているのを見かける。
人気を維持しつつも、以前よりもスケジュールに余裕を持たせて学生生活を十分に楽しめるぐらいのゆとりのある生活にしているのは流石としか言えない。
「さあ、飾りつけをしますよ先輩。せっかく小春ちゃんが持ってきてくれたんですから」
南央に言われてみんなで準備を進めていく。
実際にテレビの収録で使ったものだからか、これがなかなか良いものを使われていた。
しかも驚いたのが、
「こ、これ、クリスマスツリーですか?」
「ふわぁ……すごいねぇ、お姉ちゃん」
渚姉妹が箱の中からクリスマスツリーを発掘したのだ。
「あら。いいじゃない。ツリーが一つあるだけでクリスマス感が出るし」
クスッとメイが笑っている。
思えばこいつもすっかり部に馴染んだなぁ……。
というか、メイに関しては修学旅行の時から待たせっきりだから本当に申し訳ないな。
「何かしら?」
「えっ。あ、いや。何でもない」
メイは笑うと、すれ違いざまに耳元に語り掛けてくる。
「今日は、答えをくれるの?」
間近から聞こえてくる声。
伝わってくる微かな温もりに体が震える。
「…………ああ。待たせたな」
俺なりの決意と誠意をこめて返す。
待たせた。待たせてしまった。
他のみんなもそうだ。
思いを打ち明けてくれたのに、伝えてくれたのにここまで待たせてしまった。
だから、答えを伝える。
俺なりの答えを。
昼頃になると飾り付けが終わり、ジュースやお菓子を持ち寄ってようやくクリスマスパーティの始まりだ。ジュースの注がれた紙コップを手に持ち、
「とゆーわけで、かんぱーい!」
元気な恵の声と共にカツン、と紙コップがぶつかる。
「よーし! さっそくクリスマスパーティっぽいことしようよ!」
「私、こういうことが初めてだから分からないのだけれど……クリスマスパーティっぽいことって何?」
「え? そ、それはえーっと、あれだよあれ。ねぇ? かいくん」
「そこで俺にふるのやめてくれる?」
つーかノープランかよ。
「ふふふ。こんなこともあろうかと! わたしは秘密兵器を持ってきていたのです!」
じゃじゃーんという効果音がつきそうな感じで、加奈は鞄からブルーレイソフトを取り出してきた。
どうやらお気に入りのロボットアニメ映画のようだ。
「うーんこの代り映えのなさ」
「まあいつものうちの部って感じがしていいんじゃないか」
そんなわけで、みんなでお喋りをしながらロボアットアニメの鑑賞会に雪崩れ込んでしまった。
これはこれで楽しい。
いつもの部室の雰囲気が戻ってきたような気がして、楽しい。
映画の鑑賞会が終わるとみんなで感想を言い合ったりする。
加奈以外はほぼ初めてということもあって盛り上がった。
好きなキャラは誰だったとか、どのシーンが好きだったとか、機体がかっこよかったとか、ストーリー展開についてもあーだこーだと言い合ったりして。
楽しんでいる中でも、俺の頭の中ではいつ切り出すか。いつみんなに答えを出すかでいっぱいだった。
つーか、どうしよう。普通にクリスマスパーティが始まってしまったけど。
何か、こう、切り出すタイミングを失くしてしまった感があるぞ……!
