第112話 後悔しないように
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熱も下がったので、俺は再び学園に登校するようになった。
あれやこれやと考えているうちに時間は経っていき、季節は冬に突入していた。
何度目かの進路調査票を受け取った中、俺はこれからのことをまだ決めかねていた。
というより、決断をずるずると引き延ばしていたいだけなのかもしれない。返事の期限を決めたことも、今ある楽しい居場所を無くしたくないからだ。
でも俺がしていることは卑怯だ。みんなは決意して気持ちを伝えているのに、俺は逃げ続けている。
そんな自分が情けなくて、後ろめたかった。
部室はいつもとあまり変わらない。
取り巻く空気は少し違和感があるぐらいで、ぬるま湯につかっているような、そんな感じだ。
「進路かぁ…………」
部活の帰り。俺は一人でのんびりと歩きながら、ため息をつく。
ただでさえ恋愛面で悩みまくっているというのに将来のことまでのしかかってきてかなり憂鬱だ。
「先輩?」
一人肩を落としながら歩いていると、
「小春?」
後輩の小春が私服姿で目の前にいた。
変装しているのかサングラスをつけたり帽子を被っている。
「どうしたんですか、ため息なんかついて」
「いやぁ……ちょっとな。進路のこととか考えてて」
「そういえばもうすぐ二年生も終わるんですよね、先輩は」
「まあな。来年は受験生だしで憂鬱だよ。で、お前はどうしたんだ」
「お仕事の帰りに買い物してたんです」
そういえば目の前にいる女の子は今を時めくアイドルだった。すっかり忘れていた。今やあまりにも身近な存在になっていたから。
「一緒に帰ってもいいですか?」
「別にいいぞ」
「ありがとうございます」
心なしか嬉しそうだ。これぐらいで喜んでくれるなら、いくらでも一緒に帰ってあげるんだけど。
「仕事の方はどうなんだ、最近」
しばらく無言で歩いていたので、話題はないかと話しかける。
「ふっふっふっ。復帰してからは割と順調ですよ。テレビ、見てくれてないんですか?」
「出来るだけ見るようにはしてる。けどそういうの、あんまり分からなくてさ」
「普段はアニメばかりですもんね」
「うるさいな」
それ以外にも考えることが多い、というのもある。
「仕事といえば今度新曲出すらしいな。お前が歌詞を書いたってやつ」
「はい。いやぁ、歌詞ってやっぱり難しいです。最初なんか考えに考えて頭がぐるぐるでしたよ」
たははと笑う小春。充実した笑顔が今の俺には羨ましい。
「どんな曲なんだ?」
「えっと……ら、ラブソングです」
「へ、へぇ……」
今の俺にとってピンポイントというか、何というか……。
「本当、難しかったです。恋する乙女心を表現してくれーって言われちゃって」
「そ、そっか」
「でも、コツを掴んだら一気に描けちゃいました」
「コツ?」
「はい。コツです」
小春の表情はどことなく晴れやかで、何かを吹っ切ったような顔をしていて。
「先輩のことを考えたら、描けました」
何の躊躇いも恐れもなく、彼女は気持ちを言葉にする。
真っすぐで、強くて。
今の俺には眩し過ぎる。
「わたしは、先輩が好きです。だから、先輩のことを想いながら曲を描きました」
そう言って、小春は鞄から一枚のCDを取り出した。今度出る新曲だ。
「サンプルですけど、もらってくれませんか」
「…………ん。分かった」
俺は静かにCDを受け取った。
「返事は、あとでいいです。どうせ、今もたくさん悩んでいそうなので」
「ど、どうしてそれを」
「見てたら分かりますよ。好きな人のことを見ているなんてあたりまえじゃないですか」
「そ、そっかぁ……」
あらためて言われると恥ずかしい。
「つ、つーかいいのかよ。アイドルがそんなこと言って」
「どうなんでしょう。たぶん、ダメなんだと思います」
「おい」
「でも、なんででしょうね。本当なら諦めなきゃいけないはずなんですけど……ダメだって、分かっているんですけど。このまま、気持ちを押し殺すことは出来なくて。後悔だけは、したくなかったんです」
昔からそうでした、と。
小春は夕焼けを見ながら言葉を紡いでいく。
「後悔だけはしたくないって思うと全力で突っ走るんです。わたし。自分でも止められなくて。そうしているうちにアイドルにもなれて、こうして告白だって出来ちゃいました」
振り向いた小春の表情は笑顔だった。後悔のない、全力を出し切ったような笑顔。
ちょっぴり頬が赤くて、かわいらしい笑みは流石アイドルと言うほかなかった。
俺は目の前で輝く女の子に対して何も言うことが出来なかった。
その後、家に帰った俺は一人小春から受け取ったCDを聴いた。
「いい曲だな、これ」
俺を想いながら描いてくれたという歌詞はとてもこそばゆくて、でも温かくて。
彼女の思いがどんどん伝わってくる。
曲としては本当にいいものだ。
「後悔しないように、か……」
小春の言葉を噛みしめながら、俺は一人、曲を聴き続けた。