第114話 はじまりの場所で告白を
再度、お知らせ。
本作「俺は/私は オタク友達がほしいっ!」がネット小説大賞の最終選考通過作の一つに選ばれ、ぽにきゃんBOOKS様より書籍化することが決定しました!
活動報告も更新しましたので、よろしくお願いします!
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クリスマス当日の朝がやってきた。
俺はベッドから起き上がると同時に盛大なため息を吐いた。憂鬱だ。
せっかくのクリスマスで、部室でパーティもあるというのに。
何しろ今日は俺にとっての運命の日だ。
今の俺にとっての居場所がどうなるかがかかっているといっても過言ではない。
覚悟を決めなくてはいけない。
今日まで何度も何度も自分に言い聞かせてきたことだ。
とはいえ……ここまで悩んでしまって、みんなを待たせてしまっていることも確かだ。
もう逃げることは許されない。
――――それに、もう答えは出ていると思う。
いや、きっと。はじめから答えは出ていたんだ。俺の中では。でも俺にはその道が果たして本当に正しいのか、許されるものなのかということに自信が持てなかった。だから悩んでいた。けれど、もう逃げないと決めた。
「よしっ」
顔を洗ってぴしっと叩く。
支度をすませてしっかりと朝食をとってから、家を出る。
「あ…………」
すると、隣の部屋の前で加奈とばったり遭遇した。
「お、おはようございます」
「……お、おはよう」
き、気まずい。何となく気まずい。
別に喧嘩をしているわけでもなんでもないというのにだ。
これは俺の心の問題なのかもしれないけれど。
「い、行きましょうか」
「そ、そうだな。うん。行くか、部室」
そういうことで、俺は加奈と共に部室までの道のりをのろのろと歩いていく。
この一年か二年で一緒に歩くことなんて、すっかり慣れたつもりだったのに。
こうして一緒に歩くことが、かつて当たり前だったことが今では……凄く昔のことのように思える。
そういえばここ最近は加奈とこうして歩くことなんてなかった。
加奈と遭遇することがなかったからだ。
いつもの時間にいつものように家を出たらそこに加奈がいたはずなのに、最近はすっかり姿を見せなくなっていた。
今みたいな気まずい空気のようなものが、いつの間にか出来てしまっていた。
「そういえばさ、久しぶりだよな。こうして一緒に登校するのって」
「……そう、ですね…………」
加奈がこくりと小さく頷く。
どこか緊張しているような、そんな感じだ。
「あの、海斗くん」
「ん?」
「部室に行く前に寄りたいところがあるんですけど、いいですか」
「別にいいけど」
断る理由も特にない。時間はまだ余裕があった。
そうやって加奈に案内されてやってきたのは、学園の近所にある大型家電量販店……の更に近所にあるこじんまりとした喫茶店。
この店には見覚えがある。いや、見覚えがあるどころじゃない。
「覚えてますか、このお店」
「ああ。ここで、お前が俺に話を持ち掛けてきたんだよな。部活を作ろうってさ」
あの日……俺が、家電量販店で加奈とばったり出くわして、それからここに連れてこられた。
今でも記憶が鮮明に蘇る。相変わらず人がいない店だ。
続いていることが不思議なぐらいで。
飲み物もあの日と同じ物を頼んで、同じ席に座っている。何も変わっていない。
「そうですね。ここから、はじまったんですよね」
「だな。あの時は、まさか部室でクリスマスパーティをすることになるなんて思いもよらなかったぜ」
「ふふっ。そうですね。わたしもまさかここまでのものになるなんて、思いもよりませんでした」
「最初は南帆。次は恵……その後に美羽と美紗が入ってきて、南央と小春っていう後輩も出来た。更にその後に今度はメイも入ってきて……あっという間だったな」
最初は友達がほしかったんだ。
好きなことを一緒に語り合える友達。
そんな友達と一緒に過ごせる場所がほしかった。それ以上のことを望みはしなかった。本当に、それだけでよかったんだ。それだけで…………。
でも、今は違う。
ただの友達だけの関係ではなくなってしまった。
ただの『場所』と呼ぶにはあまりにも大切な『居場所』になってしまった。
あの時とは、似ているようで違っている。決定的に。
「実はわたし、海斗くんに謝らなければならないことがあって」
「ん。何かやらかしたのか?」
「……修学旅行の時、実はわたし聞いてたんです。メイから告白されてるところ」
「……………………そっか」
「ごめんなさい。本当に」
「いや、いいよ別に。っつーかあれだな、むしろ、恥ずかしいな……メイには、このこと?」
「はい。先に謝ってます。というか、その前に自分から告白したってみんなに言ってましたし、『知ってたわ』って後で言われました」
「あいつらしいっちゃらしいな」
「です、ね……わたしを気遣ってくれた面も、あったと思いますけど」
ようやく合点がいった。だからみんな一気に…………。でも、これでよかったのかもしれないな。
遅かれ早かれこうなっていたのだし。
ゆっくり考える時間があっただけ、よかったのかな。これで。
「で、どうしてこんなところに呼び出したんだよ。まさか、昔を懐かしんで、謝罪だけってことはないだろ?」
「……言うなら、ここでって思ったんです」
加奈は店内を、窓の外を、そして……俺の顔を、見つめて。
「もし結果がどうなったとしても……わたしの思いを伝えるなら、区切りをつけるのならここで、って。思ったんです」
加奈は俺の目を真っすぐに見据える。
俺はそれを真正面から受け止める。
逃げない。
どんな言葉が待っていたとしても。
受け止めると、決めたから。
「わたしは、海斗くんのことが好きです。大好きです。この二年間……一緒に笑って過ごしたあなたの全部が大好きです。わたし達の大切な居場所を一緒に作ってくれたあなたが大好きです」
この時の加奈は笑っていたし、泣きそうな表情でもあった。
決定的な一線を越えてしまったことに対する表情だと思った。
もう今からこれまでのようにはいかなくなった。
少なくとも、俺が結論を出すまでは。
「…………ありがとう。嬉しいよ。とても」
「…………それだけですか?」
「今はこれしか言えないかなぁ……ははは」
「まだ保留するんですか」
「いや、答えはもう決まってる……んだと思う」
「曖昧ですね」
「そうだな。曖昧だなぁ……ただ、まだいう勇気がないんだ。心の準備っていうか……けど、約束する。今日中にはちゃんと返事をするよ」
「……絶対にですか?」
「絶対に。約束する」
「…………分かりました。というか、分かってましたから。大丈夫ですよ」
行きましょう、と加奈が席を立つ。
顔は少し笑っていた。少なくとも、泣きそうな表情は消えていた。
俺は同じように席を立って店を出る。
歩き出す直前、喫茶店へと視線を送る。
ここからすべてがはじまったんだ。
俺達にとっての大切な居場所が生まれた。
でも、今は違う。
さっきまで店の中にいた俺達は、ただの友達だった俺と加奈はもういない。
店を出てしまった今は…………あの頃とは違う関係になってしまった。
それから俺達は二人で、ゆっくりと部室に向かった。
まるであのこじんまりした喫茶店から離れるのを、名残惜しむかのように。