ノーコンティニューでクリアーするどころか普通にコンティニューしたい。
いいよね? 十五人の英雄を集めればコンティニュー出来るよね? え、出来ない? マジか……。
そもそも、答えはもう俺の中で出てはいる。
出てはいるのだ。
あれだけ待たせてしまったのにここで「まだ答えは出ていないのでやっぱりもうちょっと待ってください」は流石にボコボコにされる。
「あっ、外を見てください」
みんなで盛り上がっていると、ふいに加奈が窓の外に視線を向けた。
つられて俺達も窓の外に目を向ける。
「……雪」
南帆のポツリと零した言葉に、みんなが目を輝かせる。
「ホワイトクリスマスだー!」
「綺麗……」
みんなで映画の感想を話し合うのに夢中になっていたから気がつかなかった。
深々と降り注ぐ雪は既に外の世界を白く塗りつぶしている。
全員でその光景に思わず見入ってしまっていた。
さっきまでの空気や流れが、外の世界に広がっている幻想的な白によって止められたみたいな。
まさにここだ、今しかない、行けと言われているようなタイミング。
俺は一度静かに息を整える。
そして、
「あの……さ。みんなに、伝えたいことが、ある」
一歩を踏み出す。
俺の言葉に反応して、みんなの視線がゆっくりと、おそるおそるといった様子でこちらに振り向いてきた。
もう後戻りはできない。
ここで引き返すことは出来ない。
たとえ、俺が今からいう言葉で……すべてが壊れてしまうとしても。
どくんどくんと心臓の鼓動が大きくなる。
ああ、やっぱり怖い。
でもこの怖さを必死に押し殺して、みんなはがんばって俺に想いを伝えてくれた。
だとしたら俺もがんばらなきゃ。
一人だけここで立ち止まるなんて、かっこ悪いもんな。
「みんなに告白してもらって、俺、すげぇ嬉しかった。俺、お前らのこと大切な友達だと思ってたけど……気づいたんだ。それだけじゃないって。それだけじゃなかったんだって」
みんなはただただ、じっと黙って聞いてくれている。
たどたどしくはあるけれど、それでも聞いてくれている。
「加奈はロボットのことになると熱く語ってくるし人に勧めまくってくるし、南帆は普段無表情でぼーっとしてるくせにゲームのことになると夢中になる。恵はいつもテンションが高くてよく特撮のセリフをぶち込んでくる。美紗はすぐに男同士を掛け合わせようとして来るし、美羽はシスコンをこじらせてるし……小春は一年前の俺達みたいに友達がほしくて足掻いていて、南央はそんな小春と友達になって……」
思い返してみれば、楽しい日々だった。
誇張なく、今まで生きてきて、一番楽しい時間だった。
「そんなみんなと過ごしている時間が、俺にとっては大切で……俺の中で、どんどん、みんなの存在が大きくなってきて」
楽しい時間を彩ってくれたのはここにいるみんなだ。
「本当に嬉しかった。みんなから告白してもらえて。嬉しかった。とても」
でも、
「…………ごめん」
俺は、こう言うしかない。
「みんな大切だから。好きだから。誰か一人と付き合うっていうのは、俺には出来ない。散々待たせたのに……悪い」
俺の発した言葉に、この場にいたみんなが息をのむような、何かを堪えるような表情をしている。
胸がチクリと痛む。
でも。
でも、これが、
「だから…………」
これが、
「…………だから、誰か一人じゃなくて……その、みんなと付き合いたい」
『…………はい???』
これが、俺の出した『答え』だ。
「いや、だからさ。あの、ほんと、おかしなこと言ってるのは分かってるんだけど、その、やっぱり一人には絞れないから……皆さんとお付き合いしたいなぁーなんて……ははは……」
軽く笑ってみたものの、全員が全員ぽかーんとしている。
ですよね! そうなりますよね! そりゃいきなり言われたらね!
