第109話 さらりと
毎回言っていますが、ながくながくながーくなって申し訳ないです……。
現在、別作品の書籍化作業中につき色々と遅れてほんとうにごめんなさい。
文量はガクンと減ってますが、時間がかかりつつもちょびちょび投稿していこうと思います。
修学旅行が終わったあと、学園の空気はというとまだ少しそわそわしているような気がした。まあ、それはあくまでも俺の学年の話だけであって……というか、もしかすると俺自身が少しそわそわしているせいでもあるかもしれないとか思ってしまっていたりする。
何しろ……恵からも告白されてしまったわけで、俺はそれを引き延ばしてしまっている。
そもそもメイに対する返事もまだなわけで……。
「はぁ……」
放課後。俺は部室に行く前に何となく校内の廊下を彷徨っていた。部室に行けばメイや恵と顔を合わせてしまうことになるし、それがちょっと気まずい。いや、ちゃんと向き合わなくちゃいけないというのは分かっているんだけど……純粋に、恥ずかしい。
「あー、くそっ……何やってるんだろうなぁ……俺……」
「自分がいま何をやってるか分からないぐらい暇なら、手伝ってくれませんか」
「うおっ!?」
声をかけられたので振り向いてみると、なんとそこにいたのは美羽だった。両手に何やら大量のノートを持っている。
「び、びっくりした……」
「そこまで驚かれると少し傷つくのですが」
「あ、悪い。ただちょっとぼーっとしてたところに不意打ちを食らったから……って、なにやってるんだ?」
「今日はわたしが日直だったので、宿題のノートを職員室に運んでるんです」
「あー、そういえばお前って今日、日直だったっけ……あれ、男子の方は」
日直は確か男子と女子の二人組だったはずだ。
「部活動があるとかで先に出て行ってしまいました。大会が近いそうです」
「はァ? だからってお前に全部押し付けていくことはないだろ」
むぅ。ちょっとイラッとするなそいつ。
「……そいつのことは後でシバくとして、じゃあ手伝わせてもらうぞ、それ」
有無を言わさず美羽の持っているノートの束をすべてもぎ取る。仮にも、自分に好意を寄せてくれている(と思う)女の子を放っておいて自分だけ手ぶらで歩くことはできない。鞄があるから正確には手ぶらじゃあないんだけども。
「手伝ってほしいとは言いましたけど、ぜんぶやってくれとは言ってませんよ」
とか言いだした美羽は、俺の持っている(正確にはぶんどった)ノートの束のうち半分を取り返してしまった。
「はんぶんこしましょう」
「……ん。わかった」
雰囲気からして譲らなさそうだし、ここで譲る譲らないを繰り返していても仕方がない。
俺達は肩を並べててくてくと職員室を目指して歩く。渡り廊下を通って特別棟に行く必要があるわけだから、少し時間はかかる。
「…………」
「…………」
俺達はなぜか無言になって、聞こえてくるのは外で元気よく練習に励む運動部の掛け声や廊下を歩く音だけ。しかしその沈黙を、美羽が破る。
「恵にも告白されたんですか」
「…………なぜ、それを……」
「なんとなくわかりますよ。今日のあなたの様子を見ていれば」
バレバレである。
「…………そうだけど」
「やっぱり」
「…………」
「…………」
「…………え、それだけ?」
てっきり何かあるのかと思ってた。……ああ、でも。人の告白をどうこうおちょくるような子じゃないか。…………いや、バカか俺は。美羽も俺に好意を寄せてくれている(と思う)子だし、そりゃ俺が告白されたら気にもなるか。……そもそも、なんだかこういう考え方をしていると自分がただのナルシストのような気分にさえなってくる。勘弁だ。ていうかいろいろと手いっぱいなんだよ俺は。現在進行形で。
「それだけですよ」
「そ、そっか」
「…………」
「…………」
「……嘘です。それだけじゃありません」
美羽は心なしか緊張したように美紗よりは慎ましやかな胸を軽く上下させる。けれども、変わらずてくてくと俺の隣を歩きながら、さもことのついでのように言葉を滑り込ませた。
「わたしは、あなたが好きです」
「そっか……」
「……………………」
「…………うん? え?」
いま、なんと仰りましたか。
「……さすがに今のは本当に傷つきました」
「うわあああああああ! いやちょっとまってまって! 『そっか……』で済ませようとなんて思ってないから! ただ、あ、あまりにも急すぎたせいっていうか!」
思わず落としてしまいそうになったノートをかろうじて受け止めつつ。
俺は変わらず歩く美羽の背中を追いかける。再び肩を並べて隣の美羽の様子を確かめるが、美羽はまっすぐ前を向いている。頬が赤くなっていて、明らかにこっちの顔をまともに見れないということがわかった。それは、こっちも同じなんだけど。
「……返事は、別に今じゃなくてもいいです」
「…………うん」
「わたしだってこの気持ちを伝えようか迷ったんです。あなただってせいぜい悩んでください」
やや顔を赤くしたまま、美羽はスタスタと歩いていく。不意打ちをくらった俺はしばらくその場に突っ立っていたが、すぐに気を取り戻して美羽の後を追いかけていった。
☆
美羽からいきなり落とされた爆弾を抱えたまま、俺は帰路についた。部室にいると恵とか、メイとか、美羽とかといると……こう、色々と思い出してしまって心臓がもたないからだ。
でも、なんていうか。こうなる覚悟はしていた。返事を引き延ばしにしてもらっている以上、そりゃ多少、気まずくもなるだろうとは思っていたし、覚悟の上だ。というか全部俺が悪いし。
さっさと決めればいいんだろうけども、真剣に思いを告げられてしまった以上は俺もちゃんと考えたい。
「……っていうのは言い訳か」
期限を決めた以上、ちゃんと俺も答えを出さなきゃいけない。その結果によっては俺にとっての大切な居場所がなくなってしまうかもしれない。けれど、みんなはそれを承知で、覚悟の上で自分の思いを告げてくれた。だったら、それにちゃんと向き合って、俺なりの答えを見つけ出さなきゃいけない。
帰宅早々、俺はベッドに転がり込む。なんだかここ数日はどっと疲れがたまっている気がする。主に精神的に。……傍から見たらとても素晴らしい状況であるかもしれないけれど。
なんてことを考えていたその時だった。
ピンポーンという電子音声が家の中に鳴り響く。インターホンの音だ。つまり来客があるということ。新聞勧誘とかだったらすぐに断るか。
俺はのろのろと玄関まで行くと、扉を開ける。
「…………」
そこにいたのは南帆だった。いつも以上に感情のイマイチつかめないクールな表情を携えた南帆は、何かの決意のようなものを秘めた目を俺に向けて、言った。
「……話が、ある」