第113話 静かな部室
返事を伸ばしていることに罪悪感を覚えながら、季節はあっという間に冬へと移行した。
学園の方も冬休みに突入した。
例のクリスマスも今月に控えている。
いよいよ考える時間もなくなってきた。まあ、これだけ引き延ばしておいて情けないところではあるんだけど。
とはいえ。
とはいえ、だ。
どんなに悩んでいたとしても、決断を下さなければならない。
我ながら贅沢な身分だとは思う。でも俺にとってはそう簡単な問題でもなく。
今いる場所がなくなってしまうかもしれないという重さも怖さもある。
「どうしたもんかなぁ…………」
未だに返事を出せぬまま、今日も今日とて部室に向かう。
冬休みに突入しているものの、なんとなく部室に足が伸びてしまうのだ。
まるで、残り少ない部室で過ごす時間を惜しむかのように。
「あれ、先輩ですか」
「南央。来てたのか」
「はい。暇だったので」
「南帆は?」
「家で買ってきたばかりの新作ゲームしてます」
いつも通りといえばいつも通りか。
「先輩こそどうして部室に?」
「何となくなぁ……」
よもや、もしかするとこの部室にいられる時間が今しかないかもしれないから、とは言えない。
俺はてきとうにテーブルについて部室に常備してあるお菓子を食べながら漫画を読む。南央も同じく漫画を読みふけっていた。特に言葉を交わすこともなく、ただ静かな時間だけが流れてく。
「そーいえば、今月はクリスマスがありますね」
そんな沈黙を断ち切るかのように、南央が口を開いたので、俺は静かに頷く。
「だな」
「みんなでパーティするんですよね。部室で」
「そうだな。そんな話してたな」
ある意味、そのパーティが俺にとっての勝負の日なわけだ。
「ところで先輩」
「なんだよ」
「お姉ちゃんから告白されたんですよね?」
「ぶほっ!」
不意打ちをくらった俺は思わずむせ返った。
「いや、ちょっ」
「知ってますよそれぐらい。というか、家とか部室での空気を感じ取れば、まあ、なんとなく」
「す、鋭いな……」
「先輩が鈍すぎるだけだと思います」
「そ、そうだな……」
鈍いというところを否定できないのが今はとても辛い。
「先輩らしいっちゃらしいですけど」
呆れたようにため息をつく南央に俺は何も言い返せない。
いやほんと、面目ないです。
「こほん。まあ、それはともかくとして。どうするんですか、返事は」
「…………まだ決めてない」
「悩んでるってことですか」
「ん。そうだな。一応、クリスマスには答えを出すってことで」
「ヘタレですね」
「……その通りでございます」
何も言い返せない……。いや、言い返す資格もないんだろうけれど。
「でも、わたし的には助かりました。先輩がヘタレで」
「どういう意味だよオイ」
「わたしにも、まだチャンスがあるということですから」
ぱたん、と。
南央は漫画を閉じてじっと俺の目を見つめてくる。
「わたし、嘘つきました。今日、部室に来たのは暇だからじゃないんです。先輩に告白するために来ました」
南央から向けられた視線を、俺は黙って受け止めることしか出来なかった。
逸らすことは許されないと思えるぐらいに真剣な目だ。
「好きです。わたしは、先輩のことが好きです。今日はこれを言いに来ました」
「…………そっか」
「はい。そうなんです」
南央はどことなく晴れやかな表情をしている。
他のみんなと一緒だ。
自分の気持ちを伝えきった人の顔。
「あ、返事はいいですよ。まだ。クリスマスパーティの時にお願いします。どうせなら、みんなまとめて」
「お、おうっ」
「…………一応、期待してます」
「…………おう……」
なんと返せば、いいのやら。
はっきりとした答えを出せずにいる俺は、自分のふがいなさを痛感しながらも。
ただこうしてじっと……じっとしていることしか、できなくて。
いそいそと帰る準備をしている南央のことを、呼び止めることが出来なかった。
「はぁ、やっと言えました。うん。今日のところは満足です」
「……俺はそうもいってられないよ」
「知りませんよそんなの」
ごもっともだ。
「せいぜい、悩めばいいんです」
「そうだな……うん。そうだ」
「そういうことです。わたしは先に、帰りますけど。先輩も一緒にどうですか」
「俺はまだちょっとだけここにいるよ」
「ん。分かりました。では、さよならです」
トコトコと帰宅していく南央を見送りながら。
俺は一人部室の中を見渡した。
とても、静かになってしまった。
今のところ、ここにいるのは俺一人。
「…………静かだなぁ……」
またこの部室が賑やかになる時は来るのだろうか。
それはまだ分からないことだったが、俺はそうであってほしいと切に願った。