「あの……え、ちょっと待ってください。え?」
加奈が混乱したかのように目をぐるぐると回している。
「いや、俺だって悩んだんですよこれでも! バカげたことだとか思ってたけど……俺はみんなの想いには答えたい。でも、今の場所を守りたいって思ってて……だから、これしかなかったっていうか……一人に絞れないのも確かだったし?」
しどろもどろになりながらも一応の説明をしてみる。
我ながら情けない。
これでもかなり頑張って出した結論だったんだけど……。
世間一般的にはありえないとか、常識的に考えてとか。
でもどっちかというと、常識的な考えなんかやってたらこんなロリコン野郎にはなってないしまあ今更かと開き直ったというのもある。
「ぷっ……ふふっ……あはははははははっ」
最初に噴き出したのはメイだった。
面白おかしそうに明るく笑っている。
「な、何笑ってるんだよ!?」
「あははははははっ。ご、ごめんなさい。あまりにも、予想外だったから。だって、こんなの『解らなくて』当然だわ。あははははっ」
メイの笑いをきっかけに、みんなが揃って「はぁ~……」と脱力したような、呆れたような、それでいてむすっとしているような。
気が抜けた空気が、辺りを満たした。
「あのですねぇ、海斗くん。わたし達、これでも色々と覚悟してたんですよ?」
「……それを全部ひっくり返してしまうようなこの仕打ち」
「いやなんか本当にごめんなさい」
加奈と南帆の言葉には面目次第もございません。
「あはは。でもまあ、わたしはおっけーかなぁ。かいくんらしいといえばらしいし」
「……ですね。はぁ。真剣に考えて損しました」
「わたしはちょっとほっとしたような、気が抜けたような……」
恵は明るくと笑っていて、美羽は呆れたようにしていて、美紗は体の力が抜けたような様子だ。
「こんなこと芸人さんでも言いませんよ、先輩」
「俺の告白は芸なのか!?」
「ある意味芸ですね」
「南央!?」
小春と南央は少々手厳しい。
「いや、それはそうとして……その、みんなの返事は…………」
恐る恐る聞いてみると、答えるまでもないとでもいうかのように、全員――――笑顔を返してくれた。
散々待たせてしまった俺と違って、即断即決頼もしい限りではあるのだが。
「……いいのか。たぶん、これから大変かもしれないけど…………」
「いいも何もわたし達が好きになったのは、そういう人ですから。たとえ大変だとしても……優しくて、みんなを守る決断をした海斗くんだからこそ、いいんですよ」
加奈の言葉に同意するように、同じ気持ちだと証明するかのように、みんなも頷いている。
ふっと肩の荷が下りたような気がした。
でも、これからだ。
これからが大変だし、周りの目とかも、色々ある。
何よりみんなを幸せにしてあげなきゃいけない。
だってそれが俺の出した結論だから。
「……ありがとう」
ちょっと泣きそうになったけど、ここは堪えておく。
好きな女の子達に、かっこ悪いところを見せられないし。
「じゃあ、パーティ仕切り直しといくか」
「りょーかい!」
「次は何をしますか?」
「……わたし、ゲーム大会したい」
「あら。いいわね、やりましょう、南帆」
「メイ、やる気ですね。わたし達はどうしましょう、美紗」
「あ、わたしもやる……お姉ちゃんも一緒にしよ?」
「小春ちゃん、わたし達もっ」
「うんっ。がんばろ、南央ちゃん」
答えを出したあとでも、まだ日本文化研究部は……俺の大切な居場所は続いている。
それが何より嬉しくて、ほっとする。
俺が出した答えは間違いなのか。この答えで本当に良かったのかと、ここ最近はずっと悩んでいたけれど……今はよかったと思える。
大切な居場所を守れて、好きな女の子達と結ばれたのだから。
これからも守り続けていけばいい。
何に変えても、俺が、守っていけば。
外ではまだ雪が降り続いていた。
まるで俺達を祝福してくれているかのように。
街を白く、キラキラと輝かせるように染め上げていく。
久々の更新になってしまい申し訳ありませんでした。
この章はひとまずこの話で終わりです。
あとはエピローグ的なものを投下するだけなのですが、その前にいつものSSを挟みます。
SSといえばなのですが、今回の話で本編の海斗はヒロインズとこういう形に収まりました。
たとえるならハーレムルートみたいなもので、これまで投下してきたSSはいわゆる個別ルートになります。
一番最初に加奈のSSを投下した段階で本編はハーレムルートで終わりたいなーということはぼんやりと考えていました。なので、個別のストーリーとしてのSSを続けて更新していったという感じです。
途中で本編も「やっぱり一人に絞るべきなのでは……?」と迷ったりもしましたが、何とかここまで書き上げました。
本当に遅くなってしまい、読者の方々には申し訳ありません。
SSに関してですが、とりあえずあと美羽ルートだけでも更新したいなぁとは考えています。
そのあとにエピローグ的な章を少し書いて、余裕があれば他のヒロインとの個別ルートも描きたいなと考えています。
お待たせしてしまっている間に書籍化の発表がきたりと第一話を投稿していた時には想像もしませんでした。
ほぼノリと勢いで書いてきたので今読み返すと大量の粗が目を焼きますが、ここまで走ってこれたのも皆様のおかげです。
完結までまだもう少し続きますが、よろしくお願いします。